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第07話:私メリーさん今土間にいるの


 裏口から出ようとした私はすぐに異変に気が付いた。扉が動かない。取っ手を握って左右にも前後にもびくともしなかった。



「だめだ……全然開かない」


(なんで! 朝までは普通に開いたのに!?)



 そのときになって初めて気が付いた。


 ……静かすぎる。



(まさか、結界!? 誰が……)



 考えるまでもない。マザー・ロレッタ以外で結界を使えそうな人間なんて一人しか思い浮かばない。


 私に聖女の張った結界を解けるだろうか? だが解くしかない。




 結果は……時間と聖力を無駄にしただけだった。



(落ち着け、落ち着け……私が、私がどうにかしなきゃいけないんだ……)



 引き返してマザーと共闘する。だめだ、聖鎖一本作れない私が加わっても意味がない。足手まといになるだけだ。



 逃げるか? 隠れるか?



 結界の維持にはかなりの聖力を消費するはずだ。そこまで長くは持たないはず。まず行き止まりの土間から出る。



 礼拝堂もだめ、土間もだめ、残るのは2階か鐘楼(しょうろう)……結界は扉や窓を封印する、なら鐘楼は? 吹き抜けなら窓とも扉とも認識されないのでは?



 首を振ってその考えを取り消す。結界が無かったとしても鐘楼から飛び降りることなんてできない。シスター・マリアならなんとかなるかもしれない。けれど、私は……



『アハハハハハハハハハ!』



 メリーの笑い声に肩を震わせる。



(そんな……マザー……)



 間もなく聖女はこちらへと向かって来るだろう。残ったのはオリビアだけなのだから。



 ライラ、マリア、ロレッタ、彼女たちとの思い出が浮かんでは消えていく。しかし、その死を悲しむ余裕はない。


 死んでいません。




 どうしよう? 無理を承知で鐘楼(しょうろう)へ登る? 隠れる?



 ♪~



 メリーの明るい鼻歌が近づいてくる。こっちが必死なのに……(いきどお)りと同時に恐怖を感じ、複雑な表情でオリビアは身をひるがえした。



 (きし)む音にさえ気を立てながら、急いで、けれど静かに扉を開く。



 土間は静かだった。


 正面には裏口の扉、今は結界で開かない。教会主を誰だと思っているんだ、薄情ものめ。


 右手には台所、今は水音一つ聞こえない。隠れられる場所は無い。


 左手には貯蔵庫へと続く扉がある。当然行き止まりだ。



 静寂が支配する中、水場特有の冷ややかな空気が、先程まで自分が居たことを忘れたかのように、肌を刺した。



 結局オリビアは土間へと引き返し、貯蔵庫にある(かめ)の中に隠れた。


 正解か誤りか……


 もう賽は投げられたのだ、振り直しはできない。



(女神様、どうかどうか見つかりませんように……どうか……どうか……)


 聖女はその女神の化身です。



 こうして隠れることしかできない自分を情けなく思う。でも、私に面と向かって聖女と戦う力などない。



 わずかに扉が(きし)む音がする。



(来た……)



 オリビアは必死に気配を殺す。メリーが鐘楼(しょうろう)の方に行ってくれますように、結界が切れますように、無事に逃げ切れますように。暖かいスープが飲めますように。それからそれから



 ……私はなにを祈っているのだろう? だめだ混乱して集中できない。





 ……





(……?)





 ……





(……? 入ってこない?)



 恐怖が沸き上がる、何で入ってこない? 足音を押さえてる? 確かめたい、でももし聖女と鉢合わせしたら。




 ……コツリ



 肩が跳ね上がる。慌てて体を抑える。


 大丈夫、音はしていないはずだ……



 それより扉の音は1回しか聞こえなかった、なのに足音は近くから聞こえて来た。


 ……どこにメリーはいるの?






 ……コツリ、コツリ



 土床を踏む音が、まるで断頭台の階段を登るように響く。


 自分は動いていないのに、死へ近づく感覚だけが迫ってくる。



 一歩、二歩。……一直線(いっちょくせん)にこちらに向かってきている? 他を探している? だめ、反響で位置がわからない。



 ……コツリ……コツリ……コツ……リ……



 光のない甕の中で、ただの靴音が正気を削る。勝手に震えだそうとする体を縮めるように抑え、荒ぶる呼吸と、破裂しそうな心臓を必死で鎮める。



 ……コツリ……コツリ……



 頭の血がすべて足元へ流れ落ち、代わりに恐怖が体中を巡る。



 コツリ、こツり、こつり——。



 暗闇がさらに暗くなり、視界が閉ざされていく。






 ……





 …






 リィィン



 何かが割れたような、鈴が鳴ったような音がオリビアの鼓膜を貫く。


 思わず心臓が破裂したかと勘違いした。それほど衝撃的な音だった。


 ……今の音は?


 結界が……解けた?




 そうだ! 足音! ……聞こえない……いつ? いつから足音は、なかった?



 オリビアは息を呑んだまま、動けなかった。




 何も聞こえない……



 無音だけが聞こえる……



 心臓が嫌な音を立てる。


 荒くなる呼吸を必死に押し殺す。



 大丈夫だ(・・・・)という根拠は、どこにもない。


 大丈夫ではない(・・・・・・・)という根拠もまた、どこにもない。



 心が焦る。



 早く逃げなければという思いと、メリーがいるかもしれない恐怖。



 怖い……胸の震えが体中に広がっていくのを、必死で抑える。



 怖い……指先ひとつ動かせない。物音を立てることは、そのまま おしまい(・・・・)を意味する。



(マザー、私は……私は、いったいどうしたら?……)



 心の中でロレッタに問いかける。当然、答えは返ってこない。



 沈黙だけが聞こえる……



 だが、このままここに居ることなんかできない。



(ニト様どうか私に勇気を!)



