第六章 初めての授業
全面的に自己責任でお願いします。
チャイムが鳴り、国語の教科書が配られる。
新しい紙の匂い。
角のとがったページ。
有利はそっとページをめくりながら、思った。
(ここでは、ちゃんと学べる。ちゃんと笑って、ちゃんと積み上げていける一から学べば前回とちがってちゃんと分かるはずやしな!)
黒板に書かれたひらがなを見つめながら、二度目の人生の歯車が、静かに、確かに回り始めていた。
「はい、ここまで。次は十分休みです。日直さんお願いします。」
土屋先生の声と同時に、教室の空気がふっとゆるんだ。
「「起立!」」
「「きおつけ!」」
「「礼!」」
「「「ありがとーございました!」」」
椅子がきいっと鳴り、あちこちで立ち上がる音がする。
さっきまで静かやった教室が、一気に小学生らしい雑音に包まれた。
(国語、懐かしいな)
ひらがなをなぞる。
音読。
教科書の匂い。
前の人生でも、この時間は嫌いじゃなかった。
むしろ得意やった方や。
「なあ有利、さっきの文、簡単やったよな?」
横の席から、山下 武が身を乗り出してくる。
「うん、話も分かりやすかったしな」
「やんな! 俺、音読当たらんでよかったわ」
「そのうち当たるで」
「やめてくれ」
二人で小さく笑う。
有利は席を立ち、山下と廊下に出た。
国語の後の休み時間は、トイレと水飲み場が混む。
廊下では、女の子が二人並んで鏡を見ている。
男子は走って注意されている。
(変わらんなあ)
水を飲んでいると、別のクラスの先生の声が聞こえてきた。
チャイム前の独特なざわめき。
教室に戻ると、前の席の子が振り返る。
「椿くん、字きれいやな」
「ほんま?」
「うん、さっき見えた」
「ありがとう」
素直にそう言えた。
前の人生の有利は、褒められると戸惑った。
でも今は、ただ受け取れる。
(ええやん、それで)
机の上で消しゴムをころころ転がしていると、武がまた声をかけてきた。
「有利、次、算数やんな?」
「うん」
「算数得意?」
「まあまあかな」
「助けてくれ」
「分かるとこはな」
助けて、助けられて。
それくらいの距離感。
チャイムが鳴る。
「席着いてー」
先生の声で、皆が一斉に戻る。
「はい、日直さん。」
「「起立!」」
「「きおつけ!」」
「「礼!」」
「「「お願いします!」」」
有利は椅子に座り、ノートを開いた。
無理せず、張り切りすぎず。
(小学生のうちは、これでええ、無理せず、張り切りすぎず。 ちゃんと学んで、ちゃんと笑う「当たり前」を、今度は大事にする。)
黒板に算数の問題が書かれ始める。
二度目の人生の午前中は、穏やかに、でも確かに進んでいった。
「「起立、気お付け、礼!「よろしくお願いします!」着席」」
先生にあいさつし、席に座る。
有利は椅子に座り、ノートを開いた。
二度目の人生の午前中は、穏やかに、でも確かに進んでいった。
チョークの音が、黒板に一定のリズムで響く。
「はい、今日はここね。ノートに写してください」
土屋先生が書いたのは、簡単な足し算と引き算。
二桁同士の計算や。やり方解き方をする。一桁の計算はだいたいみんなできるから、少しふれただけでながす。
有利は鉛筆を持ち、ノートに向かう。
数字を書き写しながら、頭の中で自然と答えが浮かぶ。
前の人生でも、小学生の頃は算数が好きやった。
速く解けるのが、ちょっとした誇りやった。
手を動かしながら、横目で武を見る。
眉をひそめて、指を折りながら考えている。
(あとで教えたろ)
「じゃあ、一問目。誰か前に出て解いてみる?」
教室が静まる。
数人が下を向く。
有利は、少しだけ迷ってから、手を挙げた。
「はい、椿くん」
「はい」
立ち上がり、黒板の前へ。
チョークを持つ感触が、なんだか懐かしい。
計算は当然、合っている。
迷いなく書いて、最後に答えを書く。
「はい、できました」
「うん、合ってます。きれいに書けてるね」
先生の声。
教室から、ほんの少しだけ「おおー」という空気。
有利は席に戻る。
(目立ちすぎへん。けど、埋もれもしない)
ちょうどええ。
授業の途中、先生が机の間を回る。
武のところで、少し止まった。
「ここ、惜しいな」
武が小さくうなる。
有利は、先生が離れた隙に、ノートを指さす。
「ここや。繰り下がりな」
「あ、そっか」
武の顔がぱっと明るくなる。
「サンキュー有利」
「どういたしまして」
それだけで、なんとなく誇らしい。
チャイムが鳴る。
「はい、ここまで。休み時間です。校庭であそんでもいいですが予鈴がなったら、戻ってきてください。じゃ号令。」
「「起立、気お付け、礼「ありがとうございました!」」」
読み終わってのクレームは、お止めください。
自己責任です。




