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一節 共犯1

ゆっくり進んでいきます。

 



 ◇



 あれから、一週間が経過した。


 この一週間はあっと言う間に時が流れたような感覚で、気が付けば時が過ぎていたように思える。時間の流れが早く感じられたということはそれだけ没頭していた、ということでもある。


 とは言え、俺が実際に作業に取り組んでいた時間は、合計で一日にも満たないだろう。作業の大半は、肉体も精神も疲弊しきってぶっ倒れている時間の方が長かったのだから。


 今日はその成果を発表する日……と言えば聞こえはいいが、やっていることは拷問官の真似事である。

 村の人々に俺の拷問の成果を見せびらかす、なんて悪趣味な真似をするわけではない。単純に、依頼主であるメアにその成果を見せるときが来た、というだけであった。


「やあやあ、二日ぶりだねウェイド。前に会った時よりも顔色が悪くなってるね! 順調そうで何よりだ! 君の幸薄い顔が増々不幸の色を増しているよ! リリスちゃんも心配してたけど、ちゃんと差し入れの薄味のスープは食べているかい?」

「お前も心配してくれてるのか?」

「僕が? まさか。そんな上等なものじゃないさ。ただ、君に倒れられると厄介だ、って言いたくてね。まだまだ病床が空く気配は無いから、もし倒れられたら外で寝ることになるよ、ってことだけは伝えておこうか」

「それは……倒れられないな。でも安心していい。むしろ、調子が良いくらいなんだ」

「……ふぅん?」

「そんなことより、結果を見に来たんだろ? 付いて来てくれ」


 ここは、デゲントールが隠れ家として活用していた、森の中にポツンと佇む小屋。


 メアによると、ここは村からそう離れていない場所にあるらしく、魔物除けのアーティファクトによってこの家に魔物が住み着く可能性と言うのはゼロに等しいのだそう。

 どうしてそんな代物がこんなところに、とメアはそちらにも興味を示してしまったものの、その時はリリスとウォルマンに引きずられて帰らなければならなかった。しかし、今でもまだメアはそのことに興味が尽きない様子であった。


 彼からしてみれば、この村は呪い人(ネビリム)に限らず彼の興味を惹くに値するような研究対象で溢れているのだろう。それが良いことなのか悪いことなのかは、分からないが。

 なんてことを考えながら階段を降りて行った先で、緊張した面持ちの俺と一切の緊張を感じさせないメアが地下室の扉の前に並ぶ。


「……」


 扉に手をかけた状態で、俺はゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 この扉の向こうにあるのは、俺の一週間の努力の成果だ。だがそれは、決して人に誇れるものではない。成果が実を結んだとて、喜んでいいものではない。


 ──俺は、自分の意思で人を石に変えた。


 この身に宿った忌むべき力を、自分の意思で行使したのだ。

 それが決して許されざることだと、分かっていながら。


 この一週間は、葛藤の連続だった。

 一日に何度も地下室を往復し、幾度となくデゲントールの顔を拝み、数え切れないくらい右眼の力を使い続けた。初めは怒号や罵詈雑言を飛ばしていたデゲントールも、数日が経った頃には彼の顔は恐怖で染まるようになっていた。それを見る度に、俺は実験や拷問なんて名分で人を傷付けていることを自覚しては、それ以外の時間を自己嫌悪に費やした。


