13.天才の妹
「ティニアちゃん、いい子じゃないか。ヴァルドが、見込みもないのに、三年間も片思いをしていたわけが分かったよ」
父エルドの言葉に、母のアデラが楽しそうに笑う。
「でしょう?私も治癒魔法は苦手だけど……あの子の魔法は特別ね。大地に祝福されてるっていうか……ああいうのを『恵み』って言うんでしょうね」
夕食の席で始まった両親の会話に、ヴァルドは喉を詰まらせた。
「親父も母さんも何言ってんだよ……!」
ゲホゲホと咳き込みながら抗議したが、「しらじらしいわね」「まさか知らないと思っていたのか?」と、二人に片眉を上げられただけだった。
ヴァルドは言葉を失くして黙り込む。
(きづくなよ!)
そう言ってやりたいが、言えるはずもない。
「まあ―――相手があの天才の溺愛する妹なら、『ヴァルドには欠片の可能性もないな』と思っていたが、イザーク先生も粋な計らいをするじゃないか。
『今まで誰ともペアを組めなかった可哀想なヤツがいる』なんて声をかけられたら、あの子だったら無視できないだろう。よかったな、ヴァルド、いい先生を持って」
「イザーク先生も、そんなこと言っていやがったのか……」
どうやら父のエルドは今日、その高い事情聴取の能力をティニアに発揮していたらしい。
「親父……ティニアから勝手に何でも聞きだすんじゃねえぞ」
ヴァルドが苛立つ気持ちのままに吐き捨てると、父エルドは、やれやれというように首を振って、ため息をついた。
「――そうか?じゃあ……お前の知らないところで、ティニアちゃんと婚約者のロイクくんが、どんなことを話しているかも教えてやれないな。
『情報は何よりも勝る』と教えてきたつもりだが……残念だ。ヴァルド、後で後悔するなよ」
「は……?ティニアはあいつと――ロイクと会ってるのか?」
思わず焦って聞き返すと、父は「それは……言えんな」とまた首を振る。
―――ヴァルドの父エルドは、本当にめんどくさい性格なのだ。
睨んだところで話すはずもないが、父をギリッと睨みつけてしまう。
そんなヴァルドを横目で見た母アデラが、「エルド、揶揄うのもその辺にしてやって。せっかくのチャンスが、ものに出来なくなるでしょう?」と父エルドに声をかけた。
父が「つい面白くてな」と笑う。
「ヴァルド、まあ、そう怒るな。良い知らせだ。どうやらティニアちゃんは、ヴァルドが三年に降りた日から、婚約者と話もしていないみたいだぞ。
ティニアちゃんは、『婚約者だって思ってたのは、自分の勘違いだった』って話してたけど、あれほどの子を選ばない剣士はいないだろう。それに、同じクラスにいるだけでなく、近所に住んでいるはずなのに、ティニアちゃんと一度も話してないなんて、どう考えても不自然だろ?
おそらく―――あの天才を怒らせたんじゃないか?
子供の頃からどれだけの付き合いがあったかは知らんが、相手の男の運も尽きたみたいだな」
「気の毒だな」と言いながら、父エルドは笑っていた。
(話してもないのか……)
ヴァルドは心の中でホッとしながらも、ロイクに対しては、(確かに気の毒な話だ)とも思う。
父エルドが話す「あの天才」とは、オリオンのことだ。
異常なほどに妹を溺愛するあの男に気に入られなければ、ティニアには、近づくどころか挨拶さえもできないだろう。
(見切られたのは――あの時か)と、気がつく。
三年に降級した、あの日の朝。
教室で、ティニアの席の前に立つロイクを見た瞬間、ヴァルドは胸がざわめいた。
(この男が婚約者だ)と、よく分かっているはずなのに、言いようのない苛立ちを感じた。
面白くない気分で席に近づくと、ヴァルドに気づいたたロイクが、こっちを見た。
向けられたその目に、隠しきれない確かな敵意があった。
ティニアの仮ペアに認められたヴァルドのことが、気に入らなかったのだろう。
(やたら気取った女を側に置きながら、ふざけた態度とってくんなよ!)
