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私は、『鬼』にはなれない。




「全員、集まっているな?」


 モーリスは近衛騎士隊が集まる一室にノックをせずに立ち入る。

 幾人かがモーリスに怪訝な目を向けるが、彼の肩に垂れたぺリースを目にして視線を戻す。寛いだ態度はそのままで。


 皇帝の身辺を警護するのが使命である彼らは、常に皇帝と共にあらねばならないため呼び寄せればすぐに集うのが取柄であり、欠けていることの方が珍しい。

 だが、紫晶災害以降、この部屋には空席が目立っていた。


「隊長、俺たちはこれからどうすれば」

「そのことで提案がある。聞いてくれるか?」


 近衛騎士隊における隊長の声は鶴の一声であり、尋ねるまでもなくモーリスの言葉は近衛騎士隊の意思として働く。

 しかし、モーリスの中にある近衛騎士隊隊長というのはハリス・ロック・フロレンシアであり、彼はこれまで一度たりとも近衛騎士隊隊長としての命令を行使したことがなかった。あくまでも近衛騎士隊各自が各々の意思で動くように取り計らい、責任だけはモーリスが取る。そのような形を取っていたのだが、入隊してきたばかりの近衛騎士隊の面子からは「頭を下げてばかりの命令する意気地の無いリーダー」という評価を受けていた。

 当然モーリスはその事実を重々承知の上で同じやり方を貫き通して来た。彼の中にある近衛騎士隊の隊長はハリス・ロック・フロレンシアであり、それ以上に相応しい人物など存在していないからだ。加えて、レオポルドに対して頭を下げるのはそれが近衛騎士隊隊長という立場の上で正しい振る舞いだからだ。確かに近衛騎士隊隊長は自らが仕える皇帝陛下に進言できるだけの格を有している。だが、みだりにその権利を振るうことは品格に傷を付ける。だからハリス・ロック・フロレンシアはロベリア前皇帝に滅多に進言をすることはなかった。彼の生得魔法があるにもかかわらず。

 だからモーリスは口を噤むのである。

 どれだけ悪態を吐かれようと、理不尽を働かれようと、皇帝陛下の御身を守護するのが近衛騎士だ。彼が彼の意思でもって覚悟でもって近衛騎士隊隊長になったその時から、隊長として近衛騎士の品格を貶めるような真似は決してすまいと胸に誓ったのであった。


 ゆえに、新米近衛騎士からなんと揶揄されようと、モーリスは何も感じていなかった。

 ……否。何も感じていないわけでは無かったが、気にも留めていなかった。


 このやり方が本当に正しいのか、ハリス・ロック・フロレンシアが隊長だった頃のように近衛騎士がまとまらないのは何故か。そう思わないわけでは無かった。

 彼が隊長だった時も似たような揶揄はあった訳だし、何しろ、モーリス自身が彼のやり方に不満を抱いていた。彼は自由だった。いい意味でも、悪い意味でも。それでも近衛騎士隊は一つにまとまっていた。ハリス・ロック・フロレンシアを中心として、過去最強と謳われる程に。


 だけどもこうして近衛騎士隊隊長の格に収まったモーリスは痛感していた。


 それはハリス・ロック・フロレンシアが、ロベリア前陛下から信頼に重きを置かれていたから成し遂げられていたのだと。

 陛下のみならず、モーリスを含む近衛騎士隊のメンバーや城内の使用人に至るまで、彼ならば何を任せても問題無いと言われる程のカリスマがあった。揶揄を掻き消して見せるほどの、威光が備わっていた。

