深層心理
男の言葉は、間違っていた。
ネラは根源の力に水属性を加えていない。
それなのに、心に絡みつく言葉。
まるで静かに自分の心臓を握られるような感覚。
ーー深層心理。
口から、彼を否定する言葉が出てこない。
男は静かに、ゆっくりと呟き始める。
それはまるで呪文の詠唱のように、部屋の空気を震わせる。
「冷静……同化……違う……」
冷静ではない。同化でもない。それは確かだ。
だが、混ぜているのか?
自分は混ぜているのか?
己の清らかな炉に、何かが纏わりついたのを感じる。
それは煤ではない何かだ。
炉の蒼い炎が揺らめく。だが、形は失われず燃え続けている。
男が先程より強い口調で言った。
それは呪文の詠唱が終わって放つ瞬間のように。
言葉が鋭く響く。
「何か『生命とは水のような形のないもの』みたいなイメージ混ざってないか? それはどういう言葉になる!?」
ーーそれだ。
男の出した言葉が、まるでパズルのピースのように噛み合う。
根源の力を生み出す時には、それも含めている感覚がある。
魔導書を握る手に力が籠っているのを感じる。
慌てて口を開いた。
「『魂』……そう、魂そのものよ。でも、それを口にするのは禁忌のはず……」
水のような形のないものとは「魂」そのものだ。
ネラは言葉を発した。
だが、男は即座に否定した。
「違う、そういう事ではない。」
ーー違う?
ネラの思考が止まる。
一瞬の空白が、心臓の鼓動を大きく響かせる。
男は続ける。
「『地の生命力』と『光の命』のようなものと『水のような形のないもの』ってイメージが配合されて『魂』として出来上がってんだろ?」
あぁ、そういう事か。逆か。
「水のような形のないような物」が「魂」ではなく。
「魂」は「水のような形のないような物でもある」という事だな。
ネラは混乱した思考を整理する。部屋は整えられた。
だが、整理してしまった事によって、逆に自分の部屋の中にある異物の存在が際立つ。
目の前にいる男の存在。
「あなた、私の研究の全てを見透かしている……」
ーーこの男は何者だ。
自分の宝を奪いに来た盗賊なのか。
僅か数分で宝の部屋へと侵入されたような感覚。
ネラの炉の中で、薪が一瞬だけ乱れた。
整備されたはずの配置が、わずかにずれ、火の勢いが偏る。
それなのに、男の炉は変わらず、寸分の狂いもなく整えられている。
「怖いわ……」
無意識に言葉が漏れた。
声は小さく、しかし部屋の隅々にまで響いた。
ネラは魔導書を胸に抱きしめ、視線を落とした。
炉の火は、まだ燃え続けている。
だが、今、そこに異物が入り込んでいる。




