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二節 猜疑心3



「──付いてくる者、全員を、再覚醒させる」


 メアの言葉に、今度は俺が仰天する番だった。


 その言葉に示された反応は三人とも同じで、言葉の意味を理解できない様子で首を傾げる模様。果たしてその通りである。


 再覚醒、と言う言葉の意味を知るのは、俺とメアだけ。

 例え生得魔法を会得することを「覚醒」と呼ぶことを知っていたとしても、再覚醒と言う言葉に繋がるには限りなく遠い順路を通らなければならないはずだ。だからメアがこんなにも引っ張って放った言葉が聞き馴染みないとなれば、彼らが疑問に思うのは当然のこと。期待、とまではいかずとも、肩透かしを食らったも同然であるからだ。

 しかし、俺は違う。そんな話聞いていないぞ、と抗議の声を上げようとしたところで、メアの手によって制され言葉を封じられてしまう。


「再、覚醒……? 仰っている意味が、良く……」

「チッ、ただの妄言野郎じゃねぇか」

「聞き慣れぬ言葉ですが、それは、どう言う?」


 三者三様に戸惑う視線に晒されながらも、メアは少しも怯む様子はなく、むしろ嬉々とした様子で語り出す。


「再覚醒とは、文字通り、覚醒の第二段階を指す。ああ、覚醒と言う言葉は獣人には馴染みが無い言葉だろうから説明すると、人間が生得魔法を得る工程のことを、僕たちは覚醒と呼んでいるのさ。つまり、二度目の覚醒とは、人体が二つ目の生得魔法を獲得することを指している」


 解説は知る人の特権、とメアはよく言っていた。

 当時はその意味が良く分からなかったのだが、良く回る口で得意げに語るメアの傍で再覚醒の真実を知る身として耳を傾けていると、解説不足の部分につい口を出したくなる衝動に駆られる。恐らくこれが、メアの言っていた特権の衝動なのだろう。


 喋る前から、思いのままに語ることが出来たら気持ちが良いということが分かる。

 しかし、メアが意図して黙っているのならわざわざ俺が口を挟む必要もない。その衝動に区切りを打って同じくメアの話に耳を傾けていた三人に目を向けると、反応は二つに分かれていた。


「二つ目の、生得魔法ですと?!」

「生得魔法、ねぇ……」


 希望に満ちた表情で再覚醒の有益性を見出し好意的に捉えるウォルマンと、鹿爪らしい表情で顎に手を置き懐疑的な視線を向けるエディとイムさん。人間と獣人とで、あからさまに反応が異なっていた。


 獣人にとって生得魔法とは、人間の使う特異な能力。彼からすればそのような認識であるのが通説であり、生得魔法を持ち得ない代わりに、獣人は人間離れした身体機能こそが神からの授かりものであるというのが聖神教の聖典に載っている。


 ──人間は必ずしも選ばれた存在では無い。


 その意味が示すところは、「優位性にかまけて他種族を見下すこと無かれ」と言うのが教えの一端であるが、獣人を含め、帝国は数多の種族を旗下に置くために侵略を続けているためそのような教えがあるとしても他種族からすれば言動が一致しないと思えることだろう。


 そんな彼らに再覚醒の魅力を説いたところできっと心は動かないだろうし、むしろ反発されるのがオチだ。そこまで分かっていてメアは獣人がいるこの場所で条件を打ち明けることを決めたのだとすれば、何らかの思惑があるのではないかと、続く言葉を待った。


「……サンドラとトルネ、この名前に聞き覚えは?」

「この村の、住人ですね。……村の端で、暮らしているはずです」

「彼らこそ、この村で最初に再覚醒を果たした貴重な人材だ。二人とも、新たな生得魔法に目覚めているよ」


 名前こそ初耳であったが、その二人こそがメアが確認したという再覚醒者。


 だと言うのに、ウォルマンを含めエディもイムさんもその二人の名を聞いたからなのか、表情に影が差す。

 三人ともにその者らの状態を知っているから再覚醒に至るための条件が露見したためかと思えば、彼らの表情に差した影はどうやら異なる理由らしい。


「表情が優れないね、ウォルマン。再覚醒の条件については明確だろう? 呪いの進行──それこそが、君たちが新たな力を得るためのステップだ。それとも何かな? ……この村の住人全員で彼らを追いやったことに、引け目を感じているのかな?」

