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三節 後顧3





「今頃……、村は全滅していてもおかしくないけどね」


 その言葉に、俺は息を飲まざるを得なかった。



「ッ?!」



 こちらの動揺を誘うように、「それと」とまるで言い忘れていたとでも言わんばかりに付け足されたその言葉に、この場の全員が腰を浮かす。


 中でも俺は、思考が理解へと追いつく前に、体が勝手に動き出していた。


 先程まで考えていたメアの意図など関係無い。

 俺は体の中で沸き上がった衝動に突き動かされるがままにメアの隣を離れていた。

 そして俺の体が向く先は、ここ数日かけて歩いて来た道。

 だが、しかし。


「待、って……、くだ、さい……っ!」


 そこで俺の腕を引いたのは、まるで待ち構えていたかのようなリリスであった。


「──離せ、リリス」

「ナイスキャッチだよ、リリスちゃん」


 あの川で俺を引き留めた時のような力を感じるが、決して振り払えないものではない。けれど、振り払えば彼女の身の安全は保障できない。

 そんなほんの僅かな躊躇が、メアに隙を与えてしまう。

 悠然と近付いてくるメアに向けるのは、胸の中で嵐の如く荒れ狂う自分自身への怒りだ。


「さて、ウェイド。どこへ行こうと言うのかね?」

「謀ったなメア。お前の差し金か。……どこへも何も、村に、だ」

「今更向かっても、君の足じゃ村の惨劇を見届けるのがオチさ。冷静になり給えよ。いつでもクールに。こういう時に冷静な判断が出来ない奴は、二流以下だ」

「冷静? 俺のせいで村に残った人々が殺されるのを見過ごすのが冷静な判断だって言うなら、俺は愚者だと笑われても構わない! だから──」


 後はリリスの腕を振り払い、地面を蹴るだけになった、刹那の一瞬。間合いに入られたメアの手が伸び俺の胸倉を掴んだかと思えば、強引に体を引き寄せられる。何故か不思議と、抵抗は出来なかった。


「……ッ」


 普段であれば頭一つ分程低い位置にあるメアの顔が、目と鼻の先にある。その余りにも力強い行動はメアらしくなく、沸騰した頭に冷水を浴びせ掛けられたかのような心地になる。


「落ち着けよウェイド。君が守るべきものはなんだ? 全員か? 君の手が届く範囲の不幸な人、全部を守りたいのか? 目の前で困っている人が居ても、遠くでもっと困っている人が居ると知ればその人を捨て置くのか? ウェイド、君なら分かるはずだ。もう一度、守るべきものをちゃんと見ろ」


 夕焼けの如く濃い橙色の瞳は吸い込まれそうな程に透き通っていて、メアの言葉にこめかみを殴られたかのような衝撃を受けた俺は目を瞠り、瞬きを繰り返す。

 反芻を繰り返す頭の中では、突き動かした衝動はとっくに消え去っていて。

 メアの手から解放され、荒い呼吸をする俺一人だけがポツンと取り残されているだけだった。


「……人ひとりが助けられる数なんて、たかが知れてるんだよ。一つを抱えて手を伸ばせば、抱えていたものは零れ落ちる。あれもこれも、は出来ないようになっているのさ。命の選別、なんて呼べる程大したものではないけれど、優先すべきものを忘れるな」


 そう言って、胸に置かれた拳には、手の平に込められた思いの分だけ、重く感じられた。


「……悪かった。リリスも、止めてくれて、ありがとう」

「い、いえ、私は……!」


 剣呑な空気が流れたその場所を見回すと、やり取りを見ていた同行者達から、心配そうな目線が送られていることに気が付く。そして最後に、一番傍で引き留めてくれたリリスと目が合う。

 久し振りに目が合ったリリスは、少しやつれているように見えた。

 そしてもう一度彼らに視線を動かすと、目に入るのは無茶な強行軍ですっかりボロボロになった同行者達の姿。


 それは正しく、俺の覚悟の浅さの証明と言える光景だった。


「……」


 彼らの身の上の安全を保障すると言った以上、彼らは俺が守るべき者達であり、優先すべき存在だ。彼らに苦痛を与えるために連れ出した訳じゃない。

 彼らの希望を叶えるのは、俺に課せられた使命だ。

 ならば、遂行する以外の選択肢は有り得ない。これは、彼らに対する贖罪でもあるから。


 だがしかし、贖罪となれば、村に残ると決めた彼らもまた、優先すべき人達であった事には変わりなくなってしまう。ゆえに、メアの話を聞いて一切の逡巡の暇なく俺の体を突き動かした衝動がまだ、心残りとして確かに胸の中に残っていた。


