泉に響く脈動
朝の霧が湖面に薄く広がり、静かな白を纏っていた。
木々の影は細長く伸び、水辺に黒い線を描く。
湖のほとりにゆっくりと立つネラ。
足元の苔が湿り気を帯び、素足に冷たい感触を伝える。
彼女は水瓶を手に取り、膝を折った。
瓶を静かに湖に沈める。
水が瓶に満ちる音だけが、森の静寂を優しく破る。
それは、滴る水音ではなく、ゆっくりと広がる波紋のささやきだった。
ネラは目を閉じて、静かに心を整理する。
ウルフとの出会いによって、ネラの禁忌の研究は更に前に進む事へとなった。
勿論、まだ新たな風景は見えてはいない。
それでも、一歩一歩着実に、森のより奥深くへと彼女を誘う。
『魂とは水のような形のない物である』
ウルフとの話で得た学び。ネラはその概念を組み込んだ。
その結果『根源の力』は歪んだ。
青白い光は、歪な光へと変化した。しかし、その歪んだ光は今までよりも不思議と安定した。
この歪んだ光の方が、より魂らしいとネラば確信に至った。
自分の理論が間違いだったわけではない。これは泉を掘り進める作業。
浅い泉で水を汲み続けても、それはやがて泥に混じって濁ってしまう。
だから、泉をより深く掘り進める。
魂の研究を禁忌と言う者達は全て、この泉が浅かったからこそ、濁った水を飲み、やがて水が枯れ、喉の渇きにより死んだのだ。
ネラは瓶をゆっくりと引き上げ、水面に映る自分の顔を見つめた。
赤い瞳の中に、小さな光が微かに揺れている。
それは、歪みながらも、確かに安定した輝きだった。
冷たい水が瓶に満ちる音が止む。
ネラは立ち上がり、水瓶をそっと抱えた。
湖面に朝日が差し込み始め、霧が薄く溶けていく。
木々の葉が風に震え、かすかなささやきを上げる。
彼女は静かに息を吐いた。
「……やる事が多いわね」
思わず、声を漏らしてしまう。
その声に引き寄せられるような、もう一つの脈動。
荒く、強い口調の言葉。
だが、その声に胸が高鳴る。
「おい、おい!ネラ何処だ!?出てこい!」
「……ウルフ、落ち着けよ。多分、この辺りにアイツの小屋があったはずだよ」
「黙ってろ、アルク!俺が忘れるんだよ!」
ウルフだ。
また来てくれた。
ネラは腰を上げた。
水瓶をそっと抱え、湖の水面に映る自分の姿を一瞬だけ見つめる。
ーー大丈夫。いつもの私。
彼女は小さく息を吐き、声の元へと歩き出した。
霧がゆっくりと晴れ始め、木々の隙間から朝日が差し込む。




