第七章 初めての休み時間
全面的に自己責任でお願いします。
教室がざわめく。
「なあ有利、さっきのやつ、分かりやすかったわ」
「慣れたら簡単やで」
「頼りにしてるわ〜」
冗談半分の声。
でも、ちゃんと信頼が混じってる。
(これでええんや)
誰かに必要とされる。
でも、背負いすぎない。
有利は椅子にもたれ、窓の外を見る。
校庭では、もう走り出してる子もいる。
青い空。
乾いた風。
小学生の午前中。
二度目の人生は、派手じゃない。 けど――確実に、前よりずっと、健やかやった。有利はランドセルから赤白帽を取り出し、頭にかぶった。
「行こや、有利!」
武がもう校庭に向かう気満々で声をかけてくる。
「ええで」
二人で廊下を走らんように気をつけながら、昇降口へ向かう。 外に出た瞬間、ぱっと視界が開けた。
校庭の土の匂い。
ボールの弾む音。
一輪車に竹馬、誰かの笑い声。
(ああ……これや)
前の人生でも、小学生の頃は好きやった。
外で遊ぶこの感じ。
頭で考えすぎなくてええ時間。
「ドッジやってるで!」
武が指さす先では、すでに何人か集まっていた。
同じクラスの子も、他のクラスの子も混ざっている。
「入ってええ?」
「ええでー!」
自然に輪に入れる。
誰も顔色をうかがわない。
拒まれる心配もない。
(これが“嫌われない”ってことなんやな)
ボールが飛んでくる。
反射的に避けて、転がったボールを拾って投げ返す。
「ナイス!」
「今の惜しかったな!」
そんな言葉が飛び交う。
有利は全力では走らない。
でも手は抜かない。
(張り切りすぎへん。けど、ちゃんと混ざる)
それだけで、十分楽しい。
何回か当てられて外に出ると、武が隣に来た。
「有利、運動もできるんやな」
「普通やで」
「いや、普通より上やと思う」
そう言われて、少し照れる。
(前も、こうやって笑ってたな、まぁ、太ってたから、運動は苦手やったけど。)
中学に入る前までは。
世界が、急に歪む前までは。
確かに笑って過ごしてた。
予鈴が鳴る。
「戻らなあかん!」
「急げー!」
みんなが一斉に昇降口へ向かう。 砂を払って、靴を履き替えて、教室へ。
席に着くと、息が少し弾んでいた。
(ええな……この疲れ)
体を動かした後の、心地いい疲労感。
前の人生では、いつからか忘れてしまっていた感覚。
次は三時間目。
そのあと給食。
有利は机に頬杖をついて、ふと思った。
(この時間を、ちゃんと積み重ねていけばええ)
焦らんでいい。
急がんでいい。
小学生の今は、土台を作る時間や。
チャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。
二度目の人生は、今日も一コマずつ、静かに前へ進んでいった。
放課後~積み重ねる時間~
終わりのチャイムが鳴った。
「はい、今日はここまで終わりの会をおわります。」
「「起立、気を付け、礼!「さようなら!」」」
「はい、さようなら。皆、気いつけて帰るんやで!」
「「「はーい!」」」
一斉に椅子を引く音。
教室は、また一段とにぎやかになる。
「有利、一緒に帰ろ!」
武がランドセルを背負いながら声をかけてくる。
「うん!」
「家帰ってから遊べる?」
「ごめん、今日はくもんあんねん。」
「そうなんか?ほな、また今度遊ぼな!」
「うん!」
二人で帰り道を歩きながらたわいもない話でわらいあう。
夕方の空は、少しだけオレンジがかっている。
(前も、こんな感じやったな)
家にランドセルを置いて、お茶を飲みおやつをかじる。
時計を見ると、ちょうどいい時間。
「行ってきます」
返事はない。
母はまだ仕事中。
父は、昼に1度帰ってきて晩御飯を作ってまた仕事に出たみたいだ。今日は、肉じゃがと味噌汁だった。帰って来たら温め直して、食べるのが楽しみだ。
有利は靴を履き、自転車でくもんへ向かう。
この自転車は、前回も今回も叔母夫婦が入学祝いに買ってくれた物だ。
申し訳ないが今生は、学生中の恩返しで許してくれ。
もうあんな思いはしたくないし、何気に従兄弟が話の分からないやからなキチガイなんだ。
正直、関り合いたくない。