「ウェイド殿」

「……悪い、ウォルマン。みっともない姿を見せたな」


 それを押し殺すように、声が掛かった方を振り向く。メアに変わって隣に並び立ったのは、ウォルマンとブランの二人だった。

 お互いに心配そうな顔で声を掛けてくれたが、俺には謝ることしか出来ない。今もこうして、村のあった方角を見つめることでせめてもの責任を感じずにはいられない女々しい俺を、ウォルマンは唸るような声で「いいえ」と言った。


「ウェイド殿が我々を重んじていてくれている。それが分かっただけでも、私は心打たれました。村人のために動こうとしてくれたこと、代表して、感謝申し上げます。ありがとうございました」

「礼を言われるようなことはしていない。だから頭を上げてくれ。……俺は、本当に馬鹿なことをしたんだから」


 ウォルマンが本音で感謝を告げていることは分かる。

 けれども、言った通り、村に残る人たちのことを考えない行動であったこともまた確かで。


 メアの言う通り、今更来た道を戻ったところで、村に辿り着いた頃には惨劇が待ち構えているだけだ。その上、メアたちが苦労して足跡を消して俺たちの行方をくらまそうとしている努力すら無駄にしてしまう。感情に揺さぶられた先で待っているのは、破滅の二文字だけである。


 しかしそれも、もしかしたら防げたのではないかと考えずにはいられない。

 当然、追手である近衛騎士団が村の人々を見逃す可能性だってある。同行者達の呪いの進行作業に没頭する傍ら、メアにそう説得されたものの、その可能性が限りなく低いことくらい少し考えれば分かることだ。だから時間一杯村に残り、村人たちに少しでも可能性を増やすために再覚醒を促すことだって出来たはず。同行する彼らのために現状、全力を尽くしているものの、村に残された呪い人(ネビリム)たちのために出来ること全てをやり尽くしたとは、言えないのだ。それがどうしても俺の心残りとして、燻っているのを自覚する。


「……単純な疑問なのですが、なぜ、ウェイド様はそんなにも彼らのことを憂うのですか?」

「何故、って。彼らが呪い人(ネビリム)になったのは、俺の所為だ。呪い人(ネビリム)にならなければ、今も平穏な日常が続いていたはずなんだ。なのに俺がそれを奪った。その先で彼らが不幸な目に逢うのも全て……」

「ちょっと待ってください。それは……話が違うのでは無いですか?」


 俺の行動の指針を語っていると、ブランは制止の声を掛ける。まさかそこで声が掛かるとは思っておらず、俺は怪訝な眼差しを向けるが、首を傾げて俺の言葉を噛み砕いている様子のブランはそれに気付く様子もなかった。


「なんて、なんて言えばいいのか……ううん」

「ブラン、言いたいことは分かりますが、それ以上は」

「ウォルマン。ブランが何を言いたいか、分かるのか?」

「いえ、こればかりは、なんとも……」


 答えに困窮した様子のウォルマンが助けを求めて顔を向けるのは、遠巻きにこちらを見ていたメア。彼は何がそんなにおかしいのか、先の熱を持つ瞳とは裏腹に、一人腹を抱えてくつくつと肩を揺らしてばかりいた。


「まさか、君よりも先にブランちゃんが先に気が付くとは思わなくてね。ウォルマンもきっと、口にしていないだけで気付いているんだろう?」

「……控えさせていただきます」

「もう答えみたいなものじゃないか」

「だから、何の話だ」


 いつまで経っても答えに行き届かない会話に苛立ちを隠せずに振り返ると、メアはしてやったりと言った笑みを、ウォルマンは言い難い気持ちを抱えたまま目線を逸らしている姿が目に映る。


「要するに、君は考え過ぎなのさ。呪い人(ネビリム)になったことで不幸になった人全員の不幸を取り除くのが君の使命だ、とでも君は思っているんだろう? 馬鹿言っちゃいけないよ。言っただろ? 君一人に出来ることなんてたかが知れてるってね。呪い人(ネビリム)になったのは不幸なことだ。だけれども、君は呪い人(ネビリム)を汚らわしいものとして迫害したのかい? そうじゃないだろ。呪い人(ネビリム)に害があるかも分からずに迫害しようと動いたのは、それ以外の人たちだ。君が直接何かした訳じゃないじゃないか。彼らを不幸にしたのは、呪い人(ネビリム)を取り巻く環境だ」