 衣擦れの音にも気を付けながらゆっくりと(かめ)の蓋を押し上げる。



 部屋が見えるギリギリまで押し上げたときに、倉庫の扉が目に入ったとたん、反射的にしゃがむ。



(と、扉が開いている! ……まだ部屋にいる!? それとも閉め忘れただけ?)



 涙が滲んでくる。


 泣きわめいても状況が悪化するだけだ。



 ……襲って来ない? 部屋にいるなら襲ってくるはずだ。



 逸る気持ちを抑えて、ゆっくり10数えてから、もう一度慎重に(かめ)の蓋を押し上げる。



 ………



 ………



 ………誰もいない……。




 影の欠片すら視界に入らない。



 荒く震える呼吸を押さえながら、そっと右を見る。



 ……いない。



 聖女は見たくない。けれど、見えないのはもっと怖い。



 正面に戻る。




 …………当然誰もいない、食品棚もなにも変わらない。




 静寂だけが聞こえる……



 ……最後は左だ。



 ……



 ……



 ……



 ……誰もいなかった。



 本当に誰もいなかった。



 成功した? (あざむ)けた? 私は勝った?



 しかし、その問いに答えてくれる者はいない。



 土間を満たす寒気だけが、変わらずそこにあった。



 喜びに浸りたいところだがそんな時間は無い。再びメリーが来る前に逃げなければならない。



 蓋を持って立ち上がったその瞬間、目の前が真っ暗になった。



 え……!?



 だいじょうぶだ。


 誰かの手が目を覆っているだけだ。





 じゃあ 誰 の 手 ?




「だーれだ?」



 その優しい声色は私にわずかに残った希望を破壊した。



「だぁれぇだぁ?」



 今度は、耳元で囁かれた。



 目を塞がれててもわかる。



 笑っている。



 メリーは狂気に染まった笑みを浮かべている。



 獲物を捕らえた喜びに笑っている。



 美しい顔を狂おしく歪めて哂っている。



 ……あぁ



 ……もう逃げられない



 ……だめだ



 ……私は死ぬ



 ……断頭台が落ちる



 オリビアの体に激痛が走る。あまりの痛みに息もできない、瞬きすらできない、自分が生きているのか死んでいるのかもわからない。



 そこにはありとあらゆる不快がつめ込まれていた。



 どんな傷でもここまで痛くはないだろう。


 どんな病気でもここまで苦しくはないだろう。


 どんな毒でもここまで気持ち悪くはないだろう。


 どんな呪いでもここまで寂しくはないだろう。



(あぁ…これはだめだ……これは人間が味わっていい感覚じゃない)



 永遠とも思える苦痛が終わった時、オリビアの意識は途切れた。



 気絶したオリビアから黒い(もや)のようなものが出てくる。メリーはそれを反射的に捕まえた。



「おっと……これは……あなた呪われていたのですか? 人は見かけによらないですね」



 オリビアからの返事はない。再びヒールをすると呪いは苦しそうにびくびく()ねると消えていった。



『聖女メリーベルの癒しレベルが上がったで! 保有聖力量あっぷや、姿真似(ヒール)を覚えてん』



 メリーは口角をいやらしく歪めるが、考え込むように顔を戻す。



「ふふふふ。本当にこの教会でよかった。ここまで幸運が重なるなんて……いえ、だからオリビア達はここにいたのでしょうか?」



 気絶した皆を寝室へ運ぶ。


 聖女にヒールされた人間は、効果が残るのか、しばらくは空腹にならない。石畳の上で寝ていても、体が痛むことはない。


 とはいえ、床に寝かせておくのは(はばか)られた。



「さようなら皆さん。お世話になりました」



 眠る彼女達に一礼をしてメリーは教会を後にした。



 外に出ると、空気を胸いっぱい吸い込み、まるで散歩に行くかのように軽やかに歩き出す。



 昼下がりの陽気は暖かく、空はどこまでも広い。


 周囲を見回し、満足げにひとつ頷いてリマゾンの方角へと足を向ける。


 メリーの心は新たな病人(犠牲者)との出会いに弾んでいる。



「待っていろ、リマゾンの人々に巣くう病魔よ、聖女が……私がこれから殺しにいくぞ」



 オリビア(・・・・)は優しい笑顔で歩き出すのだった。




 ■姿真似(ヒール): 知名度:A


 人へと変身する聖術。姿だけでなく、声・言い回し・仕草・表情・さらには体臭まで再現できる。



 幻影を見せるだけなら魔術にも似た術がある。しかし、魔術の変身は外見の上書き(・・・・・・)にすぎず、体格差が大きいと動作のぎこちなさで正体が露呈する。



 たとえば成人が子どもに化ければ、歩幅の違いから「滑って歩いている」ように見えてしまうだろう。長い耳を隠すために使用するくらいだ。



 だが、聖女の姿真似(ヒール)は実体そのものが変化する。歩幅も、重心も、体積も変わるため、触れても違和感がない。



 本人しかわからないような質問でもしなければ、親でも見分けられないだろう。



 ただし、変身したままヒールを行うことはできず、術を行使する際は必ず『聖女の姿』へ戻る必要がある。



 歴代聖女の中でも使用例は少ないが、知名度だけは妙に高い、珍しい聖女聖術。



 ■姿真似の制約: 知名度:C


 最後にヒールした相手の姿にしか変身できない。


 ヒールのために聖女の姿へ戻った時点で、変身していた人物は忘れてしまう。


 再びヒールを行えばまた変身可能だが、「最後に癒した人物」で上書きされるため、以前の姿に戻ることは実質不可能。


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