3.ようこそ、魔法博物館へ(1)
シグルズの案内でレンガ造りの街を歩くこと十数分。
坂道を上った先にある、真っ白な壁のお屋敷が魔法博物館だった。
門をくぐり、綺麗に並ぶ植物たちを横目に進んでいく。
緑と白壁の調和が心地良く、鉢植えではハーブ類がそよ風に吹かれながら揺れている。
元は普通の住居を博物館用に改造したという。確かに、見た目は上流階級の邸宅のようだ。
「ようこそ、魔法博物館へ」
シグルズがドアを開けばリンと鈴の音が鳴る。
一歩足を踏み入れれば、深緑の壁と、二階へ続く大きな階段が真っ先に目に入った。
踊り場の壁には大きな額縁が飾られているが、中の絵は真っ白でまだ描かれていない。
「お邪魔します」
しんと静まった室内を、ゆっくりと歩いてみる。
受付のカウンターには人の姿はなく、左右の壁にはそれぞれの展示室に繋がる廊下が続いていた。
開館準備中の博物館ということだが、それよりもオルテンシアはこの静けさが気になった。
室内の灯りは最初から付いていたが、働いている職員らしき姿はどこにもない。
「えっと、他に誰もいないんですか?」
「いや、今日はたしかイヴェッタも来てるはずなんだが……」
シグルズがそう言った時、階段からロングヘアの女性が歩いてくる。
上品なイブニングドレスをまとい、ハイヒールの音を響かせているが、その手には大きな箒があった。
「おかえりなさい。早かったわね、もう戻ってくるなんて」
「紹介しよう。俺が見つけた、新しい候補だ」
彼女もここの職員なのだろうか。慌てて姿勢を正し、礼をする。
「オルテンシア・リオーネです」
「イヴェッタよ。そうかしこまらなくてもいいわ、私は学芸員じゃなくてただの庭師だから」
そう言われて首を傾げる。
(庭師……?)
優美な容姿に不釣り合いな箒を持って、ドレスのまま庭掃除でもするというのか。
もしや庭師というのは、何かの隠語なのかとオルテンシアは考え込みそうになる。
少なくとも、オルテンシアの実家の庭師とはかけ離れていた。
「エドアルドはどこへ?」
「入れ違いね。出ていったばっかりだわ。すぐ戻ってきそうだけれど」
「ちょうどいい。奴が戻ってこないうちに彼女を案内する。おいで、まずは魔石標本から見よう」
ぼーっとしていればシグルズに声をかけられ、後を着いていく。
また新しい人物の名前が出てきたが、今のところイヴェッタ以外には誰もいないようだ。
右の部屋から順路に従って進んでいけば、大小さまざまな鉱物がいくつもガラスケースに並べられている。
「わぁっ……! こんなにたくさんあるなんて、すごいです!」
「気に入ってもらえたようで何よりだ。時間はあるからゆっくり鑑賞するといい」
魔石とは魔力が込められた特殊な鉱物で、クラヴィス国内だけでなく多くの地域からも採取される。
地中や自然物の中にある魔力の作用により生み出されるが、近年では研究が進み人工的に開発もされている。見た目は宝石と違わないため、アクセサリーとしての需要も高いからだ。
展示ケースにあるのはカット加工されたものや、原石そのままのものなど、魔石の美しさを最も際立たせる形にされている。
透き通るような紅玉に、光の反射できらきらと輝く霜水晶。四角いディスプレイケースには30cm以上の塊のままの原石が飾られていた。
「美しい……」
大きな輝石は珍しい赤紫色だった。ルゥス王国産だろうか。北方地域の雪深い土地の鉱山で稀に採掘されると書籍で見たことがあった。
じっと見惚れていると、横でシグルズがふっと笑った。
「ほう。それが気に入ったのか。お目が高い」
結晶の色がシグルズの瞳の色と同じだと気付く。
勝手に意識しているようで、一人で恥ずかしくなって視線を逸らした。
「シグルズさんはお詳しいのですか?」
「まあそれなりには。俺は修復士だから、一番好きなのは魔道具かな」
「私も好きです。国や時代によって、色んなものがあって面白いですよね」
オルテンシアがそう言うと、シグルズは大きく頷いてくれる。
