第八話:女性という終極核魚雷に異常に愛情を注ぐな! - 〔絶対に見付かってはいけない体育トイレサボり四五分〕
三時限目の体育の時間。
いつもの授業開始の挨拶の為校庭に集められて突っ立つ、俺を含む一〇〇人弱の白と紺に上下が分かれた体育服——女子は華やかなピチピチのブルマー、男子は質素なスカスカ寒々短パン——を着た生徒たち。
‥‥男子だけ何かダサく無いか?せめて男子もブルマー‥‥いや、それだとトランクスがガッツリ外に出るからもっとダサくなるか。無念。
暦の上では春真っ盛りにも関わらず、この地域の西から来る風は季節の割には温く、湿って居る。そんな気候。
俺は数時間後には雨が降ってもオカシクない曇り空を見上げて、チョッと身体中の筋肉を緩めつつ、次いで周りに目を遣った。
二年一組の男子である俺は左端っこの縦列、その真ん中ら辺。
そして‥‥俺の右側には整列して居る我が学級の女子生徒という人間のひとり、ふたり‥‥が俺の直ぐ近くに控えて居る。何も考えずに真横に手を伸ばせば隣の人間の身体に当たる距離。俺の後ろにも、右横にも、何処そこから女子生徒という人間の気配が迫り来る。
——絶えずひとびとに横虐的権威のストレスを与えて来る存在たち。様々な日常行動にて、あるべき義理の代わりに種々の直感情をオーソドックスな者として弄び、以て他人に、悪趣味な血のストレスを頻繁に与えて来る‥‥厭な存在たち。現世に於いて優先すべきものを履き違えたる存在たち。朧気で危気な直感情的規範の儘に暴れ、それを他人に、特に意識する事も無く、当然の事として為し、そしてこの現実を告発されて尚、これらの事は絶対に顧みてはならないのである、それが正しい私たちなのである‥‥として自らを全定義する、肝腎の処でわれを自重出来無い‥‥天地の中で『絶対大正義』の存在たち。——確かに、ソレラに‥‥われは囲まれて居る。
そんな(俺から見て)かなりの異常状況の中に突っ立って居るわれは、神経に襲い掛かって来る恐怖をヒシヒシと感じて居た。これが次第に、次第に、シダイに強まる。
どうか早く‥‥早く俺をココから解放してください‥‥
————。
一、二分を耐え忍び、やっと、若い‥‥如何にもスポーツマンっぽい男性の体育教師に向かって、複数クラス纏めて合わせて挨拶し終わった後、俺はまるで恐ろしい邪鬼から逃げ出す様に、忽ち体育館の三階に向かう。
行き交うひとの影、視線なんかも気にせず急いで校庭を駆けて行く。タクシーより速いからな!こうして体育館の外付け階段に着いたら、いつもの二段飛ばしで登って行く。
無論、ぼっち特有の特殊能力「静音移動」を習得して居る俺は、混凝土の構造物の上を勢い良く疾駆しても、殆ど音は鳴らない。俺、流石だ。やはりぼっちこそ間違い無くヒトの正義なんだよなぁ‥‥と仕様も無い大ゲサな自己肯定をしながら、駆けて行く。こうして、挨拶をしてから一分も無い内に、三階にある体育館出入り口の外、建物の壁にズラーっと並ぶ広い靴棚に、イの一番に到達した。
そこから、自分の真っ白な体育館シューズに履き替えて‥‥俺はいつもして居る様に体育館の中を通って行く。
建物内の真っ白な階段を下り、シャワー室、プール、多目的室等のある一階の、薄暗い、何処迄も——暗いから視覚的には灰色に見えるが——白く硬い無機質な空間、つまり廊下に到着。躊躇い無く、俺はこの暗昧空間を掻き分ける様に進んで行き、やがて見えて来た‥‥入り口の四角い穴がポツンと佇んでいる男子トイレに迷い無く侵入した。
そうしてさっき装着して来たばかりの真っ白シューズを脱いで厠用のスリッパに履き替えると、誰かが厠に入って来ても、個室の方に目をやらぬ限りは自分が入って居る事の判らない様にそれも一緒に持って、個室の和式トイレの中に入る。このシューズは汚れぬ様に個室内のトイレットペーパー棚、そこの余った空間に置いておいた。
更に、空いて居た個室厠の水色の扉を閉め、内側から鍵を掛けんとする。クローム鍍金の施された、俺の姿を銀色中に反射させる内鍵。この横滑式の鍵が——完全に閉まった時に鳴る「カチャ」という音が、体育の時ほぼ毎時間起こる『バレたら終わりの一時間閉じ籠り大作戦、開始!』の号令となる。
「扉よ、閉めるぞ‥‥」
と今日になって初めての話し相手に口を開いたら、ひとりきりになりたいぼっちの俺からすれば、ホントにきらやかに見えて‥‥鉱物の如き金属光沢を放つ‥‥扉の金具に指を掛ける。
こうして、
「閉じよ」
と滅びの呪文を唱えて締め掛かった。
‥‥ところが、「カチャリ」とでも音を鳴らす筈の鍵は、スムーズに滑る様に掛かって行き‥‥スルスルと、ついに殆ど音を立てずに完全に締まり切って仕舞った。
「‥‥」
拍子抜け。チョッとアッケに取られたが、未だ、慌てる様な時間ぢゃ無い。俺の様な経験豊富なぼっちは、想定外の事態にも、慌てず騒がず落ち着いて対処する。「†独歩猶存の士†」は一切の失敗を許さない。否、実直な俺の良心が許さない。こうなったら自分から号令をかけるのだ‥‥!かけなければならない!
