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一節 邂逅6



 ◇


「……シャーリィ。いるか、シャーリィ?」


 空を覆う分厚い雲によって、本来見えるはずの星々や月が隠された夜。

 ようやく辿り着いたメアの機竜の足元で、俺はとある人物を探していた。

 俺が呼びかけると暗闇から出てくる影に、俺は一際目を輝かせた。


「いるですよ。いますから、そ、それ以上近付いてこないでくださ、ぃ──ッ?!」

「うおおおおおお! シャーリィ! 相変わらず可愛いなぁお前は! お前だけが俺の癒しだよぉ!」


 暗闇に浮かんだ、二つの光。

 それが僅かな光を集約させて輝く眼光であることを知っている俺は、物陰から揺れる『大きな尻尾』が姿を現す前にその陰に飛びついた。


「はぁあ……相変わらずいい匂いだな、シャーリィは」

「匂いを嗅ぐのやめてくださいです。オイルの臭いしかしませんし。それと、毎度言ってますが、断りなく尻尾に抱き着くのはやめるです。びっくりするので」

「びゃあぁ、可愛いなぁ。頬ずりしちゃう」

「はぁ……言っても聞かないですからこの人は……。い、言っておきますが、こ、こんなことするのはワタシだけにするですよ。他のスキウ族にしたら、一族郎党が鉈を振りかざして地の果てまで追いかけてきますから」


 スキウ族のシャーリィ。

 小柄な体躯と同じくらい大きくて太いふさふさの尻尾を持つスキウ族は、帝国の属領となった小国に住んでいた種族。その手先の器用さを買われて、帝国では主に技術職として活躍している。過去に敵であったとしても有用だとわかれば引き込む。実力主義の名に恥じない帝国の懐の広さは、スキウ族以外にも多くの種族が国の貴重な財源として採用されていることからも分かることだ。

 シャーリィもその一人。

 彼女はゼロからアーティファクトについて学んだ結果、こうして最新鋭の兵器の整備を任せられるほどの知識と技術を手に入れたのであった。

 そんな彼女と俺は深い仲……というわけではなく、シャーリィはいつもこうして俺の一方的な愛玩に付き合ってくれているのであった。


「こんなこと、シャーリィにしかしないさ。ふふっ、もふもふだ」

「そ、そうですか……。それなら、もう少しだけこうしてても……って、え? こ、子供?」

「……もふ、もふ」

「ちょ、ちょっとウェイドさん? なんでここに子供がいるですか? って、どうしてウェイドさんと一緒にワタシの尻尾を触るんですか?!」

「あぁ、もふもふだな」

「……汗くさい」

「~~ッ?! やっぱりくさいんじゃないですか!」

「臭くなんかないぞ。むしろちょっと酸っぱいくらいが──」

「へ、変態ですぅッ! や、やっぱり、放れてくださいッ──!」


 シャーリィの悲鳴が夜闇に響き渡っても尚、俺とカタリナによる尻尾モフモフタイムは続いたのだった。


「ふう──」

「……ふう」

「なに二人してつやつやした顔してるですか。ワタシへの腹いせです?」


 俺たちの魔の手から逃れるように機竜に腰掛けて自分の尻尾を抱いて俺たちを見下ろすシャーリィに、俺とカタリナは反省の色も見せずに息を吐く。

 カタリナに関しては相変わらずその顔に感情は薄く、単に俺の真似をしているだけのように見えるが、シャーリィの尻尾を堪能した俺の表情は恐らくだらしなくだらけきっているに違いない。

 そんな俺たちは放って、シャーリィは咳払いを一つした後、本題に入って行く。


「……メア様から話は聞いているです。機竜小隊の皆様は、整備班のワタシよりも上の立場にあるです。だから、この件で責任を取らされるのがメア様の機竜を整備するワタシだとしても、ワタシはメア様の提案を受け入れる他ないです」

