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妹なんてお断り!  作者: 白井夢子


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19/22

19.その頃のヴァルドは


「オリオンくん。ここは魔法師養成学園じゃないことは分かっているかね……?」


ヴァルドの前で、学園長の静かな声が震えていた。



(まずい。これ以上ここにいたら、とばっちりを食う)


学園長の声の奥に潜む怒気を察して、ヴァルドは素早くイザーク先生に申し出た。


「先生。俺、もう戻っていいですか?」


イザーク先生も、同じ危険を感じ取ったのだろう。

「そうだな。俺も戻る」と短く頷き、ヴァルドの後に続いた。



「お前ら、オリオンが戻ったら、今日はすぐ帰れ。これ以上学園長を怒らせるなよ。担任の俺が迷惑だ。家で反省会でも開いておけ」


ウンザリしたようにため息をつくイザーク先生に、ヴァルドは足を止めて口を開いた。


「イザーク先生。その……ティニアとペアを組ませてくれて、ありがとうございます。ティニアは、イザーク先生に声をかけられたって言ってました」


「ん……?ああ、あれか。『憐れなヤツがいる』って声かけたやつな」


「憐れ……」



ヴァルドは思わず言葉を失った。

その一言は、『可哀想』のさらに上を行く言葉だった。



「まあ、良かったんじゃないか?『今年は逸材が入る』って聞いた時は、『また問題児が増えるのか』って頭を抱えたが、お前らに似なくて良かったよ」


やれやれというように、イザーク先生は首を振った。


「お前ら」と、あんな変人と一緒にされるのは心外だったが、ヴァルドはただ「……そうっすか」とだけ答えておいた。




「――しかし、ああやって髪と目の色が変わると、やっぱり兄妹だな。普段天才肌が隠れている分、余計に目を引くな。

これで『天才の妹』って枠を外れたんじゃないか?

あの子自身を見る奴も増えるだろうし……お前も油断してると取られるぞ」


「俺は―」

「まあ、しっかり精進しろよ。俺は誰かのせいで、生徒のフォローに忙しいんだよ」



ヴァルドの「油断なんてしねえよ」という反論を聞く気もないようだった。

イザーク先生は「しっかり反省しろよ」とだけ言い残して、足早に去っていった。


ヴァルドはハッと短く息をはく。


そしてヴァルドも教室に向かって歩き出した。

ティニアはおそらく教室にいるだろう。





歩きながら、ヴァルドは試験中のことを思い出す。


試験開始の合図とともに、仮想の魔物が現れた。

その瞬間、背後のティニアが、恐怖に固まったのを、魔力の揺れで感じ取った。


――ティニアには話したことはないが、訓練を重ねるうちに、彼女の感情が、魔力を通して伝わるようになっていた。



魔物の姿を早く消さねば、と焦った。

その思いが先に走り、振り下ろした剣の威力が上がっていたことに気がつくのが遅れた。


(ヤバい!)と思った時には、目の前の仮想魔物だけではなく、他の魔物たちまで消し去っていた。


(やっちまった…)と思ったが、仮想魔物生成装置に向かって、魔法を乗せた剣を振り下ろすオリオンを横目で見て、(あっちよりマシか)と少し安堵した。



妹を溺愛するあの天才は、本当にやりたい放題の男だ。


休日のカーディン演習場での訓練でも、ヴァルドと対峙するはずのオリオンは、『ティニアに嫌われたくないし』などと勝手な理由をつけて、こちら側のペアに入ってくる。


どう考えてもおかしな話だが、一度言い出したら聞かないのがあの男だ。


仕方なく、カーディンの騎士たちに相手にしてもらうのだが、オリオンが剣を振り下ろすたびに、ティニアの魔力が不安で揺れているのが分かる。


訓練中の怪我も修行のうちだ。

たとえ相手が天才でも、その剣に敗れない実力を、騎士たちがつけるべきだと思っている。


―――だが、ティニアが兄がの暴走を不安に思うなら、あの天才を止めるべきだ、とも思っていた。


ほどほどのところで止めに入るのだが、オリオンはここぞとばかりに、ヴァルドの剣を受けてわざとらしく転がり、「ティニア……ヴァルドにやられた……」などとぬかすのが本当に忌々しい。


ヴァルドは、そんなオリオンを思い出しながら苛立っている自分に気づく。


(あんな男のことを考えるだけ無駄にだな)


