第一〇話:俺らは【かれら】に何をした?*〔本格的♀恐怖で始まる昼食時間二〕
俺は何も無かったかの様に、振り返った後直ぐ前に直った。
「ね、ねえ、あの‥‥片峠‥‥くん‥‥?」
そんな女子生徒という人間の声が‥‥窓の外の黒い空からしとどに降る、春の雨の音に紛れて聞こえた‥‥。
聞こえた‥‥筈。
‥‥ホントに聞こえたのか?
‥‥これが本当に起こった事だとしよう。そうすれば俺が女子生徒という人間からの声掛けを喰らった、という事になる。
然し、確かにそんなのは、四、五年に一度あるか無いかの事である。まづ、そんな事が起こる訳が無い。そう言い切れる。
それでも‥‥背中の方に、女子生徒という人間の気配が確かにあった。
この正体不明で気味の悪い、女性という人間のする息遣いの様な「ナニカ」が妄想による幻聴や聞き間違いで無い限りは、何か知らぬ女子生徒という人間のひとり、かれがワザワザ俺に対して話し掛けて来た、というのは本当である。
ぢゃあ、女子生徒という人間は何故、俺に話し掛けて来たのか‥‥?
無論、十中八九千割‥‥俺を陥れる為だろう。何かしらの用事を名目として、俺に何かをするのかも知れない。俺は女子生徒という人間たちを大凡そんなモンだと割り切って居る。
‥‥俺なんて何うせ生まれてより、そしてこれからも生き恥を晒して行くだけのへんな生き物。今更幻聴に返事をする愚を犯したとしても、評定点マイナス九九がマイナス一〇〇になる位であるから大した問題にならぬ。それよりも、悪意を以て話し掛けられるのを無視する事の方が寧ろ問題だ。若し「後ろ」の女子生徒という人間が、俺が無視する事迄もを織り込んで、俺を陥れる計画を組んで居るのなら‥‥返事をせざるを得ぬ。
‥‥結局、俺は『声』に返事をする事にした。
「ええ、聞き間違いぢゃ無ければ、俺に何か‥‥用がありますか?」
俺たち男性という性別は女子生徒という人間の事を勝手に直接〈眼差す〉訳には行かない。
殺害される。社会的に殺される。懲罰される。罰せられる。やや首を横に向かせて、背後に『居る』女子生徒の問い掛けに、無表情な俺は対えた。
果たして‥‥気持ちの悪い俺という生き物は視界の端に、かれという『存在』が例の赤リボンの付いた黒制服を着て、俺の背中から右後ろの方に立って居るのを捉えた。確かに女子生徒という人間が居た。
これが幻視で無ければの事だが‥‥いや、キリが無いからもう幻覚だと疑うのは辞めよう。
とにかくこの女子生徒という人間は、弁当箱の入った極小さな巾着みたいな手提げ袋と、これ又た小さめな水筒を右腕に抱き抱えて居て、見た目からして早く席に着かせるべき御人の様に見えた。
こうして重そうな荷物を持って来てもらって、俺の後ろに立ってもらって‥‥大変恐縮で心が痛むが、ともかく俺はこう思った。誰がこっちに来てくれと頼んだ?
俺はかれの言葉が来るのを待った。
「あの、片峠、くん、て、あの三時限目の体育の時、授業中ずっとトイレにこもってたんじゃない、のですか?」
女子生徒は俺に、変な印象を与えぬ様に注意して控えめな声で言う。だが、それも不十分。微かに面白がる様な調子を混入させて居る‥‥少なくとも俺にはその様に聞こえた。
え‥‥?どうしてその事を‥‥。
「‥‥どうでしょう。‥‥自分も広い意味で言えば!‥‥あなたの指摘は当たって居るとは思いますが」
あの厠籠りがバレてただと‥‥?!
誰が話し掛けてくれと頼んだ‥‥?何故バラした‥‥?と思う前に、体育の時にもひとりで籠って居るのがバレた事にギニョッとして厭な冷や汗が出て来た。
「それ、なにか‥‥あるん?ですよね?あの時、おひとりにならないといけなかった、て理由が」
「そりゃあ‥‥特に無いね。無為自然だ。道教だ。勝手に然うなったので悪く無い。僕は悪く無いです‥‥が!御指摘にもあります通り、広い意味では籠っては居ましたねぇ。‥‥その事があなたの意図に沿った形であるかどうかに就ては分かりかねるが。そして細かい事に就ては、事柄の性質上機微情報に該当します為、御法度の事、御理解頂きたい」
議会答弁の様な、まどろっこしく意味不明な言い回しで煙に巻きたい俺である。嘘だけは一切吐いて居ない。こうして倫理上の問題を完璧に回避して居るから、俺が責任を被る事は無い。追い詰められると直ぐこうだ。東大話法だ。説教だ。御坊の御経だ。校長だ。後、不快な思いしない内に早く女子生徒という人間はここから出て行け。
「そ、そうなんだぁ?」
俺にはこの女子生徒という人間の声が、何うも俺の事情を見抜いて煽って来て居る様にしか聞こえなかった。然し態度と表情だけは全くの普通。恐らく俺の行って居る官僚話法の意趣返し‥‥?それは多分、六割方、俺の思い込みからの気の所為である‥‥そうだよね?‥‥と、いうか女子生徒、つい何日か前にあなたも厠に籠って居た事があったでしょう?!
