第一二話:〔雨上がり〕
*——引用文——————————
☆ 我深敬汝等。不敢輕慢。所以者何。汝等皆行菩薩道。當得作佛。
◇我れ深く汝等を敬ふ。敢へて軽慢せず。所以は何ん。汝等皆菩薩の道を行じ、当に仏と作り得べし。(『妙法蓮華経』「常不軽菩薩品第二十」より一部[原漢文])
——引用終わり
*[テキトー釈](参考にしないで下さい)
わたしはあなた方全てのひとびとの事を心から敬って居ります。
あえて、軽んじたり傲慢になったり等は、絶対、に、しません。
そうする理由は何でしょうか‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥?
あなた方全てのひとびとはみな‥‥‥‥「菩薩の道」‥‥‥‥を行けば、
まさに【仏】たり得る(実に尊い御存在にいらっしゃるからな)のです。
——————————
⋆。˚ ☁︎ ˚。⋆。˚☽˚ ←サンズのかわ
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『そうですか。誰だってシんだら‥‥ 身の終わりが来れば、文字通り[成仏は]、出来るらしいですよ』
——思えば良からぬ事ばかり、自分は考えて居た。
櫻が出て行ってからそんなに時間が経って居ない位。
漸く落ち着いて、心境だけはすっかり元に回復した俺は、金属製の扉をヨッコイショと押し開けて教材置き場から出た。
すると、視界がやけに明るい事に気が付いた。それも暗い場所にズッと居たからそれに目が順応して——そう感じたのでは無く、根本的に空が明るくなって居るのだと、直ぐに分かった。
——静かだ。静謐だ。雨の音がしない。
光り輝く方向を見れば、雫滴る廊下の窓が、そこに照り映えて居た。雲の間から晴れ間が覗いて居て、光の筋が差して居る。謂わば、ちょっと晴れて居た。少しの間に黒い雲は何処かへ飛んで仕舞った様である。
‥‥随分と御都合主義的に吹っ飛んでくれる雲だな‥‥!ともかく晴れてくれて良かったけど。
ひと通り外の様子も確認し、背伸びとストレッチを終えた後、俺は廊下を歩いて、何となしに元の教室に向かう。
木の壁木の床、白い混凝土の天井。淡い光が差し込んだ、中途半端に明るい、廊下の光景を歩く俺。一〇秒もしない内に、教材置き場から直ぐ近く、無人の少人数教室エリアを暫くの間通り過ぎたら‥‥いつもの昼休みの喧騒が、今復活した様に聴こえて来た。今迄このセカイに自分以外の人間が居なかった様な気がするのに、元の一本筋の廊下に出れば、クラス教室の並びに生徒たちが盛んに喋って居るのが見えた。
大丈夫だ。セカイは、ちゃんと元の通りに活動して居る。何も変わって居る所等は無い。心配なんかするな。
‥‥そうだ、さき程からの衝撃に忘れ掛けて居たが、俺、昼御飯の途中なんだった。
昼休みの時間は未だ三〇分程ある。
雨も上がった事だし、早い所教室の御弁当箱を引き払って、何処か別の場所で、静かに飯を食いに行く事にしよう‥‥。
————。
歩く事それ程間も無く、我がクラス教室、二年一組の教室に着いた俺は、こっそり廊下側の窓の外から教室の様子を伺った。
そうして少し窓を見て居ると‥‥俺の事を云々慰めた心労の所為だろうか、沈んだ眼で教室の外をちらちら視界に捉える櫻‥‥と、窓越しに目が合った。
‥‥‥‥。
手間を掛けさせて仕舞い、済まなかった‥‥。
それから直ぐに、御弁当を一緒に食べて居た女子生徒グループ、あの三人に、何人かの女子生徒が加わって、俺の名前を喋って居る様な声が聞こえた。
しまった、未だ教室に来るべきでは無かったか?
