15.兄と妹
『剣士と治癒師には相性があり、その絆が深いほど、治癒はより強く働く』
これは学園の教科書にも載っている言葉だ。
ティニアは最近、(あの言葉は本当だったのね)と、体感として感じられていた。
もちろん、今までも知識の上では知っていた。
だけどこれまで、それを実感したことはなかった。
家族やロイクへの治癒魔法は、同じように効いていたし、『魔法の効き方が人によって差がある』なんて思えなかったのだ。
それでも――ヴァルドの家の演習場で、実習訓練を重ねているうちに、なんとなくそれが肌で感じてきている。
カーディン騎士団の騎士たちに、訓練に付き合ってくれたお礼として、訓練後に治癒をするのだが、治癒魔法の効き方がこれまでと違うのだ。
大地から水を汲み上げるように、皆に降り注ぐ魔法は同じだ。
けれど騎士たちの傷の治りが、とてもゆっくりしている。
最初は、(気のせいかな)と思っていた。
礼儀正しく親切な騎士たちを、ティニアは拒絶する気持ちは微塵もない。
(治癒魔法が弱まってるの……?)と不安にもなった。
だけど――
「ティニア、見てよ!兄さん、こんなひどい怪我をヴァルドに負わされたんだよ?!
早く兄さんに、ヴァルドよりたくさんの治癒魔法をかけてくれないか?」
そう言って重症者を装う兄のオリオンへの効き目には、代わりが見られない。
むしろ、ヴァルドへの治癒効果は、上がっているくらいだ。
わざわざ大地から汲み上げることを意識しなくても、彼に軽く魔力を流すだけで、スッと傷が癒えている。
それはペアとしての絆が深まっているから、としか考えられなかった。
(初めて会った時に、ヴァルドさんの治癒が家族と同じだったのは、オリオン兄さんの友達として紹介されたからかしら……?)
初めての兄の友達だったから、最初から家族のように思えていたのかもしれない。
だけどそう考えると、それまでのロイクの治癒の効き目が、家族と同じだったことに疑問が残る。
(私は――ロイクのことを、『婚約者として好き』だと思っていたけど、あの想いは『家族に対する好き』と同じだったのかしら……?)
ティニアのいない学園で、ロイクはティニアの存在を「妹」だとみんなに話していた。
それは学園という広い世界を見て、『婚約者だと思っていたティニアは、家族と同じ存在だった』と、彼は気づいたからなのかもしれない。
ティニアにそれを話さなかったのは、『ティニアも広い世界を見れば分かる』と考えて、ティニアを傷つけないために、何も言わなかったのではないだろうか。
――それこそ兄のような優しさを見せて。
ティニアが、ロイクの隣に並ぶエリシアを見て、とても悲しくなったのは、大好きな兄を取られた寂しさだったのかもしれない。
普段は『本当にオリオン兄さんは……!』と苛立つことが多い兄だが、もし兄オリオンにも、ティニアより大切にする誰か他の女性が現れたら、「よかったね、兄さん」と言いながらも、とても寂しく思うだろう。
「ロイク……兄さんだったんだわ」
「ロイク兄さん」と口にして、(ああ、そうだったんだ)と、何かがストンと胸に落ちた。
とても慌ただしい日々の中、ロイクとはすれ違いばかりで、挨拶をすることもなくなっていた。
以前は毎週会っていた休日も、今は兄オリオンとヴァルドと過ごしている。
朝は三人で登校する。
授業が始まると「そこの二人!やる気がないなら、他の生徒の邪魔になるから、出ていけ!ティニア、二人を見ててくれ」と言われて教室を出て、ベンチでアイスを食べる。
午後の授業は、「危険だから」と、クラスの皆から隔離されて、三人で対戦する。
そして放課後は訓練することもなく、早々に三人で帰宅する。
そんな毎日を繰り返していた。
あれだけ毎日ロイクのことを考えていたのに、今は兄オリオンと――ヴァルドとの日々で頭がいっぱいになっている。
ロイクのことを思い出しても、もう胸が痛むことはなくなっていた。
そして最近、ティニアが知ったことがある。
それはヴァルドが実は、女生徒に人気があるということだ。
体が大きく鋭い目をした彼を、女生徒たちは避けているのだと思っていたが、実はそうではないらしい。
お近づきになりたいと願う女生徒たちは、無愛想なヴァルドに話しかけられないでいるだけのようだった。
それを知ったのは、たまたまの偶然だった。
「ねえ、今日のオリオン様とヴァルド様の対戦見た?」
「見た見た!すごく素敵だったわ〜」
「以前はオリオン様の圧勝だったけど、最近は互角って噂よ?」
「あんなにお強いのに、あんな経験不足の子とペアを組まされるなんて、ヴァルド様も気の毒ね」
「オリオン様の妹だから、断れなかったのよ、きっと」
「でもあの子、オリオン様と全然違うじゃない?すごく地味な子よね」
「確かに平凡よね」
そんな賑やかな声が聞こえてきて、ティニアはお手洗いの個室から出られなかった。
兄オリオンと比べられるのはいつものことだ。
天才と言われる兄は、高い魔力を表すかのように、煌めく銀髪と銀の瞳を持っている。
平凡な茶髪と、平凡な緑色の目のティニアとは違う。
認めたくはないが――どことなく顔立ちは似ているものの、同じ血を引く兄妹には見えない。
別に兄オリオンのように、天才になりたいわけではないけれど、「お兄さんと似てないのね」「あのオリオン様の妹さんなの?!」とかけられる言葉には、どこか同情が含まれているようで好きではない。
ティニアは、賑やかな声が立ち去るまで待って、静かになってからそっと扉を開けた。
鏡に映るティニアは、いつもと同じく、茶髪に緑色の瞳――平凡な女の子だった。
(あーあ。もう少しくらい特別な色だったらよかったのにな……。そうしたら、ヴァルドさんと並んで、「地味な子」なんて言われないかもしれないのに)
少し面白くない気持ちになって、ぷいと鏡から顔を背けた。
「ティニア!どうした?お腹が痛いのか?アイスが冷たかったのか?!」
長いお手洗いを、外で待っていたらしい兄オリオンに騒がれて、「違うわよ!」とティニアは怒る。
勝手に治癒魔法をたくさんかけられて、面白くない気持ちも、苛々する気持ちも治っていったが、心配そうに、少し離れた場所でこちらを見るヴァルドの目に、いたたまれない思いになる。
(お腹を壊していたんじゃないです!)と言いわけしたいけれど、言うような言葉でもなく、ティニアは口をつぐんだ。
陽の光に、兄オリオンの銀髪が、キラキラと煌めいている。
その見た目は、遠目に見ているだけなら、特別な人に見えなくもない。
(本当にデリカシーがないんだから。そんなんだから、オリオン兄さんは、女の子に騒いでもらえないのよ)
――そう言ってやりたかった。