 だがそれでも、俺はやり遂げた。

 これ以上、何も出来ないまま不幸を広める一助になどなりたくなかったから。これ以上の不幸の拡散を止めるために俺が出来ることは、この力の制御だけだったから。


 紫晶災害の後、リリスに救われるその日までが最も苦しい時期だったとすれば、この一週間は俺の人生の中で最も長く感じた一週間だったと言える。


「どうしたのさ。今更怖気づいたの?」

「……何が正しいのか、時々分からなくなるんだ。これが正しかったのかどうか、ずっと不安になるんだ」

「なんだ、そんなこと?」


 そうした懊悩は感慨には昇華されず、未だ頭の中で延々と蜷局を巻いている。

 負の感情を貯め込み、いつしか解き放たれることを願うかのように。


 そんな恐怖を言語化した俺の不安に対して、メアは()()()()()と言って肩を竦める。

 俺にとってはそんなこと、では済まされないからこうして躊躇いが生まれているのだと言うのに。


 それに、メアに言われるよりもずっと前から俺は、怖気づいている。

 帝都でシャーリィを石に変えた時から。

 今まで。

 ずっと。


 ──俺は、怖い。


 授かりものとは言え、俺は、この力が酷く恐ろしくて堪らない。

 今だって、一週間の時を経て制御できたと思い込んでいるだけかもしれない。

 ふとした瞬間に、また暴走するかもしれない。


 だからこそ、この力を制御できるようにならなければならなかった。

 シャーリィを見殺しにしてから、そのことを考えない日は無かった。

 だが、向き合う勇気が足りなかった。

 だから感情を必死で押し殺し、自分自身の幸福も不幸も、なるべく遠ざけようとしていた。


 ……逃げようと、していたんだ。


 だけれども。

 シャーリィの父親、イムさんと相対して俺は思い知った。俺が奪った、未来の重さを。



 ──お前さえ居なければ誰も……ッ、不幸にならずに、済んだんだ!



 あれがただの不幸だった、なんて言い訳は通用しないし、口が裂けても言えない。ましてやその不幸は起こるべくして起こったものではない。

 あれは、俺の怠慢によって起こった回避できたはずの不幸だ。

 もっと早くに自分に力というのを自覚し、折り合いをつけられていれば、シャーリィを石化させるという事件は起こらなかったかもしれないのだから。


 もしも、一週間前の俺が「人に向けるなんて出来ない」なんて言って右眼の力に怖気づいていたなら、俺は今後一生、イムさんに合わせる顔が無かった。

 だから、メアの「それは君の力なんだから」と背中を押してくれた言葉が何よりも頼もしかったし、俺のやるべき事を思い出させてくれたのだ。


 例えメアにはメアの思惑があったとしても、俺が抱く感謝の念は本物である。だから扉を開く前に、その感謝の思いを伝えようと開きかけた口を、メアは手で制して声を被せてくる。


「あー、何度も言わせないでね。僕は僕のために君を動かしている。礼なんて求めてないのさ。必要なのは結果だけ。それに……僕の方でも面白いことも分かったしね。結果次第じゃ、君を褒めてやってもいいくらい、だからさぁ」


 だから早くその扉を開けたまえ、とでも言わんばかりに顎を動かしたメアに苦笑しつつ、若干解れた緊張と共に地下室へと続く扉を開いていく。




 ◇




「ほぅ……!」


 扉が開いてすぐ。

 部屋の中に視線を巡らせたメアは感嘆したように息を吐く。それから間を置かずに弧を描いた口元から笑みが零れて。


「うッははは! まるでジオードの中みたいだ! ……これを人が為したって言うんだから、凄いことだ! これは、驚きだよ……」


 歪な染みが付いた家具が運び出された後、ただの空間でしかなかった地下室。

 一週間前は対面の壁に両腕を吊るされて拘束されたデゲントールがいただけの部屋。それが一週間で、壁一面どころか、左右の壁や天井と床にまで広がる大小さまざまな紫水晶で埋め尽くされていた。


 僅かな光を乱反射させて紫色に輝く光を放つ紫水晶の壁面は、メアの言葉の通り、ジオードの中に入り込んだかのような錯覚すら思い起こさせる。


 その光景を目の当たりにしたメアはいつになく上機嫌な様子で顎を撫でる。


「三日顔を出さなかっただけでこうなるとはね。コツでも掴んだのかい?」

「まあ……そんなところだ。それより、本人から聞くことがあるんだろ? 奴はもう衰弱し始めている。聞きたいことがあるなら先に聞いておいた方がいい」

「うんうん、そうするよ。今なら僕ってば機嫌がいいからね、優しく聞き出せそうだ。そこで君も一緒に聞いておいてよ」


 一週間にも及ぶ俺の右眼の成果発表の他にも、メアがここに足を運んだ理由がある。

 それが、デゲントールへの聴取だ。


 三日前、メアが最後に来たときはまだ悪態を吐くという余裕を見せていたデゲントールだったが、彼は今、呪いと言う名の紫水晶にその体を侵されており、昨日から水も食事も喉を通していなかった。


「おら、起きなよ」

「──て、くれ」

「うん?」

「殺し、てく、れ……」


 項垂れるように俯いたまま微動だにしていなかったデゲントールを足蹴にすると、掠れた声が上がった。虫が鳴くような声に耳を傾けたメアは、わざとらしく「あちゃあ」と表情を作って見せて俺の方を向き直る。


