~三年生、はじめてのクラス替え~
全面的に自己責任でお願いします。
三年生になった。
春の朝の空気は、まだ少し冷たい。でも、校舎の中は一・二年の頃より、なんとなく広く感じる。
(ついにクラス替えか)
一年、二年と同じ顔ぶれで過ごしてきたから、正直ちょっと緊張する。
けど、不思議と嫌な感じはなかった。
昇降口の前。
張り出されたクラス名簿の前に、人だかりができている。
「うわ、見えへん!」
「押すなって!」
そんな声の中、背後から聞き慣れた声がした。
「有利!」
振り返ると、山下 武がいた。 二年の頃より、少し背が伸びている。
「武。もう見た?」
「いや、今から。なあ、同じクラスやとええな」
「やな」
軽く笑い合って、二人で名簿を探す。
三年一組。
目で追っていく。
「……あった。椿 有利」
「え、どこ?」
「ここ。出席番号十二」
武が指でなぞる。
「マジか。俺は……」
一瞬、間があってから、
「お、俺も一組や!」
「ほんまに?」
「ほんまほんま!」
二人で顔を見合わせて、同時に笑った。
「よかったな」
「よかったわ~。知ってるやつおるだけで全然ちゃう」
(ほんまそれ)
前世の記憶が、一瞬よぎる。 クラス替えのたびに、胃が痛くなってた頃のこと。
でも今は違う。
少なくとも、ここに武がいる。
教室に入ると、机の配置が少し変わっていた。
新しい担任の先生。
知らない顔も、ちらほら。
席に座ると、武が後ろから声をかけてくる。
「なあ有利、三年から算数むずくなるって聞いたで」
「分数とか出てくるらしいな」
「げ……」
「でも、ちゃんとやれば大丈夫やろ」
「その“ちゃんと”が一番むずいねん」
苦笑する武に、有利は肩をすくめる。
「月木くもんあるし、そこで慣れるわ」
「相変わらずやな。有利」
武は感心したように言う。
「有利、今、習い事どんなんやってるっけ?」
「えーっとな」
指折り数える。
「月木がくもん。月水がそろばん。金が沖縄空手。土がスイミング」
「……忙しすぎへん?」
「まあ、慣れた。沖縄空手は、今週からやし。」
本音や。
全部、生活の一部になっている。
体は疲れるけど、翌日には残らない。
むしろ、動いてる方が調子がいい。
「俺、ゲームばっかやわ」
「それもええんちゃう」
「有利みたいにはなれん」
「ならんでええやろ」
有利は笑う。
「武は武でええやん」
一瞬、武が目を丸くしてから、照れたようにそっぽを向いた。
「……そういうとこやぞ」
「どこ?」
「なんでもない」
チャイムが鳴り、新しい担任が自己紹介を始める。
三年生。
新しいクラス。
新しい空気。
でも、有利の生活の芯は変わらない。
平日は、学校と宿題と習い事。 金曜は空手で汗をかき、
土曜はスイミングで長く息を吐く。
(焦らんでええ)
一気に変わらなくていい。
続けることが、一番強い。
黒板を見る目が、自然と前を向く。
三年生。
有利の二度目の人生は、また一段、静かに、でも確実に進み始めていた。
沖縄空手 ~静かな強さ~
金曜日。
学校から帰って、いつも通り宿題を終わらせてから道着を広げる。
真っ白で、まだ少し糊の匂いが残っている。
(空手か……)
前の人生でも、武道に憧れたことはあった。
でも、体力も気力も続かんかった。
今は違う。
細いけど、体は軽い。
息も乱れにくい。
さっと道着を来て支度を整える。
「行ってきます。」
道場までは、自転車で20分、普段は、通らない道を行く。
(前の小学生時代は、こっちには、来ることなかったな。)
そう思いながら自転車を漕ぐ。
道場は、沖縄会館の一角。
畳の上に、すでに何人か子どもが並んでいた。
「正座」
低く、通る声。
白髪交じりの先生が、前に立っている。
表情は厳しいが、目は穏やかや。
(この人、怖いタイプちゃうな)
自然と背筋が伸びる。
「今日は体験も含めて、基本からやる」
準備運動。
正拳突き。
前蹴り。
一つ一つの動作が、ゆっくりで、静か。
(派手やないな)
でも、無駄がない。
有利は、先生の動きをよく見て、真似する。
力を入れすぎず、軸を意識する。
「……君」
先生が、有利の前で止まった。
「名前は」
「椿、有利です」
「力、抜きなさい」
一瞬、どきっとする。
「はい」
「ええ。今ので合っとる」
それだけ言って、次へ行く。
(見られてた)
でも、嫌な感じはない。
むしろ――
(ちゃんと、見てくれてる)
汗が、額を流れる。
息は上がっているけど、苦しくない。
スイミングで鍛えた呼吸が、ここでも生きている。
最後は、礼。
「ありがとうございました」
声が揃う。
畳の上で正座しながら、有利は思った。
(これ、続けられる)
勝ち負けでも、力比べでもない。 自分の身体と、向き合う時間。
帰り道、夜風が気持ちいい。
(強くなるって、こういうことかもしれんな)
無理に前に出なくていい。
でも、逃げもしない。
静かに、芯を作る。
それが、有利の選んだ【新しい強さ】だった。
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