叔父が生きてる間は、まだましだったが、それ以降は最悪だったんだ。
叔父が一番最初に亡くなったから、たしか俺が23歳だな。それまでは一応恩返しするつもりだ。
そんな決意をしていたら、公民館についた。
教室には、同じ学校の子もいれば、他校の子もいる。
静かで、紙の音と鉛筆の音だけが響く空間。
(ここ、嫌いじゃない)
プリントを配られ、黙々と解いていく。
計算。
文章問題。
読み取り。
英語
前の人生より、頭がすっと働く感じがある。
覚えたことが、ちゃんと残る。
(頭脳明晰……効いてるな。そう言えば、前回は、国算のみで、英語はしなかったな。していればよかった。)
先生がちらっと見て言う。
「早いね。有利くん」
「ありがとうございます」
褒められても、舞い上がらない。 淡々と、次へ進む。
くもんが終わると、そのままそろばん教室へ向かう日もある。 今日はそろばんの日だ。
前回はそろばんもしてなかった。
(今回は段持ちになりたいな~)
パチパチと玉をはじく音。
指先が自然と動く。
(数字に強くなるのは、悪くない)
終わった頃には、少し暗くなっていた。
家に帰る。
「ただいま」
まずは、キッチンで肉じゃがと味噌汁に火をつける。
手洗いうがいをし、カバンを部屋に入れたら、鍋をかき混ぜていく。 父は料理がうまい。 前の人生でもそうだ。
いい匂いがただよい。温まったらごはんだ。
「いただきます。」
(旨。いつぶりだろ父さんの料理。亡くなって一年、その前は、1人暮らししてたし。多分十年ぶりくらいかな。)
そんなことを考えながら黙々とたべる。
テレビの音。
湯気の立つ鍋。
一人飯
(ああ……これが、日常や令和じゃブチブチやれ虐待だ、育児放棄だ、言われる環境やろうけど、今まさにバブル崩壊直前か直後やからなこんな家も多い。まぁ専業主婦も令和に比べたら多いけどな。俺はまだ旨いもんを温かく食えて幸せや。)
派手じゃない。
でも、ちゃんと温度がある。
有利は、箸を持ちながら、静かに思った。
食器を流しに運び、軽く水で流す。スポンジを手に取り洗剤を少し垂らして、皿を洗う。
カチャカチャ
水の音をさせ、小さい手で皿を洗う。もう慣れたもんや。
(前も、自分で洗ってたしな)
特別なことじゃない。
当たり前のこと。
洗い終わった食器を水切りに並べ、手を拭く。
(これでええ)
テレビでは、あまり興味のないバラエティ番組が流れている。
笑い声だけが、部屋に残る。
(宿題、やっとこか)
今日は父さんは帰らない日や。
一勤一休の勤務で、泊まり勤務。
(前も、今日みたいな日は静かやったな)
玄関の鍵を確かめて、靴をそろえる。ランドセルから連絡帳と宿題プリントを取り出し、机に向かう。
国語の音読。
算数の計算。
どれも時間はかからない。
でも、手は抜かない。
(「できる」からって、適当にしたらあかん)
前の人生で、何度もそれをやらかした。余裕があるときほど、基礎を雑にする。
それが、後で効いてくる。
音読を小さな声で終え、計算も見直す。
丸をつけて、連絡帳と手紙を母の三面鏡に置いておく。
(よし。後はくもんの宿題とそろばんの宿題をするか。まだ一年生やから、簡単やし量も少ない。)
時計を見ると、まだ八時前。
有利は風呂の準備をして、入る。湯船に浸かりながら、今日一日を思い返す。
初登校。
自己紹介。
授業。
ドッジボール。
くもん。
そろばん。
(特に詰め込みすぎてはない。ええバランスやと思う)
欲張らない。
でも、止まらない。
それが、今の自分に一番合ってる。
風呂から上がり、パジャマに着替える。
歯を磨いて、トイレをすまし、目覚まし時計をセットする。
色々思い出し、少し笑う。
電気を消し、天井を見つめながら、目を閉じる。
母さんが帰ってくるのは、いつも二十三時頃。
その物音で目が覚めることは、たぶんないだろう。
そう考えながら、布団に入る。
なぜか今日は少しだけ待ってしまう。
(おかえり、って言える時間があるって、ええな)
そう、目を閉じる前にふと思う。
(今日は、ちゃんと生きた)
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




