第17話:私メリーさん今一度貧民街にいるの
この大陸は、大きく6つの地域に区分される。
中央に聖山アルナプルナが聳え、その山腹には大聖堂が築かれている。
大聖堂は女神ニトを奉ずるニト教の総本山であり、いずれの国家にも属さぬ聖域として、全ての国より独立を認められてきた。
大陸西部は南にバルド公国があるが、その大半はラープニア大森林に覆われている。エルフやドワーフの勢力が強く、地理的条件も相まって、詳細な調査は困難とされている。
一方、東部は三つに分かれる。南にライヘイム王国、リマゾンの街もこの国に所属する。その北に軍事国家アスガルド帝国が構え、さらに北方の森には獣人達が住んでいる。
獣人達がどのような体制で暮らしているのかはよく分かっていない。国家と呼べるものがあるのかどうかも定かではない。
* * *
リマゾンの貧民街で、3人家族が息を潜めるように暮らしていた。
彼らは獣人の村で平和に暮らしていたが、その日、突如としてそれは破られた。
「何事だ!?」
吹き鳴らされる帝国兵の笛の音。襲撃を受けたロイドは妻のミーシャと息子のテオを連れ、燃える故郷に背を向け、必死で逃走した。
「父さん……」
「あなた……」
「……くそっ。こっちだ」
ロイドは獅子の獣人であり音に敏感だ。その能力を活用し、必死に追跡をかわしながら逃げ続けた彼らは、廃村へと辿り着いた。
「なんだか気味が悪い所だね……」
「ああ、だが帝国兵に見つかるよりはましだ」
捨てられた家々には生活の気配はなく、何も残っていなかった。自分達のように逃げたのではなく、村そのものを捨てたのだろう。
「あなた、あそこ!」
ミーシャが指した先には他よりも一際立派な建物が立っていた。周りの家が崩れるなか、その建物はまだ原型を保っていた。
「久しぶりに、ゆっくり寝られそうだね」
「ああ、そうだな……あれは多分、教会だな。人間が神を祀る場所だ……ニト、だったか」
久しぶりに雨風をしのげる建物で一息つくことができた。しかし、しばらく腰を落ち着けているうちに、どうにも居心地の悪さを覚える。
周囲の動物の気配そのものが薄かった。魔獣のような直接的な恐怖ではない何かを、人間よりも鋭い感覚で感じ取っていた。
村を離れる際に不要となったのか、教会の奥には外套や帽子が集められていた。彼らはそれで目立つ体を隠し、3日とたたぬうちに、廃村を後にした。
追われている以上、引き返すという選択肢はない。土地勘もなく自分がどの方向へ向かっているかも定かではなかった。
ほとんど迷走に近い逃避行だったが、それでも帝国を抜け、ライヘイムへと辿り着く。
しかし、リマゾンに隠れ住むことはできたものの、旅の疲れもあってかミーシャが風邪を拗らせてしまった。
ライヘイム王国には帝国のような獣人差別はない。だが、帝国近くの集落で暮らしていた彼らに、そんな認識はなかった。
獣人であるがゆえに治療院へ見せることもできず、せめて栄養のあるものを食べさせてやりたいが、その金もない。
(この際ニトでもいい。母さんを助けてくれ!)
獣人に祈る神はいない。自らを奴隷という身分に落としたライプニャーナを恨み、ニトに対する信仰心もない。彼らは神を捨てた。
それでもテオは祈らずにはいられなかった。
粗末な手製の扉が叩かれる。
椅子に座っていたロイドと、床で籠を編んでいたテオが扉に目を向ける。ミーシャは奥のベッドで横になっている。
元々ここは空き家だった。扉も壊れて吹き抜けになっていたので、ロイドが転がっていた廃材から作ったものだ。
部屋の家具も拾ったり、自作したものだ。元が廃材ゆえに大きさも不揃いで乱暴に扱えば壊れそうなものばかりだ。
そんな住人が居るかも怪しい家に訪ねてくる者などいるだろうか?