「……やり過ぎたか?」

「初心者はこうなりがちだよね。ま、でもこれはこれでやり方があるからね。とりあえずウェイドは村から水を持ってきて。バケツでね」

「時間かかるぞ」

「時間をかけてもらうのさ」


 そう言われ、俺はメアの言う通り一度小屋を後にする。


 この小屋は生活のためのあらゆるものが揃っていない。ただの隠れ家、もしくは作業部屋というような場所であるため、人が生活するには不便極まりない環境にある。だからここ一週間はメアやウォルマンが水や食料を運んで来てくれていた。いの一番にリリスが来たがる、と言うと自意識過剰に思われるかもしれないが、事実そうだったと聞いているため間違いではない。そのリリスはメアにしつこいぐらいに言い含められて止められていた、というのは聞かされた話である。


 メア曰く、被害者の女性たちに寄り添っている彼女はデゲントールに対して強い怒りを抱いているから、との名目だったが、メアの言うことをどこまで本気にしていいのかは懐疑的である。

 とは言え、メアのその行動自体は結果的に正解だったと言える。


 俺は朝と夜さえも判別できない程に作業に没頭していたこともあって、この一週間、俺は常に到底人に見せられるような状態ではなかった。

 何せ、右眼の能力を使う度に俺は顔が裂けて血塗れになるし、その状態のまま気絶するしで、小屋の一階部分は血痕が至る箇所に存在している。おかげで、床に敷いてあったベッドシーツはどんな惨劇が繰り広げられたかと思えるくらいの汚れようである。


 ……それに、俺のやっていることが非人道的であることを踏まえると、リリスには知られたくなかった。


 彼女は俺の罪のことなど、もうとっくに知られているのだから何を今更、というものだが、そう考えることが出来ればどれだけ楽なことか。だが、もし知られたらきっと、彼女は自分も背負うなどと言いだしかねない。それが自惚れで無いことはいい加減、俺でも理解できる。だからこそこれ以上彼女に負担を強いるようなことはしたくなかった。そう言うと、メアはどこか嬉しそうに「自立したねぇ」なんてしみじみと言っていたことを思い出す。


 道中そんなことを考えながら久し振りに足を運んだ開拓村で水を分けてもらい、小屋に戻った。


「──うんうん。辛かっただろう、怖かっただろう? でも大丈夫さ。君の命を奪ったりなんてしない。解放すると約束しよう」

「ほ、本当か……? 本当の本当に、もう、あの男を俺に近付けないと約束してくれるのか?! もう、もうこれ以上、体を奪われるのは……ヒイィっ?!」


 戻って来て地下室の扉を開いて目に入ったのは、デゲントールに寄り添うメアと、メアに助けを求めるかのように縋り付くデゲントールの姿。


 憔悴しきったデゲントールの姿が真新しい俺にとっては、目を疑うような光景であった。


「おっと。お帰り、ウェイド」

「……これは、一体、どういう、状況だ?」


 俺が部屋を出て、水を汲んで戻るのに要した時間は、およそ三十分程度だ。

 その間に一体何がどうあれば死にたがっていた男の心を開かせて、あれだけ敵意を向けていたはずのメアに対して懐くよう仕向けられるのか。それこそ、メアが忌避していた精神干渉系の魔法を使ったかのような手際である。


「それは企業秘密さ。それよりも、バケツを寄越してくれる? それと、君、ここから先に近付いてきちゃ駄目だから」

「……分かった」

「分かってない顔だ」


 不承不承、ものの数分でいいからメアに事情の説明と解説を申し出たい思いを必死に押し殺して首肯を繰り出せたのは、俺の成長の証とも言えよう。

 以前の機竜小隊の時であれば間違いなく食って掛かっていただろうが、人は学ぶ生き物だ。メアはいつも決まって、事後報告なのだ。

 ……自分では、報告、連絡、相談を第一にとか言っているくせに。


「さぁ、まずは喉を潤して、腹を満たしてから話を聞かせておくれ」

「あ、あぁ……ありがとう、ありがとう……!」


 ボソボソにひび割れた唇に水が、干し肉が、メアの手ずからデゲントールへと運ばれていく。彼の目に映るメアは、それこそ、救世主のように見えていることだろう。良く噛んでお食べ、なんて横顔に微笑みを浮かべている姿は、それこそ面白がっているようにしか思えないが、果たして。

