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第06話:私メリーさん今礼拝堂にいるの(後編)


「……なんですかその禍々しい剣は?」



 聖女は自身の持つヒールに武器の形を与えることが出来る。



「私の聖剣(ヒール)です」



 甲高い音とともに刀身に巻き付いた鎖刃(くさりば)が高速で回転しだす。異世界、あるいは(はる)か未来ではチェーンソー(鎖鋸(くさりのこ))と呼ばれるであろう代物だ。



 ロレッタには、それが何であるのか分からない。持ち主であるメリーですら知らないのだから。


 だが、あんなものが人体に当たればどうなるかは容易に想像できる。



 聖女は絶対の癒し手であり、相手を傷つけることはできない。当然このチェーンソーも癒し(ヒール)の効果しかない。


 相手をえぐり癒すだけだ。



「人を癒す形をしているでしょう。見ているだけで穏やかな気持ちになりませんか?」



 聖剣は、聖女の心を映す──。



 仏頂面のロレッタと対照的にメリーはにこにこしている。



「……()け、蛇達よ」



 ロレッタが腕をひねった瞬間、聖鎖(せいさ)が左右へ散り、蛇のごとくメリーへ襲いかかる。



 メリーは即座に反応し、腰を軸にチェーンソーを一回転。鋭い金属音とともに鎖を両方弾き飛ばす。



 それでもロレッタの表情は崩れない。弾かれたはずの鎖は空中であり得ない軌道を描き、滑るように走ってメリーの(くるぶし)へ食らいつこうとする。



「っ──!」



 メリーは即座に後方へ跳ね退き、目前に迫った鎖へチェーンソーを叩きつける。しかし鎖は寸前で身をくねらせ、まるで意志を持つように刃を()り抜ける。



 直後、背中に回り込んだもう一本の鎖が迫る。逃げ場を失ったメリーは直感的にロレッタの懐に向かって疾走する。



 見知らぬ武器を振るってはいるが、彼女の動きは素人そのものだ。村娘が剣技を持つはずもない。



 ロレッタは即座に足元の鎖を動かす。



(ぐぅ!?)



 足を絡め取ろうとした瞬間、指と手首に鋭い痛みが走り、力が抜ける。ロレッタが前線を退く原因となった病だ。致死的ではないが、戦場では致命的だった。



 すでにメリーは肉薄している。舌打ちする暇もなく鎖を引き戻し、両腕の間に巻きつけて張る。



 聖堂に耳を刺すような金切り音が響き渡った。



 ロレッタは腕にのしかかる衝撃に食いしばって耐えるが、回転する鎖刃(くさりば)は容赦なく聖鎖(せいさ)を削っていく。



 全盛期のロレッタであれば弾けはしただろう、だが老齢に達した今では単純な力押しが一番(こた)える。



(聖鎖が保てない! やむを得ません……)



 外れの選択を取らざるを得なかったロレッタは、即座に留めていた聖術を発動する。足に高密度の聖力が収束し爆ぜ、ロレッタの姿はメリーの視界から消失した。



 一秒と経たずに離れた場所に現れたロレッタだが、その腕には断ち切られた鎖が所在なさげに揺れていた。



 一方メリーのチェーンソーは力の行き場を失い床を削った。しかし木材を切り裂く音が響くにもかかわらず、床には傷一つつかない。むしろ削れた部分が新品のような輝きを取り戻していく。



(この歳での『縮地(しゅくち)』は応えますね。あと1回使え……)


「ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ!」



 ヒューヒューと苦しそうな息が漏れる。反射的に口に当てた手の甲には、赤いものが張り付いていた。まだだ、あと10分は持ってほしい。オリビアが街に辿り着くまでは。



「大丈夫ですか? マザー・ロレッタ。その聖術は寿命を縮めます、癒して差し上げましょうか?」


「いいえ……結構よ……」


「そうですか、残念です。では、無理にでも癒すしかないですね♪」



 メリーの機嫌に呼応するように、鎖刃(くさりば)が回転を速めた。



「……今までが嘘みたいに……よく喋りますね」



 言葉を交わしながら、ロレッタは再び縮地の構築を始める。構築だけして発動させずに留めておく。


 ただでさえ高度な技術が求められるのに、ロレッタは聖鎖を操りながらそれを成す。



「うふふふふ、嬉しくて仕方ないんです。だって、長年の夢だったんですよ?」



 聖女を知らない人間はこの世界にいない(・・・・・・・・)


 聖女を恐怖しない人間はこの世界にいない(・・・・・・・・)


 聖女を嫌わない人間はこの世界にいない(・・・・・・・・)


 そしてメリーもこの世界の人間だ(・・・・・・・・)



 それでも彼女はなんの迷いもなく夢と語った。



「……狂っている」



 メリーの表情は変わらない。笑顔を称えたままだ。



「そうそう、いいことを教えましょう、マザー・ロレッタ。今日は静かだと思いませんか?」


「……?」



 確かに静かすぎるとは思っていた、動物達も本能的に聖女を察して息をひそめたのならばわかる。だが、木々のざわめきすら聞こえないのは妙だ。



 メリーが種明かしをするように右手を掲げた。そこに、線画だけで描かれたような聖典が浮かび上がる。聖鎖と同じく、聖術で作り出したものだろう。



 一目(ひとめ)で理解した。『結界聖典』――魔道具だ。本来は厚みも質感もある本であり、頁を破って扉に貼ることで部屋や建物全体に結界を張る代物だ。



「人々を癒すとニト様は様々(さまざま)な聖術を授けてくださるんです。嬉しいですね」


「そんなものまで……でたらめな……」



 メリーは視線を裏口の方に流し、微笑む。



「オリビアは今頃どこまで逃げられたと思いますか?」



 メリーの言葉に、ロレッタの表情が明確に歪む。



(そういうことですか……。全て最初から仕組まれていたと。私も耄碌(もうろく)したものです)