村が壊されたときに一緒に逃げた仲間もいるが、帝国兵に追い立てられるうちに散り散りになってしまった。
近くに親戚なんかいるわけも無いし、知り合いがここを知るはずもない。衛兵や元の持ち主であれば面倒だなと思いつつ、隙間から覗き見る。
その先には小さな女の子がいた。なかなかに可愛らしい。息子への用事だろうか? とりあえず面倒事にならなそうで良かった。
「おいテオ、かわいいお客さんが来てるぞ。いつの間に知り合ったんだよ」
「え、誰?」
テオが扉を開ける。とはいえ、テオに心当たりはなかった。街役組で孤児院の子と話したことはあるが、そこまで仲良くなった覚えはない。
扉を開けた先にいたのはメイヤだった。当然テオに会った記憶はない。テオが一生懸命記憶の糸を探っている間に、彼女はもじもじしながら話だす。
「あ、あのね」
「え、うん」
かわいい子の上目づかいに思いもよらずドキドキする。
獣人達は見た目の変化が大きい。動物の種類というのは勿論だが、動物により近かったり、逆に人間に近かったりと姿にも大きな違いがある。耳の位置と形くらいしか明確な違いはない。
それが画一的なものを好むライプニャーナには気に喰わなかったらしい。
話が逸れたが、テオや彼の村の人達もわりと人間に近い容姿だったためその感性も人間に近くなっている。
「あなたの、お母さんを癒させてほしいの」
「は?」
意味が解らない。テオがなんて答えたものか悩んでいると。
「あ……あなたの、くふふ、お、お母さんを、ふひひひひ、癒、癒す、あははははははは」
なにがおかしいのか、噴き出した彼女は、笑いだし、ついには大笑いしだした。
「ぎゃはははははははははは!!」
口を開け大笑いしている彼女の顔はどこかしら狂気に満ちている。
「な、なんだよ、母ちゃんの病気がそんなにおかしいのかよ!」
テオの抗議を無視して笑い狂うメイアの姿が変わっていく。背が伸び、胸が膨らみ、服装も変わっていく。
「な、なんだ!? なんだよお前!?」
やがて見事に変身した聖女は聖衣の端をつまんでお辞儀する。
「こんにちは、聖女メリーベルと申します。あなたのお母さまに癒しを与えにきました」
それは彼ら家族を地獄に叩き落とす言葉だった。たとえ獣人であっても聖女のことは知れ渡っている。
(俺のせいか……? 俺がニトになんか祈ったから!?)
いち早く対応できたのはロイドだった。
「母さんを連れて逃げろ!」
「父さん!」
「逃がしませんよ! 結界」
「ガァァァ!」
言い終わる前に、聖女に向かってロイドは体当たりをして吹き飛ばす。
「行け! 母さんを頼む!」
「母さんを安全な場所に隠したら、絶対帰ってくるから!」
テオはただ布で塞いだだけの壁に空いた穴から母親を背負って逃げ出す。
「酷いじゃないですか、女神の化身を吹き飛ばすだなんて」
「はっ! あいにく獣人に信じる神なんていないんでな!」
吹き飛ばされて壁に激突したというのにメリーは傷を負った様子もない。激突した壁にもひび一つ入っていない。
再び飛び掛かってくるロイドを身をひねって避けると、メリーは聖剣を呼び出し切りかかるが、彼はその腕を掴み力任せに耐える。
「ここから先は行かせねぇ!」
ロイドの筋肉が異常な硬化を見せる。
「ひーるぅぅぅ!」
「ガア”ア”ァァァ、るぁぁぁぁ!」
叫びに呼応するように体内の魔力が反応し、膨張した筋肉がチェーンソーごとメリーを投げ飛ばす。
しかし、メリーもまたまるで猫のように空中で体勢を立て直すと、着地と同時にロイドに向かって疾走する。
「ア”ア”ア”ア”!!」
「グルルルルガァァァ!!」
* * *
「ハァハァハァ」
耳を隠す事も忘れて、テオは母親をおぶって必死に逃げる。しかし、子供のテオにはやせ細った母親でも荷が重い。
「……なさい……」
背中からかすれた声が聞こえる。
「なに? 母さん」
「…………て……げなさい……」
「ごめん、聞こえないよ母さん」
「私を置いて逃げなさい、あなただけでも!」
ミーシャが必死になって訴えるがテオにはそんな選択肢は選べなかった。
「やだ! やだよ母さん! もう誰とも離れ離れになんかなりたくないんだ! 母さんを隠したらすぐに父さんを助けにいく!」
「テオ……」
しかし、絶望は舞い降りる。
「お待たせしました♪」
テオが手を広げてメリーの前に立ちふさがる。
一騎当千の英雄ですら土下座する聖女を前に足はガクガク震え、歯はガチガチ鳴っている。それでも一歩も引かずに立ちふさがる。
「と、父さんはどうしたんだ!?」
「癒しました♪」
(さて……お子さんはどうしましょうか?……栄養状態は悪そうですが概ね健康そうなんですよね)
健康な人を癒してもあまり快感は手に入らない、それに今日は典礼と簡易治療院で飽きるほど癒している。
正直、気が進まない。時間も押しているし母親だけ癒して去るべきだろうか。茶の子感覚で一緒に癒してあげるべきだろうか?
