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オルテンシアの魔法博物館 〜出戻り魔法使い、博物館の経営始めます!〜  作者: 雪嶺さとり


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14.『自分の価値』

 あの日以来、リーナは欠勤したままだ。

 これまでが働きすぎだったのだからもっと休んでいいとオルテンシアは伝えたが、リーナにまだ戻ってくる気があるかは分からなかった。


「受付は私がやるから、こっちは気にしないで集中してね」

「ありがとうございます。困ったことがあればすぐ呼んでください」


 リーナの代わりにエントランスへ来てくれたのはイヴェッタだ。

 イヴェッタにリーナの様子をそれとなく聞いてみたが首を横に振るばかりで、詳しいことは語ってくれない。

 ただ、イヴェッタもこの博物館の大切なスタッフだ。人手が無い中、安心して仕事を任せられる相手は頼もしかった。


「さて、まず俺たちが考えなければならないのは企画展のコンセプトと展示する品についてだな」

「コンセプトは『妖精と魔法使いの歴史』で良さそうですが、問題は展示品の方ですね」


 収蔵品リストを手に、二人であれこれと話し合う。


「これはどうだろうか?ノースレインの湖を描いた風景画と、湖底から採取された魔石だ」

「いいですね。ノースレインは妖精の住む地ですから、知っている方も多いでしょう。序盤の方に解説も兼ねて置きましょうか」


 クラヴィスの妖精たちの歴史は、ノースレインの湖から始まる。

 最初は妖精の歴史から、次は魔法使いとの関わり、最後は今を生きる妖精たちについて。

 三つの構成で進めていき、それぞれに相応しい展示品を選んでいく。


「モチーフにされている妖精の羽が綺麗に見えるようにしたいですね。展示ケースはどうしましょう」

「それなら、光の当て方を変えよう。背面の色もなるべく羽の色を際立たせるようなもので差し替えるか」


 企画展用の展示室は、開放していなかった二階の左側の部屋をいくつか使用する予定だ。

 そちらに場所を移して、今度は展示ケースを運び、並び直したり動かしたりと忙しない。

 背表紙に妖精の羽をモチーフとした見事な金細工が施された魔法書の配置が決まったら、今度は鉱物類だ。

 

「そうですね。こっちの結晶も蓄光鉱物なので展示ケースを工夫したいですね。明るいものと暗いものを二つ用意するのは場所が足りませんか?」


 箱に収められた大小の結晶は、夜になるとまた違った色を見せる。

 どちらも綺麗で、片方だけしか展示できないのは惜しいと思ったのだ。

 

「いや、悪くないと思う。場所をどうするかだが……」

「いっそのこと、展示室を二つに分けて片方を夜のノースレインを再現する形にするのはどうでしょうか?」


 オルテンシアの提案に、シグルズはあっと驚いた。

 

「二つに……なるほど!」


 大胆なアイディアかもしれないが、オルテンシアたちは魔法使いだ。

 幻影魔法を活用すれば実現できなくは無い。

 

「あの場所は夜に行くとまた雰囲気が違うからな。鉱物以外にも蓄光植物はいくつもある。それに、妖精の神秘性を引き立たせることもできるだろう」


 オルテンシアはノースレインを訪れたことがなかったが、特徴などは知識として知っている。

 夜になると鉱石や花が光る様子が見られ、空では星々が瞬くその様子は、月下の楽園ともうたわれるほどだ。

 

「私も見てみたいと思ったんです。実際にそこへ行くことはできなくても、月下の楽園の再現できれば、来館者の皆様により妖精を身近に感じていただけるかもしれません」


 想像しただけでわくわくした気持ちが抑えられない。

 どんな配置にしようか、どんなキャプションを書こうか、色んなことを考えるけれど、まず目の前のことから順番に片付けていかなければ。

 短期間で企画展の準備なんて大変なことだらけなのに、今は疲れなんてみじんも感じないように体を動かしたかった。


「楽しい、と顔に書いてあるな」


 いつの間にか、シグルズの視線はオルテンシアに向けられていた。

 はしゃいでいたところを見つめられていたことに気づき、その視線がまた優しいものだから、恥ずかしくなってしまいかえって冷静になる。

 

