第08話:私メリーさん今ヒール休めしているの
鬱蒼と茂る森林のなかにぽっかりと空いた広間。そこで異形の動物と対峙する五人組の男女がいた。
その動物の全体的な形状は鹿だった。だが、大きさがおかしい。肩の高さだけで成人男性の胸元ほどもある。
角も異形だ。形は通常の鹿と同じ枝角だ。だが、材質がおかしい。一見すれば水晶のように見えるそれは夕暮れ時の赤い光を浴びても青色に輝いていた。
盾を持って前に出る男性に向かって角を突き出し突進してくる。だが、速さがおかしい。図体の大きさに反して俊敏さをまったく失っていない。
「ぐふっ!」
突進を受けた男性は盾を両手で構えて正面からその力を受け止める。
鎧を含めた全身の体重をかけて突進を押しとどめようとするが、相手の力はそれを易々と打ち破った。盾ごと弾き上げられ、体が宙に浮いた。
それを見た茶髪の男性が両手を前に突き出す。
「回復を!」
「いらねぇ!」
なおも猛攻で角を振り回す雄鹿の攻撃を必死でしのぎながら、乱暴に拒絶する。
「ならっ火球」
前に出した両手から火球が出現し、雄鹿と思わしき動物の胴体に命中する。結構な火力だったが、雄鹿の毛皮をわずかに焦がした程度だった。
しかし、それを見た仲間からの反応は賞賛ではなかった。
「余計な真似するな!」
「あなたは何もしないで!」
剣を持った男と弓矢を構えた女から怒号が飛ぶ。だが、火球で怯んだ雄鹿に追撃の矢が三本、頭部へ突き立った。さらに、追い打ちとばかりに剣を首筋に突立てる。
普通の鹿なら致命傷か、走って逃げるだろう。しかし、巨大な雄鹿の闘志は衰えない。逆に目は赤く染まり、完全に怒り狂っていた。
草食動物とは思えない獰猛な鳴き声を発し、その角を振り回して剣を突き刺した男を突き飛ばす。
角が腕をかすめ、革製の籠手を切り裂き血が滲む。
「っ……つぅ……!」
それを見て茶髪の男性が再び手を突き出すが……
「やめろっつってんだろうが!!」
怒声がそれを邪魔する。
「風爆!」
仲間割れなどに気を砕いてくれない雄鹿が追撃しようとするが、後ろに控えていた女性が風球を飛ばし、顔のそばで爆発させる。
聞こえた音からしてかなりの衝撃だったらしく雄鹿が大きく怯んだ。
「今よっ」
弓持ちの女性の矢がさらに頭部に命中し、男が刺さったままの剣を乱暴に抜いて出血を広げ動きを鈍らせる。
止めとばかりに盾持ちの男性が持ち替えた戦斧で、見事に雄鹿の首を切断した。
* * *
彼らが倒したのは『魔獣』と呼ばれるものだ。
この世界では空気中に聖気、地中に魔気が満ちているが、両者は混ざり合えない。聖気が循環する場所では魔気は地表へ出てこない。
しかし森の窪地や洞窟の奥など、空気が澱む『聖気の空白地帯』には魔気が染み出し、『魔気だまり』となる。
魔獣は、この魔気だまりに入り込んでしまった動物の、歪んだ成れの果てだ。
魔獣は例外なく水晶状の角、『魔石』を持つ。魔石は濃縮された魔力の塊で、魔道具の動力源として重宝される。
人間が領土を広げるにつれ、魔獣の縄張りへと知らず知らずのうちに足を踏み入れるようになった。
古き時代、魔術を迫害していたのは、魔獣に襲われたこともない学者まがいの思想家どもだった。
前線で対処しなければならない者達には堪ったものではない。兎やねずみのような小さな魔獣であれば民間人でも対処できるが、それより大きくなると手に余る。
今戦っていた彼らでさえ身体強化の魔術を使ってこれだけ苦労するのだ。当時、魔術を禁じられて戦わされた人たちの苦労は、想像を絶する。
戦士達の不満はニト教に向けられた。しかしニト教もまた、ニトを信仰する宗教である。
「神官ともあろうお方がライプニャーナを庇う気か!」と怒鳴られれば、反論のしようがなかった。
それにニト教は聖術師の集団だ。選民思想をこじらせ、思想家どもと同じ考えを持つ者も少なくない。
とはいえ、何もしない思想家と違い、聖術師は戦士達を癒さねばならない。
痛みにうめく戦士、片腕を失い泣き叫ぶ者、子の亡骸に声もなくすがる母親……
一度でも現実を目の当たりにすれば、選民思想などあっという間に吹き飛ぶ。だからこそ、ソイーラ達に協力した。
* * *
「回復」
一息ついた男性二人に青い光がまとわりつくと、みるみる傷が癒えていった。しかし、男達の反応は良くない。
「てめぇ、話聞いてなかったのか!?」
「戦闘中だったから回復するなって言ってたんじゃないの? もう終わったんだから良いじゃん」
茶髪の男性ヨハンがきょとんとした表情で答えるが……