「い‥‥一般論として人間にはそんな日も、ある。こういうもんだ。そうぢゃないか?‥‥誰だって」
今迄首だけを向かせて居た俺は、この時になって漸く身体を女子生徒の方に向け、チラと伺う様に言った。煽られた様に感じた俺は少しムッとなって居た。然しやはり無表情の儘。
‥‥こうして「この前の昼休み、授業に遅刻する位厠に長く籠って居たあなたという人間が言う様な事か‥‥」という、やや迂遠ながらも他人に言うべきで無い言葉を無闇に言って仕舞ったが、俺は気にしない。俺に先に言って来たのはそちらの方だろう。この位、受忍限度に入るべき、という物である。‥‥多分かれは、そうである事を踏まえた上で、俺に言って来て居ると思うけど。
だが目の前の女子生徒は、気にせず、何食わぬ顔で次の言葉を話し始めた‥‥。
「そう、ですか。‥‥ですので、ね、いっつも片峠くん、ひとりなんで、寂しい、ですよね?もし良かれば‥‥わたしたちと一緒にお弁当、食べませんか?ね?」
余計な御世話ぢゃい‥‥。
ハニートラップの女子生徒は余りに謎が過ぎる提案をして来た。恐らく教室の扉からハンカチで手を拭きつつかれの方に向かって来る仲の良い女子生徒ふたり‥‥とかれの事を合わせて「わたしたち」と言って居るのだろうか?それも含めて謎である。
あの女子生徒たちの中に俺の様なぼっち男子ひとりを放り込む‥‥そんな計略か‥‥?
どういう事なの‥‥?わけがわからないよ。どういう奸計なのか‥‥。この様に訳知らぬ女子生徒という人間たちと御飯を食べたとして、それで一般的な男子生徒の寂しさの感覚が薄れるものかは‥‥。未だ適当な男子生徒と食った方が良くまいか‥‥?何か特別な理由がない限り、非合理な行為である。
それにもう既に『寂しい』という感情が痲痺して仕舞った自分には、今更「寂しくないか?」とか言われても何の説得にもならない。何が何だか良く判らない‥‥。
‥‥然し、こんな俺にもひとつだけ言える事がある。俺が女子生徒という人間たちと一緒に弁当を食べたのなら、とても正気で居られない程のストレスが俺に掛かるだろう事だ。そして、一緒に食べる事によってこのようにストレスや不快感を感じて仕舞うのは、俺だけに過ぎず‥‥女子生徒という人間たちも恐らく同じであろう。考える程に益々思惑が‥‥女子生徒の思惑が良く解らない。この状況、普通は誰にとっても殆ど得にならない‥‥やはり、かれはまた俺を嵌めようとして居るのだ‥‥。
「ぅ〜ん‥‥‥‥」
とにかくあの女子生徒という人間、俺を陥れようとして居る事は確実である。厭な気持ちの中、何も答えの言葉が思い付かない俺は、こんな微妙な音声しか口に出せなかった。女子生徒という人間が苦手、所謂女性恐怖症気味である事も相俟って、俺は乗り気にはなれない。俺にこれをどうしろと言う‥‥。
そうだとしても‥‥堂々と女子生徒という人間たちの厚意を無碍にするという、客観的に見て義理に反する様な事をするのは、後味が良く無い。それはそれで厭な気持ちになる。一層の事、ストレスで発狂して仕舞うリスクと‥‥陥れられる可能性を承知でかれらと一緒に弁当を食べてしまうか‥‥そんな事を考えてしまう程、どちらも等しく難しい。
世を益々栄えさせる義理の方が、恐怖や不安等の原始的な感覚より基本的に上に立つべきである。とはいえ、やはり怖いものは怖い。厭なものは厭だ。嵌められるのはもっと厭だ。女子生徒という人間は極力避けたい。
俺は、御尤もな言い訳を用意してひとまづこの場から退散する事にした。難しい事は先送りにして、後でゆっくり落ち着いた所で考えるべきだ、というのが俺の無根拠な持論だ。
「僕は購買のパンだから‥‥」
と一〇秒以上逡巡した後、やっと俺は小さな声でゴニョゴニョ口籠った声で言い訳をする。今日も、昼休みの半ば辺りには購買部でパンを買う予定であるので、嘘は吐いて居ない。やはり俺は倫理的な人間だ。
勿論弁当箱自体はある。無いとは言って居ない。今日詰めて来たのは、炊いた白米と梅干し一個だけを詰めて来た日の丸弁当。昔ならいざ知らず、今時こんなのを美味そうに食ってるの、他人に見せられる訳無いぢゃん。
そしてかれという人間は、
「弁当箱と‥‥水の入った紙コップが机の上にあるのに、ですか‥‥」
と俺よりも更に御尤もな事を喋る。
急いで俺はそれらを隠す‥‥気にもならなかった。もう降参だ。良いよ、もう‥‥。
「そうですね。あれは購買のパンの足しの為に持って来た弁当箱です。それがどうかしましたか?」
ところが‥‥目の前の女子生徒という人間は、俺の有り様に業を煮やしたのか、若しくは恐らく「俺は遠慮してなかなか言い出せない、そんな人なんだ‥‥」とでも踏んだのか‥‥答えの煮詰まらない俺の様子を見て、強行突破、俺の右隣の空席に座り出した‥‥。
汚ねぇぞ?!実力行使は最後に追い詰められて、そうして使わざるを得なくなった時にのみやるのが道理だろう‥‥?!
