血塗りの騎士。
これにて四章終了です。
◇
「な、なあ、ジェイ……。俺は、悪い夢か何かを、見ているんじゃ、ねぇよな……?」
「……っ」
額には無数の脂汗が滲み、息は荒く、剣の柄に置いた手は震えている。
隣に佇むジェイは、そんなトラカルを笑うことは出来なかった。彼もまた、同じ思いを抱えながら目の前で繰り広げられる地獄絵図に言葉を失っていたからだ。
「うっ──、ぉげぇえっ!」
言葉を失っていたのは、吐き気を堪えていたため。
しかしそれも堪えきれずに、ジェイは目の前の光景から大きく目を逸らし、地面に胃の内容物全てを撒き散らしてしまう。
同僚の背を擦る余裕もないトラカルは、腰に佩いた剣の柄から手を離すことも、その剣を抜くことも出来なければ、一歩退くことも踏み出すことすらも出来ずにいるのだった。
──クレミア率いる一行は、地図には載らない開拓村の跡地に思える場所に辿り着いた。
そこは一目見て廃村だと分かる廃れようであったが、人の生活の痕跡が残る場所で、自分達が追っている逃亡犯がここに逃げ込んだ可能性が非常に高いとクレミアは言い放った。
そんな一行の前に、一人の村人が飛び出して来たのだ。
その男は、まるで神に祈るみたいに両手を組んで跪き、うわ言のように「本当に来た」とだけ繰り返してクレミアの足に縋りつく。その勢いと苛烈さは、周囲の誰もが浮浪者の如くみすぼらしい平民が伯爵家の夫人の御御足に触れる、という無礼を突き付けることさえ躊躇われる程に激しいものであったが、クレミア・ジェネヴァレッタだけは違った。
トラカルとジェイには縋りつく祈りの声に耳を傾けるのかと思えた、その、刹那だった。
『う、裏切り者が、罪深き者が、森に、森に逃げて行ったんです! 逃げた先も分かる! だから、どうか、私を助けて──』
『触れるな、呪い人が』
『──く、れ。……えっ?』
一体、何が起こったのか。
一部始終を目撃していたトラカルとジェイの二人と、跪いたみすぼらしい男の表情は、この瞬間においてのみ、リンクした。
同じだったのは抱いた感情のみ。
生まれも育ちも、置かれた状況も何もかもがまるで異なっていれば、その男の名前も知らない。にもかかわらず、その男の首が飛ぶと同時に、二人は己の首に手を置かずにはいられなかった。
男は、全てを言い終える前に、クレミアの抜いた剣によって、首を両断されていたのだ。
『──聴取の出来そうなまともなのを一人二人残して、後は殲滅せよ』
一体、いつ剣を抜いたのか。
クレミアの鉄のブーツに飛び散った返り血が生々しく、首の落された肉塊からだくだくと流れ続ける血の塊に、トラカルとジェイの目は釘付けにされてしまった。
その一部始終に、二人は強烈なショックを受けざるを得なかったのだ。
なぜなら、二人の目には、男はただの人に見えたから。
隠すように包まれた襤褸切れが落ちて露出された肌からようやく見えた紫水晶が、彼を呪い人だと証明付けるが、かと言って「ならよかった」と割り切れる程二人は大人ではなかった。
「……」
「……」
呪い人はその名の通り、呪われし存在。だから侮蔑の対象であり、迫害されるべき存在。トラカルとジェイの二人だって、帝都に居た頃は散々呪い人を馬鹿にしたし、石も投げた。何故なら周りがそうしていたから。
呪い人に恨みや憎悪があったかと言われたら、「いいえ」と答えられる程度には認知は歪んでいないものの、共に石を投げていた仲間であれば誰もがそう答えるだろうと言うのは考えるまでもないこと。呪い人を迫害していた誰も、彼らに傷付けられたわけでは無い。冷静になればすぐにその事実に思い至るのだが、石を投げるのを止めれば自分が異端に思われる。だから石を投げていた。そうやって続けていく内に、それがおかしなことだと気付けなくなる。人間は慣れる生き物だから、狂気に慣れた人々は善悪の区別する器官が麻痺していくのだ。
だけども二人は、その呪い人が死んでもいいなんて考えたことも無かった。
それが、経験値の在る無しで生まれる決定的な違いで。
そうして生まれた一瞬の躊躇いが、行動に支障を生んだ。
「──オオォォッ!!!」