「そうです! ブランも、それが言いたくて……!」

「それでも、周りが全員悪いとは思えないウォルマンは口を噤んだ訳だ」

「その通りでございます。……人は皆、追い詰められれば視野が狭窄し、冷静になれなくなります。その結果、非道に走ることも。それは、あの村の人々を知る皆さんも、お分かりのはずです」


 俺はあくまでも、きっかけを与えたに過ぎないとメアは言う。

 ブランもウォルマンも、メアの言葉に続いて頷き返す。


 環境が人を作る。

 鳶が鷹を生むように、環境次第で人は善にも悪にも傾くのだ。

 だからと言って、残る決意をした村人を責めるわけにはいかない。胸に残った織火が風前の灯火だろうと、それでも俺にはまだ出来ることがあったはずだと思い込まざるを得ない。


 自分でもこの性格が面倒だということは自覚している。

 けれども、そう簡単に割り切れたら苦労はしないのだ。


 三人からの意見を受けて渋い顔をする俺に対して、味方を得たメアはここを好機と捉えたのか、笑みを増す。


「そもそも、今回の件も同じだよ。僕たちの中で誰一人として、君を責める者は居ないんだから」

「……俺はそいつのこと、まだ許してねぇけどよ」

「エディ」

「君が怒っているのは、呪い人(ネビリム)にされたことに関してのみ。村人を放棄したことも、それ以外も、実のところ君にとってどうでもいいと割り切れている。そうだろう?」

「チッ。お前の人を食ったような態度はいつだって気に食わねぇが、そっちの石野郎は、態度を見てりゃ分かる。お前が悪人じゃねぇことくらい。……だけど、俺たちに呪いを背負わせた責は、一生かけてでも払ってもらうからな」

「あれをツンデレって言うんだよ」

「黙れ女男!」


 イムさんに引きずられて引き取られていくエディに呆気に取られていると、メアは正しく水を得た魚が如く、これまでずっと堪えていたものを解放するように、更に畳み掛けてくる。


「それから……村に残る決断をしたのは、紛れもなく村に残った彼ら自身だ。追手がやがて来ると知らせてもなお、彼らは僕たちを信用できないと跳ね除け、命の危険が及ぶかもしれないと勧告してもなお、彼らは聞き入れなかった。ウォルマンは最後まで声掛けを続けたけど、結果、応える者はここにいる顔ぶれ以外に出てくることはなかったんだ。これが紛れも無い事実で、揺るぎようのない真実なんだ。この話のどこに君が自責の念を背負う必要があるって言うのさ。僕はずっと言ってきたはずだよ。帝都で浮浪者と化した呪い人(ネビリム)も、村に残ると決めた呪い人(ネビリム)も、全ては彼ら自身が選び、掴み取った未来だ。その先で後悔しようと、成功しようと、僕たちにはなんら関係のないことだ。君が呪いをかけたことなんて、もうとっくに関係のないところまで来ているんだよ。彼が今後どうなろうとも、そこに呪い人(ネビリム)になったからどうした、なんて言い訳は通用しないんだ。分かるかい」

「……」


 呪い人(ネビリム)は、俺が不幸にした人達。


 呪いをその身に受けた所為で、あらゆる不幸をその身に背負わされた人々。

 帝都の路地裏に転がされた、無気力な呪い人(ネビリム)

 下水道に逃げ込んだ先で、餓死した呪い人(ネビリム)


 それら全ては、彼らを取り巻く環境の所為だとメアは言う。呪い人(ネビリム)になったことは、人生における数え切れない程存在する転換点の一つに過ぎないと言っている。俺が背負うべき罪過はそれだけであり、呪い人(ネビリム)になった後でどう生きるかはその人次第だとメアは言う。

 彼の言い分に反論したいが、返す言葉が見つからない。


 メアの言葉に納得している自分がいるからだ。


 けれども、帝都の下水道で見た亡骸の姿が、今もまぶたの裏に鮮明によみがえる。世間から爪弾きにされ、世界を恨んで死んだであろう彼らの姿は、決して忘れることはできない。彼らの末路が彼ら自身の所為だなんて、口が裂けても言えない。

 絶望に染まり、暗澹たる思いで死んでいった呪い人(ネビリム)というのは、何も俺がこの目で確認した彼らだけでは無いはず。ならば俺に出来るのはやはり贖罪である。

 この忸怩たる思いを拭い去る方法は、贖罪を続けるしか他にないのだ。


 許しなど要らない。欲しいのは、罰だけである──そう思って顔を上げると、その先で待ち構えていたのは行動によって生きる力を示した呪い人(ネビリム)の、彼らの意を決した顔があった。