でも、悲しいかな、俺の頭脳はそんな事も思い付けなかったのである。
頭が単細胞過ぎて、一度出て行った場所には、ほとぼりが冷めたら当たり前に戻って来る物だと思って居った。対人経験値の少ない、コミュ障ぼっちの浅はかな考えだ。自己の動物ぢみた、帰巣本能みたいな性質が今はとっても恨めしい。
櫻を含む、あの三人は、他の女子生徒たちと話し込んで居る様子であった。
「片峠、の事なんですけど、あの人、いつも御昼何してるか知ってるの?いつも校舎の隅のトイレで、御飯食べて————————のですよ」
さっきの三人の女子生徒のうちの、櫻でない方のひとり‥‥令嬢然の女子生徒、がそう言った。
‥‥ほんとの事だから、おりゃあ何とも言えねぇ。それに、厠で御飯を食べて何が悪い!そんなに面白がるんなら、一度やってから言ってみろやい!
「(‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥)」
‥‥それから令嬢然の女子生徒の後に発せられた、櫻‥‥の言って居る言葉が、何故だか上手く俺の耳に届かない。
「でも、櫻、かな——‥‥ああいう人に——ひとり——かづい‥‥ダメなのですよ。アレ、見たらわかるでしょう?どう考えても‥‥——————‥‥やばい、——です。危ない‥‥——よ」
櫻の言葉に、令嬢然とした女子生徒が返した。
「(‥‥‥)」
櫻が返した、様な気がした。
良く聞こえない、聴こえない。かれらの周りに居る数々の女子生徒という人間たちの声が何も聴こえない。わからない。言ってる事を脳が処理しようとしない。
(「ああいうのって‥‥‥‥ら近付かない‥が良い‥‥‥‥伝子‥持ってる‥‥淘汰‥‥‥‥‥‥ハラ‥‥‥‥‥私‥‥‥‥‥‥害とか抑える‥‥真面目に‥‥‥うの居なくな‥‥ほし‥‥生‥‥‥‥‥て‥‥」)
(「生きて‥‥‥‥害‥‥‥‥‥理解‥‥‥‥アイツらの内————やら——‥‥‥‥——」)
誰かの言葉に頷く、女子生徒という人間が視えた。
「だから関わるのやめた方が良いですよ。むしろ——、————‥‥。それが、私たちにとっても、みんなにとっても、良い事なのですよ。あの様な意味不明な逆恨みとか無駄に溜め込む——、そ——————————害—————為に——————。———、大事な、——えるべき事なのですよ」
「(‥‥‥‥)」
櫻という人間が、言葉を発した。
(「‥‥‥‥‥‥‥‥、‥‥‥‥‥‥」)
「(‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、‥‥‥‥。‥‥‥‥‥‥)」
‥‥何を、何を、何をひとに言われようが‥‥俺は別に知った事では無い。別に女子生徒という人間たちが、どうにも出来無い俺に悪印象を酷烈に抱く事は極自然な事だし、悪印象を持ったらば、寄って集って自分の正しい発言を言い合って、明らかにおかしい、俺の様な気持ち悪い、絶対にあぶない人間の情報を深刻に共有し、如何にも接しない様にして‥‥又たその《悍ましい》、害のある人間たちを——彼らがそれに賛同/共感し過ぎて首がもげる位には妥当な自衛権として——《亡ぼす》のが、彼ら女性という人間たちの取れる、「非常に常識的な」自分たちを護る手段なのだからだ。
それで良い。『それで良かった』。ぢゃあ、「俺もそうさせてもらう」、と言いたい所だ‥‥が‥‥。
あれだけ言われては、流石に俺も何かやはり悲しい物を感じさせられて、一瞬、目を瞑って瞼を手で覆い天を仰いで仕舞った‥‥。け、決して、泣いてるんぢゃ無いんだからね!チョッと、余りにも自分が可笑しすぎて、一層病的な迄に明るく笑って見せてるだけだから‥‥脳内再生で、デ⚫︎ノートの追い詰められた夜神月の真似をして遊んでるだけだから‥‥ええ。
ンゥフフゥフフ、ゥフフフフ‥‥フフフㇷフッ‥‥!