大地が震えるが如き雄叫びを上げ、騎士たちは方々に散り行く。
出遅れたトラカルとジェイは、すっかり足を踏み出す機会を失ってしまい、立ち尽くす。
クレミアの鶴の一声によって始まった残虐な殲滅行為は、一切の容赦なく進行していく。
逃げ惑う人々を追い回し、胸を一突きにする。
隠れ潜む人々の家を破壊し、頭を粉砕する。
その程度、獣の狩りだと思えば二人にとって他愛のない行為に成り下がるのだが、そこかしこで上がる悲鳴や、命乞いの声が、ここは程度の低い狩場などではないことを自分たちの頭に直接訴えてくる。
一方的な殺りくが繰り広げられる戦場なのだと思い知らされた以上、一歩でも出遅れた二人が再度動き出すには流れに乗る以上の力が必要であり、けれどもそれだけの力を引き出す彼らの動力源たる矜持など、むせかえる死臭の前では何の価値もない。
ただ動けないだけのトラカルが見たのは、村の中心で暴風が如く吹き荒れる存在。
村の中心で暴れ回るのは、クレミア・ジェネヴァレッタだった。
『舞踏剣姫』と呼ばれている彼女は、舞う度に鮮血を振り撒く。
慟哭と狂気、悲鳴と暴力が飛び交う戦場の中で、クレミアの舞う場所だけ、まるで月光の降り注ぐ舞台かのように錯覚してしまえるほどに、彼女の動きは洗練されて見えていた。
彼女が振り撒く血で汚れるのは、手元と足元だけ。
ガントレットとブーツが鮮血に染まる反面、胴体や、常にはためくぺリースには一滴の血さえ付着していなかった。
「ヒッ……!」
トラカルが目の前の光景に目を奪われていたかと思えば、すぐ傍で突如としてドサッ、と音がして現実に引き戻される。
木箱や荷物が落ちた無機質な音とは違う。
鈍い衝突音は、トラカルに最悪の想像をさせる。
それを否定するために、恐る恐ると言った様子でトラカルが身を竦ませ、音がした方を振り向くと、彼のすぐ傍には、図体のデカい男が転がっていた。
駆け出せば逃げていきそうな程に男はまだ生命力に満ちていると言うのに、まともな拘束も無い。
男もその可能性に思い至ったのだろう。俄かに希望を抱いた表情は、間もなくして絶望の色に変わる。
なぜなら、間もなくしてそれと同じ顔をした人質が一人、また一人と増えていったから。
拘束が無いのは、拘束する必要が無いから。
いつの間にか狩りを終えた騎士隊とクレミアが戻ってきていることに気付いた彼らは、逃げられず、ここで殺されることを悟らずにはいられなかったのだ。
「ぁ……」
一団が村に辿り着いてから殲滅を終えるまでにかかった時間は、十五分とかかっていない。
たったそれだけの時間で呪い人と言えど人を斬り捨てた騎士隊の顔は、誰一人として笑っていなかった。
「多く残し過ぎたな。お前達、持って帰り過ぎだ」
「申し訳ございません。ですが、これも使い道があるのでは」
「……私は尋問は得意じゃないんだ。まあいい。ではまず、この男たちを知っているか」
クレミアが取り出したのは、指名手配犯の人相書き。
「し、知ってる! 俺は知ってる! 知ってるから、殺さないでくれ!」
「匿っているのか? それとも、逃がしたのか?」
「こ、答えたら殺さないか……? それを約束してくれなけれ──ば……」
自分の身の安全を確保しようとした一人の男は、背後に立った騎士によって喉から剣先が生えることとなった。
「聞かれたことにだけ答えろ。では、次だ」
「い、いや! いやだ! 死にたくない! 殺さないで──」
次に事切れたのは、女性だった。
順番から言えば一番最後になるはずだった彼女は、その時が来るのを恐れた余り、騎士たちの包囲があるにもかかわらず逃亡を画策したのであった。その結果、背中を斜めに斬り裂かれた後、介錯とばかりに首を落とされた。
残る呪い人は、三人。
そのどれもが顔面を蒼白させ、大量の脂汗を浮かべていつ自分の番が来るのかと震えて待っている。
「や、やっぱりだ……! やはり、あの男は呪いを振り撒くのだ。奴の通った後は災禍が残る。あ、あの男は、あの男は……し、死神、なのだ! あの男と出会ったが最後、必ず死を迎える……! 神の導きも、希望の光も、あの男の前には何も灯らないのだ。あの男が村にやって来た時点で、俺たちの運命は定まっていたのだ……!」