「……ウェイド殿。私たちの運命は、確かにあの日、大きく変わってしまいました。当然、そのことを恨んだこともあれば、憎むこともありました。ですが──」


 ウォルマンは、俺が紫晶災害のトリガーを引いてしまったという話を聞いても尚、俺に好意的で居てくれた。そんな彼の口から負の感情が吐かれると想像以上に堪えるものがあり、怯んでしまう。


 やはり彼らの運命を、彼らの未来を奪ってしまった責任は大きい。

 しかし、そう言った罪悪感を募らせるよりも早く、ウォルマンは清々しくも言い切るのだった。


「ですが、私たちがここに居ることとそれは……話が別です」

「っ」

「ウェイド殿の心に罪悪感があるのと同じように、私たちの追憶にも悔いる思いがあるのもまた事実。……あの日、あの瞬間。私たちは声を上げるべきでした。呪い人(ネビリム)にも人権を、と。数は揃っていたはずなのに、それを、しなかった。その運命を、受け入れてしまった。言うなれば……それこそが私たちの罪でもあるのです」

「それは違う! それは、受け入れざるを得なかっただけだ……! 初めから、紫晶災害なんて起こらなければ、俺の意思が、もっと強ければ……」

「本を正せば。……そう言うことを仰る人も出て来るでしょう。ですが、それら全てはたらればの話。元を辿れば、なんて終わりの見えない話です。聖神教には、人間は原罪を持って生まれる、との教えもあります。『人間は生まれながらにして罪を犯す生き物である』、と言う意味だそうです。もしもその説に従い元を辿るのであれば、ウェイド殿は一体、どれだけの規模の罪を贖うおつもりですか? それは最早、人の身に余る所業なのではありませんか?」


 ウォルマンの言葉に、俺は呆然と立ち尽くすばかり。

 肩に乗った荷を降ろしてもいいんだと、そう言ってくれているような声に、俺はどうしていいのか分からなくなる。

 今も頭の中では「許してはならない」、「罪を背負い続けろ」と叫ぶ自分が居るのが分かる。けれども、胸の内では途方もない罪禍の山をウォルマンの言葉によって自覚せざるを得なくなり、途方に暮れて諦観の念ばかりが募っていく。


 ……ああ、なんて、哀れなことか。


 呪い人(ネビリム)を哀れんでいたつもりが、自分自身が一番ろくでもなくて、哀れな存在だと気付くのに、こんなにも時間をかけてしまった。ましてや、人に言われなければ気付くことも出来な愚かさに、最早目も当てられない。


「……あぁ」


 気が付けば俺は、果てしなき絶望に打ちひしがれ、空を仰ぎ見て溜め息を零していた。

 流れゆく雲は悩みなんて無い様子で、けいれんの止まない目元が俺を現実に引き戻す。


 確かに、メアに再三に渡って言われたように、俺は身の程を知らなかった訳だ。俺一人では、世界中の罪を背負うことなど到底無理な話だった。それを今になってようやく理解できる程、俺は俺自身のことを何も分かっていなかった。

 俺も所詮は、口先だけの男だったという訳だ。


「だから何度も言っただろう、背負い過ぎだって。……でも、ウェイドのその責任感の強い部分は、美徳だと思うよ。君は、無責任じゃない。そこは誇るべきだ」

「だけど……」

「人生の大半は、妥協と割り切りで賄われているのさ。彼らもまた、腹の中で君のことに妥協し、折り合いを付けたのだとすれば、次は君の番だ」

「俺の、番?」

「目標を取り上げられて、何をどうすればいいか分からないんだろう? 右も左も分からなくなってしまうのは、怖いものさ。でも、君は初めから持っている。君の行動の指針は、初めから揺らいでなんていない。早くそれに気付きなよ」


 メアに言われ、ハッとする。

 落していた肩に力を入れ、背筋を伸ばし、視線を巡らせる。


 そうして目の前に広がるのは、呪いが進行し、体表に紫水晶の結晶体が生成されつつある者達。その大半が新たな力の自覚には至らず、ただ無暗に彼らのコンプレックスを増長させただけの始末。メアが言うには、まだ自覚できていないだけだと言うが、日々減衰していく体力の中で結晶体を削る姿を見るのは、とても痛々しく思えて。


