煤
ネラは魔導書のページをゆっくりと捲った。
視線は滑らかに滑り、文字の列をなぞるように動く。
しかし、それはただの仕草に過ぎなかった。
彼女は魔導書の内容を一切読み返していない。
「根源は……生命そのものの本質よ。死者を蘇らせる力も、これから生まれるの」
今、自分が目の前の男に興味を持ち始めていることを、ネラは感じていた。
だから、払い落とす。
炉についた煤を、柔らかく、滑らかに、そっと払い落とす。
興味という煤が、火の純度を曇らせる前に。
彼女の炉は、常に清らかに保たれなければならない。
それが、彼女の掟だった。
男が静かに呟いた。
「地属性と光属性の融合だな……」
ネラは驚きの表情で目を見開いた。
赤い瞳に、わずかな揺らぎが走る。
「あら……そこまで見抜くとは。私の研究の核心に近づいているわね……」
男の言う通り。
根源の力――死者蘇生には、生命力の増加だけではなく、生命そのものの本質を組み込まなければならない。
また、半分正解で、半分外れの答えではあるが、そこには男の言う光属性の概念が融合されている。
それが根源の力を生み出す。
単なる地属性の生命力だけでは、死者の肉体を動かすだけの空虚な殻が生まれる。
光属性の「命の輝き」が加わることで、初めて連続した存在が再現される可能性が生じるのだ。
だが、多くの術師は、光を「癒し」や「浄化」の属性としか認識しない。
だからこそ、死者蘇生は禁忌とされ、試みた者は「生命を冒涜した」として断罪される。
根源の力の本質を理解しないままに手を伸ばせば、魂は断絶し、肉体は崩れ、心は永遠の空白に落ちる。
それが、この世界で死者蘇生が許されざる術たる理由だった。
「続けてくれ」
男は続ける。
その声は穏やかだが、視線は変わらずネラに固定されていた。
ネラは男の雰囲気に、静かな関心を抱いた。
風貌とは対照的で、繊細な男だと。
彼の薪の積み方は、寸分の狂いもなく整えられている。
雑に放り込まれた薪が火を乱すことなく、均等に燃え続ける。
これなら、彼も理解出来るのかもしれない。
根源の力を。
彼を試してみたくなる衝動が、炉の底で静かに揺らめいた。
ネラは手のひらに青白い光を宿らせた。
淡く、冷たい輝きが、部屋の空気をわずかに震わせる。
「では、実践的な証明をしてあげましょうか? この光が、根源の力よ」
男が静かに――だが強い言葉を放った。
「待て、お前の深層心理を聞きたい……それ青って事なら、何か水属性も混ざってるはずだ……」
研究室の空気が、一瞬だけ凍りついた。
ネラの炉の中で、薪が静かに音を立てて燃え始めた。
次の瞬間が、待たれていた。