「それは……」


 レオ殿下より処罰を言い渡された俺とカタリナを匿うのは、明確な命令無視。軍規違反に当たる。

 例えメアが気付かなかったとしても、整備であるシャーリィまで気付かないというのはまず有り得ない話。異変に気付くのが整備班としての仕事だからだ。

 そうなると当然、俺たちを匿った責任はメアではなくシャーリィに向く。

 もちろん、シャーリィにも守るべき家族がいる。彼女が責任を取ることになれば、彼女の家族にも被害が及ぶだろう。レオ殿下のことだから、俺に関わった存在の命まで取り立てるやもしれない。俺の我儘を貫き通すために、シャーリィが犠牲になるかもしれないのだ。

 シャーリィとその家族を犠牲にして、俺はカタリナを守ろうとしている。

 自分の都合で、自分より下の立場で俺の頼みを断れないことを知っていながら、結果がどちらに転んでもいいように動いている。

 俺を目の敵にして屈辱を浴びせたレオ殿下と同じ振る舞いをしていることに、シャーリィの言葉でようやく理解した。いつの間にか俺も帝国貴族の空気にかぶれていたのかもしれない。

 だから俺は、ここでメアの誘いを断るべきだと判断して口を開こうとしたのだが、シャーリィにその言葉を盗られてしまう。


「俺は──」

「……そんな顔をしないでください」


 ひょい、と機竜から飛び降りたシャーリィは作業服のほこりを手で払う。

 確か、前に聞いた時、シャーリィは下には五人の弟と妹がいるのだと聞いた。まだまだ両親は元気だそうで、これからも増えていくのだそう。スキウ族は子だくさんなのだと。

 弟妹がたくさんいる、という点において共通点のある俺は、彼女が家族を大事に思っていることを大いに理解している。

 だからこそ、シャーリィがどんな覚悟でもってメアの『お願い』という名の命令を受け入れたのかを考えると、胸が張り裂けそうな痛みを覚えてしまう。


「メア様からは十分な金銭を渡されたです。でも、それを断れずに受け取ってしまったということは、どんな結果になろうともそれを受け入れる他無いのです。いやはや、メア様は卑しい獣人の習性を良く理解しているです。恥ずかしい限りですけど、目の前の大金を、ワタシが断れる訳なかったのです」


 シャーリィはそう言って、大金の入った革袋を懐から取り出して自嘲気味に笑う。

 属領となった種族と、純正の帝国人とでは給金が倍異なる──というのは所詮噂に過ぎないのだが、明確に差があるのは事実。

 機竜の整備という重要な仕事に就くシャーリィでさえも、一兵卒の帝国人よりも少し多い程度。同じ整備班でも、帝国人とシャーリィとでは給金に明らかに差があった。

 その金で彼女は両親と弟妹たちを養っているのだが、当然一兵卒程度の給金ではすぐに生活費に足が出る。

 そのことを揶揄して、獣人は金に執着する卑しい種族だという醜聞が広まりつつあることを自虐して言ったシャーリィに、俺はなんて声を掛ければいいのか分からなかった。


「ワタシは金に目が眩んで、仕事をサボるのです。……だから、そんな顔をしないで下さい。それに、何かあれば、ウェイドさんが助けてくれる。そうですよね?」

「あ、あぁ。当たり前だ。シャーリィは俺の……」

「ウェイドさんの機竜担当、です。でも、それもどうやらお役御免になってしまったようですが」

「その件は、本当にごめん」

「せっかくのお仕事がパアになったんですから、もっと反省してほしいですよ。でも、帝国お抱えの整備班、としての経験と肩書きは、強い手札です。アーティファクトの整備士なんて、帝国ならきっと仕事には事欠かないですよ。だからきっと酷いことにはならないし、ウェイドさんの手も借りることはないと思うですよ。さっきのはワタシの我儘だと思って聞き流してください」

「シャーリィ……」


 彼女の言っていることはあながち間違いではない。

 アーティファクトを適切に整備できる人材は、帝国でも未だ数少ない。だから彼女の進退が悪い方向に進むということはまず無いだろうが、それでも業を背負わすのには変わりない。

 それだけ言うと、満足したように背を向けて去って行くシャーリィを、俺は呼び止めることも出来なかった。去り行く彼女の背を、棒立ちになって見送ることしか、出来なかった。呼び止めたところで、何と声を掛けたらいいのか分からないから。