 それから、時折噎せ返して食べる手が止まったりと長い時間をかけて食事をした後で、メアの尋問が始まった。


「……まず、君の生得魔法から教えてもらおうか」

「そ、それを答えたら、解放、してくれるんだよな……?」

「僕が満足出来たらね? 早く答えてくれないと、減点かなぁ」

「わ、分かった! 言う、言うから、約束は、守ってくれよ……。そ、それからお前! それ以上近付かないでくれ、こ、こっちを、見ないでくれ……!」


 必要以上に念を押したデゲントールは、メア以上に怯えた様子で俺を見る。

 メアに言われた場所から一歩たりとも動いていないのにも関わらず、今度は視線にさえも怯える始末。

 肩を竦めて笑うメアに頼まれ、俺は彼らに背を向けた。耳だけは傾けながら。


「生得魔法は……【催眠】だ。それを使って、村の連中を……」

「そう。それで、発動条件は? 効果は? 範囲はどのくらいなの?」

「じょ、条件? 効果? ちょ、ちょっと待ってくれ。お前は、俺を責めに来たんじゃ、無いのか……?」

「そんなことはどうだっていいのさ。僕が知りたいのは君のことだけさ。君のやった罪に対する罰は、もう十分雪がれたと思うけど?」

「お、俺の罪を責めるつもりは、無い、と?」

「うん」

「その上、お、俺に、興味が……?」

「そうそう。僕たちは友人だろう? だから、教えてくれるよね?」

「あ、あぁ、もちろんだとも。親友よ。俺の催眠魔法は、相手の目を通して行われる。掛けるときは、相手の目を注視しなくちゃならない。コミュニケーションの基本だろ? だが、催眠と言ってもそんな便利な魔法なんかじゃないんだ。相手の意識をほんの少しずらすとか、緩くするとか、その程度。だから思い込みの激しい奴なんかには通用するけど、真面目な奴ほどかかりにくい。けど、この村の連中は……妄信者ばかりだろう? だから、実に操りやすかった」

「うんうん。君の手腕は見事だったよ。最も効率的な方法で彼らを味方につけたわけだからね」

「効果とかは、分からない。試した事が無いから」

「うんうん。大体の人はそうだよね。生得魔法なんてのはあって当たり前。その力の程度なんてのは知る由もないもんだから」

「そ、そうだよな。これで、十分か? 十分だよな? だから、早く解放して……」


 罪が償われた。

 確かに、彼の四肢はまだらに紫水晶が侵している。その中でも左手首と右脚には、肌が紫水晶に置き換わるだけではなく、そこに紫水晶の結晶体が生成すらされている。

 服の下まで確認したわけでは無いから確かなことは不明だが、右眼の力を幾度となく浴びた彼の体には少なくともただの呪い人(ネビリム)にはない変化が起こっているに違いない。


 これまで見下げてきた相手と同等か、それ以下の存在に成り果てる。

 デゲントールのような人間にとって、それは屈辱以外のなにものでもないだろう。彼に与える制裁として相応しい罰だ。


 だが、果たしてそれが彼の罪を全て濯いだと言えるだろうか。


 メアやウォルマンから聞かされて、知っている。

 未だに目覚めぬ被害者女性たちのことを。

 深い催眠を受け、認識を歪められたイムさんもまた、目覚めていないということを。

 本当に、彼の罪は全て贖われたと言っていいのだろうか。

 その思いで、俺は背を向けた状態で固く拳を握った。


「……っ」


 デゲントールに対してメアはそう言ったが、それが彼を調子づかせるためだけに吐かれた嘘なのか、それともメアの本音なのか。言葉の裏に隠されたメアの思考は、未だに読めそうもなくて。

 だから俺は、黙って耳を傾ける。


「まだ駄目だよ」

「つ、次はなんだ? 俺に答えられることなら何でも答える! だから、許してくれよおぉ……!」


 あれだけ余裕ぶっていたデゲントールも、今や見る影もない。

 許してくれ。その言葉に、被害者への思いはどれだけ込められていることやら。

 俺が憤懣遣る方ない思いを胸中に留めていると、メアはフッと息を吐く。途端、室内の空気が少し、冷え込んだように感じた。


「……君の背後にいるのは、誰だい?」

「ッ?!」


 これまで優しく寄り添ってくれていたはずのメアが放つ、トーンの下がった声音。他に邪魔する雑音が存在しないこの空間だからこそ、メアの感情の乗ったその声はデゲントールに直接届き、息を飲ませた。背中を向けている俺には分からないが、きっと今頃デゲントールの顔からは色が抜け落ちていることだろう。