「え、ええっと……! それより、シグルズさんはノースレインを訪れたことが?」


 話を逸らすように、少し気になったことを聞いてみた。

 先程は、ノースレインに行ったことがあるような口ぶりをしていた。

 

「何度か。エドアルドの使いでな」


 それなら安心出来る。再現すると言うのに、本物を知らないのでは話にならないからだ。

 

「そういえば、エドアルドさんとはもうずいぶん長いお付き合いみたいなんですね。リーナさんや、イヴェッタさんとも」

「リーナやイヴェッタはそうでもない。イヴェッタにこの館を借りたのも去年のことで、リーナはイヴェッタの紹介で知り合ったんだ。ま、エドアルドとの付き合いが長いのは否定できないな」


 話の流れで聞いてみたことだが、思ったよりシグルズは答えてくれた。

 昔を懐かしむような目をして、シグルズは過去のことを語る。


「アイツに誘われて故郷を出て、それからは見ての通りだ。アイツの下で働いて、故郷じゃ見られなかった景色をたくさん見てきた。エドアルドとの出会いは、間違いなく俺を変えたよ」


 シグルズの故郷はルゥス王国だと以前教えてもらった。

 自分を変えるような出会いとは、運命的な話でなかなか素敵だ。

 二人の間には目には見えない確かな絆があると感じていたが、シグルズ本人もエドアルドとの絆を大切にしているのだろう。


 また一つ、シグルズのことを知った。


 エドアルドには遠く及ばないが、もしもこの先、魔法博物館に居続けることが出来たら、その時は自分にも絆を覚えてくれるだろうか。

 なんて、そんなことを思っていれば。


「オルテンシアは? 君はどうして、この国を出て魔法使いのいないノクトレアへ行った?」


 なぜ、魔法使いであるオルテンシアが魔法使いのいない国へ行ったのか。

 答えは決まっている。少し迷ってから、オルテンシアは口を開いた。


「新しい自分になりたかったんです。魔法使いの私は、価値のない存在だったので、新しい自分になれば価値が生まれると信じていたんです」

「それで、どうなった?」

「いいえ。何も変わりませんでした。誰にも必要とされないままで、何も変われないまま帰ってきたところを、あなたに出会ったんです」


 冷静を装って、淡々と答える。この歳で思春期みたいなことを言うなんてと思ったが、事実なのだから笑われたって仕方がない。

 けれど、オルテンシアの返事を聞いたシグルズは、決して笑ったりしなかった。


「自分の価値は自分で決めるものだ。他人に付けられた値札なんて、求める必要はない」


 オルテンシアはそれが出来なかったから、他人に自分を委ねようとした。

 シグルズの言う通りなのは分かっていても、だ。

 

「君がどうしてそう自虐的なのかは聞かないが、少なくとも俺もこの博物館も、オルテンシアを必要としている。新しいオルテンシアじゃない、今目の前にいるありのままのオルテンシアだ」

「……本当に、シグルズさんは優しいお方ですね」


 シグルズに必要とされて、オルテンシアはこの博物館で働くことを選んだ。

 あの時、シグルズに自分の存在を望んでもらえたことに、オルテンシアは確かに喜びを覚えていた。

 自分の価値を見つけてくれるのは、彼なのかもしれないと感じていた。


(だからなのかな。シグルズさんのことがずっと気になって仕方がなかったのも……)


 リーナに対して嫉妬のような感情を覚えたことも、エドアルドとの間柄のような絆が欲しいと思ったことも。

 今までの自分ならありえなかったことだと自覚している。

 シグルズのことが特別に思えるのは、彼なら無価値な自分を変えてくれると無意識的に望んでしまっていたからなのだ。ようやく、自分の心に整理がついた。


「オルテンシア、君は価値のない人間などではない。そして……誰かに必要とされることだけが、人生ではないよ」


 それでも、誰かに存在を望まれなければ生きていけない。その空っぽの心をシグルズによって勝手に満たしている。こんな自分は、シグルズの目にはどう映っているのだろうか。

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