深淵の入口
男の視線は、真っ直ぐにネラに固定されていた。
研究室の様子にも、手に持つ本にも、動かない。
肩の鳥は興味深そうに本棚に視線を巡らせているようだったが、男の目は、彼女だけを捉えていた。
ネラは静かに息を吐き、ページをめくりながら言葉を続けた。
「根源の力は大地に宿る……そして、それは私たちの魔力の源でもあるの。もっと詳しく説明しましょうか?」
どうやら、男も「証明」の在り方がわかっているようだ。
しかし、在り方はわかっていても、どこまでわかっているのか。
ーー証明の輝きが見えているのか 。
ーーそれとも、宝の地図を見つけただけなのか。
ネラは男を試すように、言った。
男は軽く笑みを浮かべ、言葉を返した。
「根源の力ってのは、少し小難しい言い方になってねぇか? それってただの大地の生命力の地属性がベースって事だろ?」
ーー半分正解。半分外れ。
男の言葉は正解している。
だが、根源の力とは、そんなに単純な物ではない。
その答え方では、あの林檎を果物と答えているようなものだ。
ネラは不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ……その程度の理解で私の理論が分かるとでも? 根源は、もっと深く、もっと根源的なものよ」
死者蘇生の禁忌には、男の言う通り、生命力の概念が必要となる。
しかしながら、生命力を究極に強化しただけでは死者蘇生にはならない。
禁忌とは、それだけ複雑で、多層的な術なのである。
単なる「生命力の増幅」ではなく、魂の構造、肉体の再構築、心の連続性、そして倫理の境界を同時に超える行為――それが、この世界で死者蘇生を禁忌たらしめている本質だった。
多くの術師が「生命力さえあれば蘇生できる」と浅く考え、失敗を繰り返す。
だが、真の禁忌は、生命力の向こう側にある「連続した存在」の再現にある。
それを試みた者は、魂の断絶、肉体の崩壊、心の喪失を招き、結果として禁術と烙印を押されるのだ。
男は静かに口を開いた。
「よし、続きを聞かせてくれ」
彼の視線は、真っ直ぐにネラを見つめながら。
研究室の空気が、わずかに重みを増した。
ネラは本を胸に抱きしめ、ゆっくりと息を吐いた。
この部屋は、彼女の孤高を護る最後の砦だった。
その誰も入らなかった空間に、今、男の影が落ちている。
それなのに、彼女の心は、静かに燃えていた。
孤独を、初めて共有できるかもしれない――そんな予感が、蒼い炎のように揺らめく。