「ギムリちゃん、睦美ちゃん‥‥空いてるから今日はここで食べよ〜?」
既にふたりの女子生徒がかれの傍に、弁当箱セットを持って立って居た。ちなみに全員黒い冬季セーラー服。胸の所には赤リボン‥‥以下略。
「ん、良いよ」
好意的なふたつ返事で答えたのは——丸眼鏡を掛けた見た目ちっこい女子生徒。因みに、つむじの辺りからアホ毛をピョコピョコさせて居る‥‥。
「ああ、はい‥‥分かりました‥‥」
やる気が無いというか‥‥少し素っ気無く、大人しめな答え方をしたのは——下ろした長髪に大凡人々に「容姿端麗」と評される様な見た目を備えた女子生徒。何うにも表現し難い、上品そうに見えるその振る舞い方と、穏やかな声をも兼ね備えつつ‥‥その物憂げで幸薄そうな見た目から、如何にも何処かの令嬢っぽい。‥‥この学校、割と恵まれた人間は多いからなぁ‥‥。上流階級の娘であったとしても不自然では無い。
それで、どっちがかれの言う「ギムリ」でどちらが「ムツミ」なのか‥‥人間の名前と顔を中々憶えられない俺には全く目星が付かない。名前なんて会話の際にいちいち口に出す様な事では無いし‥‥何うせ何うでも良いんだけどね!。仮令どっちがどっちかが今判ったとしても、人の名前をどうせ直ぐ忘れる様な俺のポンコツな頭脳では殆ど意味が無い。気にする事は無い。
「雨すごいね」
丁度俺に聞かせる様にも話す、名前知らずの彼女のひと声。
「ね」
この丸眼鏡をしたちっこい女子生徒という人間、ひと文字で会話を済ました。
「‥‥帰り、大丈夫なのかしらね」
御令嬢っぽい女子生徒という人間は、心配する声色ながら、殆ど無感情に見える冷めた表情で物事を口から発して居た。
そうして、ふたりの女子生徒という人間は、誠に遺憾な事に、偶然空いて居た俺の前の席‥‥と、女子生徒の前の席に、それぞれ弁当を置いてから座った。途端に女子生徒という人間特有のぬるい芳香ガスが俺の周辺に滞留し出した。ああ‥‥終わった。俺は包囲された。女子生徒という人間たちに。
‥‥ここから逃れる為に購買部に行こう、と今になって思い付いてみたものの、完全に手遅れ。時既に遅し。教室から出て行くには、ほぼ隙間無く配置されたかれら‥‥ひとりひとりの直ぐ側を、やや強引に通り抜ける必要がある。最初に話し掛けて来た女子生徒の後ろは、後ろの棚と椅子に挟まれて難しいし、席を寄せてある、俺の前の「ギムリ」と「ムツミ」の間も狭い。もうひとつ、最初の女子生徒の座席の前を通ろうとも、教室スペース利用の都合上、元から座席前後の間隔は詰められて居る。どうも通り難い。
‥‥これは、今の俺には恐ろしくて無理だ。どこから行っても女子生徒という人間に触れる事はほぼ確実。抑々かれらが退いてくれるビジョンが、気持ち悪過ぎる俺には見えない。退く様頼んでもかれらは無視する。退かない。絶対そうだ。退かない。当たり前だ。ひとびとは、俺たちの様な気持ち悪い者に、ムザムザ応対してやる義理が無い。ボソボソ言えば責められる。行けば殺される。若使偶然にでも、俺の身体がかれらの腕、胸や背中に触れたり当たったりさえすれば、重罰が科される。懲罰される。膺懲される。シ刑が執行される。——わが身の安全を守るには、この場に止まって、かれらが居なくなるのを待つ。それしか無いぞ‥‥ッ!
‥‥間も無くして各々は弁当箱の入って居る袋の紐を解き始めた。彼らがここで食べる事が確定してしまった‥‥。厭だ〜!認めない‥‥俺は現実を認めないぞ!こんな女子生徒という人間の集団と事実上「ほぼ」一緒に御飯を食べる事になるなんて、耐えられない!襲い掛かる不安!女性という人間特有の〈視線〉が俺を貫く‥‥!
とかく、辛い。〈視線〉が辛い。何故なら女子生徒という人間の〈視線〉とは、他の属性のそれと比べてやや特殊な意味を持って居るからだ‥‥!
——その〈眼差し〉は、抗い難い魔性の力、ひとを裁く暴権を有して居て、周囲の人々に統一した行動をする様に強制的に働き掛けるのである!
