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森の静けさは、言葉が落ちるたびに深みを増していた。
木々の間を抜ける風が、わずかに葉を震わせ、二人の間に細い糸のような緊張を張り巡らす。ネラは手のひらをゆっくりと開き、そこに小さな炎を灯した。橙色の揺らめきが、彼女の赤い瞳に映り込み、静かな決意を映す鏡のようだった。
「破壊の術も使えるわ」
その言葉を口にしながら、ネラの心はすでに先を測っていた。
この男の知識――あのメイニヤックだけでなく、肩に留まる鮮やかな緑と赤の鳥にも、何か特別なものが潜んでいるはずだ。それを探るために、まずは自分の手の内を少し晒す。
だが、それだけではない。
このやり取りは、ただの紹介ではない。互いの価値を量り、相手の底を試す戦いだ。
彼女は静かに息を吸い、言葉を続けた。
「……でも、それよりも生命力を奪う禁術の方が得意よ。見せてあげましょうか?」
一瞬の間。
ネラの胸に、先ほどのやり取りがよみがえる。
男は彼女の核心――生命を操る術――を「保留」と切り捨てた。
ただの破壊の術など、興味を持たないだろう。
だからこそ、ここで価値を上げる。
自分の提供する情報を、もっと高く見せる。
この男に、負けたくない――そのプライドが、蒼い炎のように胸の奥で静かに燃えていた。
男は軽く首を振った。
「いや、似たような技があるから大丈夫だ。後、多分それは禁術ではないと思う……」
ネラの瞳がわずかに細まる。
保留の言葉は予想通りだった。
感じたのは男の言葉の後半ーーそこに彼女の心を刺すものがあった。
禁術ではない。
生命を奪う術は、当然禁忌のはずだ。
この男は、理解出来ていない愚者なのか。
それとも、理解した上で、敢えてそう言っている賢者なのか。
彼女は眉をひそめ、声を低く抑えて問うた。
「禁術でない……? 私の知識が間違っているはずがないわ。では、あなたの言う『生命を奪う術』とは?」
曖昧に、しかし鋭く。
敢えて核心をぼかして聞くことで、男の理解の深さを測る。
この瞬間、森の空気がさらに重くなった。
言葉は静かだが、二人の間には見えない刃が交錯していた。
男は肩をすくめ、淡々と答えた。
「俺のは相手を腐らせるってだけのただの闇属性の技だな。恐らくあんたのそれはそこに大地の生命力……う〜ん、恐らく水だな……水の同化の属性が複合されてるんじゃねぇか?」
その言葉が、ネラの胸に落ちた瞬間――すべてが繋がった。
大地の生命力。
水の同化。
まさにその通りだ。
彼女の術は、生命を奪うのではなく、吸収し、取り込む。
吸収の概念に、禁忌の生命に概念を複合させたからこそ、禁術と呼ばれる。
だが、この男はそれを一瞬で見抜き、属性に分解した。
単純な禁術とは違う。
これは、彼女の研究そのものに近い。
ネラの目が見開かれた。
驚きが、静かな波のように広がる。
「まさか……私の魔術の本質を見抜くとは。あなた、ただの召喚師じゃないわね?」
確信が胸に満ちた。
この男は、理解している。
愚者ではない。
禁忌の淵を、恐れず、むしろ楽しむように覗き込んでいる。
自然と、興味が湧き上がる。
このやり取りは、静かだが、ただの会話ではない。
互いの魂を削り合うような、しかし同時に、心の奥底を優しく撫でるような、特別なものだ。
男は笑みを深め、軽く言葉を返した。
「勉強熱心なただの召喚魔術が得意な荒くれもんだよ。自分の召喚獣の生成プロセスを深く探っていったらこういう事が出来るようになったんだよ。そのメイニヤックが俺の想定してない召喚獣として生まれたのが俺のスタートラインだ」
ネラは静かに頷いた。
心の奥で、蒼い炎がさらに強く、しかし穏やかに燃え始めた。
この男との対話は、静かだが、ただの孤独を溶かすものではない。
互いの知識を分け合い、深く掘り下げ合う喜び――彼女は初めて、そんな感覚を味わっていた。
そして、彼女もまた、この交換を、心から楽しんでいることに気づいた。
森の風が、二人の髪を軽く揺らした。
次の一手が、待たれていた。