 だからあんな適当に見えても、万事が上手く収まっていたのだ。場内を歩いていると、それを事実として比較する者の声も聞こえてくるほどだ。


 ──愚帝が持つ騎士も、所詮は……。


 鼻で笑われるその言葉を何度耳にしてきたことか。もしも全員見かけ次第侮辱罪で首を刎ねていたなら、城内は最早誰も出入りしなくなっていただろう。


 しかし、後釜についたモーリスにはその正解のやり方しか分からない。

 これは正しく、ハリス・ロック・フロレンシアが残した深い業。後に同じ席に就いたのがモーリスであってもなくとも、必ずや誰かがこの呪いを受けていたことだろう。


 だからモーリスもそれを真似して隊長として振る舞うのだが、自分に向けられる新米近衛騎士たちからの視線はお世辞にも芳しいものと言えるレベルではなかった。


「頼まずとも、命令してください。あなたは隊長、私たちは駒なのですから」

「……同意。たまにはカッコいいとこ見てみた~い」

「って言うか、いつまで陛下の周辺の奴らに好き放題言わせてるんですか? 俺たちが出ればすぐにでも黙らせられるってのに!」

「そうです! 俺たちはいつまで雑用して待機してればいいんですか?!」


 モーリスのやり方に否定的な意見を飛ばすのは、紫晶災害後に新たに近衛騎士隊に入隊してきた新人たち。レオポルドの推薦によって選ばれた者達はどれも、レオポルドが皇帝の位に就くために尽力した貴族の子女ら。いずれもロウリィ公爵家の手の者だ。


 二十九人も居たはずの近衛騎士隊は、たった一夜にして十五名が石に変えられ、四名が呪い人(ネビリム)となり帝都を追われた。それに嘆き悲しんだハリス・ロック・フロレンシアは、石に変えられたロベリア前皇帝に忠誠を誓った身として対立を望んだ。結果、彼について行く決心……否、彼と対立することを恐れた四名が彼と共にあり、モーリスを含む五名だけが仕えるべき主を変えて今も近衛騎士隊に所属していた。

 そこに新たに加わった四名の近衛騎士。

 ジャクリーン・モルトロ。

 ベルティナ・カイベリン。

 トラカル・コンクス。

 ジェイ・エマヌエル。


 近衛騎士として選出するからには、適当な人材は不適格。ゆえに実力だけが足りていたとしても、覚悟も風紀も品格も圧倒的に足りていない。経験が伴ってこそそれらが身につくとは言え、基礎的なものが足りていなければ表に出すことはできない。

 何しろ、彼らは口を開けば二言目には家名を持ち出す始末である。だからモーリスは彼らをレオポルドの傍付には任命せずに雑用を回していたのだが、どうやらそのことに鬱憤が溜まっている様子。モーリスにして思えば、彼が頭を悩ましていたこれまでの新人近衛騎士らは総じて育ちが良かったのだと思い知らされていた。


「……お前たち、少し黙れ」


 そんな中で新人近衛騎士が喚くのを窘めたのは、モーリスと共にロベリア陛下ではなくレオポルドを選んだモーリスに付いて来た正規の近衛騎士隊のメンバーの一人、ヴェルモンド・トーラスであった。

 家格を重視する彼らにとって、上の家格であるトーラス侯爵家のヴェルモンドには頭を下げざるを得ないのだろう。モーリスに対する態度との分かりやす過ぎる差に、当人であるモーリス以上に彼の方が腹を立てていた。


「隊長の話を遮ることは許されていないと、何度言ったら分かるんだ」

「ですが……」


 家格が上なことに加え、ヴェルモンドから直接扱かれているからか新人たちは恐怖の色を乗せてそちらを仰ぎ見た。隊長であるモーリスに取る舐め腐った態度とは大きく違う様子に、モーリスは静かに溜め息を吐く。


 モーリスは、自覚しているつもりだった。


 ハリス・ロック・フロレンシアと同じやり方は、自分には出来ないと。

 自分が、彼のように全方位誰からも信頼を得られるような人間では無いことは、疾うに気付いている。だけども彼の中には、近衛騎士隊隊長としてハリス・ロック・フロレンシアという完璧な存在がいる以上、それを無視することなど出来るはずがなかった。


