見えない研究室
再び泉から顔を出す。ウルフと共に。
ネラはゆっくりと息を吐き、ウルフに向かって言った。
「執着よ、ウルフ。私が混ぜている感覚は『執着』」
自分の声に力が込められているのが、わかる。
間違いではないという、強い感覚。
胸の奥で、青白い光が微かに灯る。
「それだ……!? もっと詳しく言えるか……!?」
ウルフが目を見開く。
その様子から、自分のこれが確信へと変わる。
ネラは言葉を紡いでいく。
湖のほとりの風が、彼女の髪を優しく揺らし、木々の葉がささやくように震える。
「『死』とは『最大の欠如』と考えられるわ。その欠如を埋めようとする衝動こそが、闇属性のエネルギーの原動力」
ここまでの無意識が自然と一つの意識となり集まってくる。
ネラの声は静かだが、確かな響きを帯びていた。
「欠如……欠如か……なるほど……確かに……ある……」
ウルフもネラの意識を追いかけるように、言葉を呟く。
彼の瞳が、僅かに曇る。
ーーダメ。
無意識に自分の高鳴りに気づく。
少し、興奮しているようだ。
ネラは言葉を紡ぐ速度を少し、落とす。
今、私はウルフの研究室にはない道具を使っている。
彼に合わせてあげないと。
「最大の欠如……もう存在しないものを絶対に取り戻したいという想いには、病的とも言える程の強い『執着』が必要なるはずよ」
ゆっくりと、興奮という不必要な物を捨て、ただ冷静に。
ネラの声は、再び静かな水面のように落ち着きを取り戻す。
「なるほど、なるほど。確かにその通りだ……」
ウルフは自分自身に言い聞かせるように何度も何度も頷いている。
彼の手に羽根ペンが握られた事を感じる。
羽根の色は緑と赤のアルクの羽根かな?
ネラはそっとアルクに視線を移す。
ゆっくりと、彼がページを開くのを待つ。
「……貴方にも、そういった感情はあるんじゃない?」
再び視線をウルフに戻し、問いかけてみる。
彼が出す答えはもうわかっている。
これはもう確認の儀式。
ウルフは落ち着いた声で、だが力強く短く言った。
「俺にもある」
彼の魔術書に私の言葉が刻まれた。
湖の風が、木々の葉を優しく揺らし、朝日が水面に細かな光を散らす。
ネラの胸の奥の、青白い光がゆっくりとまた広がる。
それは、執着という名の新たな灯火だった。




