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妹なんてお断り!  作者: 白井夢子


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10/11

10.兄と、仮ペアの彼


「お前たち、始業時間だぞ。早く席につけ!

――ああ、そうだ。授業に入る前に、先に紹介しておく。

そこと、そこの席に座った男二人は、今日から同じクラスになった者だ。そいつらを気にすることなく、皆は自分のことに集中するように。じゃあ授業に入るぞ」



静まり帰った教室に、救世主のように現れたイザーク先生は、ティニアを取り巻く生徒たちの様子に少し眉を上げたが、なんとなく何があったかを察したようだ。

特に話題に触れることなく、『早く席につけ』と言うかのように、軽く手を振っただけだった。


兄オリオンとヴァルドの紹介も、これ以上なく適当だった。


ティニアはもう何も考えないことにして、そっと教科書を開いた。






今日の教室も、イザークが話す声と、ティニアが必死にペンを動かす音だけが響いていた。

やっぱり、どうしても意味が分からない。


焦る思いで顔を上げると、ティニアをじっと見つめる兄オリオンの視線に気がついた。


『どうしたの?』と口パクで伝えると、「いや〜僕の妹はすごく真面目で可愛いなって思って」と答えてくる。


やめてほしい。


「私はオリオン兄さんと違って、初めて聞くことばかりなの。ついていくのに必死なんだから、邪魔しないで!」


そう小さな声で怒ってみせた。


「え〜兄さんだって、今まで授業なんて聞いたことないから、初めて聞くことばかりだよ?ティニアも、そんなに頑張らなくても大丈夫だよ」


「大丈夫なわけないでしょう?私は、教えてもらう前から、なんでも知ってる兄さんとは違うの。

私がこのまま何も分からなかったら、ペアを組んだヴァルドさんに迷惑がかかるのよ。兄さんもヴァルドさんを見習いなさいよ」


そう言って、静かに授業を受けているヴァルドに視線を向けると、ヴァルドは堂々と居眠りをしていた。


「………」


黙り込んだティニアに、兄オリオンが「この男より、兄さんの方が立派だろう?」と聞いてくる。




「そこの二人!オリオン!ヴァルド!お前ら授業の邪魔だから出て行け!訓練場で特訓でもしていろ!

ティニアも、お前の魔法は特殊だから、授業を受ける必要はない。もう習得してるだろ。

それより、その邪魔な二人を連れて行ってくれ、頼むぞ」


「え……習得……?」


先生の言葉に戸惑ったが、「ティニア!購買でアイス買ってあげるよ!」とはしゃぐ兄と、「……授業、終わったのか?」とあくびをするヴァルドと、ティニアは廊下に出るしかなかった。