「ふざけんな! なんだよ青いヒールとか何したんだよ!?」
「そうよ! 普通ヒールは緑色でしょ!」
「それになんでヒールが飛んでんだよ!」
それにそもそも通常のヒールは集中しなければならないため即時発動は出来ない。だから治療院という拠を構えている。そして患部に手を当てて発動するものだ。
「それは……魔術のヒールだからで……」
「だから魔術にヒールなんか無いって言ってんだろが!」
「やっぱり呪いなんだろ、傷が治ったように見せかけて何度か掛けられると呪いが貯まって爆発するってやつ」
「い、いや僕はヒールで笑顔に……」
「何が笑顔だ、意味不明なこと言ってんじゃねーよ!」
「それに! なんで火球を撃ったのよ! 毛皮に焦げ跡ついちゃったじゃない!」
「魔石が狙いだったんでしょ、そっちは無事だったんだからいいんじゃないの?」
「説明したよな! 毛皮だって金になるんだ! 何で忘れてんだよ!」
「そうよ。それに! 落ち葉に燃え移って山火事になったらどうするつもりよ!」
「あの距離なら外さないって」
「そういうこと言ってんじゃねぇ!」
「もういい! ヨハン! お前は追放だ! 報酬分の金やるから2度と俺達の前に顔をだすな!」
銀貨数枚をヨハンに向かって投げつけると、4人は鹿を担いで行ってしまった。
「またか……」
『またですね』
脳内に住む神の使いテトが話しかけてくる。
「何が駄目だったんだろう?」
『何がって、森で火球はまずいって言いましたよね? 何も学んでないんですか?』
「うっ」
『転生前幾つなんでしたっけ?』
「……28歳」
『慎重さが日本人の売りだったはずなんですけどね。どこに置いてきました? それとも火事の怖さ、知らないんですか? 地震・雷・火事・親父って聞いたことあります?』
「ごめんなさい……」
『あとはあのヒールですねー、いつのまにあんなもの作ったんですか』
「ほら、前にライプニャーナが闇と成長の神って言ってたじゃん、だから成長系でヒールの代わりができそうな『因子』が無いかをさがしてたんだよ」
『あー最近「魔術作製ウィンドウ」と睨めっこしてたのはそれだったんですか』
「うん、成長は割とすぐ見つかったんだけど、うまく能力を落とさないと成長しすぎちゃうみたいで結構苦労したよ」
『いくつポイント使ったんですか?』
「……826」
『は?……はー!? 1000ポイントしかないんですよ! 馬鹿ですか!?』
「だから魔石をちょっと稼ごうかなって」
『はー……私もニト様も魔術にはうといので任せてたんですが……まぁ使ってしまったことに文句言ってもしかたないことです』
「神様なのに?」
『ニト様は聖術は詳しいですが、魔術はライプニャーナの担当なのであんまり詳しくないんですよ』
「そうなんだ」
『それに私は地球担当だったので地球の事は詳しいですが、こちらの事情には疎いんですよね』
「へー」
『知ってます? 今の地球って神様がいないから他の神々と共同管理しているんですよ』
「そうなの!?」
『ええ、ヨハンさん達のいた地球よりも前に地球はありまして、そこが壊れてしまったので神たちで話し合って作りなおしたんですよ』
「……えぇ」
『そんなわけで、ヨハンさん達は共有資源扱いですね。「自分とこの世界、ちょっと味変したいなー」って思ったら、「じゃあ地球から1人持ってくる?」ってノリで召喚してる感じです』
「そんな理由で僕、選ばれたの!?」
理由を知って落ち込むヨハン。
『うちは良心的ですよー。亡くなった人しか召喚しませんし、転生先の体だってこちらで作ったものです、手ごねですよ。手ごね。だから人格を乗っ取る心配もありません。
ヨハンさんが魔術系になるのもその影響ですね。地球人の魂は、こちらの世界だとどうも魔術の適性になるんですよね。理由は分かりませんが』
「そうなんだ」
『まぁそんなことより仲間をどうするかですね、私が協力できればいいんですが生憎ボディは無いんですよね、あ! いっそ奴隷とかどうですか?』
「えええええ!」
『あーでも洗脳とか、絶対服従系の魔法なんてないからヨハンさんなんて秒で裏切られるか、逃げられちゃいますね』
「……」
『まぁ魔王を倒せるんなら何でもいいんですが、1人お勧めがいます』
「誰?」
『聖女です、偶然なのかニト様がそうしたのか解りませんが丁度今いるんですよね』
(聖女か……どんな人なんだろう?)
■地震雷火事親父:
大元は地震雷火事大風や大山風だったという説がある。どちらも示すのは台風。




