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第03話:私メリーさん今地方教会にいるの


 郊外にある教会の院長室、老齢のマザー・ロレッタは集まったシスター達に尋ねる。



「メリーがここに連れて来られてから今日で二週間、シスター・ライラ、メリーの様子はどう?」



 いまだ疑惑の目を向けられるメリーは、念には念を入れ、その間この教会へ一旦預けられることとなった。



 聖石は約一ヶ月で聖気に戻ることが知られている。その期間拘留するものであり、保護する恩情でもある。大聖堂とは馬車で三日の距離にある。



「そうですね、仕事自体は真面目にこなしてますが、時々ぼーっとしていることがあります。部屋でもだいたい同じですね」



「でしょうね、大聖堂から追放されたのなら治療師への道は閉ざされたようなものでしょうから」



 他のシスター達も頷く。1級という素晴らしい実力はあっても、追放されたのであれば治療師の認可など降りるはずもない。



「他の方はどうかしら?」


「特におかしなところは無かったかな。掃除もしっかりやっているし、脱走するような気配も無かった。辛気臭いのも相変わらずだ、話しかけても返事ひとつしねえ」


 

 と、シスター・マリア。


 

「うーん、食事当番で一緒になったときも特に変わりはなかったですね。たまに溜め息をつくくらいでしょうか」


 

 同じくシスター・オリビア。老院長にシスターが三人。小さな教会に相応しくこれが住人の全てだった。




 『マザー』や『シスター』は、かつてはニトから伝えられた神の世界の言葉だった。だが、神隠れ戦争を境に、それらの()、エー語は失われている。



 それでも、焼け残った書物や口伝(くでん)の中には、わずかな痕跡が残されていた。神に仕えた者達は、それらを拾い上げ、今に伝えている。



 一方で、『パン』や『スープ』のような()は、人々の暮らしの中に溶け込み、由来を意識されることもなく、今も当たり前の言葉として使われ続けている。




「彼女の持ち物は確認している?」


「はい。とはいってもここに来た時は着の身着のままでしたし、リマゾンの街に行くときに欲しい物が無いか聞いたのですが、特に無いとのことでした」



「そう……ゴホッ! ゴホッゴホッ、ゴホゴホゴホゴホッ」



「「「マザー!」」」

 

