第一四話:【†壊し屋†〈ハートフルクラッシャー〉】の☆モンド☆
昼休みと掃除が終わった後の、五時限目前の休み時間の事である。
自分の掃除担当箇所である男子厠を出た俺は、廊下でいつもの様にポケットに手を突っ込んで、下を見ながら歩いて居ると、例の丸眼鏡を掛けた、ちっこいアホ毛の女子生徒に話し掛けられた。
「ねぇねぇ、片峠くん。櫻かア聞イたんやっどん、步クンっち櫻ん小学生ン頃かアん仲間やったんやって?ね〜??こいかァも、ウチん櫻い良くしてあげて給申ンせ」
「?ぅぁぇ、はぃ‥‥。御忠告、有難〜‥‥?」
俺はほぼ条件反射的に、コミュ障特有の微妙な返答をして、また教室へ歩いて行く。
そしてそれから、いつもの様に我がクラス教室の扉から入った瞬間、俺は違和感を感じた。
——妙に、俺の感じる‥‥教室の自分への視線が、違った物の様に覚える。何か、興味を持たれて居るというか、薄気味悪い視線というか‥‥やはり、皆なは俺を陥れて、その反応を見るのが楽しみで、教室の皆なはワクワクして居るんだな。そうに違いない‥‥。
然しプロぼっちの俺は、多少目立つ位であれば何て事は無い。視線を軽くいなしつつ、その儘窓際最後列の我が主人公席へ移動した俺は、難無く席に座った。
こうして身を落ち着けて居ると、勝手に思い出されるのは、昼休みの屋上での出来事である。
‥‥あれ、何だよ、THC部って‥‥。抑々‥‥「テック・フォー・ヘルスケア」部で「ティー・エイチ・シー」部だぁ‥‥?おかしいだろ。普通は「ヘルスケア・テクノロジー」で最後に「クラブ」を付けて「エイチ・ティー・シー」部だろ‥‥。
あ、でもそれだと部の意味がふたつ重なるから正しくは「エイチ・ティー」部だったか?ぢゃあ、「エイチ・ティー・シー」で完成形?‥‥いや、この高校の部活、アルファベットの略称でも最後に「部」が付いてた様な‥‥?
‥‥THC部の事に就て考えれば考える程分からなくなった。
そういえばあの文道とかいう電波少女、生物部を追い出されたとか話してる時、確か部員に「スクリーニング」してたとか、「ラボで作ったアナログ?」か何かを作って飲んでたとか言って居たな‥‥。
それから、妨害者に対するスクリーニングをして居たとか言ってたけど、若しかすると‥‥彼女がラボで作った物質、恐らく自白剤の類か何かの成分を、任意の部員の人に飲ませて‥‥それで反応を観察して、人格プロファイリングの審査を勝手にして居たんでは無いか?そんな事を裏でコソコソやってるから、気付いた部員たちが、高村への苦情を言って、結局部活を分割する形で体良くひとり部活、THC部が出来たって‥‥。
‥‥これ、大丈夫なのか?
‥‥多分危険なんぢゃ無いか?
若しかして俺、これから訳分からん物質を沢山飲まされる被験体として、文道に扱われるのだろうか?
うわあああ‥‥。学校からの処分を免れる為とはいえ、俺、大分重いリスクを背負って仕舞った‥‥。
その様な‥‥勝手に己の行く先を悲観し、ひとり机の上に頭を抱えて居る俺に、話し掛けて来た者が居た。
昼休みに俺を助けてくれた聖女、櫻である。
「あの、步さん。ね。どう、なさいましたか‥‥?」
やたら丁寧な言葉遣いで彼女に話し掛けられる。聖女だと分かって居るけど、丁寧過ぎる口調がなんかちょっとこわい。‥‥これは俺に対する、慇懃無礼という奴なのだろうか‥‥?そうか。そうか‥‥?いや、多分そうに決まってる。
‥‥恐らく、自分の事を心配しての事だ、と心の裏側では思って居るけど。
「‥‥部活に誘われたんだよ、白衣来た同学年の変な女の子に。入りたく無ければ断れば良いと思ったんだけど、そういう訳にもいかん事情があって‥‥」
俺は学ランのポケットの中に折り畳まれて居た、ドギツイ配色のチラシを開いて見せた。
直ぐ様櫻は苦笑した。電波ゆんゆんなムテキジリウム光線のメカニズム説明もさる事ながら、チラシ下部に配置された、部長紹介の小綺麗な顔写真を見て、どうやら直ぐにピンと来た様であった。
「ああ‥‥ああ‥‥。步さん‥‥あの子に誘われて仕舞ったのですね。たしか高村文道さんって名前の読みの、ちょっと変わった子」
「知って居るのか、櫻」
「ええ‥‥。あの子、見た目は‥‥見ての通り、まあまあ‥‥わりと可愛い、のですけど、中味が‥‥チョッとおかしいというか、頭のネジがチョッと一〇〇本ぐらい抜けてるというか‥‥」
「いやネジ一〇〇本はちょっとどころぢゃねえよ。部品はどうなってるんだよ部品は!(てかそれ機械としての用をなしてるのかよ、どんな機械だよ‥‥)」