「頼むぞ」と頼まれてしまっては、しょうがない。





結局――ティニアは、三人で庭園に座って、アイスを食べている。


「習得……してるのかしら?知らないうちに、体に力をためているっていうこと?」


じっと自分の手を見るティニアに、兄オリオンが「なんのことさ?」と尋ねる。


「昨日の授業でね、先生が言っていたの。実戦の中で、『治癒師は、力をためておかなきゃいけないタイミングがある』って」


ポツリとティニアがつぶやくと、兄が首をかしげる。


「ためる?ティニアの場合、ためる必要ないだろ?体内で治癒魔法を練り上げてるんじゃないんだから。

ティニアは、大地から治癒力を引き上げてるんだろ?あんな吸水ポンプみたいに、治癒魔法の雨を降らせること、他の誰にもできるはずがないじゃないか。

僕は体内で治癒魔法を練り上げてるけど、母さんとティニアは違うんだよ。

だからティニアの治癒魔法は、特別なものなんだよ」


「……そうなの?」


「そうだよ。気が付かなかった?」


ティニアは「うん……」と答えたが、今まで家で自己流で勉強してきたティニアは、他の治癒師の魔法を見たことがなかった。

幼い頃は、怪我をすれば母があっという間に治してくれたし、治癒師に会う機会もなかった。


「そっか。……良かった。せっかくペアを組んでもらったのに、『こんなに落ちこぼれじゃヴァルドさんにも迷惑かけちゃうかも』って昨日の夜に急に心配になったんだ。

昨日のノートを復習するのに、母さんに聞いても、『最近の治癒学は難しいのねえ』ってしか言ってくれないし、焦ってたんだ」


ホッとして息を吐き出すと、とても胸が軽くなった。


「母さんとティニアは似てるよね。ティニアの方が可愛いけど」という兄の言葉は流しておく。





「俺もティニアの力に恥じないように、もっと鍛えんとな」


それまで兄オリオンとの会話を、黙って聞いていたヴァルドが口を開いた。

だけど彼の言葉は少し大袈裟だ。


「エリシアさんも『()()ヴァルドさん』って話していたし、ヴァルドさんはすごく強いんでしょう?

昨日、お家の人に、一年降級したことを怒られませんでしたか?」


「エリシア?」


『誰だ?』というように聞き返すヴァルドは、エリシアのことを本当に知らなかったようだ。

「赤い髪の女だよ」という兄オリオンの説明に、「…ふうん?」と分かっていないような返事を返していた。


「うちは昨日話した通り、みんな腹立つくらいに大喜びしてたぞ。『休みの日は、ぜひうちの演習場に呼びなさい』って言われたけど、しっかり断っておいたから」



やはりヴァルドの家は、うちと似ているようだ。

母も兄に、「またお友達を連れて来なさい」としょっちゅう声をかけていた。

おかしくなって笑ってしまう。


「お家に演習場があるんですね。私とオリオン兄さんは、今まで家の裏で練習していたんですよ。魔法を浴び過ぎて、家の裏が花畑になってます。

ずっと前に案内した場所、覚えてますか?あれからもっと広い花畑になってるんですよ。

母さんと、『お花屋さんでも開こうかしら?』って話すほどなんです。

また今度、見に来てください。母さんも『お友達が来てくれた』って大喜びしますよ。私もよかったら、お家に呼んでください」


ヴァルドの家族も安心させてあげようと、ティニアは声をかけた。



「……いいのか?それは、見てみたいな。

それにティニアが嫌じゃなければ、休みの日にうちの演習場を使ってくれたらいい。訓練に付き合ってくれるなら助かるよ」


ははと楽しそうに笑うヴァルドに、「はい」と答えると―――当然のように兄オリオンも、「わ〜ヴァルドの家、楽しみだな〜」と答えていた。


「………お前が俺の家に来たいと思ってるなんて、思いもしなかったが」


「何言ってんだよ。僕はずっとヴァルドの家に行きたいと思ってたけど、遠慮して言えなかっただけじゃないか」


「……そうかよ」と呆れながら答えるヴァルドは、どこか機嫌が良さそうだ。


(行く時は花束と、クッキーを作らなくちゃ)


今まで勉強ばかりで、ロイクの家以外に遊びに行ったことがないティニアも、『初めて友達の家に遊びに行く』気分で、とても楽しみになっていた。



教室からは追い出されてしまったが、心は軽かった。


昨日のお昼までは、飛び入学を目指してきたことも、飛び級を選んだことも、全てか無意味だったように思えて仕方がなかった。

ここから始まる学園生活も、気の重いものになっていたが、今は兄のオリオンもいるし、ペアを組んでくれたヴァルドもいる。


降級を選んでくれた兄にも、「ありがとう」と伝えたいが、そんな言葉を口にしたら、また何か暴走し出すかもしれない。


感謝の気持ちを癒しの魔法に込めて、二人の頭から静かにそっと降らせてみる。

小さな光の粒がふわりと舞い、二人の髪に溶けていく。


これからは少しだけ前を向ける気がしていた。


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ロイクがとっても某王子臭い件
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