「っ、私は、反対、したのです、が……」

「そうだね、そうだったね。二人からもその旨の話は聞いているよ。ウォルマンやブランちゃんは、最後まで味方してくれていたってね。でも、結局は大多数の意見が通ったのだから、住人全員の意向ということになる。違うかい?」

「ぐっ……」

「それは些か、暴論が過ぎませぬか?」

「僕の言い分が正しいか正しくないか、それを決めるのは後世の人たちさ。でも、今ここで重要なのは僕の言い分の正否じゃない。この村で、君たちが故郷で味わった理不尽を同胞に強いたという事実。それが何よりも重要なのさ」


 メアの吐いた言葉に、ようやく俺も理解が追い付いてくる。


 彼らはその、呪いが第二段階に進行した二人の呪い人(ネビリム)を、村と言う集団から排斥しようとしたのだ。帝都だけでなく、大陸中の街や村で散々見させられてきた健常者から受けた仕打ちを、ここでは第一段階の彼らと第二段階の彼らで取り行ったと言うのだ。それがどれだけ残酷な話か。


「体の一部が紫水晶に変わった連中が、今度は体表の一部に紫水晶の結晶体が現れた人を村八分にするって? それって、どんな笑い話だろうね? デゲントールの件も然り。正義感に溺れ、その心地に陶酔しきる感覚は、さぞかし気持ちの良いものだったろうね。……結局、君らは君らを追いやった人達を恨んでいる、なんて口では言いながら、その人達と同じ尺度、同じ目線で生きているのさ。得体のしれない物があるならそいつを遠ざければいい。自分たちの身の回りから排除してしまえば良い……。自分達がやられたことを、自分達よりも立場の弱い人達にやり返す。そうやって自分達を慰める姿というのは、実に滑稽だと傍から見ていてそう思う。同時に、どの口が、ともね」


 言葉にされて初めて事実は形を成し、凶器と化す。


 メアの言葉にウォルマンは固く拳を握り締めていて、イムさんとエディは剣幕を強めてメアを睨んでいた。

 前者は正義感から、後者は罪悪感から出る反応だろうか。


 その二人の話は、俺達がここに来る以前に決まったことなのだろう。そこにデゲントールの意思が介入しているかどうかは分からない。けれど、デゲントールの【催眠】が溶けてもなお現実を受け入れられない様子の村人を見る限り、その二人の排除は、正当な意思だったように思えてしまう。

 

 だが、他人の目など気にする素振りも無いメアはむしろそれら非難の眼差しすらも追い風にして俺の方を振り向く。

 彼の生み出した凶器が、現実としてこの世界に様々な不幸をもたらした俺にも深く刺さっているとも知らずに。


「ご覧よウェイド。人の痛みを知れば優しくなる──なんてのは以ての外。夢物語に過ぎないってことを。人は、痛みを知ればその痛みを代替しようとするらしい。自分がやられた通りのことを、やり返すらしい。それも、自分以下の立場の人に対してね。実に陰険だとは思わないかい?」

「……メア。それ、以上は」

「おっと。それもそうだね。これは四日後の条件開示の時に、自分達を被害者として絶対正義だと思い込んでいる陶酔馬鹿な村人たちの前で言おう言おうと思っていたんだったよ。つい先走りすぎたかな。でもまぁ、デゲントールを信じ込むような連中だ。善人か悪人かの区別すらつかないんだから、仕方ないよね。善悪なんて、自分たちのさじ加減一つで変わってしまうんだもんね? きっとそうなんだよね? 他人は駄目だけど自分達は良い、なんて考えられるくらい、能天気な頭の出来をしているんだものねぇ?」

「……チッ。なら、お前も悪人だろう」

「おや。僕がいつ、自分は善人だ、なんて言った? それとも君には僕が善人のように見えていたとか? それは、君の目が曇り切っている証拠だよ」

「おい、メア」


 世界中に不幸と、不幸の種を撒き散らした俺にはメアを止める権利も資格も無いと分かっていたが、今この場でメアを止めることが出来るのは俺だけであると知り止めに入る。舌に熱が入り始めたメアを止めるのは容易ではなかった。