その中で一人、瞳を絶望の色に染めた男が呪いの言霊を呟く。
勝手な発言を許したわけでは無いと騎士が男の背で剣を持ち上げるのだが、クレミアはそれを手で制した。
男の名は、マトウ。彼は救済など無いことを知りながらデゲントールに加担し、女性に手を下した下劣な男であった。しかし、彼はそのことが明るみになっても自分こそが被害者であると周囲に訴え続け、最後まで自分の行いを顧みることはなく、手を下した女性たちに謝罪を送ることもなかった。
クレミアや騎士たちは目の前の男がそんな男だと露知らず。マトウの言葉に耳を傾ける。
「死神、と言うのはこの男か」
「ああ、そうだ。右目が石で、右耳が欠けた大罪人……。あの男はこれから先も足を運ぶ先で死を振り撒くことだろう。俺達は、一足先にその呪いをこの身に降り注がれたのだ。この男の、不興を買ったから……」
「死神は何処へ消えた?」
「分からない。深部へ消えたことしか、俺達は知らない。あ、あの男は……同胞を連れ去り、消え去った。だが、あの男の行く先には……必ず死が撒き散らされるだろう。それに近付こうとする者にも、な」
薄気味悪い笑みを浮かべた男は一度としてクレミアの顔を見上げることなく、地面の一点だけを見つめて狂ったように笑う。
最後に一つだけ、知っていることはそれで全てかとクレミアが問うと、彼は静かに頷き呪詛の如き言葉を吐いた。
「……あの男に近付こうものなら、お前たちもまた、この運命からは逃れられない──」
言い切った直後、男の背に剣が突き立ち、彼はそのまま鮮血に沈む。
「下らん戯言だが、男の言うことに、嘘は無いか?」
残された二人の呪い人に確認を取ると、二人は首振り人形のように首肯を繰り返すことしか出来なかったものの、立ち上がったクレミアを見て密かに胸を撫で下ろす。
これで俺達は助かるのだと、強張った体がピークを迎えた刹那、その期待はものの見事に裏切られる。
「トラカル・コンクス。ジェイ・エマヌエル。残った二人はお前たちが始末をつけろ」
「ッ?!」
「これ以上有意義な情報も無いようだしな。であれば、生かしておく必要もない。その剣が飾りでないことを、口先ではなく行動で証明してみせろ」
クレミア・ジェネヴァレッタという人物は、剣技に秀でていることで近衛騎士に選ばれた一方で、近衛騎士団の長であったハリス・ロック・フロレンシア、その上に立つロベリア前皇帝が買っていたのは、彼女の並外れた観察眼であった。
一を聞いて十を知るのが近衛として誰もが備える基礎技能であるとすれば、彼女の場合、一を聞いて百を知る瞳と、知った百を見れば千を知ることが出来るほどの明晰さを兼ね備えていることこそが彼女の秘上に優れている点である。それに至っては、生得魔法が関与しない彼女の天与の能力であった。
同時に、それは彼女の欠点でもあって。
クレミアは、それと同等のものを万人に求めるのだ。
そしてそれが出来ない者を見下すのが彼女の悪い癖であり、長い間侮蔑と諦めを繰り返した彼女は全てを自分の中で解決してしまうようになっていた。
けれどそれも近衛騎士に選ばれ、ハリスの下で指導を受けるごとに改善されつつあったが、なまじ頭の良いクレミアが周囲から嘲りの意味を込めて「堅物」と呼ばれるのは避けられなかった。
そんな彼女には、この村に指名手配中の逃亡犯が居ないことは初めから気付いていた事実である。
斥候からそれらしき人物は見かけなかったという報告があったことに加え、呪い人とのファーストコンタクトの時点で、彼らが何らかの手段でもってこちらの行動を読んでいることを既に理解していた。そうでなければ、惨殺した村人の口からある人物に対しての怨嗟が聞こえるなど、あるはずがないのだから。
そして同時に騎士たちには逃亡経路の確認を任せており、既にその道も見つかっている。
ゆえに、この場で呪い人を生かして得られる情報の程度など、観察によって得られる情報精度の上昇にしか期待しておらず、最低限の答え合わせが済んでしまえば呪い人など用済み。生かしておく必要など、どこにもなかった。