俺から見たら——同じく他人の眼から覗き見て居るという点でナンセンスかも知れないが——女子生徒、いや女性という人間は、先づ『われ自身を【感覚的に正義】の存在である、と措いた上で』、一方的に相手の心情を無思慮に覗き見して決め付けて、そうして得た自分の感覚感情に沿うカタチの通りにそのひとの就くべき【身分/待遇】を押し付ける。その他者が優遇虐遇どちらに値するかを‥‥どの位恵まれて生きるべきか、どの様なヒドい形で罷るべきか‥‥その程度、境目を定める。審判する様な視線を万人に常に向けて来る。かの様に対応する。
この過程で若し不快に思えば、途端、常に社会から当然の如く与えられて保有する、『何直ぐ相手を殺害する権能』を、何の社会的責任も負う事無くに行使する。相手はシぬ。社会の中で大量シ。弥栄を妨害。何にせよカレラ〈女性という人間たち〉は、決め付け的、押し付け的に、「われ自体が【正当】、【正義】である」かの様な態度で何らかの対応を執る。これは言う迄も無い不義に当たる——この俺の『われを正義と為す事を不義と決め付ける事』もそうかも知れぬが。‥‥結局、ナンセンスから始まるリクツはナンセンスに終わった。
とはいえ事実、今さっきにも、かのムツミでもギムリでも無い方のサクラという女子生徒は、俺の事を『視る』事により自分の脳内にある枠組みに当て嵌めて‥‥俺の事を【遠慮して居るどうしようも無い人間だ】と勝手に即断した。‥‥一応正解であるが。然し遠慮の動機は決定的に違う。そして妄想の思い込み以てかの様に応対した。
かれがやった事は未だ〻『手緩い』。女子生徒は、俺に諮る事無く隣に無理矢理座っただけ。日常でも稀に良くある事である。然も多分そのかれの行為は、客観的なモノとしては「気遣い」に根差したものに見える。
過去俺が受けて来た事を思えば、こんなのは天国の様な対応である。直接暴力を振るわれないだけマシである。ただ、不快で危険を感じる事には変わりない為厭だ。そんなのやめてくれ。どうか俺を靖んじてくれ。離れてくれ。俺は罷りたく無い。
こんな事迄思ってしまう俺という人間。
まあそれがどちらにせよ、俺はとにかく‥‥何うしようも無く女性という人間に恐怖を感じて仕舞う。焦りを感じて仕舞う。女性という人間たちの視線と行動によってカタチとなる〈規律支配する権力〉〈暴権〉とその〈やり方〉自体に緊迫の感をおぼえて仕舞う。息苦しくなって仕舞う。‥‥恥ぢを感じる。一度遇えば百回逝きたくなる。何うにもこうにも、罷りたくなって仕舞う。
‥‥更には女性という人間に感じる事として、独特の『本能的感性』によって、何か俺には見出せない、自分の重要で見苦しい事実を勘付いて居る様で恐ろしい。
女子生徒という人間たちは、対手たる人間の事を、平気で力イッパイ探り出して自分勝手に見通す。情を感じる。それを、甚だしく態度に表す。‥‥本能的にこの事を「無謬の正義」だと「覚って」御座る。おのおのの行動の倫理規範が、感じる情緒にスッカリ依存し切った形に成立して居る。
かれらは縦、その者が知られたく無いだろう事であっても、「|一般的には詮索すべきで無い個人的事実《"プライバシー"》」に属する事であっても、更にその人自身すらも未知な敏感事であろうとも‥‥とにかく相手の人間に関する何でもかんでもを、相手に配慮せず、臆する事も無く、然しやたら勝手に「『正しく』把握」して、思い込む。そして、かれらは立てられたその見通しに基づいて‥‥ムノウシャの俺には全く理解の及ばない不可視の思考によって、勝手に合点承知し、自身の『大正義無謬の感性』の下に「感得」する。それで得た『正しい感情』に応じて相手の待遇を決める。こうして一度待遇が決まったら、無条件に、この対象がまるで配慮すべきで無い主体であるかの様に‥‥そうしてマッタク相手の理解の及ばぬ儘、あのやり方で〈扱う〉。虐遇して来る。ひとびとを罷らせる。まるで知能の足りない子供を、大人が軽くあしらって、「スカッと」「ギャフンと」言わせて見せる様な『ホントに御大層な』態度で。こんな幼稚な有り様から御卒業なさらないのだから、御倖えない。
その殆ど、女子特有のロコツな対人処理加程が俺は苦手だった。怖かった。自分の現実を、対手たる全ての女性という人間たちは『わかって』居る。それなのに、俺だけが『わかって』居ない。いつ懲罰か身に降り掛かって来るか判らない。たったそれだけの純朴簡素な事実の所為で、大それた脅威の念ばかりを全ての女子生徒という人間たちに対して懐く。高校生になってからは外す様になったが‥‥身振りや表情から「刑罰が科される」のが怖くて、中学の時にはそれこそ夏の日にも忘れずに年中マスクをつけて居た程に。
で、そうして俺には訳の分からぬ儘、女子生徒たちは俺の不快さに耐えられなくなって‥‥やがて懲罰を与える。だから倖えない。今回もいづれそうなる。
改めて、そんな女子生徒たちと教室で弁当だと?