「‥‥‥‥かちゃ‥‥」
俺の小さな声が、俺以外人っ子ひとり居ないこの狭い個室に、男子厠に、外の廊下に寂しく木霊した。殆どが壁と床のみ、あらゆる障害物の無い空間の中を通って反響して行く音が聞こえて、今の己の空間的状況が一瞬の裡に把握せられた。
何うしてか急に「体育の授業中を抜け出して狭い個室トイレに籠って居る人間」という客観的な俺の姿が意識されて仕舞った‥‥。寂しくひとりで居る事を思い出させた。何かしらの音や声に反応出来る存在は、このだだっ広い潔らかなる空間に俺ひとりしか居ない。
この前、俺がつい話し掛けた厠の内鍵には、何の感情も存在しない。本来人間が話し掛ける様な対象物では無い。喋っても一切の反応を示さぬ。唯だ唯だ、鍍金された銀色金属のクロームがテラテラ光り輝くのみ。このハエある個室厠の錠前、という物体に「メカメカしい制服的金属衣装に身を包む、慈母の様に話し掛けて来る黒髪三つ編みツインテールの、セクシーな褐色日焼け肌で看護師チックな衛生スキルを持ったつるぺたロリータ眼鏡美少女」という人格を妄想の中で付加する事は出来ても、現実には俺ひとり。
『音が鳴らなくてひとりぼっちでつらかったんだね〜。だいじょうぶだよ。よしよし、いいこ、いいこ〜』
『ママ、ママ‥‥』
と甘えさせてくれるロリータ美少女の具体的姿がどれだけ脳裡に鮮明に映って来ても、ここに俺以外誰も居ない事に変わりは無い。
ある意味で「刺激の貧困」の状況下、暴走する手持ち無沙汰な俺の感性が、勝手にこの哀しむべき状況を誤魔化そうと出鱈目なセカイを作り出して、俺に見せて居ただけだ‥‥。
‥‥というか、慈母の様に甘えさせてくれるのは良いが、抑々金属衣装は触るとゴツゴツしてチョッと刺激が強いや。痛いだろ、普通に考えて。テキトーに何も考えず属性詰め込み過ぎた代償だ‥‥。ぢゃあこのキャラ付けは無しだな‥‥。
残酷だが褐色ロリータ金属制服美少女看護師ママ、廃棄!
‥‥と一旦下らない妄想が俺の中に溢れて来て忘れ掛けて居たが、何はともあれ作戦開始!何妄想でぼ〜っとして居るのだ。作戦は開始して居るんだ!ちゃんとしろ!俺には俺しか居ないんだぞ!