「な、な、な、なんの、事だ……?」

「教会は、聖職者のなりすましを厳罰化している。当然だよね。神様への信仰に傷がつくようなものだから。例えどれだけ世界が荒れていても、教会は決してなりすましを見逃したりしないよ。その為に教会は独自の連絡網を築いている。聖神教がこれだけ裾野を広げていても教派が分かれる程度で済んでいるのは、それのお陰さ。定期連絡が途絶えれば、必ず見つかる。ウォルマン達から聞いて、おかしいと思ったんだよ。君たちの道程に、教会からの追手がないことにね」

「……っ、……ぎッ」

「でも、そうだよね。聖神教の協力者がいれば、追手は来ないはずだもの。そして極めつけは……長距離輸送転移魔方陣(ポータル)だ」

「カヒュッ……?!」

「アレは、は国家機密だ。教会の者でも知る者は限られてくる。となると、必然的に君の後ろにいるのが誰か……。候補は絞られてくるわけだ。一つずつ、挙げていこうか?」


 機竜小隊時代の頃から、メアはよく捕虜から話を聞き出して敵勢力の一掃を図ることが多かった。それも、レオポルドの許可を得ずに遊撃隊を動かすのだ。そう考えると俺よりも独断専行していると言えるのだが、彼が軍規違反で取り締まられているのをほとんど見た事が無い。これも処世術の賜物と言うべきなのか。


 そんなメアの尋問に、俺は何度か同席したことがある。その時に感じたメアの理詰めは、見事という他無い手際であった。

 淡々と相手が突かれたくない部分を挙げていき、徐々に相手を袋小路に追い詰めていく。それはまるで、狩りのようだとすら思えてくる。獲物の特性を理解して、どこに逃げ込むかを把握する。その先に罠を置いて、追い詰める。

 初めから正解が分かっているような追い詰め方だ。それをメアに話すと、


 ──交渉ってのは、テーブルに着く前から決まってるんだよ。


 と言って、自信ありげに笑うのだ。

 それを聞いて、メアの交渉とは、答え合わせなのだと理解した。

 今回も同じなのだろう。

 デゲントールの体が震え、音を立てて繋がれた鎖を揺らす。その焦り様は見なくとも分かる。


「な、いや……、う、ぐ……! お、俺は、何も知らな──」

「聖神教が君を使って何を企んでいるか、なんて聞かないよ。聞いたところで君が知らないのは分かっているからね。僕が聞いているのは、誰に何を言われたのか。それだけ。タ・シン派かな? それとも、ライエン派?」

「や、やめてくれ……! お、俺は、俺は何も知らない! 知らないったら知らないんだ!」

「……ダブリン派。そうなんだね」

「っ?!」

「分かりやすい反応をどうもありがとう。まぁ、あの一派なら何か噛んでいてもおかしくないとは思っていたけど……まさか、本当に噛んでいるとはね。でも、君がなりすました神父の教えは、ライエン派の思想が強いね。まあ、あそことダブリン派は政争が著しいから、なんとなくの流れは読めてたけど」


 自分だけが知っているはずの事実を淡々と述べられる恐怖と言うのは、いざ彼の立場になってみないとその本質は理解できないだろう。だからと言って、その立場になりたいとは思わないが。


「し、知らない! 俺は本当に知らないんだ! 信じてくれ……いや、し、信じて下さい!」

「白を切ろうとした君の言葉が信じるに値するかどうかは、今からの君の態度次第じゃないかな?」

「わ、分かった! 全部、全部話す! 話します! だから、だから教会には……!」

「ハハハ、僕が教会の回し者とでも? 君を暗殺しに来たと? そんな気持ちの悪い空想は止してくれよ。伝手があるから知っていたとでも思っているのかい? 君からすればそっちの方が良かったんだろうけど、残念ながら、僕は僕だ。……良いことを教えてあげる。情報ってのは、切り札じゃないんだ。持ち得る手札にしかなり得ない。でも、それが多いだけじゃカードゲームには勝てない。その手札をいつ、どのタイミングで切るかが勝敗を分けるんだ。だから僕は、今手札を切ったのさ。君の手札が無くなった今を、狙ってね?」


 デゲントールはメアのことを教会からの使者だとでも思ったのだろう。確かに、あれだけの情報量だ。繋がっていると考えるのが妥当だろう。以前の捕虜も、同じように考えて口先を割った結果、裏切られた顔をしていたのを思い出す。確かに、彼らの身からするとそう考える方が心の安寧を保てるのだろう。目の前のメアにさえ許してもらえれば、まだ生き残れるかもしれない。その考えに至るのは、何も悪いことじゃない。

