第七話:おやおや、おやおやおやおやおや、おやおやおやおや‥‥〔週明けの朝〕
あの「情事」事件から三日。‥‥三日か?ともかくそれの起こった木曜‥‥から月曜になった分の日数が経過した。
週は明け、休日も明けて迎える憂鬱な朝。そんな俺の月曜の朝は今さっき始まった。他の学生と比してやや遅めの起床である。既に殆ど寝坊しかけの俺の起床情況。始業迄残り一〇分と少ししか無いのである。
睡眠時間を確保する事で少しでも俺の月曜の到達を遅らせようと、ワザと遅めに設定して置いた時計の鐘の音が鳴った。止めた。布団から飛び起きた。
こんな仕様も無い悪アガキを繰り返す悪ガキの俺は、その儘一分も経たぬ間にズボン、白シャツ、外に出ても公然ワイセツ扱いにならん最低限の制服への着替えを済ませ、残りの真っ黒学ランを急いで羽織りつつ、更に学校に持って行く携行品の準備‥‥と、今日の時間割を朝の今更になって三者同時並行で進める。
学ランなんかは袖を通すだけでボタンもつけぬ儘、机でわちゃわちゃする俺は鞄と背負い鞄(背嚢)の準備を何とか一分で終わらせて、ひと通りの荷物を手に持つと、今度は息も吐かぬ間に台所へ全速力で走駆!!疾風怒濤の短距離走!!少しドタドタするかも知れませんが上下左右近隣の部屋の皆さん、朝から騒がしくて申し訳御座いません‥‥でも必要だから!!御免なさい!許して!!南無三!
ナメて居るのか謝罪して居るのか良く分からん口上を頭の中で述べた後は、炊飯器の中の冷めた米を弁当箱に急いで詰めて‥‥
梅干しをド真ん中にシューット!!
ラップの上にも朝の空き時間に朝食代わりに食う軽食の米をシューット!!
超エキサイティン!‥‥等と当然叫ぶ余裕も無く辛うじてラップに丸めた塊と弁当箱を鞄に詰め込んで、直ぐにでも部屋から出る為近くの玄関へ行く俺なのだ。
これが学校がある日の朝、毎日繰り返す俺の朝の習慣。ぜ、ぜったい文句言う方のモーニングのルーティーンぢゃ無いんだからね?!俺も学校とか行くのは怠いし辛いけど!?
靴を履く間にこんな事を考えつつ、大急ぎで玄関の扉を開け放った俺。校章の鈍く光る黒い学帽を頭に載せ、鞄を手に提げつつ、背負い鞄(背嚢)も何とか片肩だけに通した儘の駆け足とかいう、世にも情けない姿で、俺の下宿先たる三階のこのマンションの部屋を出て行く。一段飛ばしで階段を降りながら、最低限しか付けて居なかった制服のボタンを大急ぎで付ける。
そして階段を降り切って道に出たらまた全速力ダッシュ!悲しい事に当然万年ぼっちの俺には一緒に通学する幼馴染や友人等は家の前で待ってや居ない!!
人通りは少ないが車は割と見える、そんな朝の閑静な道矩を往く俺のこのただひとつの身、孤独の疾走。いつも帰宅後ズボンのポケットに突っ込んで置いた儘の腕時計を、走りながら取り出して付けて、時計の分針を見れば‥‥その針は、事実上の始業迄後六分の処を示して居た。つまり午前の七時二四分。毎日毎日こんな時間に叩き起こされてすげぇ、おれ的につらい!辛だよ。
俺が起きたのは時に零時限とも呼ばれる朝課外が始まる、一五分前。「課外」と雖も事実上の始業と言やあ始業。来なかったらちゃんと教師からチョッとだけ怒られるし、小テストを逃せば放課後の追試験が待って居る。そんな鬼畜的キビシサの教室には‥‥大体、俺が来る頃には既に九割方の生徒は来て居る。今の時間帯であれば、バスや鉄道の始発便で来ても間に合わないという交通事情を持って居て、遅れるのが已むを得ない遠距離通学の人と、体調不良の人と‥‥俺の様な一部の遅刻魔だけが教室には居ない。
俺は学校の直ぐ近く、歩いて一〇分以内の距離に住んで居る。学校迄の道矩に信号はひとつのみ。横断歩道をヨコにタテに二回渡るだけという好立地。この他に特別遅れる様な事情も無し。そうであるのに‥‥俺は遅刻の常習犯。
最初の辺りの遅刻は偶然少し寝過ぎただけだったのが、これを繰り返す内に俺は多少の遅れはそんなに問題では無さそうだと直覚した。その瞬間から習い性と為り、一年からのも合わせれば今迄軽い遅刻だけなら数十回はやって仕舞って居る‥‥。
‥‥ちゃんと学校が始まる迄に起きられさえすれば、遅れても数分程度に収まるのが何と喜ばしい事よ!学チカって最高!!皆なも学校の近くに、住もう!下宿しよう!!どんな所からも近くに来なされ来なされ!
