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オルテンシアの魔法博物館 〜出戻り魔法使い、博物館の経営始めます!〜  作者: 雪嶺さとり


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12/29

12.トラブルは突然に(1)

 順調に思えた博物館経営だが、人手不足は相変わらずで求人広告はなかなか効果を発揮してくれない。


 来館者も落ち着いてきたため今のうちに企画展の用意をシグルズと進めたいところだが、オルテンシアを待ち受けていたのは予想外の出来事だった。


 ある日の午後のことだった。

 一人の来館者が受付のカウンター前で、リーナに対して大声で話しかけていた。

 

「うそ、あなた、リーナじゃない!」


 甲高い女性の声がエントランスに響き渡る。

 

「お久しぶりです。現在はこちらの博物館にお世話になっておりまして」

「まだこの街にいたなんて! 信じられない、だから早く故郷に帰った方がいいって言ったのに。まだここで働くつもりなの? もういい加減にした方がいいわよ」


 大声に怯えてしまったのか、リーナは返事をすることさえできていない。

 ちょうど事務室に居合わせていたオルテンシアは、声を聞くなりトラブルの予感を察知し、すぐに割り込みに行った。


 リーナの羽が心なしか、しおれた花のように下を向いている。

 

「お客様、どうかなさいましたか? お困りでしたら私が」

「ああ、違うんです。私、この人の元同僚なので気にしないでください。お騒がせしてすみません」


 申し訳なさそうに謝ってはいるものの、口調は少し強引で、一方的にまくし立てると、オルテンシアの話でさえ遮って続けようとする。


「あのね、リーナ。悪いけど、この街はあなたみたいな妖精には向いてないのよ。また酷い目に会いたくなかったら帰った方がいいってみんなそう思ってるわ」

「それは……」

「失礼ながら、みんなとは、どなたのことでしょうか」


 なおも割り込んでくるオルテンシアに、女性はムッとしたように顔をしかめる。


 だがオルテンシアもここで引き下がるわけにはいかない。


 先程から、この女性はリーナに対してひどく乱暴な物言いをしているではないか。

 リーナをカウンターから下がらせると、オルテンシアは目の前の女性に向き直る。


「リーナさんはこの博物館に欠かせないスタッフであり、大切な仲間です。どのような理由からのお気遣いであるかは存じ上げませんが、リーナさんに故郷へ帰って欲しいと思っているスタッフはここにはおりませんのでどうかご心配なく」


 きっぱりと言い切るも、かえって女性は勝ち誇ったかのような笑顔になる。

 

「あなた、ここの館長さん? 知らないみたいだから教えてあげるわ。あの子のおかげで窃盗騒ぎが起きて、私たちの店にたいへんな迷惑がかかったのよ」

「ですがそれはリーナさんの犯行ではないはずで……」

「なんだ、知ってたの。でもそんなのとっくに分かってるわよ」

「え……?」


 思わずオルテンシアは唖然としてしまった。

 今、彼女がなんと言ったのか、理解ができない。

 

「妖精が嫌いな同僚が、あの子を追い出すために仕組んだ事件よ。おかげでホテルに陰湿なイメージが付いて、客足が減っちゃったじゃない。どっちも迷惑だわ」


 吐き捨てるように言われた言葉は、ひどく冷たいものだった。

 

「オーナーは妖精を受付に置けばマスコットみたいで人気が出るって期待したんでしょうけど、人間みたいに働く妖精なんて妖精らしくないって思われてたわよ。それに、リーナが来てから余計な面倒事ばかり増えて、みんな迷惑してたわ」


 妖精嫌いな人間が、リーナを追い出すために濡れ衣を着せた。目の前の女性はそれを知っていながら、リーナをかばうことさえしなかった。


 それどころか、迷惑とまで言い切るなんて。

 どうりでリーナが言い返せないわけだ。


 この女性の態度は、これ以上看過できない。


 だが、そう思ったのはオルテンシアだけではなかったようだ。


「お客様、館内ではお静かに」


 騒ぎを聞きつけたのか、シグルズが現れて女性にそう言う。

 いつもより低い声で、オルテンシアは少し驚いてしまった。

 

「あら、ごめんなさいね。つい熱が入っちゃって」


 先程オルテンシアにしたのと同じように勢いで押し切ろうとしたのだろうが、シグルズは流されなかった。

 

「マナーを守れない方には入館をお断りさせて頂いております。どうぞ、お引き取りください」

「なっ」


 きっぱりと言い放たれて、女性は絶句する。

 言い返そうとして眉を釣りあげたものの、シグルズの顔を見て反論は諦めたようだ。

 

「あなたたちのためを思って忠告してあげたのに」


 ぼそりと呟くと、心底不思議そうな顔で首を傾げながら、女性は去っていった。

 ようやくエントランスは静けさを取り戻す。


 

「全くやかましい客だったな。ブラックリストでも作っておこうか?」

「いえ、それはまだ大丈夫です。でも助かりました。あの人すごい剣幕で、ちょっとどうしようかと……」

「ああいうのは、客としてカウントしなくていい。ヤバいと思ったらすぐ追い出せって、飲食店経営者から教わったからな」


 というと、先日のカフェの青年だろう。

 接客の心得は彼から学んだということか。


「それにしても、何がしたかったんでしょうか」

「リーナの前の職場については俺たちの思っていた通りだったようだが、想定より陰湿なことになっていたな」

「いくらなんでも酷すぎます。妖精をなんだと思っているんでしょうか。リーナさんに聞かれてないといいんですけど……」

「無理だろうな」


 自分から言っておきながら、シグルズに同意するしかない。

 そっとしておくべきなのか迷ったが、何も無かったことにはできない。

 二人でリーナの姿を探せば、彼女は事務室の隅でうずくまっていた。


「リーナさん……」


 リーナの腕が震えている。

 いつもの伸びた背筋やはきはきした喋り方から、しっかりしていると思いがちだったが、今のリーナは小さな子どものようで心が痛かった。

 

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