ンフゥㇷフㇷハッハァッハッハ!アァッハッハッハッ‥‥!!アハァアハハハ——ッ!!!ンヌゥウㇴㇷフフㇷアハハハハ——ッ!!!
‥‥‥‥‥‥そうだ‥‥‥‥、僕が狂者だ。
ふぅ‥‥。
‥‥今になって急に、こんな極端な高笑いの妄想をやって居ても、特に恥づかしくも無いし、態度も表情も何ひとつ変わって居らない、只だ〻オカシイ事ばかり‥‥やって居る自分に気が付いた。
‥‥駄目だコイツ‥‥早くなんとかしないと‥‥。‥‥今迄にナニも何とかならなかったからこうなったんだけど‥‥。救い様が無ぇ!?
それにせよ、ともかく——最早、俺という人間はここに居るべきではあるまい。
俺は自分の財布が右ポケットにチャンとある事を確認すると、例の、パンを買う購買部の方を目指し、女子生徒の芳しい臭気で満杯な、昼休みの我がクラス教室を尻目に、すっかり明るくなった廊下を歩き出した。
先づ向かうのは、少人数教室への方角。真っ直ぐ向かって、この奥の突き当たりから、さっきの教材置き場や厠の近くの階段を使って、一階迄下りれば良い。この階段を下りた先には、本・新校舎と体育館棟とを繋ぐ、屋外渡り廊下があり‥‥そこの辺りから、外の地面に降り立つ事が出来る。この径路が最も人通りの少ない、素晴らしい道であろう。
俺は廊下の道を、相変わらず少し俯きつつ、右手をポケットの中に突っ込んで歩く。飯が殆ど食えず仕舞いである事もあり、今一堪え兼ねる空腹に突き動かされて居るから‥‥進む足は意外な程に早い。
その内、どうやらその步く自分の足に釣られてか、何故か下向きになり勝ちであった俺の思考の勢いは次第々々に戻って行き‥‥階段に着く頃には、完全に吹き返して居た。とにかく、良いのか悪いのか‥‥いつもの調子を取り戻して仕舞った。
‥‥御蔭で妙な思考ばかりが頭に浮き上がって、それを処理せざるを得ない‥‥。‥‥ぜ、全然、さっき女子生徒に言われた事で傷付いてるとか、何か負けてられないとか、そんな変な何かぢゃ無い、し‥‥。妄想ばかりが先行するスペシャルなコミュ障ぼっちの脳髄が、何もせずとも勝手に紡ぎ出してるだけだし!‥‥それもっとダメか。
‥‥ホントに俺、これで良いのだろうか?でもそんなの関係無ぇ!
‥‥関係無くねぇ。幾ら自分の事を鼓舞したって、俺の現実は変わらない。
‥‥こんな俺、絶対おかしいよ。
‥‥本当に、俺は、気持ちが悪くて、駄目で、臭くて‥‥何て駄目な人間なんだ。この世に許されざるべき存在なんだ。
女子生徒には近寄られてはならないし、近寄ってはならない。‥‥そんな人間なんだ。
他人を、どうしようも無い俺の害から守る為に、女子生徒という人間を、あらゆる人間を、近付かせてはならないんだ。許されないんだ。俺は、俺は‥‥。
‥‥。
ともあれ、然しさっき女子生徒から言われた様な否定的な言辞に就ては、厭な経験が導く所によると、未だ面と向かって何度も何度も繰り返しずっと言われるよりかはズッと楽だという事を俺は知って居るから、この状態は未だマシである、と考えて居る。こんなの知った事では無い。知った事では無い‥‥。知った事では無い‥‥。
ふぅ‥‥。
こんな、長ったらしいうそぶきのひと言を脳内で済ませて居る内に、自分でも馬鹿らしく思えて来て、愉快になって来た。
ああ、あたしって、ほんとバカっ!
‥‥胸の中に僅かに残って確かにとぐろを巻いている、小さなわだかまりの感覚さえも、次第に可笑しくなって来た。
もう何も恐く無い‥‥!身体が軽い‥‥!俺は何でもやって行ける‥‥!マッタク良い人間なんだ!