余りにも珍奇な表現にびっくりして、つい、途中からひとり言みたいに小声で呟いて仕舞った。コミュ障の悪い癖だが‥‥気付いて直ぐ止めたので、ギリギリセーフ?いやアウトか。
「ネジが外れてるだけあって、あの子、すごくかしこいから、理系学年トップって噂なんですけど‥‥。まあでも、この学校はそういうなんかちょっと変な人はたくさん居ますからね」
「何故に僕の方を見た‥‥?」
そんな下らないやり取りをして居ると、さっきのちっこい眼鏡のアホ毛女子生徒が話に加わって来た。
「なになに?片峠くん、もしかしてその子にも、気があるの?」
「へぇっ」
櫻の素っ頓狂な声が、俺の耳の傍で炸裂した。
「ンな訳無いでしょ‥‥」
「もう‥‥銀理ったら‥‥。変にからかわないでよ‥‥」
急に女子に話し掛けられてびっくりしたが、割と上手く対応出来た方、だと、思う‥‥。これでも大分あっぷあっぷしてたが‥‥。余裕が無くて、話の内容をマトモに咀嚼する暇は無かった。
それで、櫻が名前を呼んで居たから分かったが‥‥あの小さな女子生徒の事は「銀理」と言うのか。だとすると、多分昼休みの時にギムリって呼ばれてたのは彼女の事だったんだな‥‥それにしても、殆ど本名みたいなあだ名だなぁ。
「もしだけど、無か事じゃち思っけど、万が一、狙っちょっならやめた方が良かど。噂やっどん、なんか好意を持って近づいて来た男の子、と、たぶん友達?になろうとした女の子たちもだけど‥‥すぐみ〜んな心身がおかしくなって、しかも何人か病院送りになった人まで居たらしいから」
「え、ええ!?」
銀理の言葉に、思わず俺も素っ頓狂な声を上げて仕舞った。
「それで彼女の事を、人々が隠れて呼ぶ名は——『壊し屋の文道』」
‥‥何だこの自己満中二病臭いネーミングは‥‥。
「‥‥でも何で学校はこんな人物を野放しにしてるんだ?一体学校は何やってるんだ!?」
「噂によれば、高村さんのおうち、かなりの御金持ちらしいんですよ‥‥。どっかの財閥かコンツェルンの創業者一族なんですってのよ?」
「へ、へぇ。櫻は物知りだなぁ」
俺は、噂とはいえその事を知らなかった。雑に感心して居た。
‥‥そんな呑気な俺に、銀理が絶望的な言葉を叩き付けて来た。
「そしてね‥‥これだけは知って欲しい事があるんだけど‥‥步くん、には少しだけ不幸な事、かもしれないけど、良く聞いてね。高村さんに一度、狙いを定められてロックオンされたら、もう彼女から逃れる事は出来無いんだって。‥‥これ大体ほんとうらしいよ。覚悟、しといた方がいい、な感じなんね」
「えっ、冗談ですよね」
思わず銀理に敬語で返して仕舞う。
「確か、步さん、さっき高村さんに部活に誘われてたって‥‥おっしゃってましたよね。確か‥‥、ええっと、ね‥‥高村さんの入ってるのは‥‥『T何とか部』っていうアルファベット三文字の部活だった気が‥‥」
櫻は俺の机の上にあるチラシを見た。
「ああ!テックフォーヘルスケア部、で、『THC部』でした!步さんは良かったですねえ。確か部員、実質ひとりだけだった筈ですから、可愛い女子と、男女でふたりっきりになっちゃうん、ですよ、ねえ。『壊し屋の文道』さん、と、ですけど。‥‥步さん、人付き合い、結構苦手っぽいですのにどうなるんですか‥‥?」
「‥‥」
色々櫻の言葉に思う事はあったのに、何ひとつ言葉が出なかった。俺はTHC部に入らなければならない、というたったひとつの事実を受け止める事すら出来無かった。
「‥‥御愁傷様」
銀理はスペ○ウム光線でも放ちそうな手の形をしつつ、神妙な面持ちをして俺を捉える。
もう俺は絶句した。そして絶望した。暫くまた頭を抱えながらボソボソ呟く事しか出来無かった。
「(何て事だ、もう助からないぞ‥‥。僕はただでさえこうなのに‥‥。‥‥こんなの嘘でしょ‥‥何故なんですか‥‥)」
「‥‥大丈夫ですよ。多分。世の中の事は大抵何とかなりますから」
櫻はこんな俺が居た堪れなかったのか、励まして来た。
大丈夫。
そう思えば、何か大丈夫な気がして来た。人間って単純だ。
こうしてすっかり根拠無く安心した所で‥‥俺は急に思い出した様に、さっきから思って居た事を尋ねた。
「‥‥所で、聞き忘れてたけど‥‥君の名字って、何ぢゃったっけ?」
「え?まダ知らなかったん‥‥?空野だよ。空野。空野銀理。櫻とは中学からの友達だから、また話す事になると思う。これから覚えといてえ、步くん」
附則;当段冒頭並びに最後の会話[共に空野銀理のせし物]に出現せるカタカナ字は、強勢を示す意図なり