本当の意味で「健全に」「適切なやり方」で俺は話せるのか‥‥?いや無理に決まって居る。絶望感が俺のセカイの地を覆った。
そんな俺の感情もつゆ知らず、あの最初に出会った女子生徒という人間が話し掛けて来る。
「あの、この前なんか変な事になってごめんね?片峠くん」
「‥‥?」
何故話し掛けたのが意味が不明、な顔をした清楚な黒い長髪、令嬢然とした女子生徒という人間が、沈黙と疑問を呈する表情を以て反応する。
おい‥‥如しかして、俺と食べるって事、ふたりに話を通さず承諾も貰って居ないんぢゃ無いのか?独断でこんな事して居るんぢゃ無いか?‥‥こんな俺にここ迄試練を与えてくるなんて、あんまりにも論外だぞ。
「ああ、あの步くんね、金曜の生物の授業で遅刻して来たひとやらよ」
丸っこい女子生徒が、弁当箱を開け、取り出した御箸を手にカチカチさせつつ俺の情報を簡単に紹介した。
良かった‥‥少なくともちっこい方には露骨な敵意は無い様だった。
「櫻が遅れて来なけりゃ良かったのにねぇ‥‥うちの櫻が御迷惑掛けてごめんなさい」
令嬢がどういう立場なのか知らんが謝って来る。
多分、意味を特に持たない空コミュニケーションの一種なのだろう。こうして俺と女子生徒という人間たちに共通の話題が無ければ強引に話を作り出すしか無い。作り出せるのか‥‥?俺が。いや作る!
「‥‥ぃいえ、こちらこそ。問題は無い感じでしょうかね?僕があの場に居た所為で‥‥ひとの風評に惑わされてあなたも不愉快な思いをさせるかも知れんくて‥‥ほんとうにすみません‥‥。ただひとりで行ってたのを、あちらの人間の方が無理くり一緒に行こうとするから、こんな最悪事態を予測したおれ、はそうならない様に早足で行ったのですけど、直〜ぐ脚がバテて追い付かれてしまって‥‥すみません。俺の速力が足りんばかりに。御免なさい、是非御許し下さい、すみません。申し訳無いです」
一瞬の沈黙があった。しまった。ついベラベラ余計な事を喋り過ぎたか‥‥?やはりどうやっても俺はコミュ症だ。何も言う事が出来無い人間だった。喋ってはいけない人間であった。
(「‥‥櫻、よりにもよって片峠、さんと一緒に行こうとしてたの‥‥?然も必死で‥‥」)
令嬢はこちらと「サクラ?」という人間とを交互にチラチラ見る。
丸っこくてちっこい眼鏡かけた女子生徒は何処か話をフォローする様にして言う。
「まあ、櫻は心配性なトコがあるから‥‥」
(「それでも無くない‥‥?あんな見るからに‥‥‥‥‥‥と」)
ちっこい人間に話し掛けつつ、偶にこちらを覗き見て、小さな声で聞こえない悪口か何かをボソボソ喋る令嬢人間。
こんな感じの人、俺にとってはちょっと辛くなって来る型の人間だ。元々コワイ、敏感な女子生徒という人間の中でも飛び切りコワイ。きっと余り俺の事に良い印象は抱いて居まい‥‥。
「あれ、片峠くん、御弁当、食べない‥の?」
サクラという人間が言葉を放った。
俺は他人に自分の食う無様な顔、表情筋と顎の動きを見られたく無かった。タダでさえ俯き加減な俺の姿勢がもっと酷くなる。視界には開けられて居ない弁当箱と、その下の机しか殆ど無い。右前端から辛うじて令嬢然とした女子生徒という人間だけが見える程度である。
(「‥‥‥‥‥、‥‥‥」)
視える。見える。みえる。見て来る。言って居る。何かを言って居る。必ず何かを言って来て居る。令嬢は何かと言って居るぞ‥‥!!俺の‥‥俺の‥‥俺を。
かの令嬢人間は少しの表情から全てを見透かして、事実上の思考盗聴を行い、平気で俺の脳内感情を他人に暴露しようとして居る‥‥そんな気がした。俺にとってそれは完き事実であった。
令嬢の一瞬の動きにいちいちビクビクして仕舞う程、かれはかなり怖い。油断すると神経が直ぐヤラレそうになってしまう。ストレスなんかに負けないんだから!