そんな、俺がワザワザ近くに来て下宿してでも通うこの高校には、何故かひとを引き寄せる力があって‥‥新幹線はもとより、鉄道、バス、路面電車、徒歩、自転車、自家用車、フェリー船‥‥と、空路以外のあらゆる手段を用い、時には何度か乗り継ぎ等もして県内中から生徒が登校して来る。タクシーだって屢々富裕な女子生徒が使って居るのを見た事はある。が、流石に毎日は使ってない‥‥ハズ‥‥?そして勿論、他にももう一つの通学手段として、俺がして居る様に下宿がある。
県内に数々ある、距離を挟んで遠く離れた島々。そこからこの高校の所在する、所謂「(中核都)市内」へと通学して来なければならない超遠距離的生徒は、ほぼ下宿先から通って居る。
若しこれらの島々から学校へその儘行こうとすれば‥‥海路はるばる船舶で行こうともなれば、距離と船の速度の関係で、一日で本土と島を往還出来るかすら怪しいし、また券の値段が高い空路で行くのでも無いので(行くとしても偉大なる自然の力で飛行機が止まる事が屢々あるので難しい)、学校の近くに家を借りて下宿先から通学するのである。島嶼部から自家用飛行機や滑空機、落下傘、気球の類で毎日通学して来て居る、という話は未だ聞かない。
そして当然下宿するのは離島から進学して来る者のみに限らない。この県の、大きな隅の方から通学するには、どうやっても二、三時間はかかる、その様な所はザラにある。この様な場所から横着して実家から登校すると部活動の時間、睡眠時間、勉強時間等々がどうしても確保出来無い。同学年に通学するのに片道二時間を越える人も、普通に結構な数として居る。彼らは部活動か宿題か徹夜か‥‥の三者択一を迫られて、困窮して居る。いつもかなり疲れて居る。
と、なると賢明な手段を選ぶとすれば、どうしても下宿せざるを得なくなる。
これは余計に御金が掛かるので家計に痛手だが、生徒本人としては遊びの乏しい郷里から、市街地の栄えて居てかつ地方庁舎のある地域中核都市内に出て来て住める上、家族から色々煩わしい小言の飛んで来る実家からも解放されるので、これ程嬉しい事は無い。
俺はそんな「嬉しい」者のひとりとして、この様に高校の直ぐ近く、所謂「市内」と呼ばれる地域に下宿して居る。というか実態としては完全に只だのひとり暮らしをして居る。当然、実家から通うには、この高校は甚だ遠すぎるからである。ここに引っ越す前に元々暮らして居た俺の実家があるのは‥‥高校がある半島とは陸で繋がって居るとはいえ、パッと見では海を挟んで真向かいの側、別の半島。そしてそれらをふたつ合わせて龍の口の形をした片割れ半島の隅っこ、然もその端っこであった。
但だ‥‥俺の場合下宿して嬉しい事ばかりでも無い。資金にそれ程余裕の無い我が家から貰える、月々の仕送り金は‥‥精々生活に必要な最低限度を少し上回る『程度』なのである。その上、俺が通って居るこの上楠高校では、アルバイトが校則で禁止されて居る為、仕方無く食費をも切り詰めて居る。
こうして——何うしても図書館には無かったり、立ち読みでは気が済まされなかったりして、無性に読みたい本があった時の為に——書籍を買う余裕を空けて置く。
何うしても御金に余裕が無く、資金事情の厳しい時は、週末に——渋々行きたく無い実家へ‥‥ここから自分の下宿先へは——交通機関でどうやっても往復が出来無い最低限度の御金だけ持って‥‥、こうやって御金の無心を両親にしに行く。これをする理由は、物理的に帰れない状況にして俺の貧しい窮状をアピールする為でもあるが、親に何としてでも下宿先に送って貰い、帰りの交通費を浮かす為でもある。
この時には実家にある——特に米やふりかけ、梅干しや海苔、干し椎茸、或いは漬け物や乾物等々‥‥若干は保存の利く食糧品を持てる限り拝借‥‥頂戴したり貰ったりして、食品代や生活費等の節約を図る。タダでさえ貴重な御金を、実家へと訪れる交通費に使って仕舞って居るのをどうにかして、挽回したいから、已むを得ない。これは、正当な最終手段である。
責めたり同情したりするなら、先に、俺の生活に充分な額の仕送りをやってからにして欲しい。それからの話だろう‥‥!