‥‥馬鹿馬鹿しいな、俺は。
こうして無闇に自己肯定をしながら階段を下る内に、一階迄後少しの所に来た。
一階の地に迄下ろされた、綺麗な階段。喩えて謂えば漆喰で塗り固められた、聳え立つ崖か壁の様に真っ白な階段。下る俺の視点からすれば、全く影も形もない様に見える。
俺はもう、この世の全てが馬鹿馬鹿しかった。笑顔だった。頭の中で軽快な音楽を流して、それにウキウキで踊りながら、真っ白な階段を、サーカスのピエロでも気取る様に下って行った。
——右向きに一回転、空中をふらつきながら何度も蹴る。
思い思いのポーズを決めつつ、軽快に踊り場へ飛び降りる。
サンバか何かを踊りそうになったかと思えば、ワクワクしてステップを踏む。
——階段の踊り場は、俺が踊る為にあるのだ!!
ひと思いに踊って気が済んだ俺は、未だ一〇段も階段を下りられて居ない事に気付いた。だから、今度はウキウキでステップを踏みながら下りる事に専念する事にした。
そうして俺がもう一〇段をさっきより短い時間で下りて居ると、
「えっ‥‥なにそれは」
後ろの階段の最上段に、ふたり、一年生の女子生徒という人間が居る事に気付いた。危なっかしい奴が居る‥‥と苦々しくドン引きした露骨な態度でこちらを見下ろして居た。
「あっ‥‥」
遂に見つかってしまった俺は、踊るのを已めて購買部のある生徒福利館へと駆け足で退散して行った。
「ははは、おかしいな、おれ」
◆
例の照明不足のウス暗購買で、揚げ芋パンを既に買った俺は、出入り口のガラス扉を開いてそこから出た。
因みに、購買にはレジのおばちゃんを除き、誰ひとり居なかった。オマケに購買隣の食堂も、閑散としていた。
——さっき迄雨だったから、ワザワザ外に行く苦労をしたく無かったのであろうか。天気予報を事前に確認し、今日昼辺りには通り雨が来るのが判って居たから、その前に皆な買いに行ったのかも知れない。何とも用意の良い連中だ‥‥。
こうして、珍しい事に静かであったのが、俺にとってはささやかな救いである。落ち着いた環境こそ、休憩時間を過ごすのに相応しい。
‥‥教室に置かれた御弁当箱はもう良いや。放置しとけば後ろの棚にでも、教室掃除担当の人間が置いてくれよう。御弁当の残りは、放課後にでも食べよう‥‥。‥‥でも、今から‥‥購買で買ったパンを食べようにも‥‥何処に食う場所あったかなぁ。何処かの男子厠で食うってのもなぁ。個人的に、湿度が多い日は避けたいんだよなぁ‥‥。
ヨく思って見たら、パンを食べる場所位、考えたら見付かる筈ぢゃ無いのか?
真に自由な念懐く、ぼっち覇者の俺だろうが‥‥!
コリャア、その気になって見さえすれば何とかなるだろう!
‥‥学校のどんな所でだって食ってたんだぞ!今迄に食べて来た悲惨な場所を思い出すんだ!
‥‥う〜ん。何にせよ、何処でパンを食べよう。
★‥‥さて、何処へ行こうか。
→【A.—屋上 】
B.—教室(二年一組)の‥‥の一番近くのトイレ
C.—図書室‥‥の近くのトイレ(トイレpart . 2 )
C+.滅多に人の来ない、学校の建物と体育館を結ぶ屋外渡り廊下のベンチ
C++.弓道場‥‥の近くのトイレ(トイレpart . 3)
俺は屋上に行って惣菜パンを鳥の如くついばむ事にした。
それにしても——
——雨上がりの屋上、か‥‥。たしかに、それはそれで、悪くないかも知れない‥‥。
悪いなんて、ことは無い。