「分かっているさ。でも、これは認識しておいてもらわなくちゃいけないことだったからね」


 お陰で「何様だ」と鼻で笑い飛ばすようにエディが加わる余地を与えてしまい、舌戦は加熱の一途を辿る。


「何よりも、君たちは被害者じゃない。立派な加害者だということもね。……いつまでも、被害者ぶってんじゃないよ」

「……てめぇ、何様のつもりで言ってやがる?! お前が今言ったはずだ。そいつが、俺たちに呪いをかけた張本人だってなあ! 全世界から恨まれるべきはその男で、俺たちが被害者であることは変えようのない事実なんだよ!」


 イムさんも、ウォルマンも、エディの言い分には肯定の意を示すかのように視線を向ける。

 イムさんとウォルマンが俺を責めるつもりが無いのは分かっている。けれども、事実は事実として認識すべきだ。


 彼の言っていることは、間違っていない。


 間違って、いないはず。


 事実を知ることで、物事の判断が付くようになる。

 それが必要だからメアは俺の正体を明かした。

 そのはず、なのだが。


 エディの言い分に、俺は首肯できずにいた。

 確かに間違ってはいないはずなのだが、それが正しいとは言い切れない。言語化できない感情が俺の胸の中に蟠る。

 そしてそれを代弁するかのように、メアは言う。


「……君たちが被害者なら、誰かを傷付けても良い、とそう言いたいのだね、君は」

「は、はぁ?! そんなこと、一言も言ってないだろ!」

「言ってなくとも、君らの態度はそれを示している。なら、今の言葉をそっくりそのまま、ブランちゃんたちの前で言えるのかい? 君たちが傷付けられたのは、君たちのせいだと。自分達は被害者で、成す術など無いから、自分の身は自分で守るべきだった、と」

「っ?!」

「デゲントールを妄信する君たちには、あの男を非難する勇気なんて無いだろう? だから、彼女たちを傷付けたのは、あの男ではなく、傷付けられた彼女たち自身の責任だと言いたいわけだ。デゲントールを妄信せず、疑うことを覚えていれば、彼女たちは傷付かなかったかもしれない。隣を見れば、昨日までいた人物が消えているんだ。すぐに捜索に当たれば、彼女たちは今頃心から笑えていたかもしれない。でも、君たちはそれをしなかった。分かっていて、放置したんだ。彼女たちを救う手立ては君たちの手の中にあったはずなのに、それを放棄した。これを加害者と言わずして、なんと呼ぶか、君は知っているかい?」

「……傍、観者。お、俺たちはただの傍観者で、手を出すことなんて、できなかったんだ!」

「傍観者! ああ、妥当な呼称だ。であれば君たちは、見ていて、知っていて、彼女たちを見捨てた、ということになるね。それってぇ……加害者と何が違うんだい? 守れたはずの彼女たちを犠牲にさえすれば、自分たちの生活は担保されると、そう思っていたんだろう? だから誰も彼女たちを救おうとはしなかった。それは、きっと、ただの加害者よりもずっと、よっぽど質が悪いじゃないか。それでも君たちは──」

「も、もう止めて下さい!」

「ウォルマン……」


 言葉を交わす度に追い詰められていくエディの傍で、ウォルマンが大きな声を上げた。

 それはとても悲痛な叫びで、聞いているこちらの胸が締め付けられる程に苦痛を訴えるものであった。


「……彼女たちを傷付けたのは、私たちにも責任があります。だから、だからこれ以上、彼女たちを追い詰め、苦しめるようなことはしないであげてくれませんか。これ以上、彼女たちが傷付く理由など、ありませんから……!」


 ウォルマンにとって、ブランは大切な部下のような存在だったのだろう。ブランもまた、ウォルマンを大層慕っていたことは、部外者の俺達ですら、傍目からでも分かることだった。


 だからこそ、地下室から傷付いたブランが引き揚げられた際にウォルマンがデゲントールを殺したい程憎んでいたことも知っている。それを必死で押し殺して俺たちに身柄を譲ってくれたことも、俺は目の前で見て来た。


「メア、もういいだろ」

「う~ん、僕としてはまだまだ言い足りないけど」

「……」


 メアの押し並べられた言葉にまともな反論も出来ないからか、改めて自分達の置かれた環境を思い出してか、すっかり押し黙ってしまったエディに視線を向けたメアは笑って両肩を竦める。