「ヒールを!」


「おやめなさい。聖力の無駄にしかなりません」



 シスター達が近寄るが、ロレッタは心配ないと手で制す。深呼吸して落ち着きを取り戻したロレッタが続ける。



「今日は午後から明日の典礼(てんれい)(ミサ)のためにリマゾンの街へ行きます。私の他に、シスター・オリビア、それからメリーも連れて行きます」



「大丈夫ですか?」



 現在リマゾンの街は貴族の(めい)を受けた人攫い(ひとさらい)達で溢れかえっている。


 大聖堂を追放された人にそこまで情けをかけてやる必要はないが、それでも目の前で(さら)われるのは気分がいいものではない。



「お互いに牽制(けんせい)し合っているでしょうし、少なくとも一人にしなければ大丈夫でしょう」


「わかりました」



「シスター・ライラ、それからシスター・マリア。理由を付けて二泊するつもりだから、メリーが最後に泊まった宿泊地を調べてちょうだい」



「わかりました。シスター・マリア、今度は施錠と正面扉の札をわすれないように」



「わかってるって。でもよ、この前も参拝客はおろか空き巣すらこなかったじゃねぇか」



「そういう問題じゃないでしょ。何かあってからじゃ遅いのよ」



「はいはい、わかりました。シスター・オリビアも間違えて攫われないようにしろよ。ちっちゃいんだから」



「もう、すぐそういうこと言う」



「聖石が力を失い聖気に戻るまであと二週間。大聖堂からの移動時間も含めればもっと短いでしょう。


 大丈夫だとは思うけれど、もし何か行動を起こすとしたら新しい環境にも慣れてきた今頃でしょうから、もう少しだけ気に掛けてちょうだいね」



「「「わかりました」」」



 ロレッタは(うなず)くと聖印を切り祈りを組む。



「本日もよき導きがあらんことを」


「「「メイベル」」」



* * *



 教会の庭でメリーとライラが日課の掃き掃除を行っていた。森と面しているためどんなに掃除しても木の葉は教会の境界を侵食する。



 メリーもニト教の教徒というわけではないが、ライラ達と同じ修道服と頭衣を着せられている。



「……というわけで、午後からリマゾンの街へ行ってもらいます」


「………………」



 メリーは黙って箒を動かしている。だが、同じ場所を往復させているだけだ。



「………………」


「………………」



 少し苛立ったライラがメリーの肩を乱暴に揺すった。メリーはびくりと身を震わせ、顔を上げる。



「メリー、聞いていましたか?」


「!? ……え? あ、すみません」



「……気持ちはわかりますが、もっとちゃんとしてください。最近リマゾンの街では見知らぬ旅人が増えているそうです。


 あなたもそんな調子では騒ぎに巻き込まれてしまいますよ、気を付けてくださいね。本当に」



「……すみません」



「もう一度言いますね、明日は恒例の典礼があります。


 メリーは、午後になったらマザー・ロレッタ、シスター・オリビアと一緒にリマゾンへ(おもむ)き、典礼の準備を手伝ってください」



「わかりました」



 話が終わると、再び沈黙が訪れる。二週間、ずっとこの調子だ。元々無口だとは聞いていたが、それに輪をかけて酷い。



 もうすぐ彼女を保護・監視する期間も終わる。本当に、今の状態でやっていけるのだろうか? かといって、ここに置いておくわけにもいかない。



 目を伏せ、(うつむ)き気味に箒を動かすメリーの姿は、どこか上の空で危なっかしい。



 ライラは心あらずのメリーを見て、小さく溜め息をついた。



 だが、その気配に気づくこともなく、メリーは箒を動かし続けている。



 聖石を手にしてから二週間。にもかかわらず、何の(きざ)しも現れない。


 初代聖女の時代とは違い、今やニト様は現世にいない。


 大きな戦乱も無く、世が乱れているわけでもない。



 ないない尽くしの中、メリーができることは伝承を信じることだけ。沸き上がる不安を強靭な精神力で抑えて、ただ、ただ、願う。ただ、ただ、祈る。



 その時は唐突に訪れた。



『ええで。そこまで聖女になりたいんやったら、したるわ。覚悟があんなら女神像前まで()いや。制限時間は……1分(いっぷん)や』



 メリーは走り出した。箒を放り出し、ライラになんの挨拶もせずに全力で。



 確認するまでもない、あの言葉遣いは女神ニトにのみに許されたものだ。『いっぷん』が何を指すのかはわからない。だが、猶予(ゆうよ)がないことだけは直感で理解できた。



 まさに疾風となり駆け抜ける彼女を見たシスター・ライラが慌てて追いかける。



「待ちなさいメリー! 一体どうしたというのです!?」



 メリーは答えない。なおも速度を上げて女神像へと向かって一陣(いちじん)の風となる。



「まさか!! マリア、オリビア! 彼女を止めてください!!」



 ライラの叫び声を聞いた二人のシスターが慌ててゆく手を阻むが、メリーはそれを華麗に(かわ)す。



 聖術の才能だけでなく、走ることにかけてもメリーは昔から群を抜いていた。集落にいた頃は「馬の()」「疾風」「食い逃げ」など、様々な異名で呼ばれていた。



 孤児院にいた頃も、大聖堂に入ってからも、人目を盗んでは足腰を鍛え続けていた。そのうえで身体強化の聖術にも力を注いでいた。



 ――全ては、この瞬間のため。


 走るメリーの脳裏に、両親の顔、先生の顔、みんなの顔が次々とよぎる。



 執念。



 メリーはそのすべてを、聖女に賭けてきた。


 この瞬間のために。




 階段を駆け上がり、ライラが追いついた時、メリーはすでに女神像の前に立っていた。肩で息をしながら、ライラはメリーに詰め寄る。



「メリー…やめなっ…さい!」



 背を向けたメリーがゆっくりと振り返る。



「いいえ、やめません。それにもう遅いですよ」



 捧げ物のように顔の前へ掲げられた両の掌。その上では、聖石がほの白い輝きを(みゃく)()たせていた。



「女神ニトよ、私は全てを捧げ聖女になることを望みます」



「だめぇ!!」



 ライラの悲痛な叫びは、聖石から溢れ出した眩い光に飲み込まれた。




 光の中、彼女の装いが、頭を覆う布が、履き物が、次々と姿を変えていく。



 地色(じいろ)は紺から白へと移り変わる。ただし、端々(はしばし)には黒布が当てられ、銀糸(ぎんし)刺繍(ししゅう)(ほどこ)されていた。



 頭を覆っていた修道の布も、白を基調としたものへと(うつ)ろう。縁には衣と同様の銀糸の刺繍が走り、静かな輝きを放っていた。



 足元には、黒革の丈高(いたけだか)の履き物が形作られる。両手には白布の手袋が()められる。



 最後に3匹の輝蝶(きちょう)が聖女の周りを舞い、(いろどり)を与える。



 質素ながらも荘厳(しょうごん)な修道の装いは、メリーの純白の美しさをこれ以上ないほどに引き出していた。





 聖女の誕生を告げるかのように、鐘楼(しょうろう)の音が高く鳴り響いた。





 神々しささえ(まと)ったメリーの両手がそっとシスター・ライラの(ほお)を包み込む。



 絶望の表情で顔を小ぎみに振るライラ。


 穏やか笑みを称えた聖女メリーベル(・・・・・)



