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オルテンシアの魔法博物館 〜出戻り魔法使い、博物館の経営始めます!〜  作者: 雪嶺さとり


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11/29

11.魔法博物館、開館

 明くる日、ようやくグレイナーシャ魔法博物館は念願の開館日を迎えることができた。

 諸々の準備を終えてエントランスに戻って来ると、ふらりと姿を現したのはエドアルドだった。


「いやあ、あの状態からひと月でここまで持って来てくれるなんて、やっぱりあなたを雇って正解でしたねぇ」

「おかげさまで、なんとかなりました。ほとんどは、シグルズさんとリーナさんのお力ですが」

「そんなことありませんよ。僕が何も言わなくても、あなたはグレイナーシャ氏の意志を第一に考えてくれていましたからね」


 エドアルドの言う通り、オルテンシアは彼から特にあれこれと指示は受けていない。


『ぶっちゃけ利益はそんなに求めてないので、自由にやってください。僕に検証されるつもりでいいので』、とだけ言われていた。


 グレイナーシャ氏という方は、恐らくというより、間違いなく多くの資産を有している隠居した魔法使い、という人物だろう。


 そんな人が私財をわざわざ集めて博物館を開くというのだから、後世の魔法使いたちのため、という思いがあることはすぐに想像できる。


 だからこそ、学生は入館料無料にしたのだが、エドアルドは意外にもそこを評価してくれたようだ。


「いつかグレイナーシャさんに会わせてていただくことは可能でしょうか」

「然るべき時が来たら、とだけ言っておきます。向こうもきっとあなたに会いたがっているので心配はしないでください。会ったら嬉しすぎて号泣しそうなぐらいですよ」

「なんです、それ……」

「それに、案外あなたが強く会いたいと願えば、すぐにでも飛んできてくれるんじゃないんですかね」

「本当になんですか、それは……」

 

 明らかにウソだろう。

 エドアルドときたらニコニコと冗談ばかり言ってくるものだから、だんだんオルテンシアも受け流し方が分かってきた。


「オルテンシア、あっ違った、館長さん! お花はここでいいかしら?」

「問題ありませんよ。それと、館長ではなく名前で大丈夫です」


 イヴェッタが持ってきてくれた花瓶は、いつもよりどことなくきらきらと輝いているように見えた。

 というより、なにやら鱗粉のようなものが瞬いているようにも見える。


「ちょっとだけ綺麗にしておいたの。せっかくだし、良いでしょ?」

「妖精の祝福を受けた花瓶……売ったら凄まじい金額になりそうですね」

「もう、エドアルドったら!」


 ふんとそっぽを向きながら、イヴェッタはまたどこかに行ってしまう。

 彼女はいつも館内や庭のあちこちで自由に過ごしていて、ふらりと目の前に現れてくれる。


 こういう神出鬼没なのも妖精らしさを感じる。


「イヴェッタとも仲良くやってくれているようで何よりですよ。あなた方、時々お茶会なんかもしてますしね」

「あれ、そのお話しましたっけ?」

「いいえ。でも僕はいつも、あなたのことを見ていますから」


 急に歌劇のセリフのような気取ったことを言う。

 シグルズもそういうところがあるが、もしやエドアルドからの影響だったりするのだろうか。

 

「ふふ。エドアルドさんったら、今日は冗談ばっかりですね」

「ひどいですねぇ、冗談なんかじゃないのに」

「え?」

「それじゃ、僕は子分の様子でも見るとしますかね」


 エドアルドは手を振りながら去っていく。シグルズを探しにいくつもりなのだろうが、意味深なことを言ってからかうのはやめて欲しい。

 

「でも、あの人に言われると本当のことみたい……」

「何が本当なんだ?」

「わっ」


 背後から聞こえてきた声に振り向けば、シグルズがいた。

 エドアルドとはすれ違いになってしまったようだ。


「なんだか、俺といる時より楽しそうに見えた。妬けてしまうな」

「どうしたんです、急に。シグルズさんまで冗談を言ったりして」

「嘘じゃない。本当のことさ」


 真剣な顔をして言うものだから、おかしくなってしまいつい吹き出してしまう。

 

「エドアルドさん、さっきシグルズさんのことを探しに行かれましたよ。心配しなくても、エドアルドさんはシグルズさんのことをちゃんと大切に思っていますから」

「待て、そっちじゃないんだが」

「それじゃあ、受付はリーナさんにお任せして、私たちは展示室の方に向かいましょうか」


 シグルズにしては珍しく、まだごにょごにょと何か言っている。

 もしかして、最近はあまりエドアルドに会えていなかったから、不満なのかもしれない。

 館長としてもう少し気を配るべきだったと心の中で反省しつつ、展示室へと向かった。


 