だが‥‥そんな、十分な仕送りをもマトモにせず、俺の生活を難渋させて平気で居る俺の実家等には、本当に渋々帰って来てるのであって、実の所、俺の心境としては‥‥『あんな実家』には帰りたく無い。中々に帰りたくない。絶対に帰りたくない。
それは、何故かというと‥‥血の繋がりの無い三人の妹たち[と、俺には血の繋がりのあるのが後もうひとり居て、計四人の妹が居る]が、ナメた口というか悪口を、利いてばかりだからだし‥‥母の方も、明らかに俺を厄介払いしたがって居るからだ[て、いうかこれ迄地味な、色々な待遇的厭がらせをされて来て居るし、俺に対して、余計に父方に会わせない為、当て擦りとして色々、個人の基本的、自由民権的事柄を奪って来て‥‥家族として浅ましい言葉等も言われて来て居る]し‥‥そして小学生の頃、母の再婚で出来た新しい方の義父とも——言うべきに非ず‥‥な微妙な仲であるからだ。こんな、孤人的家族の中で、母を除いて唯一‥‥俺と血の繋がりのある、八歳の妹とも仲が良いとは言えない。
こんな様子だから、俺は寧ろ(血の繋がった実の)父や、その実の父方の親戚の方ばかりと、仲が良い。
この様にして、微妙な空気感であるから、そんな実家には帰りたく無いのである。
‥‥因みに、自分の妹の事に就て詳しく言うと、さっき言った通り妹の内ひとりだけは俺と半分——母親を通じて——血が繋がって居て、後は‥‥義父の連れ子。結局孤独な俺は、こんな五人兄妹義父と母の七人家族の中に居る。
だがソンナ、(義理とはいえ)長男といえば長男の俺の方は‥‥離婚前の実の父の所であるとか、特に仲の良い実の父方の親戚の所に、積極的に何回も行ってばかり居る。然も一層の事、成人して仕舞えば、自分の名字や本籍地を戻そうとさえ考えている。専ら、そういう俺の個人的事情も含んだ御蔭もあって、こうして家族との微妙な空気がある。然しながら‥‥それでも俺を扶養して来る大切な家族なので、生きる為に繋がらざるを得ないのが不情理。
そんな俺が、実家でする様な、『家族との会話』と言うと‥‥頻繁に妹たちに言われる、小言というか露骨な悪口と‥‥それに対して俺がする「応対」や‥‥書籍費用、生活必需品代や種々の学習用務で必要になる『おかね』を俺が両親に必死に説得したり要求したりする、御金の無心に纏わる会話‥‥という、少しも家族的温かみの無い会話が、大半となって仕舞って居る。
——万年ぼっちで無能力者な俺の事を良く思って居ない、中学生で一四歳の、正に思春期盛りである長女や、恐らく母が‥‥他の三人の妹に働き掛けている事もあるかも知れないが‥‥個人的に元々「気持ち悪いヤツ」である俺なので、一番下の八歳の妹は比較的マシながら、一一歳の妹と、九歳の妹等は、特に‥‥俺には悪口ばっかり。彼女らと俺が相対すれば、大抵この様な会話になる。
例えば——中学二年生の、性格と立ち振る舞いが一番キツい長女。髪は長くも短くも無い。全体の髪型も、雰囲気も割りかし良く居る田舎の中学生の女子という感じ。こうして彼女は一般的な見た目をして居るが、然し露骨に誰に対しても強気な態度が見えて居る。そんな人間が居間で休んで居る俺に向かって言葉を吐く。そして物理的に俺の腹を足蹴にする。
「おいクソ!おいクソ!アンタ臭いから‥‥来んな!!近付かないで。はよ帰れ」
‥‥キツイなあ。ソリャア帰れるなら帰るし、来たくて来て居る訳ぢゃ無いんだっていうの。とはいえ俺は立って妹から逃れる様に離れた。畳に敷かれた絨毯‥‥これに乗っかって置かれたやや大きめな方の長方形の台。その中心点から妹の居る位置に線を引いて、丁度対称的な位置に立った上、彼女の方には顔を向けぬ様にして話し出す。‥‥こんな事を言う一族の者には、同世代年長者の俺の責任としてチョッとした教育も必要だ。
「‥‥一歩位、いや〇点五歩位譲って俺の事が臭かったとして、果たして臭いものに不用意に『臭い』と言って良いんでしょうかなぁ?」
「はぁ?」
よし。何か分からんがとにかくヨシ!とにかく話を聞いてくれて居るので会話を続行。どうせなら反応せざるを得ない位多少厭らし気な態度で話してやる。
「苦しいのはイヤですねぇ。弥栄。弥栄。ましてやわれらで自分たちを苦しめるのはこの世にあってはならないものですよねぇ。では、果たして臭いものにそのまま感情を露わにして臭いと言って良いのでしょうか?美徳は?半可で不十分な精神と頭脳と言葉以て直観通りに直感的行動をとって良いのだろうか?それが文明人の道理か?違うだろ。知ってるか?この世の仕様も無く凶暴で、かつひとに強力過ぎる理不尽は大概感情の規範から生まれるのだぞ」
「はぁ?臭いものは臭いし嫌なものは嫌だから、論理的に考えてどうしょうもこうしょうもないでしょ、アンタバカァ?リクツわかんないワケぇ?臭いものには臭いと言うしか無いでしょ、現実的に考えて。わたしたちへのガイ、苦痛なのと不快なのを、改善しようともしてないアンタがわたしたちに『キミたち一方的に我慢してぇ??』と?エラそうにみんなに思想、態度押し付けるの??間違ってるよそれは。クソみたいなアンタが自分の事が臭いからそういってるだけじゃん??みんな苦しんでるのに、なんなん?わざわいはアンタのせいじゃん。シね!!!!」
まるでマシンガンの様にああ言えば情言う言葉が出て来る妹の口。コレ、反抗期特有のもので済めば良いなぁ‥‥。
然し反抗期等とっくに過ぎた俺も妹に負けじと、ズラズラ口から言葉を紡ぎ出して仕舞ったのだった!!いとも残念な俺‥‥!