 この様子では、本当にまだまだ言い足りなかったのだろう。だが、俺としてもメアを含め、この場に居る人たちには言っておかなければならないことがあった。


「……悪いのは、デゲントールだ。村の人たちはみんな、困っている人がいれば手を差し伸べられる人だ。みんなの視野を狭窄させたのも、俺たちと敵対するよう動かしたのも、彼女たちを傷付けたのも全部、デゲントールだ。揺るがぬ事実があるとすれば、それだということを、忘れちゃ駄目だ。どうか、自分達を責めすぎないでくれ」


 自分の行いを振り返り、反省することが出来るエディも、後悔することが出来るイムさんも、根は善人であるはずだ。それを悪しき方向に向くよう誘導したのは、デゲントール。それだけは、どうしても言っておかなければならなかった。


「果たして、君はいつまで同じ事が言えるかな」

「……どう言う意味だ」


 しかし、メアから返って来た言葉は含みがあるもので。それについて問い質してもメアは知らん顔を貫くばかりで、答えるつもりは無いようだった。


 未だ硬い表情の割合が部屋の中で大きい中で、フッと大きく吐いたメアは先程までの鬼気迫る雰囲気を解いて、いつもの掴めない様子に早変わりさせる。


「……ふう。今のはちょっとしたデモンストレーションさ。四日後に条件を打ち明けた時、村人の多くが君らと同じ反応を示すだろう。その時、全く同じ言葉を送ろう。それでも尚、僕たちの手を取ると言う者だけを、僕は連れて行くよ。ちなみに、サンドラ君とトルネ君の二人からは、既に同行を申し込まれたよ。ここにいるよりは、マシだって言ってね」


 その場合、村人はサンドラとトルネにどんな顔をして会えばいいのか。この短時間で目まぐるしく表情を変えるエディを見れば、そう考えているのが簡単に読み取れた。


「……果たして、どれだけの人数があなた達に付いてくることを表明するとお考えで?」

「賢明な判断をすれば全員が。愚かな判断をすれば数人、と言ったところかな。もちろん、どっちがどっちかは言わなくても分かると思うけど」

「付いてくる者全員を再覚醒させるとの話だが、その方法は? 呪いを進行させる術を持っている、という解釈でよろしいか?」

「流石、聡明にして博識なシャーリィ嬢を育てた御父上だ。その通り。僕らは自然進行以外の方法で呪いを進行させる方法を樹立させた。その手段を保有する者こそ、そこにいる男、君らの怨敵たるウェイドだ」

「……そこまで打ち明けて、よろしいので?」

「再覚醒させるとなれば、必ず知る羽目になるからね。それなら、早い段階がいい。それに、知ったところで君らには真似できないからさ」


 言って、メアは俺に包帯を外すよう指示を出す。言われるがままに頭に巻かれた包帯を外すと、イムさんを除いた二人が息を飲んだ音が聞こえた。


「彼の右眼は、人を石に変える。……呪われた目だよ」

「ッ!」


 メアがそう言うと、唯一平静を保っていたイムさんが突如として立ち上がる。離れている俺の元まで聞こえてくるような、ギチギチと奥歯を噛み締める音を立てて。


 平穏そうに見えても、彼の中で俺と言う存在はまだ、割り切れているわけでは無いようだ。

 むしろ、その方が俺としては嬉しかった。

 俺はまだ、許されるような事なんて一つも出来ていない。許されていいはずがないから。


「すまない、取り乱した」


 あの時、森の中で対峙した瞬間はただの呪いだと思っていたがゆえの反応。

 愛娘を石に変えた目がそこにあると分かれば、抉り返さねばならないと思うのが父性というのだろう。それが痛いほどわかるがゆえに、俺は怯えるような真似はせず、その目を決して逸らさなかった。

 彼は逡巡を繰り返した後に元の場所に戻っていった。


「君たちは、デゲントールがどうなったか、聞いているかな?」

「あの男は、あの小屋の地下室に捕まっているのでは? ウェイド殿も、情報を聞き出すのに苦戦されていたようですし……」


 ウォルマンには、あくまでも建設的に話をするという形で説明しており、彼を拷問していた事を知るのは、俺とメア以外ではリリスのみ。そしてそのリリスも、俺がこの右眼の力を制御するためにデゲントールを人柱に使っていたことは知らないでいた。