ヴァルドは思わずそう思ったが、どうやらオリオンも同じことを思っていたらしい。
確かにあの日以来、ロイクがティニアに近づいてくる姿を見かけることはなくなった。
同じ教室にいるのに、ロイクはまるでティニアが見えていないかのように振る舞っている。
(あの男は、また無駄に才能を発揮して、訳わからん魔法を使ってるんだろうな)と、ヴァルドは考える。
――それはこれまで、ヴァルド自身が、オリオンに邪魔されてきた一人だったように。
ティニアと初めて出会ったのは、ちょうど三年前になる。
ヴァルドが学園に入ったばかりの、18歳の春だった。
あの時のティニアは14歳で、今よりもずっと幼い女の子だった。
たった一度きりの出会いだったが、ヴァルドの中で、鮮烈な印象を残した人だ。
忘れたくても、ずっと忘れられないままでいた。
あの日、ヴァルドがオリオンの家に行ったのは、友情からではない。
――それはオリオンにとっても同じで、むしろ互いに近づきたい相手ではなかった。
あの日は担任に、『お前らは、あとペアを組む順応性さえあれば、三年への飛び級を認める。お前ら、仮ペアを組むために、しばらく一緒に過ごしてみろ』と、強制的に一緒に過ごすことになっただけだった。
あの時、当然ヴァルドは即座に反論した。
「俺は治癒師のペアなんていらないです。魔法が体に入れられるなんて、気持ち悪いんですよ。治癒師とペアを組むくらいなら、飛び級は必要ないです」
続いて、横でオリオンも淡々と言い放っていた。
「僕は剣士希望です。妹の入学を待って、妹とペアを組みますから。飛び級は絶対にしません」
二人の頑なな拒絶に、あの時の担任は深くため息をついていた。
「今日渡す課題は、二人で取り組んでみろ。学園以外で一緒に過ごせば、少しは絆もできるだろう」
そんな適当なことを言われ、渋々ながらオリオンの家に立ち寄り―――そこで出会ったのがティニアだったのだ。
「オリオン兄さん、おかえりなさい!今日は―」
オリオンが玄関の取っ手に手をかける前に、扉が勢いよく開いた。
弾ける笑顔で迎え出た女の子が、オリオンの隣に立つヴァルドを見て――ぴたり、と固まった。
(コイツの妹だけあって、失礼な女だな)
それが彼女の第一印象だった。
ヴァルドは、自分が他人にどう見られているか知っている。
騎士の家系で体が大きく、目つきの鋭い自分に気押される者は多い。
すぐに部屋の奥へ、逃げるように走り込んだ彼女を見て、ウンザリして帰りたい気持ちが更に増した。
ヴァルドだって、好きでこんな家に来たわけじゃない。
喉元まで出かけたため息を飲み込んだ。
(さっさと課題を終わらせて帰るか)と思ったところで、部屋の奥で慌てているあの子の声がした。
「母さーん!大変よ!オリオン兄さんが、お友達を連れてきたの!初めてのお友達よ!早く!早く!ちゃんと挨拶して!
父さんは?父さんは今日早く帰って来る?
お友達が帰っちゃわないように、夕食にちゃんと誘ってね!今日はご馳走にしてね!」
「………」
どうやら自分を怖がった訳ではないことは分かったが、そこまで歓迎されても戸惑いしかない。
ヴァルドは何も言えなかった。
「うちの妹、可愛いだろ〜。ティニアっていうんだ。
あ、ティニアには婚約者がいるから、絶対に惚れるなよ」
そうオリオンに声をかけられ、ますます何も言う気もなくなった。(惚れるわけねえだろ…)と言う気も失せていた。