‥‥若し、こうされて居る俺の姿が「気高き女子生徒」で、カレラが「卑劣な男性」かナニカであったら、随分周りの印象も違ったろうに。‥‥唯だひたすら、俺は屈服せず、自分のやるべき事をやるしか無い。そして、大人しく散華。このセカイでは、それしか許されて居ない。
決心した俺はやっと自分の御箸を、弁当箱の上面にある箸入れスペースから開けて手に取って、それから箱の蓋を開けて、出て来たのは日の丸弁当。
「な、なにそれ?!あなた戦時中かなんかのひとなの?」
令嬢という女子生徒の人間は、俺たちに若干ワザとらしく驚いて見せて来た。
俺は平静を装って無表情である。‥‥然し心の中では烈しく狼狽えて居た。どうする。話せ。話せない。話さねば。何を?何も。俺は木偶の坊の如く黙りこくった。黙した。
暫く俺の沈黙は続いた。少なくとも一分は続いた。無言であった。然し俺の箸はいつ迄経っても進まない。
最初からある程度察して居て準備が出来て居たのかも知れないが、俺が会話を満足にする事さえも出来無い事を悟った三人は、スンとも言わない俺の事を吹き飛ばして、自分たちだけで会話をしつつ飯を食べ出した。
三人の会話。時折ナニカの視線が俺をチラチラ見つつ。
右側でキンキン耳の奥に高鳴る女子生徒の声音。右耳がイタイ。
(「‥‥あれ、どう考えても話し掛けない方が良かったでしょ」)
「だ、だって‥‥いつもひとりで居るからたまにはちょっとだけ話し掛けた方が良いのかと思ったし‥‥さっきの三時限目の時の体育なんて、わたし授業のはじめと終わりで入ってくのと出て行くのを見たけど、多分ひとりでズッと多目的ホールのとこのトイレに籠ってたんだよ?流石にそれはダメじゃん。多少はどうにかしないと‥‥クラスメイト‥‥‥だし」
う〜ん、やはりバレてたか‥‥。流石騙す器量を持つだけに観察力は低くないな。知ってたけど。大概の女性という人間はそんな感じだけど。
「ぇ‥‥?」
二重の意味で困惑するちっこいの。
こちらをチラチラみる。
見て来る。
食べても食べなくてもストレスがさして変わらない事に気付いた俺は、御飯を御箸以て口に運びながら、耳を澄ませてあちらの声を伺って居る。いや、伺わざるを得ない。
‥‥あのちっこいのと、令嬢然とした女子生徒の人間が、俺が今丁度飯を口の中に運んで食べて居る時の表情を見て来た。口を開けて御米を摘んだ御箸をそこに放り入れようとしたが、いつもの様に何度も何度も無様にポロポロ溢して居る‥‥。やはり俺の不器用さと言ったら無い。
ダメだ。「片峠はどうしようも無く気持ちが悪い」——恐らくそう思ったのだろう、サッと彼女たちは元の所に目を戻した。
(「‥‥‥、‥‥‥‥。‥‥‥‥‥)」
心底どうしようも無い物を見る様な、明白な蔑みの視線を令嬢は‥‥チラチラ俺に寄せて来る。
どうにかしろと?無理だ。明らかにかの人間は俺に強迫的な態度を取って居る。
教室の他の席で弁当を食べて居るひとたちも、こちらを気にして視線を向けて居る。何かを話して居る。男子生徒も女子生徒も居るが、比率として明らかに女子生徒という人間の方が多い。皆な同性の仲間内で連んでいる。
恐らく何か俺の悪口を話して居る。
静かに笑って居る。
俺の知った事では無い。多分どうでも良い‥‥どうでも良いんだ‥‥!これは‥‥!何でもかんでもあっても昔のあの時よりはマシだろ?無視しろよ、俺。気にするな、俺。
然しとうとう‥‥いつもの俺の「道理」として、遂に無視する事が出来無かった。寧ろ回避するどころか、俺の心の神経に衝撃以て直接攻撃して来て、ライフに深刻なスリップダメージが発生して居る様な‥‥俺はそんな苦悩をひたすら生真面目に得て居た。俺は一瞬にして、コーヒーを過剰飲用した時の様な頭と身体がイガイガする感覚に襲われた。
苛まれる。神経が。耳が痛い。目がボソボソして変になり行く。そうして視界がチカチカ朦朧するのと共に、女子生徒たちの高くて煩わしい音に合わせて、目の前がゆらゆら歪み始める。キツい。
でも‥‥たかが後数分、特に何も起こらずに耐えれば、早食いの俺は手をつけたばかりの弁当を直ぐに食べ切れる筈だ。そうしたら何処か安心出来る場所で休もう。
然し、どんなに希望的な事を考えて精神を落ち着かせようとしても‥‥「こんな妄想意味無いよ」とばかりに、考えた側からそんな俺の試みは全て無効化されて行く。否定的で危険な想念ばかりが湧き出て来る。俺はせめてもの抵抗に‥‥然し諦めに満ちた雰囲気で‥‥「ショパンのノクターン」を頭の中で流し始めた。
——教室の光景。
教室。
あの時の教室——
いつか見た教室の光景が現在に重なる。スプレーを俺の顔に掛け、俺の触った至る所にもしつこく掛けて来て、俺の事を学級の避けるべき汚物としてあらゆる教室の人々に徹底的に避ける空気を作る女子生徒という人間たち。隣の席になれば机の間を空け、近付けば去り、已むを得ず俺と一緒に居なければならない場合には皆な露骨に厭がる態度をする。
『わたしたちは近寄りたくて近付いて居る訳じゃ無い、早くあっち行け。去れ。皆なの為に出て行け』
『みじめで気持ち悪いおまえ』
『ただただわたしたちがそうする原因はお前にあるんだ。正当な対応だ』
それはそうだ。その通りだ。己に原因がある。恐らくホントに何か匂いがしたり汚れが付いたりして居るのであろう。徹底的に、数十分‥‥念入りな時は一時間風呂で身体を洗い、起きれば身体中にスプレーを掛け、休み時間になれば三分毎に手を洗いに行った。然し、教室での俺の扱いは何も変わらなかった。俺の臭いと汚れは治らなかった。俺は元から清潔では無かった。
‥‥一挙手一投足、絶えず俺のする気持ち悪い行動を執拗に事実陳列する女子生徒という人間たち。それはそうだ、俺は歩いたり動いたりするのが何処か不自然で気持ちが悪いから。
