5.ようこそ、魔法博物館へ(3)
「オルテンシア・リオーネと申します。突然お邪魔させて頂き、どうもありがとうございます」
こちらも挨拶を返すが、エドアルドはオルテンシアの素性を聞くでもなく魔道具の話題を続ける。
「確かにこの絵画は白薔薇宮ではないもの、もっと言えばノクトレアには関連のないものを描きたがっていました。白薔薇妃は島国出身ですから、彼女の故郷を描いたのでしょう」
「ではこれは、本当に白薔薇妃の所有物であると」
「そう考えていいでしょうね。あなたの考えと違ったところは、魔道具は妃と呼ばれたその人の本当の姿を描きたかったというところです。人も物も、意外と簡単に愛を覚えるんですよ」
エドアルドは優雅に微笑んでいる。
オルテンシアは、自身の性格の歪んだところを見られたような気がした。
(愛……)
慣れない響きの言葉を、心の中で繰り返す。
エドアルドの口調は、ロマンチストというよりかは、ごく当たり前のなんでもないことを言うかのようだった。
「良かったな。彼女のおかげで、お前の浪費が無駄にならずに済んだ」
「全くその通りですね。いやはやなんともありがたいお話です。修復士を雇ったことも浪費にならずにすみましたし」
「悪かったな、俺じゃ直せなくて」
シグルズとエドアルドは、軽口を叩き合うところからしてやはり仲の良い関係なのだろう。
少しだけ荒くなった口調は、シグルズ本来のものなのか。
エドアルドの隣にいる彼の表情は、オルテンシアに向ける整ったものとは違うように見えた。
「なんにせよ、この魔道具が目覚めてくれて良かったです。それで、雇用契約について話しても?」
「あ、はい。……あれ、私働くなんて一言も言ってませんけど」
うっかり流されるところだったと、首を横に振る。
「働かないんですか? 今なら僕の所有している物件に空きがあるので家賃補助も付けますけど」
「それは……! いやでも、まだ戻ってきたばかりで、他の求人も見てませんし」
ごにょごにょとあれこれ断る理由を並べてみると、エドアルドが福利厚生や給金やらを追加で出してくるものだから、まるで隙がない。
「他の求人と比べてなかなか悪くない条件だと思いますよ。それとも、何か懸念点でも?」
「そういうわけじゃないんですけど、私に務まるかが不安で……」
「そんなの、やってみてから考えればいいんです。合わなかったら転職先ぐらいいくらでも紹介しますから」
ニコニコと迫ってくるが、その笑顔はシグルズとはまた違った胡散臭さを漂わせていて、かえって信用しずらい。
「彼女が困ってるだろ。今すぐ決めなきゃならないわけじゃないんだ。今日のところは検討してもらうぐらいで十分だ」
「魔法博物館の館長なんて、魔法使いの再就職先としては、なかなか悪くないと思いますけどねぇ」
「え?」
学芸員として雇いたいと聞いていたはずが、エドアルドは確かに館長と言った。
「そうですよ、館長です。だって、この博物館には館長がいないので、必然的にその役はあなたにやってもらうことになるでしょうね」
「え」
当然のことのように言われて、思わず硬直してしまう。
「少し待て。急に話を進めすぎだ」
シグルズが割り込んでくれて、ようやくこわばっていた肩の力が抜けた。
「す、すみません。優柔不断で」
「謝ることは無いさ。ただ俺は、お嬢さんのような素敵な人と一緒に働けたら嬉しいと思っているよ」
(わ……)
なんて口説き文句だ。そんな切なげな顔で言われてしまえば、とても断れない。
自分の顔の良さが分かっていて、尚且つオルテンシアがそれにすっかり釣られてしまっていることも分かっている。
(あざとい。いや、人たらしかも)
少しの間、色々と考え込む。
でもきっとこの先、どんな職場を見つけたところでシグルズのことが頭から離れない。そんな確信があった。
「一つ聞いてもいいですか?」
「何かな」
「どうして、私なんですか?」
偶然駅前で出会ったから。履歴書の内容が良さそうだったから。
それだけなら、もっといい人材が見つけられるはずだ。
何せここは魔法使いの集まる国。卒業を控える学院の生徒たちにだって、声をかければすぐ集まるだろう。
オルテンシアは自分自身を、魔法使いとしては『価値がない』と見なしている。
これまでの消極的な返答の連続で、彼らもオルテンシアの自信のなさは分かっているだろう。
自分自身の代わりは世界にいくらでもいて、もっと言えば、たぶんその全てが上位互換だと思っている。
それでも、もし、本当にシグルズが自分を必要としてくれるのだったら――――――。
「君だと思ったから。それ以外の理由がいるかな?」
シグルズの答えは実に簡潔なものだった。
さては哲学的なことでも問われているのかと思ったが、どうもそういう訳ではなさそうだった。
「僕は自分の子分をそれなりに信用してるんで。シグルズが良いと言うのならそうなんでしょう。異論はありませんよ」
エドアルドもにこやかに同意している。
「子分というのは否定させてもらうが、俺たちは特別な魔法使いを求めているわけじゃない。この博物館を愛してくれる人を求めているんだ」
「私が……」
「だって君、あんなに楽しそうな顔をしていたじゃないか」
その言葉ではっと気がつく。
展示室を巡っている間、オルテンシアはずっと笑顔だった。
ため息ばかりで重かった気分も忘れて、難しいことも考えず、子どもの頃のように素直に楽しんでいた。
シグルズはもう、オルテンシア自身が気付いていなかった感情をとっくに見つけていたのだ。
「……分かりました。その代わり後から、思ってたのと違った、なんて言わないでくださいね」
オルテンシアの言葉に、シグルズの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとう、お嬢さん!」
もし彼が、心から自分のことを望んでくれているのなら。
たとえ成り行きだとしても、身を任せてみたくなった。
「決まりですね」
「これからよろしくね、館長さん!」
こうして、オルテンシアの転職は一日足らずで完了した。