 また、残された近衛騎士隊の面々からも同じことを言われた。


 ──お前はハリス様じゃない。

 ──自分のやり方でいい。

 ──お前のやり方について行く。

 ──お前が、隊長なんだ。


 その言葉を受けても尚、モーリスは彼のやり方と言うものを徹底して真似していた。

 彼らからすれば、モーリスの姿は痛ましく見えていたことだろう。それでも頑なにそれを貫き通そうとしたことは、モーリスにとってハリス・ロック・フロレンシアとは、打倒すべき相手なのだろう。


 あの男と同じ方法で歴史に名を刻む。

 あの男に出来て俺に出来ないことはない。


 誰もがハリス・ロック・フロレンシアという鬼才に憧憬の目を向ける中で、モーリスだけが唯一、彼を敵視し、並び立とうとしていたのだ。


 だけどもそれは所詮、しがない夢物語でしかなくて。


 新人近衛騎士たちも、いつかは分かってくれると信じていたのだ。モーリスの出した頼み事と言う名の命令の意味を。

 常に眉間にしわを寄せているような表情も、彼らの前ではできるだけ威圧しないよう、柔らかさを持たせていたことも、全部。


 全部ひっくるめて、全て意味が無かったことに、モーリスは気付いたのだ。


「……」


 彼の真似をするのは、もういい。

 ハリス・ロック・フロレンシアが、あの男が今の姿のモーリスを見たら、なんと言うだろうか。

 慰めてくれるだろうか。それとも、笑うだろうか。



 ──いいや。あの『鬼』は、きっと悦ぶだろう。それが、とてつもなく腹立たしい。



 全てを見透かしていながら、何も見えていない振りをする。全力を出せば、きっと同じ近衛騎士と言う立場の自分達ですら置いて行かれる。だから彼は、常に自分を縛っていた。自由と言う名の鎖でもって。

 だからこそ、それが憎かった。その鎖を断ち切る役目は、自分でありたかった。一方的にライバル視していたとしても、彼の歴史の一端になりたかった。それが叶わぬとしても。不甲斐ない自分の姿であの男を喜ばせるなど、言語道断である。


 ……初めから分かっていたことだ。俺には、隊長格など向いていないことなど。


 ヴェルモンドに向かってあーだこーだと能書きを垂れ流す新人近衛騎士を横目に、モーリスは柔らかに作っていた表情を崩し、険しさを取り戻す。

 鹿爪らしい顔付きは生まれつき。下がる口角は人生経験。鈍い眼光は……みっともないプライドの高さである。


 捨て置いたプライドを拾い上げ、再び纏ったモーリスは、静かに息を吐いた後、冷え切った空気の中で書類の束をテーブルに叩き付けた。


「ッ?!」


 盛大に音を立ててテーブルに崩れる紙の束。

 それらに三者三様の反応を見せる新人たち。

 これまでの態度から見て、モーリスが怒っても大したことはないのだろうと勘違いしたのか、トラカル・コンクスが鼻で笑った。


「ハッ、怒ったんですか? 物に当たるなんて、品格の無い真似ですね」

「望み通り、お前たちに任務を与えてやる。黙って働け」

「……偉ぶりやがって。子爵家の分際、で──っ?!」


 身体強化を施さずとも、舐め腐った態度の新人を一蹴する程度、モーリスにとっては朝飯前である。


「今のは聞かなかったことにしてやる。俺は今、命令したぞ。黙って、働けと。聞こえなかったのか?」

「か、ハッ……?!」


 余計な口を開いた新人が首を掴まれ、酸素を求めて喘ぐ事しかできなくなるまでの一部始終を目で追えたのは、以前から近衛騎士隊に所属していた残留者たちのみだ。


「……隊長、もう気絶している。離してやってくれ」

「あぁ、そうか」


 モーリスは決して、優しくなどない。

 むしろ、他人に厳しく、自分にはもっと厳しい人格者だ。


 貴族としての振る舞いに口煩い、というのはハリス・ロック・フロレンシアからの評価である。逆に言えば、モーリスにケチを付けられる点がそこしかない、という意味でもあった。