然し俺は努力して避けて居る筈なのに‥‥俺の近くを通れば必ず足を執拗に踏んで来る女子生徒という人間たち。通り掛かりにハサミの刃の部分を俺の腕に力一杯触れさせて通る事も度々あった。
『茶色い薄焼けた肌にけがらわしい赤黒い塊。みじめ。おまえはみじめ、ほんとうにみじめだなぁ』
『あんたがバカでノロマで声が気持ち悪くて汚くて臭くて動きが変でまともな会話が出来無いから。全てあんたの責任にある。他人や社会を不当に恨むんじゃ無い、特に女子生徒という人間たちを』
俺は苦境に陥って居るんだ、何とか助けて欲しいのだ、どうにかしてくれ‥‥とたとえ周りの同学年の人に頼んだり相談したりしても全く取り合われない。
俺は気持ちが悪いから。品性が卑劣で、それは公に少しでも現れれば倫理規範として絶えず非難しなければならないから。
それが正義であり、皆なはそうする。それが学校という社会の道理である。
——他人からの悪意の擦り付け、当て付け。変な噂の流通。
人々から徹底的に打破論破痛罵否定されるべき、またそうされた俺の汚らしい幼稚で愚かで周りに配慮出来ぬ「人格自体」。
俺という、ここに今生きて居る卑劣物体的な存在をヒテイする為の「尤も」な言葉ばかりが世界に横溢して居て、逆に俺らの事を肯定し許容する言葉は世界に殆ど流通して居ない。
感情的規範に基づく規律権力によってわれにシュタイ性は与えられない。そうして事も無くただ単にシュウアクなだけの物体に成り下がった俺の喉元には、いつもシがあった。
俺の心身は、シに至る病に殆ど侵され切って居た。「死への羽ばたき実験」の細くて容易に切断される、一本の組織に支えられた醜い蛾の様であった。不快害虫な上、そのつくりさえも中途半端で脆弱な出来損ない的物体でしか無かった。
俺は‥‥俺の心身は、最早普通の主体的存在の様に羽ばたく事は出来無い、という決定的で絶望的な事実を悟り、社会の中で飛翔する事を考える事すらやめ、脆弱で卑小な害虫的物体にわれを閉じ込めたのだった。
否、俺たちは閉じ込めさせられた。キョウセイされた。
——誰に?女子生徒という人間たちと、かれらに付き従い、その行いと気風とを許容する、汚い権力者の茶坊主見たいな『全てのお前ら』に。
『当然、おまえらは普通に生きて居るだけで腰神経と仙骨神経に激痛が走るべき存在だ』
——『おまえらのからだをいましがた、そのセカイにとっていとわしすぎるめをカッポジってひらいてみてみろ。セイギのみかたでみよ。ひたすらザンギャクであろう?リョウキテキであろう?ボウリョクテキであろう?クサイだろう?これらはジメイの事だ。きもちわるいだろう?セイてきにケンオカンをいだくだろう?かいぜんできないおまえらは永久の原罪を背負い続けるクズだ。そこをどけ。あっちへいけ。どこへ?そこが地獄だろうが毒虫が無限に湧く空間だろうが知らんな。ええ、苦しくともあなたの世話はじぶんでしなさい。にんげんでしょ?そんなの当然の事なので、恨むのはただの卑劣な弱者、排除されるべき愚者だけです。とにかくわたしたちのジャマをしないでください。あしをひっぱらないでください。すこしのジャマでも許されざる処罰されるべきボウリョクです。イシ打ちに遭うべきだ。遭え。ざま〜みろ。おまえらの因果応報だ。生まれながらに大人しくおまえらはイシを打たれ続けてシネ。リロン的に証明されて居る。不当な憎悪反感を抱かず、シゼンにうけいれてそうされる事があなたたちにとって出来る最大のヨノナカへの貢献です。ぜひ、お願いしますね?♪』
女子生徒という人間たちによるこの所業は何年間続いた?一〇年間?いやもっと続いて居る‥‥?何処迄も、いつ迄も続いて行く‥‥‥‥?そうだ。それでダトウだからだ。そうする以外に無いからだ。
かくして俺の待遇は永久に自明の物として女子生徒という人間たちと‥‥カレラの侍人たちの奉ずる〈決して他より折伏され得ぬ〉〈破邪のリクツ〉に基づいた【絶対的道徳真理】によって固定化された。
見てみれば俺の隣には、かの時と寸分違わぬ振る舞いをして居る女子生徒という人間たちが居た。
神経が軋む音を上げて逆立った。胸がイガイガして、そこに在る感情が到底発狂しなくては抑え切れぬ程まで極大化して行って居るのをおぼえた。息が詰まった。余りにも強大過ぎる自傷衝動に必死に歯を食い縛った。腕の古傷をつねった。多少はマシになった。
「ごめん。チョッとトイレ、限界」
と言うや否や、遂に精神に余裕の無くなった俺は、サクラの席の後ろをそこそこ無理にでも擦り抜けて行き、一目散に教室を飛び出した。
俺は女子と話す事‥‥いや、ひとと話すのが甚だ辛い。そんな事を難なくやれる精神では無い。そうおれの心身が出来て居ない。過呼吸だけは絶対にひとに見られてはいけない。男性が泣いてどう扱われる?引き攣った呼吸をして何と思われる?何をされる?苦しいんだ。不安が増大するんだ。あまりに苦しくて苦しくて。逃げ込みたくて。
——心身が限界に差し掛かって居た。
廊下を早歩きで往く。それまでの道矩に様々なトラウマが再び脳の中を駆け巡った。
執拗に繰り返される人格否定の言。徹底的な軽蔑。侮蔑。恥ずかしい噂を流される。足を蹴られる潰される。
無視。身長の二倍以上の段差から突き落とされる。
毎日毎日毎時間毎時間一挙手一投足容姿を揶揄嘲笑される。
何度も何度も連れ立って女子はあらゆる悪事悪意の責任を俺に転嫁する。
醜悪で卑劣な弱者のお前は存在する事自体が罪だと認識しろと言われる。コウなって当然だと言われる。モノを汚される。
壊される。
ひどい。痛い。苦しい。痛い。痛い。痛い。苦しい。何故?何で?
