駆け引き
ネラの胸に、静かな高揚が広がっていた。
それは、ただの知識の分け合いから生まれるものではなかった。
男の口、意図せず零れ落ちた言葉
――メイニヤックは俺の想定してない召喚獣として生まれた
それは彼女の心に小さな勝利の灯をともしたのだ。
召喚魔法に、そんな「想定外」が起こり得るのかと、彼女は初めて知った。
あの黒い巨犬は、男に完全に忠誠を誓っているように見えるのに、尚も「想定外」の存在として生まれたと言っている。
そこには、まだ見えない何かが潜んでいる。
ネラの赤い瞳が、好奇心の光を湛えて輝いた。
そして、何より重要なのは――男は、まだ情報を「提供」していないということだ。
彼の口から滑り落ちたのは、ただの無意識の漏れ。「交換材料」としてではない。
彼女はそれを、優位に受け取った。
このやり取りは、互いの価値を量り合うもの。
今、わずかだが、彼女が一歩前に出たのだ。
ネラはゆっくりと息を吐き、声を柔らかくした。
「召喚獣と研究……その過程、もっと詳しく聞かせて。私も新しい発見があるかもしれないわ」
下手に出るような、穏やかな微笑みを浮かべて。
だが、心の底では、鋭く狙っていた。
もう一言、何かが零れ落ちるかもしれない。
この男の隙を、そっと突く。
男は軽く肩をすくめ、口元を緩めた。
「それなら、こちらから出す情報は召喚獣の繊細な生成プロセスでいいか?」
ネラの胸に、微かな失望がよぎった。
やはり、抜け目がない。
自分の狙いが失敗したことを、ネラは瞬時に察する。
ーー恐らくもう口を滑らせることはない。
交換の形へと、きちんと戻してきた。
もしかしたら、この男は、最初からそう仕組んでいたのかもしれない。
敢えて小出しに「想定外」の言葉を零し、彼女の興味を強く引きつけておいて、
今、ここで本当の交換に持ち込む。
ネラは静かに思った。
してやられたのかもしれない。
だが、それでいい。
これはまだ入口だ。
一歩引かれたとしても、別の角度から求めればいい。
このやり取りは、まだ終わらない。
男はさらに言葉を続けた。
「ただ、それを聞くとアンタはとんでもなく損をする事になる……」
意味深な響き。
ネラの身体が、小刻みに震えた。
だが、それは怯えの演技。
本当の興奮も混ざっているが、大げさな演技。
この男は、また駆け引きを仕掛けているのだろうか?。
損をする――それは、私の魔術の欠点を暴かれることか?
それとも、もっと深い、恐ろしい何かか?
ネラは敢えて、声を震わせて問うた。
「その……損をするというのは、私の魔術の欠点を知ること? それとも……もっと恐ろしい何か?」
怯えた孤独な魔女の姿を、わざと見せて。
さぁ、何を言う?
この言葉の向こうに、何を隠している?
男は静かに答えた。
「いや、違う……俺には先生の友人がいるんだよ。近々論文にしてもらうんだよ。だからわざわざ俺に聞かなくても、それ見ればいいんだよ」
男の言葉にネラの瞳が、わずかに揺れた。