 俺の行動の指針。


 それは、彼らから全ての呪いを消し去ることだ。


 ──否。それは指針などではなく、俺の果たすべき使命だ。


 石になった人々を、救い出すことだ。

 シャーリィを、シグを、アキを、シスターフィオナを、救い出すことだ。

 それは初めからずっと俺の中心にあったはずのもの。イムさんにも言い放ったはずなのに、いつからか、呪い人(ネビリム)の受ける不幸を全て背負うことが目的に変わっていた。


「……全員、元に戻す。それが俺の、使命だ」


 それが贖罪になるかは、全てを果たした後でないと分からないだろう。

 同時に、それを果たして俺の罪が清算されるとも思えない。ゆえに、引き続き呪い人(ネビリム)の救済も諦めない。だけどもそれは、目の前の……ウォルマン達を優先しないという意味ではない。


「メアの言う通り、俺には俺の、優先すべき存在が、果たすべき使命がある。でも、これはウォルマンが言うように、俺の感情に妥協したわけでも、折り合いをつけたわけでもない。俺は、きっとこれからも呪い人(ネビリム)を見れば、手を伸ばそうとするだろう。だけど、これだけは約束する。何があっても、ここにいる誰も、死なせはしないと」

「ウェイド殿……!」


 俺の手は、とても小さい。

 全ての不幸を抱えることなんて、初めから無理なことだったのだ。

 それでも。この腕の中に抱き留めることができたのなら、最後まで決して零しはしない。

 それが、俺のやるべきことだから。


「それが君の答えということかな?」

「ああ、そうだ。答えを出すのに、こんなにも時間がかかってしまった。待たせて、悪かった」

「僕としては、ウォルマンの言うように、さっさと割り切ってもらった方が気が楽だったよ。君のそういう頑固なところ、僕は嫌いだな」

「それが俺だよ。俺の足りない部分は、お前は補ってくれるんだろ?」

「それを人は、尻拭いって言うんだよ? 迷惑かけてる実感ある? 救世主にでもなったつもりかい?」

「……俺はどこまでいっても咎人だ。救世主にはなれないよ」

「君がそう言っても、周りはそうは思わない。行動には責任が伴うものだというのは、士官学校で嫌というほど聞かされたはずだ。君の進もうとしている道は、いばらの道だ。よく考えたまえよ。……認識のズレは、いずれ悪夢を生むからさ」


 自分の歩む道が険しいことくらい、分かり切っていることだ。


「それでも、俺は進む。そう決めたからさ」

「……はぁ~あ! 余計なこと言わなきゃよかった!」


 背を向けて去って行くメアは、本気でそう思っているのだろう。横顔から不服さが滲んでいるようだった。それでも、徹底して否定するような真似をしなかったのは、少なからず俺の進む道を肯定してくれているのだろうか。


 当然、俺にだって全部が全部、救えるとは思っていない。それでも、その姿勢を崩すことは、帝都で捨て置かれた呪い人(ネビリム)達への冒涜に値すると思えてならなかった。だからどうしても、これだけは譲れなかった。


「ウェイドさん……」


 後ろ髪引かれる思いで村の方角を向いていた視線を切ると、心配そうに服の裾を掴むリリスに捕まる。

 今度はその手を振り払うことなく、彼女に向き直る。


 オペレーターとして後方支援に従事する彼女にとって、険しい森の中を歩く道のりは決して楽なものでは無かったはずだ。それでも彼女は自分よりも不慣れな女性たちのサポートに回り、土や泥に塗れてもなお、文句の一つも言わずに付いて来てくれた。