 俺が拷問に勤しんでいた七日の間、ウォルマンは代表としてデゲントールの下衆以下の行いに関して村人たちに懇切丁寧に説明してくれていた。当然、それは非難の嵐に晒されることだったが、真実を知ってほしいとの思いで毎日あの村人たちに向かって説き続けたのだそう。


 自分達は、騙されていたのだと。

 そのせいで傷ついた人がいるのだと。


 ……だが、結果は今の村人たちを見れば良く分かる。


 そんな時間の無い中、毎日のように食事と共に様子を見に来てくれていたウォルマンに「デゲントールは尻尾を巻いて逃げたのだ」ということをなんと説明したらよいのか頭を悩ましていると、俺の悩みなどあって無いかの如くメアがなんでもないかのようにあっけらかんと打ち明けてしまう。


「あれね、嘘」

「は……?」

「嘘なの。本当は、一週間ずっとウェイドには地下室でデゲントール相手に右目の力の制御の特訓をしてもらってたの。そうでもなきゃ、毎日右眼から大量の出血をしながら床に倒れて無いでしょ。むしろあの有様を目の当たりにしておいて君は何を思ったって言うのさ──」






「──それは本当なのですかッ?!」






「っ、り、リリス?! 何故、ここに……」


 メアが種明かし、とばかりにそう言った途端、音を立ててウォルマンが椅子から転げ落ちたかと思うと、彼の背後の景色が溶けていくようにブレて見え、そこに血相を変えた様子のリリスの姿が現れる。あのままブランに付き添っていたはずの彼女が現れ、小屋の中は騒然となる。


 しかし、当のリリスはメアの発言の中身が気になるようで。


「メアさん! ウェイドさんは帝都での一件で──」

「これはウェイドが望んだことだ。それと、黙っているとの約束で同席を許したんだ。黙っていられないなら今すぐ出て行ってもらうけど」

「……後で、あとで、必ず説明を求めますから」


 メアはそれだけ言って現れたリリスを放って話に戻るのだが、こちらを一心に見つめてくるリリスを見なかったことになど出来ない俺の胸中はすっかり荒れてしまっていた。


「おい、メア……」

「はいはい、君も黙っていてね」


 息を飲む俺を他所に、冷静さを取り戻したウォルマンが会話を進めていく。


「デゲントールが死んだ、と言うのも嘘なのですか」

「そうさ。彼は確かに死すべき存在だった。でも、僕たちが彼を殺す理由は無い。だから、彼はウェイドの右眼の力によって全身を紫水晶に変えられながら森に逃げていったよ。正確には逃がしてあげた、だけど、今頃はどこかで野垂れ死んでるんじゃないかなぁ?」


 デゲントールは今も拘束されている。

 それが村人たちに大々的に知り渡っており、それがゆえに常日頃から「デゲントールを返せ」と集団で押し寄せていたのだが、彼らの信奉する男はとっくに逃げ去っていると知れば彼らはどんな反応をするだろうか。


「ウェイドの右眼で呪いが進行したところで直接的に死ぬことはない。そして呪いが進行したところで石に変えられるわけでは無いし、感染もしない。それが分かってくれたかな?」