 ライラは、歯をガチガチ鳴らしながらも懸命にメリーの手を振りほどこうとするが、その努力を嘲笑うかのように、固定されたそれはわずかにも緩まない。




 優しい声でメリーは呟く……




「……ヒール……」






 聖女の癒し(ヒール)には様々な逸話(いつわ)がある。



 曰く、病が蔓延した村人たちが、魔獣に襲われた街人たちが、涙を流し、あるいは震えながら、地に伏し聖女に祈りを捧げた。



 曰く、感情など(とう)の昔になくしたエルフの長老が、ヒールの一言でまるで子供のように泣きじゃくって部屋の隅で丸くなった。



 曰く、どんな拷問でも口を割らなかった男が、聖女のヒールで重要な秘密から自分の性癖までべらべら喋った。



 曰く、呪いで下半身が石と化した姫が、まだ動く手だけを使って、まるで虫のように這いずりまわって聖女から逃げた。



 曰く、どんな痛みも快楽に変える度し難い変態でさえ、聖女のヒールだけは嫌だと絶叫した。





 ライラは癒されている。どんな傷でもこうはならないほど絶叫を上げ。



 ライラは癒されている。どんな病気でもこうはならないほど体を曲げ。



 ライラは癒されている。どんな毒でもこうはならないほど痙攣(けいれん)し。



 ライラは癒されている。どんな呪いでもこうはならないほど怨嗟(えんさ)に顔を歪め。





 だから、人々は聖女を嫌う。



 だから、人々は聖女を後世に伝える。畏怖を、恐怖を込めて。



 だから、人々は聖石を封じ込める。環状回廊などというものを作ってまで。



 だから、教皇は監視させた。



 追放したあとも、ここまで厳しく。





 聖女のヒールは万能の癒しだ、常軌(じょうき)逸した(いっした)『苦痛』を相手に与える。



 聖女のヒールはどのような病気も退(しりぞ)け、神経という神経が焼き切れるほどの激痛を叩きつける。



 聖女のヒールは欠けた部位すら癒し、精神という精神が壊れるほどの恐怖を叩きつける。



 聖女のヒールは、どんなに強い毒も、深い呪いも、(はら)い、清め、未来という未来が閉ざされるほどの絶望に叩き落とす。





 あらゆる(きず)(やまい)(どく)呪い(のろい)を取り去る代償(だいしょう)として、世界中の激痛と恐怖と絶望をひと(かたまり)にして押し込むのだ。





 限界を超える痛みのせいで脳が麻痺して何も感じなくなることがあるという。しかし、聖女のヒールは絶対の癒しである。それすら強制的に解除(ヒール)する。



 激しい痛みのせいで心臓が止まってしまうことがあるという。しかし、聖女のヒールは絶対の癒しである。それすら強制的に蘇生(ヒール)する。



 抜け出せない痛みのせいで心が壊れてしまうことがあるという。しかし、聖女のヒールは絶対の癒しである。それすら強制的に健常(ヒール)する。




 壊れることも!


 死ぬことも!


 狂うことも許されない!


 聖女の慈悲からは絶対に逃れられない!!




 ライラは癒される、目から鼻から口からあらゆる体液を垂らしながら、一種の芸術とも取れる姿で。



 ライラは癒された、ちょっとしたけだるさから、荒れた肌も、わずかな毒素もその全てを癒された。




 到底釣り合わない激痛と引き換えに……






 ライラがその場に崩れ落ちると女神像の間は完全な静寂に包まれた。先程まで音楽を提供していた小鳥のさえずりさえ聞こえない。












「……くくくくく」



 静寂に小さな笑い声がこぼれた。メリーは笑っていた。その笑い声はやがて大きく、はっきりとしたものへと変わっていった。



「ははははははははははははは!」



 メリーは(わら)う、人を癒せる喜びに。



「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」



 メリーは(わら)う、人の敵(・・・)を殺す快楽に。



「……やっと……聞こえた。先生の言ってたことは、本当だった」



 メリーの頬を涙が伝う。それでも彼女は(わら)っていた。



「ずっと! ずっと聞きたかった……貴様らの悲鳴が……貴様らの(なげ)きが……」



 やがて涙は狂気へと変わっていった。狂喜へと変貌(へんぼう)していった。



「だが、これで終わりではない。こんなもので私は許しはしない!」


(きず)よ!」


(やまい)よ!」


(どく)(のろい)よ!」












「……今度は私が貴様らを殺す番だ」 



 これは、苦しむ人を見過ごせない、優しく笑顔が素敵な聖女の復讐譚



 あらすじに嘘は書いてませんよ。

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