 常識的に考えて、自分達でしか知り得ない情報を第三者が持っていると言うのは絶望的だからだ。人と言うのは、自分の信じたいものしか信じられない生き物だ。いつしかメアはそう言っていた。つまり、彼らは自分たちの作戦が筒抜けであると考えるよりも、同じ作戦を知る身内であると考えて心の安寧を保とうとしたわけだ。


 彼らの前にメアが現れた時点で、彼らは詰み(チェックメイト)だと言うにもかかわらず。


「う、ううう、嘘じゃない! 嘘じゃないんです! ほ、本当に、本当に何も知らない! 知らされて、いないんです! だから……!」

「そう。じゃあ、知ってること全部話してくれるよね?」

「あ、あぇ……う、うぇ……は、はい……」


 泣き崩れた様子で濁声で肯定する声が聞こえた後、デゲントールは時折つかえながらも、それ以上躊躇う素振りなく、すらすらと語っていく。


 曰く、神父デゲントールを殺してなりすましを画策した男は翌日、教会の者と名乗る人物数名に囲まれた。そこで彼はとある問答を投げかけられた。それに答えた結果認められたのか、レイリアンと呼ばれ敬われる男の下に連れて行かれ、この開拓村のことについて聞かされたのだそう。

 そのレイリアンと呼ばれた男がデゲントールに求めたのはただ一つだけ。『長距離輸送転移魔方陣(ポータル)が起動するかどうか確認しろ』とだけであった。目的の簡素さに反してレイリアンは支援に厚く、街を追い出され外で一塊になっている呪い人(ネビリム)の居場所を教えてくれたり、毒物の提供に加え、事が上手く運ぶためにデゲントールの付け焼刃の知識を添削してくれたりしたのだと言う。

 そしてデゲントールは指定された方法で長距離輸送転移魔方陣(ポータル)に関して連絡をした後、村人たちを使って好き放題していたのだそう。


「……本当に、これで全部なんだね?」

「そ、そうです! 俺の知っていることはもう全部話した! だから、いい加減、解放してくれよ! もうお前たちに危害なんて加えない! 関わらない! だから、お願いだよ……! 解放してくれれば、後は勝手にどこかで野垂れ死ぬからさぁ! 石になっておしまいだなんて、あんまりだ!」


 知る限り全て語ったと叫ぶデゲントールに対して、口数の少ないメア。これは思うに、思った以上に収穫が少なかったことに落胆しているのだろう。聖神教の上層は名前程度であれば一般市民にも広まっている。だが、それ以下となると、聖神教に精通していても難しいだろう。彼に接触した神父もまた、誰かの使いなのかもしれない。

 そう考えると、この件はまだまだ闇が深いような気がするが、この男からはこれ以上何も聞き出せなさそうである。


「分かった。約束したしね。僕は、約束は守る男なんだ」

「ほ、本当か……! あ、ありがとう……!」

「ウェイド、お待たせ。もういいよ。拘束を外すの、手伝って」

「……あぁ」


 メアの声に振り返ると、極度に顔を引き攣らせたデゲントールの顔が映るが、この一週間で見飽きた顔だ。俺は何の反応も返さずにメアの言うことに従うのだった。










補完という名の、言語解説。


【宗派】


聖神教には、ライエン派、タ・シン派、ダブリン派の三つの宗派が存在している。

ライエン派が帝国で最も割合の多い宗派であり、次いでタ・シン、そしてダブリンと続く。

それぞれで祈りの祝詞や祝福の方式などが異なる。

ライエン派とタ・シン派は「求めよ、さらば報われん」という教えが根本にある『穏健派』で知られ、ダブリン派は「自らの手で救われん」という修練の果てを目指す『強硬派』と呼ばれている。

ライエン派は女神ポラスが描かれたステンドグラスを本尊とし神聖視し、タ・シン派は女神ポラスとその弟の男神オリアを象った彫像を進行する偶像崇拝であり、ダブリン派はアーティファクトは神からの贈り物であると表明する帝国ではなく教会に帰属するべきというフェティシズムを根幹に持つ。

そのため、帝国と密接な関係を築くライエン派と、聖神教の狂犬とも呼ばれるダブリン派は相性が悪く、聖神教内部でも意見が衝突し合うことも多い。

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