 モーリスはただ、彼の真似をして優しく在ろうとしていただけだ。だが、彼のやり方は彼だけのもの。モーリスの性にはどうしても合わない。

 八方美人な真似は、弱者のすることだ。モーリスは疎か、ハリス・ロック・フロレンシアがすることではない。


 彼はただ、本来の自分なりのやり方を実行に移したまで。

 彼のやり方は、いささかやり過ぎるのだ。

 それは統率ではなく支配と呼ぶにふさわしいまでの方法。モーリスが知っているのは、その二つだけ。それしか知らないからこそ、それが間違っていると理解していたからこそ、慣れないハリスのやり方を真似ていたのだ。モーリスはハリスのやり方が「ぬるい」と言って反発しつつも、自分には真似できない方法で組織を一つにまとめていた彼を尊敬していた。だから例え彼のやり方が間違っていると心の片隅で思っていたとしても、モーリスは彼を演じていた。


 けれども、求められていたのは違っていたようだ。


 だからモーリスはやり方を変えた。もしくは蓄積していたストレスを晴らした、と言い換えてもいい。

 白目を剥いて気を失ったトラカルを放り捨て、モーリスは書類の束を拾い集める。新人たちは沈黙と畏怖を放ち、ヴェルモンドを筆頭とする残留騎士からは笑みが零れる中で、彼は再び言い放つ。


「……追手に代わり、お前たちに動いてもらう。報告書に目は通したな? ヴェル、クレミア、こいつらの中から二人ずつ選んで連れて行け。どう動くかはお前たちの判断に任せる」

「ジルヴァさんと対立か~。最悪のシナリオだなぁ」

「陛下の御身を守護するという役割は、どうするつもりだ?」

「レオポルド陛下の身辺警護は俺一人で十分だ。後は研究塔の警護も任されているが、そちらは暇そうにしているレッドレイに任せる。……それからロイ、お前には教会の方を担当してもらいたい。詳しいことは後で話す。いいな」

「はーい」

「研究塔嫌いなんですけど?!」

「以上だ。異議や質問のある者は。……いないな」

「ちょっ! 本調子に戻った途端無視しないでくれよ!」

「仕事は選り好みしている状況では無い。以上。では、定期連絡を怠らぬように」


 それだけ言って、部屋を後にしていくモーリス。


 彼が去った後、暫くした後に深い溜め息と共に彼の豹変した態度に新人たちから様々な悪態が飛び交うのだが、それを知ったところでモーリスには気にも留めない。大方、ご自慢の「父上に言いつけてやる!」という決まり文句しか出ないだろう。吹っ切れたモーリスには、恐れる必要などなかった。


 ……ハリスであれば、報告を終えた後で茶会が始まる。それはいつもの流れではあるが、モーリスはいつもそこに参加しなかった。それでも彼は毎回、モーリスのことを気にかけて声を掛けてくれていた。だがその彼も、もういない。

 あの男は、ハリス・ロック・フロレンシアは、国から追われる立場となってしまったのだから。




「……俺は、ハリス・ロック・フロレンシアではない」




 モーリスの目に映る幻の背を追うように、彼は廊下を歩んでいく。


 御託を並べて、この策こそが最善であるとレオポルドを頷かせるために。

 











補完と言う名の、言語解説。


【現在の近衛騎士隊】


簡易情報。

モーリスを筆頭に、四名の近衛騎士が残留。四名が新人である。


モーリス・ローガン。愛称、モーリス、ボス、隊長。男性、27歳。

ヴェルモンド・トーラス。愛称、ヴェル。男性、33歳。

クレミア・ジェネヴァレッタ。愛称、レミア。女性、29歳。

ロマンセス・グノーシア。愛称、ロイ、ロマン。男性、24歳。

レッドレイ・シルバー。愛称、レッド。男性、19歳。

ジャクリーン・モルトロ。愛称、リン。女性、17歳。

システィナ・カイベリン。愛称、ティナ。女性、17歳。

トラカル・コンクス。愛称、トール、カール。男性、18歳。

ジェイ・エマヌエル。愛称、ジェイ。男性、17歳。


以上、9名が近衛騎士隊であり、陛下の御身を守護することが使命。

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