 泥に汚れていても、痩せこけていても、心配そうに見上げる彼女の容貌は気品があり、美しかった。


「……俺は、後悔しない生き方を見つける。だからリリス、お前も後悔しない──」


「私も、後悔していませんよ」


「選択、を……、だな」


 貴族社会を聞きかじった程度の平民の俺にだって分かる。

 器量も良ければ、頭脳も明晰。魔力や生得魔法も悪くないし、何よリ彼女は美人だ。帝都に戻れば、俺のような悪人にかどわかされたとしても、引く手数多に違いない。

 リリスは、男爵家の末の娘で留めておくにはもったいないほどの人物である。

 だから別の道を──と言う前に、彼女は口を挟んだ。


 一寸の迷いもない澄んだ瞳で見つめられ、堂々とそう言い切ってみせる彼女は、俺なんかよりもよっぽど肝が据わっているし、覚悟も決まっているのだろう。

 俺だけがウジウジと悩んでいた事実を突き付けられ、俺はものの見事に二の句を告げなくなるのだった。


「っ、こ、ここに居ても、お前は幸せにはなれない。それでも、いいのか」

「幸せですよ。ウェイドさん。あなたとなら、どこでも」

「……っ」


 どうしてそう、歯の浮くようなセリフを軽々と言えるのか。

 以前も同じ言葉を言っていたのを覚えているせいか、余計にむず痒い。


 これだけ長い時間をかけてようやく自分の向かうべき道の先を見据えることが出来た俺よりもよっぽど、目の前の貴族令嬢の方が覚悟が決まっている。

 自分の浮き彫りにされた情けなさを前に思わず顰め面をしてしまったのは致し方ないだろう。


「──ケッ! イチャイチャしてんじゃねぇよ」

「エディ。男の嫉妬は醜いものだよ」

「し、嫉妬じゃないですよイムさん! 俺にはもう心に決めた女が……って聞いてるんすか?!」

「ウェイド君」

「い、イムさん」

「君の覚悟は、伝わったよ。私が言えた義理ではないけれど、君が君で良かった」


 穏やかな微笑みを浮かべたイムさんの言葉に、不覚にも胸を打たれ言葉を失う。

 なぜか隣で、俺よりも嬉しそうな笑みを浮かべるリリスから気まずげに目線を逸らし、続くイムさんの言葉を待った。


「君が行く道の先を、私は特等席で、見届けさせてもらうことにするよ。途中でリタイアなんてさせるつもりは無いから、覚悟していたまえ」

「はい。必ず、最後までやり遂げます」


 リタイアなんてするつもりは無い。

 這ってでも、俺はやり遂げる。それが俺の使命だから。

 吐いた唾は、飲み込めない。元より、飲み込むつもりもない。

 その意思を込めた返事を聞き届けたイムさんはそれきり背を向けて去って行く。


「さあ、少し休憩が長くなってしまったね。ハイキングを再開しようか。夜になるまでに、もう少し開けた場所を確保したいからね」

「もうあんな思いはこりごりですからな」

「あの夜は、最悪でしたね……」

「植生を見る限り、森の外縁部には近付いていると思うんだけど、詳しい位置は未だ不明だ。とにかく歩くしかない。優柔不断な彼の覚悟が今更定まったところで、さぁ、出発しようか」


 暗がりに落ちたはずの空気が、メアの呼びかけによって一向に笑みが零れる空気に変わる。


 とにかく歩くしかない。

 歩き出して、ようやく変わっていくんだ。

 こちらを見上げて笑うリリスに眉根を下げて返すと、俺もまた歩き出していく。


 きっと、俺の往く道は険しいものになるだろう。

 だが、それは歩みを止める理由にはならない。

 この道を往くと決めた以上、例え繋がる先が地獄であろうと、決して歩みを止めない。


 覚悟を決めた以上、迷いはいらない。


 隣を見れば、メアが居る。きっと、リリスも付いてくるのだろう。


 長く、果てしない道の先には、希望があると信じて。




補完という名の、言語解説。


【同行者達】


役職は村での立ち位置を示したもので、村に来る以前はそれぞれの仕事を持っていた。

男女比に意図は無し。


ウォルマン。兵士、年齢35。男性。生得魔法【頑強】【?】。

ブラン。兵士、被害女性、年齢16。女性。生得魔法【微加熱】【?】。

ノーラ。看護助手、年齢22。女性。生得魔法【斉輪歌唱】【?】。

アイナ。看護助手、年齢31。女性。生得魔法【巧緻】【?】

ジュジュ。看護助手、年齢30。女性。生得魔法【演奏】【?】

ユーウィック。看護助手、年齢26。女性。生得魔法【誘引】【?】

メリー。被害女性、年齢20。女性。生得魔法【誘眠】【?】

カーリー。被害女性、年齢19。女性。生得魔法【息吹】【?】

シルフィ。被害女性、年齢19。女性。生得魔法【魔力増】【?】

ポーラ。被害女性、年齢20。女性。生得魔法【魔力増】【?】

オーキッド。被害女性、年齢25。女性。生得魔法【該博】【?】

イム・ウィ・アルルサップ。獣人、スキウ族、年齢33。男性。生得魔法【?】

エディ・ボルストフ。獣人、モンテ族、年齢17。男性。生得魔法【?】

サンドラ・グレイスカー。呪われ。年齢24。女性。生得魔法【整頓】【歩行】

トルネ・ヴィズマーラ。呪われ。年齢24。男性。生得魔法【裁縫】【無痛】


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