「おやおや、おやおやおやおやおや、おやおやおやおやァ‥‥度し難いッ!!度し難いぞッ!!自分の言ってる言葉確認した方が良いぞ!!その言葉通りに野蛮で同レベルな『ジブンたち』に、勝手に『ワタシたちだけ』セカイに強制的に雑に、無理矢理、漂白剤されちまうぞ。宜しいかッ?!後世の事があるぞ。生きるのは大事なんだぞ。もっとちゃんとしなさい‥‥」
「おお、こわwww」
「あんたらがそう言うのは勝手だが、結果その応報を受ける事になって仕舞うのが、イヤなのよ」
俺は物事の応報とは、「気付き」の得失以て自分の持つ人格自体が——即ち愛と徳性と__とが‥‥向上/退転するか、または生きて居る中で一即多即汎たるこの世に施す自分の慈愛のその限界を、認識、思考、言葉と行動としてどれ程超越させて拡大深化させられるか否か‥‥そうして得た結果([徳])その物であると考えて居る。勿論彼女が受ける事になる応報とはその後者——徳が退転する事である。徳が低くなる事である。実に弥栄えない、倖えない事である。
‥‥後、彼女の行動には広く周りを地獄化するという無視出来ぬ悪影響も孕んで居る。それによって彼女自身が受ける不利益もある。彼女はそんなレベルのセカイの中に生きる事になる。苦しむ事になる。
「なにこいつ、はよしねやwww」
結局、誠に遺憾ながら俺は黙った。他人への、何も考えない性急な救済は、逆効果を齎す事さえある。
大概俺と妹たちとの会話はこの様な物である‥‥。下宿してせいせいした。
‥‥走って居る間そんな実家の事を考えつつ、ついに学校の敷地内に入った。朝課外開始迄残り二分。
俺と同じ様に急ぐ者が俺の他に後ひとり居た。女子生徒らしき影である。既に学内スリッパに履き替え終わり、靴箱に向かう俺と入れ違いに教室に繋がる上への階段を登って行くのが見えたのだが‥‥その女子生徒には世にも奇妙な‥‥いや些か怪奇、不審過ぎる点があった。
‥‥何故か彼女は黒セーラー服の上に理科の博士や研究者が着る様な白衣を来て居た。
ソリャ‥‥遅れて来る様な生徒っていえば一部を除いて大概問題児位だもんな。変な事やる人ばっかりだもんな。ソースは俺。
でも‥‥黒セーラー服の上から白衣羽織る女子生徒って、一体何なんだろう‥‥どうしてだろう。でも何度か見た事はあった様な‥‥思索にのめり込みそうになる俺が居る事に気付き、ハッとしてわれを取り戻した。
同じく俺も急いで靴箱から取り出した学内スリッパに履き替えると、自分の教室の方へ向かった。時計の示す時間は朝課外開始迄後一分。時間内に教室のある三階迄階段を登らなくてはならない。然も隅っこ。ギリギリ行けるか‥‥?
一段飛ばしで、かつ走る様にして必死に階段を登って行く。
息は切れる。心臓は唸る。視界がチカチカ朦朧として白み始める。
間に合え。どうか間に合ってくれ‥‥
ガムシャラに行けば間に合うハズだ‥‥
階段を必死で登りつつ、酸欠の苦しさを紛らわす様に‥‥いや寧ろ酸欠の刺激によってか‥‥?俺の脳内にとかく思考が沸き起こって来る。
——俺は他人の役に立ちたい。遅刻する。コミュ症の無能である。数学どころか算数さえ危うい。然し俺はこういう碌でも無い人間だからこそ却って世の役に立ちたい。
