第05話:私メリーさん今礼拝堂にいるの(前編)
ー 聖女覚書 ―
初代を除き聖女は血統によって覚醒する。
条件は、女性であること。聖術の才能があること。
本人の意志は関係しない。
多くの聖女は悲嘆にくれた。
多くの聖女は隠遁にくれた。
多くの聖女は自棄にくれた。あるいは自暴か。
聖女は常に白き聖衣を纏い、輝蝶が周りを飛ぶ。
覚醒しなくとも血統は受け継がれる。
初代聖女ニアは知っていたのか知らなかったのか。
彼女の夫は誰なのか。
* * *
『聖女メリーベルの癒しレベルが上がったで! 保有聖力量アップや、新しい聖術聖剣をゲットや、ついでに結界も覚えたで』
メリーに直接ヒールとヒールの魔導書が流れ込んでくる。
■聖剣: 知名度:A
それは癒しの一つの形、実体を持った癒し、剣の形をした癒し。
聖力の節約にもなるので自暴自棄になった聖女がよく使っていた。
■結界: 知名度:D
扉や窓を開かないように封じ閉じ込める。音も遮断することから、建物・部屋という概念で封じ込めるものと思われる。
聖力の消費が多いせいか、多用する聖女はいなかった。
(はて、れべる? あっぷや? それから おげっとや? う~ん、あっぷ、げっとでしょうか? どちらにしろ意味がわかりません。エー語でしょうか?)
「ニト様、いらっしゃいますか?…………ニト様!?…………」
(……呼びかけても返答はありませんね。それに、最初に聞いたニト様の声とは声色が違ったような……私の名前も、メリーベルとなっていますし)
わからないことを考えてもしかたないと、思考を切り替える。まだ2つだけだが、聖女の授かる聖術はすべてヒールだった。
これも聖女を調べていたノイマン先生のノートに書かれていた内容と一致する。聖女はヒールしか覚えない。
……はずなのに。
『リザレクション』
――先生は最後に何を調べていたのでしょうか?
* * *
慌ただしい足音と共に、礼拝堂の扉が勢いよく開かれる。
「マザー・ロレッタ! マザー・ロレッタはいますか!?」
「そんなに大声を出さなくても聞こえますよ。シスター・オリビア」
「マザー! 大変です! メリーが! メリーが!」
「わかっています。メリーが聖女になってしまったのですね」
「知っていたんですか!?」
「ええ、これだけ聖気が満ちていればわかります。手紙をしたためました。これを大聖堂に届けてください。リマゾンの街ならば、『大鷲便』が使えるはずです」
「ですが! 私はシスター・マリアと約束したのです! 一緒に戦うと!」
「いいえ、だめです。シスター・オリビア、聖女は強い。特に自ら聖女になるような彼女を止めることは至難でしょう」
しかし、無情にも天井からシスター・マリアの健康になった断末魔の絶叫が響き渡る。
カツーン カツーン
時が止まったかのように固まった2人を、その靴音だけが再び現実へと引き戻した。
「行きなさい、これはこの教会だけの問題ではないのです……」
泣きそうになるオリビアの頭を撫で、優しく微笑んで諭すように言い聞かせる。
「さっ、早く」
オリビアは震えながらも頷き、裏口へ向かって駆けて行った。彼女を見送り、入口の方へと顔を向けたロレッタの表情は、すでに戦士のものへと変わっていた。
異端審問官
ニト教の暗部であり一般の聖堂騎士や神官には知らされていない存在、知るのは教皇と一部の司祭、そして騎士団長だけである。
彼または彼女達は基本単独で動き、ニト教の教義に背く者達をひっそりと闇から闇へと葬ってきた。
マザー・ロレッタ改め、元ニト教異端審問官「双子蛇のロレッタ」。彼女は静かに聖女の訪れを待つ……
礼拝堂の扉が音もなく開かれる。ロレッタは祈りを捧げたまま、背後の気配を感じ取る。誰であるかなど確認するまでもない。
木彫りの小さな女神像の前で、老婆はひとり跪き、祈りを捧げていた。
メリーは歩調を早めることも遅くすることもなく、老婆の隣に跪くと聖印を切り、祈りを組む。
しばしの黙祷の後、どちらからともなく立ち上がり向かい合う。
「ごきげんよう、マザー・ロレッタ」
「ごきげんよう、聖女メリーベル様」
静かに、穏やかにお互い挨拶を交わす。
ニト教の聖句『メイベル』は【神の御心のままに】という意味がある。メイは御心、ベルは神を表す。
ニアとメリーを除き、歴代の聖女は血によって覚醒してしまった者達だ。自らの意志は関係ない。
望んでいないにも拘ず、嫌われ者の聖女となってしまったため、せめてもの慰めとして、神を表す『ベル』の名を与える風習がはじまった。
慣例として、すでに亡くなっている歴代の聖女達にも、ベルの名が与えられることになった。