「……お腹、空いた」

「ああ、そうだな」


 そんな俺の胸中など知ったことか、とばかりに服の袖を引っ張るカタリナに視線を向けると、俺はフッと笑みが零れる。

 わしわし、と小さな頭を撫でると少しだけ目が細まったのは気持ちが良い証拠だろうか。今はそれが、愛らしく見えて。


「適当に食べられそうなものを貰ってくるから、機竜の中で待ってろ」

「……一緒に行く」

「帝都に帰れたら色んな所に連れてってやるから、今はここにいろ」

「……ちゃんと、帰って、くる?」

「帰ってくるに決まってるだろ。向こうで寝入ったら最悪、そのまま目を覚まさないかもしれないからな」


 そこまで言っても渋々といった様子のカタリナ。機竜の座席に登ったのを確認してから、俺は再びお祭り騒ぎの会場へと足を運んでいく。

 なんだか今日一日だけで肉体、精神共に疲弊しきったのが分かる。

 本当なら戦勝ムードの中でエールを浴びるように飲みたいところだが、そんな元気も余裕もない。一緒に飲んでくれる相手もいないし。

 それに何より、俺に纏わる問題はまだ何一つとして解決していないのだ。馬鹿みたいに騒いでいるような状況では無い。


「……リリスの奴、怒ってるだろうなあ」


 山積みとなった問題の中でも特に面倒そうなタスクを思い出して、俺は憂鬱な気分がさらに増す。

 強制的に通信を切断してからポケットにしまいこんだままの耳飾り(インカム)が怖くて仕方がない。

 リリスは士官学校からの仲なのだが、彼女もまた帝国貴族の一員なのだが、やけに俺の世話を焼きたがるのだ。俺の進退がどうなるか分からないが、彼女と一悶着あるのは覚悟しておかなければならないだろう。

 とりあえず、帝都に帰るまでは耳飾り(インカム)は封印だな。どうせメアが密告するだろうし。

 一歩歩くごとに増えていく鬱屈な思いを抱えながら、空腹を満たせばこの気持ちも収まるだろうと思い両手で持ちきれない程の量の食事を持ち帰ったところ、小さな体に見合わない健啖っぷりを見せたカタリナに、俺は苦笑を浮かべる他無かった。

 お陰で俺の胃袋は五割も埋まらなかったが、残る三割には幸せそうに食べ進めるカタリナを見て弟妹たちを思い出したお陰か、苛立ちは少ない。


「……寝るまで、ウェイドのお話、聞かせて」

「俺の話ぃ? 聞いても面白いことないと思うが。まあ、暇だからいいけどさ」


 明日の帰路や、帝都に帰った後のこと。考えるべきことはたくさんあったが、カタリナに色々と聞かせている間に俺の意識は夢の世界へと旅立っていく。

 眠りにつく直前。最後に覚えている記憶は、誰かに頭を撫でられたような、そんな記憶だった。

 それがやけに心地よかったことは、微睡に包まれた記憶は泡のように弾けて消えてしまい、次に目が覚めたときには覚えてもいなかった。






補完と言う名の、言語解説。


【スキウ族】


帝国北東に広がるコルワ森林で暮らしていた、リスのような特徴を持つ獣人。

家名の代わりに部族名を有しており、シャーリィの場合はアルルサラップ。名乗る場合は、シャーリィ・ウィ・アルルサラップとなり、部族名を有する同族は皆家族という認識。

手先が器用で、獣人の中では低い身体能力とは言え人間と比べれば何倍も軽やかな身体能力を有するスキウ族は、帝国の統治下にされた後、冒険者や技術職として帝国で活躍している。

尻尾を触らせる、というのはスキウ族の間でもかなり親密なスキンシップの一つ。それを知らないウェイドが初対面で彼女の尻尾に抱き着いてきたときには身の毛もよだつ感覚を覚えたシャーリィであったが、シャーリィにとって彼の手付きは悪いものではなかったため、甘んじて受け止めていた。これは友好の証である、などと自分に言い訳をするようにして。

ちなみに、スキウ族が見せる最愛を示すスキンシップの一つとして、尻尾でその人を抱く、と言った行為がある。

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