「い、嫌だッ、死にたくない……! た、助けてくれ! 俺の知っていることなら何でも話す! 役に立って見せる! だ、だから……!!」
クレミアの言葉を聞いて驚愕し動きを止めていた渦中の人物たち。
その中で最初に動きを取り戻したのは、死という未来が確定した呪い人達であった。
一切の躊躇いなく同胞の首を落とす騎士たちが動かないことを察した呪い人は、見るからに動揺の大きいトラカルとジェイの二人に縋り付く。彼らならば、付け入る隙があるのではないかと思い、命を乞う。
「っ、ち、近づくなッ!」
呪い人からは呪いが感染る。
そんな謂れの無い噂を思い出したかのようにトラカルは縋り付いて来た男を弾き飛ばす。
だが実際は、違う。
トラカルは、一心不乱に命にしがみつこうとした大の大人たちが恐ろしく、恐怖から来る反射で弾き飛ばしただけに過ぎない。だから、呪い人の男は少しよろけただけに留まった。
まるでこちらの命を奪いに来たかのようにさえ思える呪い人に対し、心拍は逸り、呼吸も乱れたトラカルは剣を抜けぬままだった。
しかし、呪い人の男は止まれない。
真っ白になった頭が恐怖に染まっていくトラカルを忌々し気に睨んだ後、男はまるで興味を失ったかのようにもう一人の方へと体の向きを変える。
辛うじて意識を取り戻したトラカルもそれに釣られるように目線を動かすと、そこにはもう一人の呪い人に縋り付かれ、地面に尻餅をついたジェイの姿が。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!」
「死にたくねぇ、死にたくねぇんだ! 母さんが、俺を待っているんだ……俺が居なくなって心配してるに違いねぇ……! 母さんは病気で動けねぇんだよ……。だから、母さんのところに帰ってやらねぇと……! だ、だから、こんなところで死んでられねぇんだ! な、なあ、分かるだろ? あ、あああ、あんたにも、親がいるはずだ! なら──」
生存競争における人間の優位は、学ぶことができることだ。
学ぶからこそ、理解が出来る。
記憶を共有できる。
成功も失敗も糧として、繁栄を望める。
ならば動物はどうかと聞けば、動物は学ぶために、途方もない年月を要する。進化という長い時間をかけた過程を経て初めて環境に適応することが出来るため、人間が一冊の本を読み終えるだけで追体験できるようなことでさえも、動物の場合は文明が変わるほどの時間が必要となる。
ゆえに、成功も失敗も彼らの中にはない。だから、挑むことに恐怖もない。
トラカルもジェイも、魔物の討伐や動物の狩りを問題無くこなして来た。
従者や専属の兵士に追い立ててもらい、消耗したところにトドメを刺すのが討伐や狩りかどうかと聞かれたら言い渋るが、彼らはそうやって経験を積み重ねてきた。
そしてそれは人間の経験と知恵の結晶を受け継いだとも言える。彼らは、経験と知恵が積み重なった実証を、目の前で見て、学びを得たのだ。当然、そうやって出来るものだと教本にもあったし、教練も受けたから己の糧としてきた。
だが、人の殺し方など、兵士過程を収めていない彼らは、誰にも教わってきていない。
本物の命のやり取りなど二人には経験が無い。失えば二度と戻らない命に執着する苛烈さは、考えれば分かる。けれども百聞は一見に如かずと言うように、命に縋る狂気は、初めて戦場に立つ者には刺激が強すぎて。
二人は血眼になって命を乞う目の前の存在にただただ圧倒され、飲まれていく。
特に、ジェイ・エマヌエルに関してはエマヌエル侯爵家の養子であり、両親からは多大なる支援と期待を課せられている。それを愛だと認識しているジェイの目には、家族の絆が断たれてしまった目の前の男がどうしようもなくかわいそうに映る。同情の余地が生まれてしまう。躊躇いが、迷いが生まれてしまう。
彼の苦痛の叫びを学んでしまったがゆえに、彼は動きを完全に封じられてしまうのだった。
「ジェイから……、離れろッ! ──おいジェイ、しっかりしろ!」
「と、トラカル……! 俺は……、僕は……!」
「落ち着け、いいから、今はゆっくり、息を──」
錯乱したジェイは駆け寄って来たトラカルにしがみつき、服にしわを刻む。