「俺は役に立って居る」そう感じるだけで心身が満たされた気持ちになる。勇んで来る。
他人を、助けたい。何としても。苦しみを無くしたいんだ!世の「病苦」を少なくしたい。弥栄の恵みを行き届かせたい。全ての人を、救い護りたい。幸わせたい。救いたい。我は公と融け合う様で居てしかもちゃんと各々存在する。
助けたい、人を。理想的な批判的思考を持ち弥栄を齎す人格主義的『大天使』の如く、天壌無窮の永遠にわたる功利、幸いを実地に為せる様に、メタ的にあらゆる事象に目を配らせ。助けたいんだ!一即多即汎なる弥栄へ‥‥世界、弥栄を齎す中心の流れそのものへ‥‥より広くより高くより深くより長くより◇◇くする視点を獲得学習する事で、人格として漸近修練を繰り返してそうしてわれを接近させるんだ。
全てに常不軽だ。弥栄の障礙となるわれの固着思考の支障を打破するんだ‥‥。人格的に精神的に行動的に言葉的に思考的に弥栄そのものをなるだけ承けて、不完全な己を改めてこうして齎すんだ。経験によって純ら人格は澄み切らせて行くものだ——
階段を登り終わり、廊下をぼっち特有の静かな足音で駆けて行って、フロアーの端っこにある我が二年一組の教室に着いた。
急いだ俺の結果としては‥‥朝課外開始時間から数分経って居たものの、肝心の先生が来て居ないから未だ授業は始まって居なかった。俺は安心して教室の後ろ扉から堂々教室へ入場!例の我が主人公席に急ぐ事も無く向かった。
正面から見れば窓際の左の端っこの列——入り口から見れば最奥の列の最も後ろの席に到着し、準備をしつつ前を向いて教室の状況を改めてしっかり確認すると、生徒は皆な教室に静かに座り、今すぐ始められるべき英語科授業の、教科書や単語帳、帳面等を開いて待って居た。
改めて‥‥良かった。勘違いでも無く本当に未だ授業が始まって居ない。ラッキー♪広義の遅刻回避に成功したぜ!!また俺は偉業を成し遂げてしまったぜ‥‥。
とはいえ何とも無い顔をして席に着いた自分は鞄と、背負い鞄を下ろして教科書と筆箱を机の上に置き出して神妙に英語教師が着くのを待って居る。
そうして、教室の状況を確実なものとして認識し出して居るとまたまた俺の特別製の脳髄と神経は余計な事を‥‥そればかり思い浮かばせて来る。俺に碌でも無い事ばかりを感じさせて来る。碌で無しな俺特有の癖とは言えシツコイぞ。ま〜だ俺のアタマは寝ぼけて居るのか。
とはいえ思いは止められない。否応無く浮かんで来る。俺はそれを拒む事が出来ない。たちまちに侵入思考による感情がアタマを占領した。
二年一組、この文系教室。生徒四〇人。女子。女子。女子生徒。男子生徒は数人のみ。隣にも前にも何処にも必ず女子生徒が多く居る。恐ろしい。切迫感ばかり感じる。神経が痛む様なストレスさえも感じる。
何か俺に損傷を与えて来るのでは無いかという現実感のある疑念、疑心。ウタガイ。懸念。事実としてカレラは度々悪びれも無くウラで軽く俺の事を謗る。