 開館初日は、宣伝を頑張った甲斐があったようでそれなりに来館者は訪れてくれた。

 噂を聞いた学生が何人も来てくれたり、先日のカフェの青年も初日にすぐに来てくれた。


「あの、この博物館、すごく素敵で大好きになっちゃいました。今度、同じクラスの子も連れてきてくれていいですか?」

「もちろんですよ。いつでもいらしてくださいね」


 目を輝かせた魔法学院の生徒から声をかけられて、内心目頭が熱くなってしまった時もあった。

 学生の間から話が広まれば、教師からも評価を得られるかもしれない。

 オルテンシアの学生自体から教師陣は変わっているかは分からないが、癖の強い教師が多かっただけに、彼らが高く評価する研究論文や学習施設といったものは学生たちからの信頼も篤くなる。


 収益を目的としている訳では無いが、閑散として来館者がいないような状態は望ましくないため、できる限り良い状態を維持できるようこれまで同様できることはしていくつもりだ。


 閉館後、リーナが集めてくれたアンケートをざっと眺めて話し合う。


「古代魔法書の展示、標本類、ワンドや占術道具といった古典的なものから新しい魔法弦楽器まで……アンケートは大体この辺りに言及されていましたね」

「魔石標本はやっぱり目を引きますからね。種類も相当に多いですし」


 来館者の満足度はおおむね問題は無さそうだが、やはり、目立つものや印象に残るようなインパクトのあるものが多く言及されている。


「『解説が専門的で詳しいけれどちょっと分かりづらい』、か」

「もう少し補足のキャプションを追加しましょうか。入学したばかりの学生には難しかったかもしれません」

「こっちは『展示物に触れてみたいと思った』、との意見ですね。触れるとなると、展示物が限られてくると思いますが……」

「魔法弦楽器の小さな物ならいいんじゃないか。俺の方で少し検討してみる」


 来館者の視点でないと得られない気付きはいくつもある。中にはこちら側ではなかなか出てこない発想だってある。


 リーナの進言で設置したアンケートだったが、早速効果を発揮してくれていた。

 できる限りたくさんの意見を取り入れようと、手元にある分から読み進めていく。


 『受付の方が妖精で、神秘的でとても綺麗な姿が博物館の雰囲気とよく似合っていると感じました』


 その言葉に思わず口元が緩んだ。

 同じことを考えてくれる来館者がいたとは。スタッフのことにまで言及してくれるのはとても嬉しい。

 門をくぐれば季節の花々が並び、扉を開けると美しい絵画と輝く羽をたずさえた妖精が出迎えてくれる博物館。


 リーナを宣伝に利用したいわけではないが、なんとロマンチックな場所だろうかと思う。

 アンケートの回答にはまだ続きがあった。

 

『せっかくだし、妖精に関連する展示を置いたらもっと良くなるんじゃないかと思います』


 確かに妖精に関する展示室はない。絵画や魔法書に関連するものは置いてあるが、そこまで数はなかった。


 なるほど、この手があったかとオルテンシアは早速構想を練り始める。

 しかし、妖精に関するものと大雑把に言ってもいくつもある。

 どのような展示が、この博物館のコンセプトに相応しいか――――。


「あなたたち、熱心なのはいい事だけれどもう夜も遅いのだからそろそろ帰らなきゃだめよ」


 いつの間にか現れたイヴェッタに言われ、三人揃って顔を上げた。

 壁掛けの時計を見ると、いつもよりうんと遅い時間になっていた。


「そうですね。明日もありますし、今日はこのくらいにしておきましょう。戸締りだけしてから帰ります。お二人は先に帰っていただいても……」

「なら俺も付き合おう。夜道を一人で歩かせるわけにはいかない」

「でも」


 迷惑では無いかと渋るオルテンシアに割って入ったのはリーナだ。

 

「ぜひそうするのです。館長さんの身に何かあってはいけませんからね、それでは私はお先に失礼します。お疲れ様てました」

「リ、リーナさん!?」


 口を挟む隙もなく、リーナは一息でまくし立てるとさっさと出ていってしまう。


(なんだか、最近のリーナさんって……)


 一緒に買い出しに出かけた日からだが、オルテンシアはやたらとシグルズと二人きりにされがちになっている。


 あの時、シグルズは特に出かける理由が無さそうだったのに、わざわざ理由をつけてオルテンシアと出かけさせたのではないかと違和感を覚えていたのだが、それ以降も似たようなことが続いている。


 迷惑しているわけではないが、リーナになんだか妙な勘違いをされているのではないかと気がかりになってしまうのだ。

 

「それじゃ、二人で帰ろうか」


 オルテンシアの内心を他所に、シグルズはわざわざ二人で、ということを強調してそんなことを言う。

 相変わらず、シグルズは女性の扱いに長けているようだ。

 オルテンシアの理想に合わせたかのような振る舞いは、一体どうしたら身につけられるのかと聴きたくなるぐらいだ。


(やっぱりこの人、恋愛経験豊富なんだろうな……)


 そうぼんやりと考えてから、ハッと目が覚めたような気になる。

 まさか、自分が彼と恋をしようとでも?

 馬鹿げている。そんなだから、リーナにもおかしな勘違いをされてしまうのだ。


 職場恋愛はトラブルの元。絶対厳禁だ。


 余計な考えをすぐにかき消すと、オルテンシアは固く鍵を握りしめた。

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