08.仮ペア認定
「やっぱり思った通り、ヴァルドとティニアは、相性が良さそうだな。このままお前たちをペアに認定したいところだが―――さすがにティニアを四年に入れるのは、経験不足だしな……」
少し考えるように言葉を切ったマリウス先生に、ティニアも(四年生にあがるのはちょっと……)と思ってしまう。
三年生の初日の授業にさえ、まったく付いていけなかったのだ。
さすがにこの場では、それを打ち明けたくはないが、これ以上の飛び級は無理な話だということはティニアだって分かる。
(先生には、あとでちゃんと話しておかなくちゃ……)と考えていると、マリウス先生が再び口を開いた。
「まあ……ティニア、お前の治癒魔法なら、ペア決めを急がんでもいいだろう。
三年の中にも、そのうちペア替えの希望者も出る。その時に、また相性を見ればいいだろう。それまではヴァルドと、ひとまず仮ペアとして組んでおけ。
ヴァルドも、お前に合わせられる治癒師なんて、そう多くないぞ。たとえしばらくの間でも、治癒師と組む経験を積んでおけ。
お前ら、それでいいか?」
マリウス先生に尋ねられて、「はい」とティニアは素直に頷く。
特に異論はない。
実戦訓練が今のような感じなら、全く知らない人とペアを組まされるより、ヴァルドが組んでくれる方がずっと心強い。
(ヴァルドさんはどう思ってるかしら?)
ヴァルドにちらりと視線を向けると、彼は何か考え込む様子を見せていた。
ティニアが見ていることに気がついたのか、ほんの一瞬だけ目が合った。
そして―――
「……いや、マリウス先生。俺、三年に降ります。どうせ卒業後の進路はもう決まってますし、今さら一年くらい卒業が遅れても変わりませんから」
マリウス先生はそんなヴァルドの言葉に、少しの驚きを見せることなく、軽く頷いた。
「そうか?じゃあ決定だな。今日中に手続きしておくから、お前は明日から三年の教室に行け。家の者にも話しておけよ」
「はい」
「えっ……?!」
ヴァルドの返事と、ティニアの驚きの声が重なった。
マリウス先生があまりにも落ち着いて答えるものだから、驚くタイミングが遅れてしまったが――だけどどう考えても、やっぱり明らかにおかしい。
「ちょっと待ってください、ヴァルドさん。せっかく四年生になったのに、三年に降りるって……それ留年ですよ?!
それに進路が決まってるなら尚更、早く卒業しないとダメじゃないですか!」
ティニアの言葉に、ヴァルドは苦笑いを浮かべて、ひょいと肩をすくめた。
「俺の進路は、家の騎士団に入るだけだしな。一年くらい留年したところで、家の者は誰も気にしないさ。むしろこれで、「誰ともペアを組めないのか?」って呆れられなくて済むし、助かるくらいだ」
「あ……はい」
ティニアは、もうそれ以上何も言わなかった。
――いや、言えなかった。
言えるはずがない。
去年ヴァルドの担任だったイザーク先生も、彼のことを『可哀想なヤツ』と言っていた。
教師でさえそう思うのだ。
今まで孤独な学園生活を送ってきたことを、ヴァルドの家族も心配していたのだろう。
「留年してでもペアの相手をとる」なんて、よほどの覚悟がない限りできないことだ。
ヴァルドはずっと家族から、「ペアはいないの?」と声をかけられ続けてきたのかもしれない。
――兄オリオンが、ティニアや母から、「いつもそんなに早く帰ってきて、友達はいないの?」と、たびたび言われていたように。
ティニアや母だって、もし兄のオリオンが、「友達と一緒にいたいから留年するよ」と言ったら、むしろ安心したに違いない。
「兄さん、よかったね」と、その日の夕食はご馳走になって、みんなでお祝いしただろう。
だからヴァルドの家族の気持ちは、痛いほどに分かった。
(本当にヴァルドさんは孤独だったのね……。今までの悲しみが少しでも癒えますように)
ティニアは心の中で祈って、静かに癒しの魔法をヴァルドに降らせた。
「あ。じゃあ僕も三年に降ります。僕も留年して、明日から三年生の教室に行きますから。マリウス先生、今日中に手続きお願いします」
兄オリオンが、当然のようにマリウス先生に言葉をかけていた。
「ティニア、明日からは授業も一緒だね」と、ティニアに嬉しそうに声をかけてくる。
「え……」と言葉を返せないティニアに代わって、マリウス先生が、呆れた声で兄オリオンに言葉をかけた。
「お前、ふざけるなよ。お前の留年ほど意味のないものないだろ。
今まで散々学園に居座ってきたんだから、一刻も早く卒業して、遊んできたぶん社会に貢献しろ!」
「ええ?!僕だけ四年なんて、絶対に嫌ですよ。ヴァルドだけズルイじゃないですか。マリウス先生、そういうのを贔屓って―」
「うるさい。却下だ。お前は明日からも四年だ。それ以外は認めん。
ほら、今も遊んでないで、とっとと自主練でもしておけ」
言葉を遮られて、軽くあしらわれた兄オリオンが黙り込んだ。
そのまま視線を落とした兄の気が乱れていた。
暗い感情が兄の中で渦巻いているのが分かる。
兄のオリオンが、ティニアの悲しみを分かってくれるように、ティニアも兄の心が分かる。
淀んだ気が、兄を包んでいた。
「オリオン兄さん、一年間は一緒なんだから。登下校も一緒にするんでしょ?」
ティニアが癒しの魔法をそっと降らせると、兄はゆっくりと顔を上げた。
「――そうだね。兄さんは、兄さんのやれることを頑張るよ」
「うん。応援するね」
まだ完全に元気を取り戻したわけではないが、それでが笑ってくれたことで、ティニアは胸を撫で下ろした。
その様子を見ていたマリウス先生が、ヴァルドに声をかける。
「よし、ヴァルド。お前はティニアを連れて三年の演習場へ戻れ。イザークには、仮ペアの成立と、お前の降級を伝えておけ。今日の手続きは間に合わせるから」
「はい」
マリウス先生に返事をしたヴァルドに、「行こうか」と促され、ティニアも「オリオン兄さん、また帰りにね」と声をかけて背を向ける。
背を向けた途端―――
ドガァ―――ン!という爆音と共に、校舎の方から土煙が上がった。
離れているにも関わらず、衝撃が伝わってくる。
視線を向けた先に崩れていくのは、普段使われていないという物置き部屋だろうか。
「ああ……!!すみません、マリウス先生!魔法の練習のつもりが、学園の校舎を壊してしまうなんて!
……僕はまだまだ訓練が足りないようです。責任とって、もう一度三年生からやり直します!」
嬉々として告げる兄オリオンに、マリウス先生の額に青スジが浮かぶ。
「おい……。お前、今なんで魔法なんて使った?お前剣士だろう?……学園長室まで一緒にこい」
先生の、抑えた低い声が、逆に怖かった。
「ヴァルド!お前は修復を手伝ってこい!」とヴァルドに言い放ち、マリウス先生は兄の襟元を掴んで、そのまま学園長室に行ってしまった。
「悪いが俺はあっちに行ってくる。仮ペアの話は、ティニアからイザーク先生に伝えといてくれないか?
あ……ティニア、これが初めてじゃないから、あまり心配しなくても大丈夫だ」
呆然と兄を見送るティニアに、ヴァルドは慰めの言葉をかけてくれたが、ティニアはその言葉にますます不安が募っていった。
兄のせいで修復に駆り出されるヴァルドも気の毒で、「すみません…」と謝ることしかできなかった。