「……デゲントール様の件が真実だと証明できるのか?」

「あの地下室は誰でも出入りできるようになっている。自分で確認しに行けばいい。ちなみに、そこで何を見ようとも僕たちは責任を取らないけどね」

「石化の呪いは、その男のさじ加減で気に食わない相手を石に変えることだって出来るはずだ……」

「それは困ったね。信用問題に関わるものだから、一概にないとも言い切れないけど、そこんところ、どうなんだいウェイド?」

「信じてくれ、としか言えないが……どうすれば信じてくれる?」

「俺たちの生活を無茶苦茶にしたヤツに信じてくれと言われて、誰が信じられると思う?」


 手の甲に爪を立てた痕が目に見えるほどに組んだ手に力が込められるエディに対して、何も持ち得ない俺には返す言葉も、彼を納得させられるだけの自信もなかった。

 そんな俺に憎悪の視線を向け続けてもなお、衝動に駆られず理性的な状態を保持しているエディの方が、俺の何倍も何十倍も出来た人だと言える。


 このままでは平行線になる。そう思って何かしら口にしなければならないと思い口の開閉を繰り返す間に、静かに、けれども確かな意思の熱を保った声が投げかけられた。


「──もういい。もういいんだ、エディ」

「よくなんかねぇよ、イムさん……」

「……条件とやらは、これで全部出揃いましたか?」

「イムさん!」


 エディの前身を覆う体毛の根元が紅く染まる。

 それは、彼が激昂をすんでのところで留めている証拠。

 微かな冷静さが残っている証拠でもあった。


 そんなエディを放っておけない様子のイムさんは、まるで話を切り上げるかの如く会話を続ける。


「そうだね。僕らが君たちを庇護下に置く条件は、以上で全てだ」

「では最後に、何故、私たちにそれを先に打ち明けたか、聞いても?」

「ただの同情さ。それと、この村の中じゃあ、まだまともに話が出来るのは君たちくらいのものだと思ったからさ。買い被りじゃないよ? 信じられないって言うなら、四日後の暴動を楽しみにしておきなよ」


 忌々し気な視線を向けるエディに目もくれず立ち上がったメアは、言うことは言った、とばかりに「存分に悩みたまえ」と言う言葉だけを残して、小屋から出て行ってしまう。


 その後を追うようにして俺も立ち上がり、扉に手を掛けようとした瞬間。

 背後から、声が掛かった。


「……ウェイド君」

「! はい」


 声の主は、イムさん。

 彼は俯いたままで、表情は伺えない。許可さえもらえれば今すぐにでも飛び出しかねない程に殺意を漲らせたエディとは、正反対のようで。


 それでも、二の句を紡ぐ際には顔を上げ、彼は心の声を口にするのだった。


「……あの時、君が言ってくれた言葉は、信じてもいいのかい」


 顔を上げた時、イムさんの顔色は悪いものだった。

 経過は良好とは言え、恐らくこの話し合いのためだけに相当な無理をしたのだろう。彼は静かに問いを投げかけてきた。



 ──俺が、全て元に戻します。あなた達も、石にされた人々も、全員、俺が元に戻して見せます。もちろん、シャーリィも。



 イムさんの言う言葉とは、デゲントールに操られた彼と対峙した時に放った言葉だろう。


 あれは、ただ口から出たでまかせや、情けを与えるために言ったつもりはない。

 徹頭徹尾、言葉のてっぺんから語尾の句点に至るまで、俺は誠心誠意覚悟を持って口にしたつもりだ。

 それは、俺としても初めての意思の表明でもあり、俺の進むべき道へと一歩を踏み出した瞬間でもある。


「……必ず、果たします」

「そうか。……そうか」


 短く、けれども腹を据えてそう告げると、イムさんは肩の力を抜き、満足げに微笑むのが見えたのだった。


「──メアさん!」

「ウォルマン。ブランちゃんのところに行ってあげれば? 少しなら会えると思うよ。彼女も、会いたがっていたから」


 小屋を出ると真っ先にリリスがメアに噛み付きに行くが、メアはそれを知らん顔で受け流し、疲れた顔をするウォルマンに希望を持たせる。メアの話を聞いて一礼だけして診療所へと駆けていくその背を見送って、俺は目線で助けを訴えるメアに向き直る。


 メアに話を聞きたいのは、リリスだけではない。


「メア、俺も聞かせてもらおうか」


 俺の声を聞いて、すっかり口をへの字に曲げたメアを引きずり、俺たちも診療所へと戻るのだった。









補完という名の、言語解説。


【根は善人】


聖神教には、二つの教えがある。

「根幹善性」と「根幹悪性」。前者がライエン派とタ・シン派で、後者がダブリン派である。

この教えによって教派が分かたれたと言っても過言ではない。

聖神教の経典にもその両方が記されており、人が生まれながらにどちらを持っているか、というのを論ずる教えであった。生まれながらに善性を持っている者は、成長していく過程で悪を知る。生まれながらに悪性を持つ者は、成長していく過程で善を知るというもの。

主に罪を問う際に用いられる言説であり、どちらの説が正しいかというのを証明するためのものではない。

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