俺が今までに受けて来たのは謗るだけでも無い。今のこの上楠高校二年一組で受けるストレスの程度は未だ遥かにマシ。俺は生きて来て、どれ程、どれ程どれ程どれ程苦痛を感じて来た事か。それを最もイタク感じて居たあの時の苦境の辛さといったら表現し得ない‥‥その恐怖そのものが今再び立ち現れて俺の全面に、迫って来て居る。ココに居る。女子生徒という人間が。直ぐ近くに。一メートルの隙間も無しに。アタマを抱えそうになった。然し俺は何とか手で顔を覆うだけで済んだ。イキが迫って来る。酸欠の恐怖が迫って来る。
コワイ。コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ、
——コワイ。
女子生徒という人間、オソロシイ存在。
‥‥木曜のあの時、夕暮れの教室で助けた女子生徒。
ヒョッとしたら‥‥?いや若しかしなくともアレは‥‥?よく考えたらあれは良く出来たハニートラップだったんぢゃ無いか?
生活の中で良く訓練された、ジャシン[邪心]で一杯のあの女子生徒という人間は、最初から、居眠りにより生物の授業に遅れる事のわかって居る俺が通るのをトイレで待ち構えて、そして、俺がトイレから出た所を、ロックオン。これならば、俺が一度撒いたのにも関わらず無理矢理一緒に行こうとしたのも説明がつく。
そして‥‥わざと変な言い間違いをした。生物授業の遅刻理由の説明で。
この事をワレに謝罪するという風に装って、俺を教室に呼び出し‥‥誰の眼も凡そ存在しない場所でふたり切りになって‥‥女性とか他者を避けがちな俺には、まづ触った途端に何か言う様な危険な存在では無い‥‥と認識させる為に自分に控えめなボディタッチをさせた、と‥‥。性格分析も多分俺が寝て居る間にメモ帳とか覗いてやったんだな。俺の境遇、ひとを、救いたい、という俺の心的事実を推し測ったんだ。
そしてようやく「自分は小学生の時の知り合いですよ。怖く無いですよ‥‥」とああ明かして俺と多少特別な関係を持とうとした。ぼっちで恐怖症の俺の心を読み過ぎて居る。流石はよくできた女子生徒という人間だと褒めてやりたい所だ。この関係性を利用してあの女子生徒という人間は、俺を『不当な』ジジツに引き込ませようとしたんだな。難癖付けるか、或いは公に誣告するか。俺から謝罪と賠償をふんだくる為に。そうして世の中の完く俺と関係の無いカガイの責任を『都合の良い』『声を上げられない』『バカにされるべき』『声を上げても周囲にマトモに取り合われない』『女性という人間たちの抱く感情として害の責任を被るのに最モ尤モらしい存在の』『卑劣な弱者』である、気持ち悪い無能者の俺に擦り付ける為に。
思えば、あの女子生徒という人間が小学生の時に俺と知り合いだったというのも嘘だったんぢゃ無いか?俺が他人から確カらしくソウ言われた事により、俺の頭が心的事実に沿った捏造記憶を都合良く作り出して居たのに違いない。丁度女性という人間に広く見られる様なやり方で。同じ人間という点で基盤は共通して居る。やはりあれは妄想だ。あの記憶は妄想だ。未だ今と比べれば多少純粋な小学三年生の頃の俺って言ったって、話して来た女子と会話を交わすか?否。そんなモンはやってないに決まっている。
騙されたのか‥‥?俺は‥‥?