‥‥無理矢理思考を引き戻した事により、ソレをホントに今更思い出したのだが、この体育の授業は、主に二週間後の月曜日に開かれる学級試合の本番に備える為の練習、後は簡単な練習試合として行われて居る。
その学級試合の種目とは、バレー、サッカー、テニス、バドミントン、卓球と‥‥百人一首とクイズ。‥‥運動音痴のぼっちの俺は当然文化系、百人一首。
俺には球技の試合なんてマトモに出来っこ無い。‥‥球技以外の運動全般が抑々ダメなのだが‥‥。こうなるのも特別な俺が有する脳髄の、致命的な迄の機能不足が原因である。
『普通』に球技をこなせる人間からすれば全く信じられないかもしれないが、本当に、何も、出来無い。
——種々の認識能力や、絶えず与えられる情報の処理速度の完全なる不足。
——百度練習しても身体が見本の動き通りにならない、運動神経の乏しさ。
だからこそ、俺は体育系の種目で出る事に就て、遠慮させて貰った。
‥‥簡単にこれらの事を思い出すだけでも、俺って無能なんだなぁ‥‥としみじみ思わされるなァ‥‥。でも俺は退くべき処で謙る‥‥そんな退く事を覚えた人間であるだけマシであろう。いや、どうかマシだと思ってくれ。
ともあれ、俺は百人一首をする事になって居るので、体育系の種目には縁が無い。文化系の生徒は一時間中自由であるとの指示であったので、当然俺は体育館迄走った後、厠で自由に過ごして居る。体育の自由時間は、ぼっちの常識として当然ハナからケツ迄厠で過ごす。ほら、この様にね!
‥‥然し、厠に入って妄想するばかりであると、俺は何もする事が無く直ぐ退屈になる。
そこで俺は、こんな事もあろうかと予め体育服の中に仕込んで置いた、この地域の公立高校ではほぼ必ず一年生の時に配られる、小テストに頻繁に使われる薄い小型の英語例文集「六六六選」を取り出して、五時間目の英語の小テストの対策をする事にした。
小テストと言ってもつまらないもので、この例文集からその儘出題される味気無い物である。然しながら何故か規定点数以上間違えると、放課後の追試や補習授業が課される事になって居る。ただ少し読めば良いだけであるのに態々これらをする意図は不明。
とはいえ俺は英語がそこまで得意では無い以上、これらの放課後補習を避ける為には、こうして隙間時間に勉強する事が必須なのだ。
はっはっは!こればかりは自由時間に遊ぶ友達が居ない、真に自由なボッチにしか出来まい!
‥‥ふぅ、真面目に英文を覚えよう。
それから約一〇分間、経過。
‥‥見た。入った。憶えた。英文を。残りの三〇分はどうすれば良いんだ、こんなトイレの中で‥‥。もう無機物から制服美少女を作り出す妄想位しかやる事無いよ〜‥‥。
はぁ〜、と溜め息を漏らした。すると、やはり妄想好きなこの脳髄、するすると言葉と思考が浮かんで来た‥‥。何故だかは知らないがあのハニートラップの女子生徒についての事だ。
今思えば、あの女子生徒を、俺は何故救って仕舞ったのだろう‥‥。
抑々俺にとって女子生徒は恐れ避ける対象で、求めたり願ったりする様な物では無い。
「お前は常に女性にモテたい、やりたいとか思ってるだろ?気持ち悪い」とか「異性愛指向かつサカリのついた、男子で高校二年生のお前がか?」とか思われるかも知れないが、哀しい事にこれだけは厳然たる事実だ。憐んで欲しい。ひたすら優しくして欲しい。
*一度、チョッと良く考えて見て欲しい——女性という人間についてのひとつの例えだが‥‥多数の【ダーティボム】や【核兵器】の中に飴玉が入ってるからって、そこに向かって好んで取り出しに行く超高校級のアホウが居るだろうか?!然も爆弾にアシが生えて向こうの方からこちらに近付いて襲って来るのかも知れないんだぞ!有り得ないッ!!
それらはバクダンや地雷では無くまるで動く魚雷だ!関わらなくても勝手に爆ぜて来る厄介な【終極核魚雷】だ!今日も世の中の何処かで絶えず深刻な爆破を繰り返して居る。数え切れない程の理不尽、弥栄に対する妨害を、現実の人々に与えて居る。
これらの害を穏当に取り除いたり、その存在を尊重しつつ低減出来たりするのにも関わらず‥‥魚雷の危険性や有害性を少しも取り去る事をせず、寧ろ「その様な性質は妥当で正義なモノである」として公的に、法的に、強制的に人々に称えさせた上で放って置いて、そうやってかれらが好き勝手に、何の悪びれも、何の責任も負う事も無くに当然のコトとして至る所で絶えず爆ぜて居たら、『除外属性』たるわれらは大人しくその爆破を受けて当然なのだろうか?われらに向かう構造的な暴力は許容され、肯定されて見過ごされるべきなのだろうか?否、ないです。ない。社会的に、私的に、個人的に、ありとある領域に於いて理不尽に爆ぜて来るカレラという存在、これを訳知り顔でヤシナウのを公の人々に強制させる道理があるだろうか?ないです。
俺が女性に近付かないのは何故なのか?——何故ならカレラは魚雷だから!