それに習い、自ら望んで聖女になってしまったメリーもまた、神の化身として「メリーベル」の名を受け入れた。
「自ら聖女になることは重罪ですよ、わかっていますか? メリーベル」
「それがどうかしましたか? 私は禁忌に触れようが一人でも多くの人を癒したいのです。マザー・ロレッタ」
メリーは復讐する、母の命を奪った病に。
「あなた一人が頑張ったところでたかが知れています。この世にどれだけ人がいると思っているのですか?」
「それがどうかしましたか? その「たかが知れること」を、治療師達は繰り返しているのですよ」
メリーは復讐する、父の命を奪った怪我に。
「聖女の癒しは人には強すぎます。逆に世を乱します」
「それがどうかしましたか? 世が乱れる原因など聖女だけではないでしょう」
メリーは八つ当たりする、人々を苦しめる毒に。
「たとえ致命的な傷を受けようとも、大病に蝕まれても、それはその人の天命です。聖女といえど、曲げてはならないものです」
「それがどうかしましたか? それは私の復讐には関係ありません」
メリーは八つ当たりする、人々を蝕む呪いに。
「復讐ですか?」
「驚かないのですね?」
誰を? などと聞くつもりはない。はぐらかされるだけだ。そもそも、復讐とは対極にある聖女になる理由がわからない。
「復讐はなにも生みませんよ?」
「……」
メリーは何も答えない。暗く深い笑みを作るだけだ。
ロレッタは静かにメリーを観察する。初めて会ったときと随分印象が違う、こちらが素だろうか?
「聖女になれば大聖堂で優雅な暮らしができる」と愚かな考えをする者は、残念ながらいる。
だが、それと同じように、「どのような苦痛も受け入れるから、癒しが欲しい」と望む者も、当然存在する。
メリーは愚か者かと問われれば違うだろう。そんな人間が1級になれるとは思えない。では誰かのために聖女になったのか?
自発的に?
命令されて?
(メリーは孤児とのことですが……)
「ところで、シスター・オリビアはどちらでしょうか?」
(……あからさまですね、聞かずとも分かるでしょうに。もう少し時間を稼ぎたかったですが、彼女も知ってて付き合っていたのでしょう)
「……あなたを、シスター・オリビアの元へは行かせません」
ロレッタの両手には、いつの間にか何かが握られていた。一見すれば剣の柄に見える。だが、その先に肝心の刀身はない。
「メイベル」
静かに聖句を紡ぐと、柄の先に光が集まり、細く伸びるようにして鎖が形成される。『聖鎖』、光の鎖を顕現させる聖術だ。
「……あなたを拘束します」
ロレッタは後方へ跳び退きざまに腕を振るう。鎖はまるで意思を持つかのようにうねり、メリーへと襲いかかった。
聖女は忌み嫌われてはいるが、その行いは紛れもなく善行だ。無償で、礼も求めず、傷や病を癒してくれる女神の化身そのものだ。
それに聖石を使うことを禁忌であると、定めたのは人でありニトではない。最終的にメリーを聖女と認めたのは自らが信仰する女神ニトである。傷つけることなど許されない。
もとより聖女は生半可な攻撃では傷一つ付かない。ならば捕らえるしか有効な手立てはない。
異端審問官ロレッタ、齢70を超えるその顔には数多くの皺が刻まれ、肉体の全盛期はとうに過ぎている。
しかし、聖鎖を振るう姿は昔とまったく変わらず、見る者全てを射貫くような鋭い眼光は『双子蛇のロレッタ』、『影なしのロレッタ』と呼ばれた頃のままだ。
「……あなたを癒します」
癒すと言っているが相手の感情は一切考慮に含まれていない。メリーの行動理念は人を害するものへの復讐だから。
メリーは人々に癒しを届ける、そこに老若男女貴貧善悪は関係ない。
たとえ癒しを求めていなくても癒しを施す。
たとえ癒しを必要としなくても癒しを施す。
たとえ癒しを欲していなくても癒しを施す。
「聖剣」
メリーもまたヒールを唱えると聖女の聖剣、癒しの剣が現れる。それは剣の形をしたヒール。聖女のみが使える聖剣である。
聖剣は聖女によって様々だ。通常の騎士剣であったり、細剣だったり、棍棒や槍、馬上剣だったこともある。
その長さは騎士剣並みだが、幅は少し広い。
切っ先は丸く、刺突にはまるで向いていない。
持ち手が異様に大きく、武器としての形を成していない。
何より刃がなく、小さな鎖刃が、巻き付いているだけだった。
襲いくる聖鎖に向かってメリーもまたその剣を振るう。聖剣はけたたましい唸り声をあげ2つの鎖を弾いてみせるのだった。
「……なんですかその禍々しい剣は?」
ドッドッドッと規則的な音を上げながら聖剣もまた、ロレッタを癒すのを待ち望むかのようにメリーの手の中で次の機会を伺う。
ロレッタにはそれが悪魔の鼓動にしか聞こえなかった……