そんなジェイを落ち着かせるために放った言葉も最後まで吐くことは出来なかった。
なぜなら、真横に首が二つ転がって来たから。
「──ヒッ」
「遅い」
遅れて、剣に付着した鮮血が血振りによって地面に花を咲かせる。
「遅すぎる」
そう言って、腰を抜かした二人を見下ろすのは、クレミア・ジェネヴァレッタ。
「戦場では、迷った者から死んでいく。命のやり取りの最中に息をつく暇などない。覚悟を定める隙などない。やらなければやられる、戦場とは、そういう場所だ」
地に伏す男の亡骸の手にはいつの間にかナイフが握られており、あのままであれば、男に背を向けたトラカルは刺されていたかもしれない。そうしたところで男に何の益も無いとは言え、追い詰められた人間に論理は無い。何をしでかすか分からないのだから、早々に命を断つのが正しい行いである。
トラカルは男を引き剥がした後、男の体に剣を突き立てなければならなかった。自分達の身を守るために。
だが結局のところ、トラカルもジェイも、その腰に佩いた剣は飾りであることを証明したようなもの。
クレミアの失望の声と共に現実をむざむざと突き付けられた自称エリートの二人は、すっかり意気消沈といった様相を見せるのだった。
「……期待外れだったな」
啖呵を切ってから、一時間も経っていない。
身を翻す際にそれだけを言い残して去って行くクレミアの言葉が、延々と鼓膜の奥で震え続ける。
それこそ、一時間前のトラカルやジェイであれば反骨精神に燃えただろうが、現実を思い知った後ではそれもできない。自分達は、戦場へと変わったこの場所で一歩も動けなかったのだから。
怒るとすれば、舐められたことに対するクレミアへの怒りではなく、何も出来なかった自分自身に対して怒りを抱くべきだろう。
「あ、あの──!」
そんな風に打ちひしがれるトラカルの隣で、自分は足手纏いだったと痛感せざるを得ないジェイが去り行くクレミアに声を掛ける。否、それはクレミアに対してのみならず、騎士鎧を返り血で染めた騎士たちにも同様の質問を投げかけているかのようであった。
「……なんだ」
「ぁっ、え、っと……、ど! ど、うして、戦えるの、ですか……?」
直前まで言うか言うまいか悩みあぐねたジェイは、それでも気力を振り絞るように問い掛けた。その問いに騎士たちはお互いに目線を交わし、部隊長であるクレミアの答えを見知ったるかのように肩を竦めるのだった。
「仕事だからだ」
「は……?」
「それ以外に必要か?」
「は……」
理由を尋ねたジェイは疎か、ジェイの質問の意図を理解して答えに期待を寄せていたトラカルでさえも返って来た答えに言葉を失う。反対に、騎士たちは「その通りだ」と笑ってみせる。その様子は自分達を冗談で揶揄っているようには見えず、そもそもクレミアが冗談を言うような人間には思えないがゆえに、二人を困惑の渦に閉じ込めてしまう。
「ぼーっとしてんな。日暮れも近い。血の匂いで魔物が寄ってくるぞ?」
「騎士の道は一日にして為らず。従卒として一番初めに覚えるものだ忘れるな」
「次は、殺せるといいわね」
本来であれば副隊長である二人の部下であるはずの騎士から声が掛かる。
一時間前は憎たらしさすら覚えたその声に、今は見捨てられていないという実感すら湧いてきて、そこでようやく自分達が思い上がっていたことを思い知るのだった。
「大森林周辺の街道にはヴェルモンドが控えている。一度補給部隊と合流した後、私たちはこのまま森の内部を捜索する。痕跡の類は斥候に任せてある。では、行くぞ」
まるで期待されていないかの如く、最早視線すら向けられなくなった二人。
けれども今は期待を向けられるよりも、自分自身と向き合う方が先で。
期待されないという肩の軽さに驚くばかり。
いつかクレミア・ジェネヴァレッタという女傑に実力で認めてもらい期待を向けられることを目標に二人は立ち上がると、一行は森の奥へと歩みを進めていく。
「……しかし、死神、か。同じ忌み名とは……いや、まさかな」
前を行くクレミアの笑みに誰一人として気付かぬまま。
補完という名の、言語解説。
募集中……。