‥‥とまあ、冗談はさて置くとして、かの様な絶えず繰り返される〈核魚雷の爆発〉を何度も‥‥公に正当な物として、マトモに浴びせられた俺は‥‥女子生徒の近くに居るだけでまるでカレラが「線源」かの様に‥‥直接触れて居なくとも、身体中に痛みに近い強張りが発生し得る。恐ろしくなる。生の神経が苛まれる。存在して居るだけで度々起こる過呼吸、吐き気。
然も言うに及ばず、最早セイヨク直結脳となったカレラと関わる事へのリスクと厄介性は度を越えて居る。越え過ぎて居る。
全ての人間に勿論悪びれなく〈批判されない〉〈当たり前のモノとして透明化された〉〈公的に無痛化された〉〈「アファーマティヴな」〉有形無形の計り知れない程キョウリョクで理不尽な暴権を発動して来る。それをやめない。やめられない。対象の一族郎党を巻き込んで『セイギ』的に爆ぜるカレラは誰にも対処のしようが無い。
一般論として『そう』発動するのが倫理的で在る、という事である。当然だという事である。イジョウである。
‥‥こういう存在を求めろという方が逆に無理なのでは無いか?無理だからこそ大人しく救いのある二次元美少女や3DCG、『萌え』があるのだろう。果たしてこれは「逃げ」に該当するだろうか?いいえ違う。該当すると思う人は未だ全ての人間にとって女性と現実に「そう」する程度の価値と義務と正義があると錯誤する、虚を信じて居る人なので、こんな部分を読んで居ないで、最初部から出直して来て下さい。現実に救いあれ!すると「そこそこある程度迄には」現実に救いがあった。
‥‥だとしたら、普通に、良く良く考えて見れば、オカシイ。俺は何故あの女子生徒を救ったのだ?憶えて居ない。セカイに恐懼せねばならぬ、俺のアイデンティティ‥‥『女子生徒という人間に一切触れてはならぬ、関わってはならぬ、見てはならぬ、見られてはならぬ、想像してはならぬ』『ナゼナラ現実問題としてカレラは公私問わず肯定的な暴力を振るって来るから』‥‥という完璧に構成されて居る筈の俺の生存基本原則、生活理念を破っただと?変な違和感ばかりに頭がコンガラがる。
何で俺はあの時‥‥良く分からない‥女子生徒という人間を助けたのだろう‥‥。恐らくかれに騙されて居たとはイエ、その女子生徒という人間の瞳の先に『圧制』に虐げられて苦しんで居る俺の様な人間が見えたからか?ソウか。
そうだ。ダカラ、俺は本能的に、『ホントはソウあるべき世の中の義理』を守って‥‥そうせざるヲ得なかったのだ。ソウなのであろう。そんなハズだ。ソノ方が徳の位が高かったからだ。世界に栄と幸いをより齎せるからだ。世界に、より救いを広げられるからだ。けして他の理由は持って居ない。
‥‥粉砕され尽くしてバラバラに消えウセて、砂粒のカケラひとつみたいになった俺の希望。それを胸に抱いて「俺に救けよ有れ!」と叫ぶ様に文字通り必死になって俺は願った。『リソウの世の義理』を実行した。辛かった。幸わせたかった。ソウシテあるべき世界に助けられたかった。だから‥‥助けた。
‥‥この先、世界に俺は救けられるだろうか。確実に存在するかどうかも危うい、微粒子程度に迄、キボウも俺も打ち砕かれて、それで終いなのだろうか。
それでも俺はココに在る。正しく不当な、ジノセントリック[Gynocentric]な直感情的道徳観と世の愚昧蒙昧さに基づく、「好ましい」辣悪な論理とチカラに支配されたこの世界で。
‥‥こうして妄想をしている内に大分時間が経った様な気がする。残念ながら俺は体育の授業には腕時計を持ち出さないので、体感時間に拠る不正確かつ大まかな経過時間しか判らない。
上の階へ登って、体育館にある時計を見に行かなくては‥‥。
こうして俺が厠から出て来ると、偶然その助けた女子生徒という人間が、恐らくさっき迄やって居たのだろう、バドミントンの道具籠を持って、体育館の方から降りて来るのが見えた。きっと借りた道具を返しに来たのだろう‥‥。そう囁くの、わたしのゴーストが‥‥コリャ出るのはもう少し待った方が良いわね‥‥。
その様に俺は推理しながら数秒間、ユカを歩く人間の姿を見て居る。
偶然に目が合った。俺をダマした女子生徒と。




