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オルテンシアの魔法博物館 〜出戻り魔法使い、博物館の経営始めます!〜  作者: 雪嶺さとり


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4.ようこそ、魔法博物館へ(2)

「む、無理ですよ! 大体、やり方だって分からないですし……」


 オルテンシアは勢いよく首を横に振る。


 (魔法だって、あの時以外もう何年も使ってないのに……)


 もしあの時、子どもが窓から落ちてこなければ魔法なんて二度と使うつもりはなかった。

 

「難しく考えなくていい。魔力を流し込むだけで反応するはずだ」

「大丈夫よ。失敗しても誰も怒ったりしないわ。気負わずやってみて」


 励ますように二人に言われる。

 金の額縁は繊細に飾りが彫られ、優雅な風景画か神秘的な宗教画のために誂えられたかのよう。

 だが額の中は真っ白で、大海原も天界の図も何一つ描かれていない。


「他でもない君に描いて欲しいんだ。この博物館に相応しいものを、きっと君なら描くことができる」

「根拠もないのに、そんな」

「あるさ。この俺がそう予感するのなら、必ず現実になる」


 シグルズは堂々と言い切った。

 なんて自信なのだ。

 だが、どうしてだろう。不思議なことにシグルズにそう言われるのは悪い気がしなかった。


「わ、わかりました……」

 

 結局、シグルズに押し切られて頷いてしまった。

 一歩前へ出て絵画に向き合う。

 今一度、その姿を改めて観察すると、あることに気づいた。


「もしかしてこの額縁、ノクトレアのものですか?」

「おや、よく気づいたな。ああ、そうか。君はノクトレアにいたんだった」


 オルテンシアは頷く。

 

「この紋様、かなり昔の王家のものですよね。五世紀ぐらい前でしたっけ」


 蔦薔薇に王冠の紋章は以前の王朝のもので、当時は美術品にもよく用いられていた。

 古い宮殿や教会でも象徴としてデザインに取り入れられていたが、オルテンシアが最も目にしたのは通勤途中だ。


「実は、以前の勤め先の近隣に処刑場の跡地があったんです。十四世紀にある王妃が魔女として火刑に処された場所だそうで、墓碑にこの紋章が彫られていたので何度も見ました」

「『白薔薇妃魔女事件』のことか。魔法使いの国が生まれるきっかけになった時代の事件だな」


 シグルズは知っていたようだが、イヴェッタは首を傾げている。


「それってなあに? 私にも教えて欲しいわ」

「おやおや、世間知らずのお嬢さんがもう一人いたようだ。あまり楽しい話ではないが、それでも聞きたいかね」

「まあ、いじわるな子ね。もったいぶってないで、教えてちょうだい」


 シグルズがからかうと、イヴェッタは頬を膨らませて怒る。口調がおっとりしているせいで、怒る姿に迫力はない。


「魔女狩りは知っているわよ。人々が神秘の力を信じなくなって、世界中で魔法使いが危機にさらされた時代でしょう」

「その通り。中でもノクトレアは魔女狩りが激しく、守護の魔法を使う妃を冤罪で処刑したんだ。白薔薇が咲き誇る宮殿で、王妃自身も美しい白髪であったことから白薔薇妃と呼ばれていた。それで、白薔薇妃魔女事件なんて名前が付けられたわけだ」


 水害に悩まされていた国民を守るべく、遠く離れた国から迎え入れた魔法使いの姫君。最初は国を守るため尽力していたが、次第に人心を操る術を使うなどと噂されるようになり心を病んでしまったと言われている。

 それでも王妃は人々のために力を使い続けたが、無理に魔法を使い続けた反動で魔力を失い、守護の力を失った王妃は国を欺いた魔女として処刑された。

 処刑後、ひと月もの間国中で激しい雨が降り続き、王妃の呪いだと考えた王は処刑場に碑を建て弔い続けたという。

 

「なんて悲しい話なの……」


 話を聞いたイヴェッタは、すっかり落ち込んでしまったようだった。

 簡単な説明で、実の所はもっと惨い内容がぎっしり詰まっているのだが、長い王家の歴史ともなれば血腥い話の一つや二つあるものだ。

 

「ちなみにこの額縁は当時の王妃の寝室に飾られていたとされるものだ」

「ほ、本物ですか?」

「さあ。信じるか信じないかはあなた次第、ってものだ」

「博物館としてそれはどうなんですか!?」


 しんみりしていたのもすっかり忘れ、オルテンシアは目を見開く。

 