重犯罪。重罪。怨恨を少しでも持てば女子はさも当然かの様にそれを不当だと言い被害者ヅラ。暴力を告発しようとすれば、逆に性的な事をされたと誣告すると脅す。アリバイと少しの証拠が揃えばどうなるかわかったもんぢゃ無い。そんな公的な暴力。抑々俺が何か『権利者』に言った所でマトモに取り合われる事も無かった。我慢しろと言われた。何で!なぜだ‥‥!
とにかく‥‥『そう』『性的な事を与えようとした』『ヘンな動きをした』と思われて居るだけで重犯罪。性犯罪。
暗い泥の中。元より水は澄まない。徹底的な社会的/公的制裁。「女性という白蓮気取り」から絶えず自己批判を求められ、存在する事自体を反省しろと、やれと‥‥黙って電気ショックを喰らい続けて痛め付けられろと‥‥。「お前は今直ぐ惨苦を甘んじろ」と‥‥。そしてシねと‥‥。
——何でだ?俺は何をした?
俺はお前らに何をした?何をした?何をしたんだ??????
なあ‥!一体何をしたのか口を開いていってみろ!!!!!
俺はお前らに話もして居ないし関わっても居ない。手酷い事等何ひとつして居ない。己の特性を理解して慮った。益にはならずとも意図的に害を与えて居ない。
俺は避けた。集団を避けた。ひとの生まれ付きの性質を理解せずに蔑視して貶めたのはお前らだ。害を与えたのはお前らだ。
大勢になってイシの礫を投げ付けて来たのはお前らだ!!
人間を挽き潰して来たのはお前らだ‥‥!!
自然主義的誤謬と蒙昧の重科を、この世に産まれ堕ちてより徹頭徹尾犯して居るのはお前らの方だ。お前らの方だ。お前らの方だ。
‥‥俺らの方では無い。俺はお前らの集団を徹底的に避けている。
統計学的な集団の行いがあるとすればそれはそれ自体に於いてのみ空想的、概念的意味を持つが、それだって当たり前の様に一個人に適用して当て嵌めれば無意味で不当だ。集団こそは避けても個人を無意味に恨みず。ああいう事をされた俺だってそう思っている。無関係な一個人を攻撃する気か?追い詰める気か?俺らをコロす気か?コロすのか?ミゴロスのか‥‥?オマエラは‥‥。
これ以上圧し潰す気か?俺らの事を?美徳は?温かい人間は何処に行った?
お前らはそうなのか?
逃げられない。一度も救けは来なかった。今冷笑された。指差された。逃げられない。トイレは遠い!かつ人が居る。助けは無い。救いは無い。行き交う人々の視線は脅威。逃げられない!でも逃げろ‥‥!!とにかく逃げるんだ!にげろ‥!にげろ。何処え‥?どこかえ!
俺は同階たる三階の隅、人の通って居ない階段側にある、暗くて狭い教材置き場を思い出した。よし、これなら‥‥金属製の扉だから中は不可視。音も漏れない。
不審感抱かれぬ様、周りに誰も居ない事を確認して静かに素早く扉を開けて入った。
——殆ど真っ暗な、埃まみれの‥‥細くて狭い部屋だった。扉の隙間からは僅かなヒカリ。縮こまったその瞬間、過呼吸が勢い良く決壊した。喉を必死に掻きむしって抑えようとしても止まらない。衝動的に続く。過度に二酸化炭素が出て行った脳は、視界を霧の掛かった様にぼやけさせる。頭がちかちかする。胸が苦しい。痛い。胸が苦しい。混凝土の壁を拳で叩きつけた。
俺は引き攣った呼吸を何度も何度も何度も繰り返しながら、ひたすら頬に流れ落ちるものを感じて居た。
「俺を救って、どうか義理よ、〈ヒカリ〉よ、救ってくれ‥‥救ってくれ、救え!」
然し、救われる事は無い。秩序が続く限り、終わらない。永久に、ズッと。