またしても、またしても、またしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしてもまたしても、他人の作り出すワナに引っ掛かったのか?
ダマサレタ、
ダマサレタ、
ダマサレタノダ。
やはり、女子生徒という人間と関わるのは避けるべきだったのだ。
あの欲深い女子生徒という人間は、俺の事を陥れて高い金をふんだくろうとしたんだ。俺に無い筈の罪をアリッタケ着せて、スサノヲの様にジブンたちの公から追放し、そうして俺の大切な、尊い一生を『償わせ』ようとしたんだ。監獄ジゴクに押し込めようとしたんだ。
俺が女子生徒を救ったのはそれだ、それだ、そうなんだ。そういう筈なんだ。女性恐怖症の俺が自由意志以て女子生徒という人間に触れて‥‥更に背中をさする事なんてあるか?‥‥違う。あの女子生徒という人間に俺は陥れられて、精神支配されて居たから、シハイされて居たから、そうせざるを得なかったんだ。己の一生の値段はオノレが決める。やつら、俺に安い値を付けやがって。そんなもん付けて来んな。邪魔だ。付ける人にとっても、付けられた人にとっても‥‥或いはそのほかの人々にとっても、こんなのに限っては要らぬセカイの固着的障礙だ。
‥‥あの時女子生徒という人間の前で余計な事言ってなくて良かった〜。流石ぼっちの俺。自身のコミュ症のひどさに救われた。
コレ以上女子生徒という人間と関わるのは異常な事態を引き起こす。避けろ。避けろ。きっと避けろ。俺たちの生命を守る為に。
何のために道理があるのか。何のために義理があるのか。何処にどんな人々でも分け隔て無く扱う平等な利他の心があるのか。何の為に平等公平公正に慈愛弥栄が行き渡る規範があるのか‥‥カレラのやり方は非理法権天ならぬ非法理権だ!しかも理法は『権』——つまり権力者であるカレラひとりひとりのその時都合によって書き換えられ、そうして人々の理法として運用されるのだ。あるべき平等、公平、公正、義理といった「本来の美徳」なんて知った事かと「美徳」すら自分達に合う様に書き換エて、しかもその胎の中をグチャグチャに掻き回して、それでいて正しそうにキョトンとして居る。
「〈理不尽〉には怒るのが人間だ」
よし、妄想纏まったな。
‥‥あの、一〇分も経って妄想終わったんですけど‥‥。
まだ、英語の教員、来ないんだけど‥‥。
思考がひと段落ついたので気分転換に周りを見れば、未だ教員の姿は見えない。そんな状況はさて置き、無意味に女子生徒が多数派を占める我がクラスの生徒たちは単語帳や、何かしらの問題集等をそれぞれやって居る。遊んだり私語を発したりする人間は、ここにはひとりとして居ない。
熱心に‥‥皆なは勉強に打ち込んで居る。
大切な日課である妄想に打ち込んで居る‥‥仕様も無い俺を除き、この二年一組の教室の人々は、各々英語の自習をする真面目なモノばかりであった。
こんな事する俺って‥‥。今のは何だったのだろう‥‥。