 自分の慢心だと認め、構えを直し、再び聖鎖を展開する。



(オリビアも結界破りはできるはずですが……)



 相手は聖女(・・)の結界。短時間で破れるとは思えない。



 だが、弱点もある。聖術の結界は、封じ込めるためのものだ。内側からは破れぬほど強固なのに、外側からの衝撃には驚くほど脆い。



 誰かが少し強めに扉を叩くだけで壊れるほどに……



『でもよ、この前も参拝客はおろか空き巣すらこなかったじゃねぇか』



 朝のマリアの言葉が、それがありえない事を如実(にょじつ)に表していた。



(完全に猶予を奪われました。オリビアが街につくまでの時間を稼ぐつもりでしたが、彼女を捕縛するしか残された道はないようですね)



 メリーが深く、深く、笑みを浮かべると一直線にロレッタに向かい疾走する。今度は体の中心に刃を突き出し、全体重を乗せた刺突だ。



 一番やりにくい攻撃だ、ただの剣なら鎖で(から)め取れる。しかし、あの武器は鎖を切り裂く。重さと勢いで押し込まれれば、防ぐことなどできない。



「ぐっ!」



 自らの体を(かえり)みず縮地で横へ避ける。



(しまった! 使わされた!)



 体が思うように動かない、膝から痛みと共に力が抜けていく。



 だが、メリーは容赦しない。ロレッタの縮地に即座に反応し、急停止するとその勢いのままチェーンソーを投擲(とうてき)する。



 いや、突進した瞬間から彼女の中ではこの流れが出来上がっていたのだろう。横に逃げると読めていれば、あとは左右どちらに跳ぶかを見極めるだけだ。



 しかし。


「その選択は舐めすぎです」



 確かに鎖を断ち切るあの武器はやっかいだ。だが、それは体重が乗っているときの話だ。武器だけなら恐れるに足りない、2本の聖鎖でそれを弾き落とす。




 初めての聖女との闘い。



 未知の武器によるあせり。



 結界によるあせり。



 年齢によるあせり。



 持病によるあせり。



 縮地を使わされたあせり。



 対応できた、という一瞬の安堵。










 ロレッタはその刹那、メリーから視線を外してしまった。







「そうですか?」



 メリーの声が真横(・・)から聞こえた瞬間、腕を掴まれる。ロレッタは自らを恥じたがもう遅い。



 そもそも聖女は聖剣に頼らずとも、体のどこかさえ掴めればヒールできるのだから。



「あぁ、神よ……」


「はい、その神の化身ですよ」



 ヒールの声と同時にロレッタが絶叫を上げ、()ねるように痙攣する。老婆がこの世の物とは思えぬ苦しみに悶絶する隣でメリーは笑っていた。



「ふふ……あは……あはは……はは、ハハハ……ッ アハハハハハハハハハハ!」



 初めは腹を押さえて笑っていたが、耐えきれなくなったのか、手を大きく開き天井を仰いで彼女は(わら)う。



「ハハハハハハハハハハハハハ!!」



 その顔は、狂気と喜悦(きえつ)の色に塗りつぶされていた。



「素晴らしい、素晴らしいですよマザー・ロレッタ、体の軋みと、重い病の断末魔……この教会でよかった……あなたを癒せてよかった!」



 もの言わぬ老婆を見下ろしながら、メリーの声は震えていた。怒りではなく、純粋な歓喜で。



 彼女は断末魔と称しているが、病や傷の断末魔が本当に聞こえるかは彼女にしかわからない。メリーも、初代の聖女ニアも、癒された者の悲鳴を勘違いしているのかもしれない。



 いや、仮に全てが彼女の妄想であっても何も変わらないだろう。それで彼女の恨みが無くなるわけではないのだから。



「若くして死ぬのが天命なら、老いて私に癒されるのもまた天命ですね♪」



 メリーは鼻歌を歌いながら静かな礼拝堂をあとにした。





 ■マザー・ロレッタ:


 小さな教会の老いたシスター、その正体は退役した異端審問官、双子蛇のロレッタを筆頭に数多くの二つ名が付く生ける伝説。



 魔法を構築しておきながら発動せずに留めたり、本来必要な魔法名を唱えずに発動させたりと規格外な力を持つ。その経歴は抹消されており、知る術はない。



 世界の平均寿命が56歳という中、72歳とかなりの高齢。メリーと戦闘したときには癌に犯され余命3年だった。



 メリーによって癌も、リウマチも快癒した。



 悲しいことだ。メリーは何も悪いことはしていないのに。


 些細な行き違いだ。なのに争うことになってしまった。


 メリーは聖女だ。だから迷わずロレッタの病を癒した。


 とびきりの笑顔で。



 ■チェーンソー:


 本来は『鎖鋸(くさりのこ)』と表記すべきだが、視認性が悪く頭に情景が浮かばないため例外としてチェーンソーと表記とする。



 ■縮地:


 聖力を足に溜め、一気に加速することで、まるで地面が縮んだかのように瞬時に移動する高位聖術。ロレッタが聖鎖と同じく得意とする術であり、『影なし』と呼ばれる所以(ゆえん)でもある。



 その能力は代償として魂を疲弊(ひへい)させるとされており、現在は禁術であり使用者はほとんど残っていない。



 ■結界:


 一般的な結界は聖術単体でも張ることができるが効果が弱く、魔道具を併用するのが一般的である。



 ■結界聖典:


 30頁が一冊となった高価な魔道具で、4人家族が2年間暮らせるほどの値段がする。一度破った頁は再使用できない。


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