「仕入れ先がそう言っていただけで、信憑性はないから来館者には言わないさ。展示品として購入する予定もなかったものだし」

「エドアルドが買ってきたのよ。飾りとして目立つからいいんじゃないかって」

「人に金遣いがどうのこうのと言っておきながら自分はこれだからな。アイツこそ、わざわざ眉唾物ばっかり選んでくるのも大概にして欲しいところだ」


 またしてもその名が出てきた。

 シグルズの表情を見るに一癖ありそうな人物らしい。

 

「今はエドアルドはどうでもいい。それより、絵の方を何とかしよう。不安なら、俺が隣で支えようか」

「あ、ありがとうございます……」


 シグルズがオルテンシアの隣に並び立ち、二人でもう一度白い絵画を眺める。

 そろそろ慣れてきたとはいえ、こんなに綺麗な人が隣にいる方が逆に緊張してしまいそうだった。


(それにしても、白薔薇妃……ここに来てその名をまた聞くとは)


 元職場でも、火刑に処された王妃の悲鳴が夜な夜な聞こえて来るだとか、どこからともなく焦げ臭い匂いがするだとかの噂はあった。

 時代が移り変わろうと、霊的なオカルト話は人の好奇心を引き付けやすい。

 もし本当に王妃の霊が残っているのなら、本物の魔女……魔法使いであるオルテンシアを呼び寄せたのかと考えなかったこともない。

 

(絵画自らが描かれるものを選ぶ……要は、あなたが描きたいものを当てればいいってことね)


 仮にこの額縁が白薔薇妃のもので間違いないのだとしたら、何を映し出して欲しいと思うだろう。

 妃の怨み。処刑への恐怖。人間の愚かさ、悪辣さ。

 悲劇の人生を送った、妃の嘆き。


「シクト・ミラ・イルーシオ――――」


 おそらくそれは、どれも違う。オルテンシアはそう考えた。

 手をかざし、魔力を集める。

 指先が熱くなって、やがてオルテンシアの魔力が青い光となって溢れだす。


「熱い……!」


 これまで感じたことの無いような温度に、思わず中断してしまいそうになる。

 だがそこに、突然冷気が流れ込み熱さが緩和された。

 

「大丈夫、そのまま続けて」


 シグルズの魔法だった。シグルズの手がオルテンシアの手に添えられ、優しく包み込まれる。

 オルテンシアに魔法をかけて、言葉通り支えてくれていた。

 光は徐々に絵画へと移り、それが収まるとようやくオルテンシアは手を離す。


「できた……」

 

 完成したのは炎も処刑台も白薔薇もない、青い海を描いた絵だった。

 シグルズの手が離れ、ひんやりした温度だけが残される。


「まあ、綺麗!」


 歓声を上げるイヴェッタに、恐る恐る振り向いた。


「あの、本当にこれで大丈夫です? 白薔薇妃、全然関係なさそうなんですけれど……」


 白薔薇妃に関するものを期待して購入したはずなのに、出てきたものは無関係の絵だ。

 絵を出せたのは良かったが、期待した内容にそぐわない気がしてならない。

 エドアルドなる人物がこれを見て果たして納得してくれるかどうか。


「別にそれは構わないが……この絵の理由は気になるな。君はこの魔道具を前にして、何を思い浮かべた?」

「えっと、魔道具に自我があるのなら、所有者のことを思うものだと大半の人は思いますよね。ですが私はそうは思えなくて。ただの所有者に対して、いちいち愛情なんか覚える理由が思い浮かばないんです」


 白薔薇妃の所有物であったからといって、妃に必ず結びつくとはオルテンシアは思えなかった。


「一生一緒にいるわけじゃないですし、大切にしてもらっていたとも限りません。だから、白薔薇妃と関係の無いものを描きたかったんじゃないのかなって思ったんです」

「なるほど、そういう考えか……」


 シグルズはそう頷くと何やら考え込む。


「それと、さっきはありがとうございました」

「構わない。俺こそ、断りもなく触れてしまってすまなかったな」

「そんなこと、いいんですよ。シグルズさんが助けてくれたおかげですから」

「……君がそう言ってくれるのなら」


 気遣いは不要だと示すように笑って見せれば、シグルズは納得してくれたようだ。

 何となく、思うところはありそうな顔だったが。


「おやおや、いつの間に仲良くなったんです」


 突然割って入ってきた声に思考が遮られる。

 

「あら、エドアルド。いいところに」


 黒いコートを羽織った金髪の男性が、こちらへ向かってくる。

 いつ現れたのか全く気が付かなかった。


「こんにちは、レディ。僕はエドアルド。もう既に彼らから色々と聞いているでしょう。主に経営管理を担当しています。どうぞよろしく」


 恭しく礼をしたのは、先程から何度も話題に出ていた人物だった。


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