第五章 教室と自己紹介
全面的に自己責任でお願いします。
教室に入ると、朝のざわざわ。
黒板にひらがなで名前と出席番号がかかれていたから、自分の席に座る。
机に手を置いた瞬間、思った。
(ここからや逃げ続けた人生の、その続きじゃない。新しい始まりや。)
チャイムがなり、黒板の前に先生が立つ。
「今日から一年、よろしくお願いします。
入学式であいさつしたけど私はこの一年一組の担任の土屋といいます。日直は、男女出席番号順で今日は足立くんと麻生さん宜しくね!
授業の始まりと終わりは挨拶をしますからその号令を二人でしてください。まず、やってみましょうね!
起立、きよつけ、礼と言って下さいね。皆は、ふたりに合わせて立ち上がり姿勢をただして、お辞儀です。お辞儀をしながら、朝はおはようございます、授業前はお願いします、授業終わりはありがとうございましたですよ。
着席で座ります。では、2人ともお願いしますね。」
「「き、起立!」」
「「きおつけ!」」
「「礼!」」
「「「おはよーございます!」」」
「「着席!」」
椿 有利は、席に着席静かに息を吸った。
――二度目の人生。
分団登校の列の中で、今、この教室で確かに、最初の一歩を踏み出した。
土屋先生は教卓に手を置いて、教室を見渡した。
「はい、よくできました。最初はちょっと緊張するよね。
じゃあ次は、みんなで自己紹介をしましょう。
名前と、好きなことを一つ。出席番号順でいきます」
教室の空気が、ほんの少しだけざわっとする。
(来たか……自己紹介)
前の人生では、ここが地獄やった。
何を言っても浮いて、あとで笑われて、変なあだ名をつけられて。
まぁ、小学生時代は、前もそれなりにやってたから大丈夫やろ。
そんなことを考えていたら、一番の席の男の子が立つ。
「足立 剛です。好きなことは、サッカーです。よろしくお願いします」
「よろしくー」
パチパチパチ。
皆が拍手する。次の子が立つ五十音順だから、俺の番は、まだだ。
無難。 普通。 それでいい。
次、次、と進んでいき、いよいよ自分の番が近づく。
胸が、少しだけドクンと鳴った。
(大丈夫や。嫌われない。良縁。強運)
白い部屋で入力した言葉を、心の中でなぞる。
名前を呼ばれた。
「次、椿 有利くん」
「はい!」
立ち上がる。
背筋を伸ばす。
前世で覚えた、**“目立たず、でも暗くならない”**立ち方。
「椿 有利です。好きなことは……泳ぐことです。よろしくお願いします」
一瞬の静寂。
そして、
「よろしくー!」
パチパチパチ
教室中から返ってきた声。
それだけ。
誰も笑わない。
ひそひそ声も聞こえない。
(……あ、ほんまに、何も起こらへん、よかった。)
拍子抜けするほど、普通。
席に座ると、さっき話した山下 武が小声で言った。
「自分、スイミングやってんの?」
「うん、ちょっとな」
「俺もやってたで!今はやめたけどまたやるつもり!」
「まじで?そうなん!一緒やな、曜日一緒やといいな!」
「せやな!もし一緒ならスイミングでもよろしくな!」
「うん!」
それだけの会話。
でも、胸の奥がじんわりあったかくなる。
(会話って、こんなに簡単やったっけ)
先生がうなずく。
「はい、ありがとう。じゃあ続けますね」
自己紹介は淡々と進み、特別な事件は起きなかった。
けれど有利は知っている。
それこそが奇跡やということを。
前の人生では、「何も起きない」ことが一番難しかった。
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




