12.ヴァルドの家
そして迎えた休日の昼下がり。
今回二度目の訪問となるカーディン家の門をくぐるとき、ティニアは以前のように、固く緊張することはなかった。
前回は、その威厳と静かさをたたえた屋敷に圧倒されて、門の前でしばらく足を止めてしまった。
「オリオン兄さん、どうしよう……」
――あの時は隣に立つ兄に、思わずそう呟いてしまったほどだ。
高い門の上には、カーディン騎士団の紋章旗が風にひるがえっていた。
その紋章旗を見て初めて、ヴァルドの家こそが、「カーディン騎士団」を率いる、あの名門カーディン家だと知ったのだ。
(そういえば……)と、ヴァルドの言葉を思い出したのは、その時だった。
確かにヴァルドは、仮ペアが決まった日に「俺の進路は、家の騎士団に入るだけだ」と言っていた。
だけどあの時は、ヴァルドの降級の話の方に気を取られていて、その言葉の意味を深く考えていなかったのだ。
友達の家に遊びに行くような気軽さで、家の裏で摘んだ花と、母と焼いたクッキーを手土産にした自分が、場違いに思えてならなかった。
ケロッとした顔で、兄オリオンは「もう帰っちゃう?このまま兄さんと遊びに行こうか?」と聞いてきたが、そんなことできるはずがない。
「何言ってるのよ」と言いながら、勇気を振り絞って渡した手土産だったが、ヴァルドの母は、その素朴な手土産を心から喜んでくれた。
目の前でおいしそうにパクパクと食べてくれて――気がつけば、ヴァルドが席についた頃には、もうほとんど残っていなかった。
けれどそれが、ティニアはたまらなく嬉しかったのだ。
カーディン騎士団は、この地方でも屈指の歴史を誇る騎士団だ。
アストラ学園からの入隊希望者も多いと聞く。
団を率いるのはヴァルドの母――団長のアデラ・カーディン。
アストラ学園の卒業生でもある彼女の実力は、今も学園史に名を残しているほどだという。
その傍らで副団長を務めるのが、婿養子でカーディン家に入った、ヴァルドの父、エルド・カーディン。
かつては元王国騎士の位にあったという、名だたる人物だ。
治癒学ばかりを学んできたティニアでも、名前を聞いただけで、どれほどすごい人たちか分かるほどだった。
「いらっしゃい、ティニアさん。待ってたわよ。さあ、一緒にお茶にしましょう?
オリオンくんもいらっしゃい。演習場で、うちの騎士たちが待ってるわよ。今日も気合いを入れるように言ってるから、みんなにしっかり稽古を付けてちょうだいね。
さあ、ヴァルドも一緒に行ってらっしゃい」
玄関で、ヴァルドの母がにこやかに迎えてくれた。
ヴァルドの母アデラ団長は、ヴァルドに似た鋭い目元を持ち、とても凛々しくて格好いい人だ。
笑顔からは温かさが溢れているけれど、その背筋の伸びた立ち姿からは、威厳も自然に伝わってくる。
「こんにちは、アデラお母様、ヴァルドさん。――あの、これ、前と同じものなんですけど……よかったら召し上がってください。
それに、これもまた裏庭で摘んだお花なんです。
今回は治癒魔法をたっぷり振りかけてみました。少しでも良い効果があるといいのですが……」
そう言ってティニアはアデラに、大きなクッキーの箱と花束を手渡した。
最初は「ヴァルドさんのお母様」と呼んでいたのだが、「それじゃあ呼びにくいでしょう?アデラ団長、って呼び方に慣れてるから、アデラでいいわよ」と言われた。さすがに「アデラさん」とは呼べず、「アデラ団長」と呼ぶのも違う気がして、結局「アデラお母様」と呼ぶことにしたのだ。
「まあ――嬉しいわ。お花は部屋に飾らせてもらうわね。クッキーも、早速いただきましょうか。さあ、こっちよ」
「――母さん。それはないだろ。なんで学生の俺たちが、騎士の訓練しなきゃいけないんだよ。ティニアは、俺と実戦訓練するためにここに来てんだよ。
それに前もそう言って、俺が訓練から戻った時には、ほとんど一人で食べちまっただろ?ふざけんなよ」
ヴァルドの言葉に、母アデラは静かに首を振り、はあっと大きくため息をついた。
「ヴァルド、あなた何も分かってないわね。ティニアさんは私に会いに来てくれたのよ。
それにティニアさんの実力は、私が分かっているわ。
もし――訓練評価試験や、現地実習で成績が振るわなかったら、それはヴァルドの能力不足よ。ティニアさんの足を引っ張らないよう、しっかり鍛錬に励みなさい」
「えっ……。あ、あの、アデラお母様。私の方がご迷惑をおかけしてる方なんですけど……」
ヴァルドの母が誤解していた。
確かにティニアは、一年早く飛び入学したし、入学直後に二年飛び級もした。
だけどそれは、たまたま体質的に、ニ年生までの学習を身につけていただけのことだ。
実地での経験を問われる訓練に関しては、ティニアの経験値はほとんどゼロに等しい。
努力すべきは、ティニアの方なのだ。
オロオロして、(オリオン兄さんからも、何か言ってよ)と兄を見る。
ティニアの助けを求める視線に気がついて――
「ティニアの才能の高さを見抜くとは、さすが名だたるアデラ団長ですね。うちのティニアは、可愛い上にすごく才能があるんですよ!」
そう話しながら、兄オリオンは輝く笑顔を見せていた。
「もう本当に止めてよ、兄さん……」
身を小さくしながら、ティニアはそう呟くことしかできなかった。
結局―――舌打ちをしながらも、ヴァルドは兄オリオンと共に、演習場へと向かっていった。
母アデラが案内してくれた部屋には、ヴァルドの父エルドもいて、兄オリオンがいない中での対面に、ティニアはものすごく緊張した。
けれど、ヴァルドの父もアデラと同じく、優しく温かな人だった。
いつの間にか緊張もほどけて、三人で和やかに話をする中、ヴァルドと兄が戻って来た。
そして気がつけば―――その頃にはやっぱり手土産のクッキーはほとんど残っていなかった。
ヴァルドは相変わらずブツブツ言っていたけれど、それでもやっぱりティニアは嬉しかった。
「母さんも親父もふざけんなよ」と不機嫌そうなヴァルドを横目に見ながら、ティニアは(ヴァルドさんには、学園でこっそり渡そうかしら)と心の中で考えていた。




