03.ティニアの兄 オリオン
兄のオリオンがかけ続けてくれる癒しの魔法のおかげで、家の玄関前に立つころには、ティニアの気持ちはすっかり落ち着いていた。
ティニアが子ども扱いを嫌がることを知っているオリオンは、扉を開ける前に下ろしてくれた。
家の中でも、いつものように何でもないように振る舞ってくれて、両親の普段通りの態度にホッとする。
ロイクとの帰り道に、勝手に落ち込んで、勝手に泣きそうになっていただけだ。
泣いて帰って、両親に「何があったの?」と聞かれて困るのはティニアの方だった。
「ロイクのパートナーがとても綺麗な人で、妹扱いされたことが嫌だったの。私が学園に入学したら、私とペアを組んでくれるって昔話していたのに」
―――なんて言えるはずがない。
「パートナー相手はいつでも変えることはできるけど、入学してすぐのティニアと組んでも、ロイクくんが不利になるだけでしょう?パートナーに選んでもらえるように、これから頑張りなさい」
そう諭されるに決まっている。
ティニアだって頭では分かっている。そんな分かりきっていることを、わざわざ言われたくはない。
それを知っているから兄は黙っていてくれるのだろう。
悔しいけど、4歳年上のオリオンはとても大人なのだ。
ティニアは子ども扱いされることが嫌いだ。
それは三歳年上のロイクに、早く一人の女性として認めてほしかったこともあるが―――何よりも4歳年上の、兄のオリオンの存在が大きい。
兄のオリオンは、昔から「天才」と呼ばれてきた人だった。
治癒魔法の腕前も、剣士としての実力も、だれもが認める規格外の才能を持っている。努力では届かない領域にいる人だ。
本来ならティニアと同じように、17歳の時にアストラ学園の飛び入学もできる資格を持っていたのに、
「卒業までの一年でもいいから、ティニアと一緒に学園に通いたい」
―――ただそれだけの理由で、あえて1年遅く18歳で入学することを選んだ。
この話は、さすがに恥ずかしくてロイクにも話せなかったが、兄は、いつだって選ぶ側の人間なのだ。
そんな天才が家族のせいで、私がどれだけ努力しても「さすがオリオンの妹だね」なんて言葉で片付けられてしまう。
ティニアにとっては身を削るような努力も、天才の兄と比べれば、小さな足踏みにしか見てもらえない。
だから子ども扱いされることが嫌でたまらない。
―――特にロイクだけには、対等な相手として扱われたいと思っている。
「それで?ティニア、学園生活はどうだい?」
剣士の父、カインの言葉にハッとする。
夕食の席でも、ティニアはついロイクのことを考えてしまっていたようだ。
「安心してよ、父さん。入学式の時も思ってたけど、ティニアの可愛さはアストラ学園イチだよ。何度「あの可愛い女の子は、僕の妹なんだ!」って言いたくなったことか。
それでさ、あんなに大勢の中でも輝いてしまうティニアが心配だし、やっぱりこれからは僕がティニアと一緒に登下校するよ」
少しぼんやりしていたティニアに代わって、兄のオリオンが答えてくれる。
いつもなら、「本当にやめてよ!」と怒るところだが、今日は兄なりの優しさだと気が付いたから文句は言わなかった。
鬱陶しいほどに「可愛い」を連呼するのは嫌だが、あれほど楽しみにしていたロイクとの通学を、自然な形でなかったことにしてくれているのだろう。
何も言わずに大人しく話を聞いているティニアに、両親は「ロイクと何かあったのか?」と聞いてくることはなかった。
ただ母のセレナが、「ありがとう、ティニア。そうしてくれると助かるわ。オリオンの「僕が一緒に通うはずだったのに」って文句を一日中聞いているのも疲れるのよ」と言ってため息をついただけだった。
父のカインが「いや。世界一可愛いティニアを守りたいと思うのは当然だろう」と妙に真剣に頷いて、妻に呆れた目を向けられただけで終わった。
いつもなら、「父さんもやめてよ!」と怒るところだが、今日は変わらない家族の様子に、少しホッとしていた。
「そういえば今日の授業でね、治癒魔法の発動のやり方を習ったんだけど、知っているやり方と違っていたの。
怪我や病気の治療魔法と、心のケアの癒しの魔法は、それぞれのやり方があるみたい。治療と癒しをまとめて発動する、うちのやり方は特殊だったみたいよ」
「まあ……一般的にはそうかもしれないわねぇ。でも問題はないでしょう?」
「まとめて発動した方が、一つの魔法で済むから楽だろう?」
元治癒師の母のセレナと兄のオリオンに、当たり前のように答えられて、ティニアも「あ、うん。そうだね」と納得する。話したかったのはそこではない。
「今日ね、先生に『治癒魔法と癒しの魔法がすでに使えるなら、すぐにでもニ学年分を飛び級してもいい』って言われたの。今は新学期が始まったばかりだから、タイミング的に問題ないみたい。ただ両親の許可が必要なんだって」
初めての授業で、ティニアが三年生までに必須な魔法をすでに習得していることが分かった。
先生に飛び級を勧められた時は、(三年生のロイクと同じクラスになれるし、すぐにペアを組んでもらえる!)と、天にも昇る心地だった。
だけど今日のロイクとエリシアを見てしまった今は、大きな迷いが出ていた。
二人の間にティニアが入り込める隙など無いように見えた。
(ロイクとペアが組めないなら、三年生になったところであまり意味はないかも)と思ってしまう。
それに、ティニアで飛び級の話が出ているのだ。
だったら、幼いころから、治癒魔法も癒しの魔法も使いこなしていた兄にも、当然飛び級の話はあったはずだ。
――だけど兄は飛び級を選ばなかった。
(一年生と二年生の間に、魔法以外に学ぶべきものがあるのかもしれないわ)と、ティニアは推測する。
「え!やっぱり?!ティニア、飛び級するべきだよ!兄さんと一緒にペアを組もう!……兄さん、今までパートナーがいなかったから、ずっと寂しかったんだ……。ティニアが入学してくれるのを、ずっと待ってたんだよ!」
―――ドン引きだ。
「どうして兄さんは飛び級を選ばなかったの?」と尋ねるまでもなかった。
天才肌のオリオンは、剣士でもあり治癒師でもある。
兄にパートナーがいなくても、一人二役で試験を受けられることは知っている。
こんな兄とペアを組みたいと思う治癒師がいなかったとしても、ティニアの入学を待つ必要はどこにもない。
なのに兄はわざわざ一年遅れて入学し、さらに二年間も学園に留まり……結局、全部「ティニアと一緒に通いたい、ペアを組みたい」だけのためだったのだ。
「オリオン兄さん……」
嬉しそうにしている兄に、ティニアはそれ以上何も言えなかった。
「オリオン。あんたって子は……。本当に要らないとこだけお父さんに似るんだから……」
母のセレナが小さくため息をついていた。