そう思って首を振り、ため息をついて、思考を切り替えた。




あれだけ強大な保護魔法を受けたのは、初めてだった。


ティニアの魔力が放たれ、全身を包み込んだ瞬間―――

これまでにない力がみなぎり、試験中だというのに、心は不思議なほど静かに凪いでいた。


それと同時に、ティニアの体に負担がかかっていないかと、胸が騒ついた。


急いで振り返ったとき、彼女の髪と瞳の色が変わっていた。


柔らかな大地の色の髪と、優しい生命を感じさせる緑色の瞳のをした、『いつもの少女』は、もうそこにはいなかった。


ティニアの汲み上げた魔力が、キラキラと演習場いっぱいに降り注いでいた。

その繊細な光を集めたような、柔らかな銀髪。

そして、銀の光を含んだ瞳が、陽の光を受けてまばゆく輝いていた。


オリオンの揺れる銀髪を見て、苛立つことはあっても、心響いたことは一度もない。

けれど――銀髪のティニアは、綺麗だった。


その姿に見惚れていたのは、ヴァルドだけではない。あの時、演習場にいた連中の目は、皆彼女に釘づけになっていた。


「何?あの子、オリオン様と同じ色になってるじゃない」

「あんなに地味な子だったのに、ああやって見ると、『天才の妹』って感じだよな」

「今度、話しかけてみようかな」

「見て。色が戻ってきてるわ。……もったいないわね」


学園長室に呼ばれて緊張していたティニアには、この勝手な会話は届いていなかったようだ。

だが、ヴァルドにとっては、とても耳障りな声だった。



あの時、絶妙なタイミングで、強い砂埃が奴らに吹いたのは――きっと、あの天才の仕業だろう。


「どんなティニアでも、一番可愛いのはティニアに決まってるだろ?」


いつもの調子で呟くオリオンに、あの時ばかりは同意しかなかった。


「本当に、鬱陶しい奴だよね」


そう続けた瞬間、砂埃がヴァルドの方に飛んできた。


(この男は……)と思ったが、いつものことなので流してやった。

どうせ、ティニアがあの時ヴァルドに強い保護魔法を放ったのが、面白くなかったのだろう。


(本当に厄介な男だ)


やれやれとヴァルドは首を振った。





教室に向かう足取りは、自然と軽くなっていた。


強大な魔法を受けたこともある。

だが、あの時受けた魔法には、『ヴァルドを守りたい』という、確かな気持ちが込められていた。


浮かれずにいろ、と言う方が無理な話だ。

急ぐ必要などないのに、気づけばどんどん足早になっていた。



そして、教室の前まで来たとき。

開け放たれた扉の向こうに、ロイクの姿が見えた。


(アイツは――ティニアの婚約者だ)


ティニアにロイクの気配など感じることがなかったせいで、すっかり忘れていた。

今のティニアが、ロイクをどう思っているかなど、聞いたことはない。

――聞けるはずもないが。



スッと心が冷えた。

その時耳に届いたのが、聞きなれない女の声だった。


「ティニアさんは、ヴァルドさんと共に、成長していくべきよ」


(あの女もいたのか)とヴァルドは気がつく。


ロイクの陰に隠れて見えなかったが、いつもロイクの隣にいる女が、今日もきっちりとその位置を守っている。


(嫌味な女だと思ってたが……良いこと言うじゃねぇか)


思わずヴァルドは、ロイクのペアを見直した。


「守られるんじゃなくて、もっと強くなって、私がヴァルドさんを守りたいの」


そこで続けて聞こえてきたティニアの言葉に、ヴァルドは心臓を撃ち抜かれたように立ち尽くした。


「俺もそう思っている!」と馬鹿みたいに叫びたくなった。

喉まで出かかった言葉を、必死になって飲み込んだ。




こんなところで、いきなり告白などしたら、ティニアを驚かせてしまう。

ティニアの大きな動揺は、あの厄介な天才をすぐに呼び寄せてしまうだろう。


(ひとまずここは退散だな)


そう考えて、ヴァルドはティニアの本音を引き出してくれたロイクと、そのペアに心の中で感謝をしつつ口を開いた。



「じゃあな、ロイク。……と、そこのペアの女。俺たち、『今日は家に帰って反省しろ』ってイザーク先生に言われてるんで、もう帰るわ。試験を潰して悪かったな」


気分がいい時は、らしくなく挨拶のひとつもしたくなるものらしい。


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