聖剣を使ってもいいが2人では似たり寄ったりだろう、それにやはり病はこの手でくびり殺したい。
子供をどうするか悩みながら歩み寄ったところで、ミーシャがテオを押しのけて前出て、地面に額を擦りつけるようにしてメリーに願う。
「お願いします……私は、私はどうなっても構いません。ですが! 息子だけは……息子だけは助けてください! ゴホッゴホッ」
「やだ、やだよ母さん一人ぼっちになんかなりたくないよ!」
頭の中に、黒いメリーの欲望が広がる。
『見過ごす必要はありません。目に見えないだけで、病や怪我を隠しているに違いない』
しかし、白いメリーの慈悲も広がる。
『そのように言ってはいけません、子は未来の礎です。子供は健康でなければなりません』
『『癒しましょう!!』』
二人はとっても仲良し!
「顔をあげなさい。その願い、聞き入れましょう」
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
顔をあげ涙を流してお礼を言う。だが、それは最良の形で結末を迎える。
「息子さんを助けてあげましょう、でも、助けるのはあなたもですよ」
意味が解らずきょとんとした顔をした母親を無視して息子に向かって歩く。
「見たところ健康そうですが、息子さんを何から助ければいいですか?
怪我ですか? 彼くらいの子はやんちゃな盛りですからね。
病気ですか? お母さまの病気が伝染ってしまわれましたか?
毒ですか? 空腹に耐えかねて悪い物でも食べてしまわれましたか?
呪いですか? 考えられませんが人の恨みはどこで買うか分かりませんからね」
呆然とする母親を気にも留めずテオの顔を両手で優しく包み込む。テオは恐怖のあまり硬直している。
「あなたの子を思う気持ち、痛く感動しました。私は子供を持ったことはありませんが、病魔に苦しめられても、なお子を想う気持ちにとても心打たれました。
ですから、あなたも息子さんも等しく助けてさしあげます」
違う、そうじゃない。
しかし、そんな母の心の声を無視し、いや、声にだしても同じだっただろう。
「さぁ、あなたは何から助けてほしいですか? 怪我ですか病気ですか毒ですか呪いですか? うふふふふふ、はははははは」
「ヒール!」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
テオは激しく痙攣している。全身をのけぞらせて、口を大きくあげながら涙と涎をたらしている。
「ハハハハハハハ ギャハハハハハハハハハハハハハハ!」
メリーは狂気に笑う。テオを背に優しい笑顔をつくり母親に向き直る。
「……さあ、次はあなたの番です」
暖かい癒しの光が母親を包み込む。あぁとても気分が良い、人を癒すのはなんて気持ちがいいことなんだろう。
「病気に苦しむのはここまでです! 人々は病気に苦しんではいけません! 特に母親は!!」
病気をくびり殺すのはなんて心躍ることだろう。自然と笑みが出てくる。
「この世にあなた達のいるべき場所はありません、そこで朽ち、果てていきなさい」
もちろん母親に巣くっていた病原体へ向けての言葉だ。
周囲の建物の影から、多くの目がこちらを見ていた。メリーを誘拐のために集められた人攫い達だ。
起き上がった聖女がぐるりと周りを見渡す。
人攫いは当然メリーの容姿を聞いている。その特徴は、目の前の聖女と完全に一致していた。
攫う対象が身寄りの無い少女から聖女に変わった……ネズミ狩りが、熊の魔獣狩りへと変わったことを彼らは理解する。
一つの獲物に複数の人攫い。決して交わることの無い彼らの心が一つになった!
((((怖い!!!))))
「ふひ♪」
聖女が笑った瞬間、貧民街を大震動が襲った。全員が一斉に逃げ出した!!
(まぁいいでしょう、時間もありません。今回は見逃してあげます)
『聖女メリーベルの癒しレベルが上がったで! 保有聖力量あっぷや、新しいスキル飛び癒しをゲットや』
■飛び癒し 知名度:D
飛ぶ癒し。弓矢並みの速度で癒しを飛ばすことが出来る。ヒールよりも聖力の消費が高い。知名度が低いのは聖力の消費もあるが、ここまで癒しレベルが成長する聖女が少なかったため。
■茶の子:
お茶うけに食べる軽食、おやつ。間食。おやつは江戸時代の午後2時に鳴る鐘8つから来ているためこちらで使うのは不適切と判断し、同義語である茶の子を採用しました。