「ああ。個性的なものも、伝統的なものも面白い。俺はこの国出身ではないから、魔法弦楽器や実験用具の類を初め見た時は驚かされたよ。やはり、魔法使いの集まる国は質が違う」
「魔法弦楽器はびっくりしますよね。私も演奏会で初めて見てすぐに好きになりました。懐かしいです」
「隣の展示室にもいくつか置いてあるんだ。まだ修復中のものもあるけれど、質は悪くない」
魔道具のことを語るシグルズの顔は一段と輝いていて、彼が本心からこの博物館を楽しんでいることがよく分かる。
修復士という仕事は、その名の通り魔道具や魔法書の修復を専門とする職業で、オルテンシアも何度か将来は携わりたいと考えていた。
「ここで働いてくれれば、毎日眺め放題だ。どうかな、雇われる気にはなっただろうか」
冗談めかすように言うシグルズに、気が早いと笑う。
「まだ来たばかりですよ。全部見てから考えたいんです。次の展示室を案内していただいても?」
「もちろん。どうぞこちらへ」
シグルズの案内で次々と展示室を巡る。
国立の施設と比べると規模は小さくなってしまうが、スペースを存分に活用し展示も充実している。
まだ準備中で細かな解説が載せられていなくても、そばでシグルズが解説してくれるのもあって十分満足だった。
「――――――ここで最後だ」
ぐるりと一周して、先程のエントランスに戻って来た。
「あら、もういいの?」
イヴェッタはカウンターで花瓶の手入れをしていた。
イヴェッタの手のひらの上で、風もないのに花弁がくるくると回転している。おまけに花はいつの間にか新しいものに入れ替わっていた。
(魔法で植物の手入れをする、ということね)
植物魔法はオルテンシアもいくつか習ったことがある。それらを流用して庭の手入れをするのだろうと納得した。
花弁をまとったイヴェッタは、彼女の華やかな雰囲気によく似合っていた。
「一通り見せて頂きましたので。どれも素敵でした」
「来た時よりも明るい顔ね。楽しかったのなら何よりだわ」
にこりとオルテンシアに笑いかけると、シグルズを見る。
「それで、最後の一つはどうするの?」
「どうもこうも。見てもらうほかはあるまい」
オルテンシアには二人の会話の意図が分からず、黙って聞く。
「お嬢さん、こちらへ」
シグルズについていき、階段を上る。
(最後の一つは、これのことだったのね……)
視線の先にあるのは、額縁の中の真っ白な絵だ。
作業途中なのかとおもっていたが、どうもそういうことではないらしい。
「この絵も展示品なんですか?」
「ああ。ある種の魔道具とでも説明すべきかな。絵画自らが描かれるものを選ぶんだ」
「選ぶ? 物に自我があると?」
奇妙な表現に思わず聞き返す。
「あら、意外と世間知らずなの。かわいいわね」
いつの間にか、カウンターから出てきたイヴェッタに笑われた。
「あるわよ。この子たちにだって、話せなくても手足がなくとも、感情はあるわ」
なんだかよく分からない言い方だ。自分の中でどうにか解釈してみる。
「つまり、自立思考型の魔道具ということですか? そういった研究があるとは知らず、すみません」
魔道具が意志を持って相手を選ぶなんて奇妙な話だが、予め時間や規則を設定しておきそれに基づいて行動系統が組み込まれていると考えれば納得できるかもしれない。
「少々堅苦しいがそう解釈してくれて構わない。色々と手は打ってみたんだが、白紙のままで大した反応も示さないんだ」
「壊れているわけではないのですよね?」
「ああ。何度も確認したが、これで正常だ。やはり使用者に特別な条件があるようで、俺やイヴェッタではどうにもならなかった」
「それは困りましたね。これほど大きい絵画なら、きっと見栄えも良いでしょうに」
「そう思うだろう。そこで、君に試して欲しいことがあるんだ」
「私に出来る事なら……って、まさか」
頷きかけて、オルテンシアは固まった。
話の流れからしてやることなんて一つしかない。
「ご明察。この絵画を、君の手で描いてはくれないだろうか」




