四節 自戒3
◇
「──はい、お邪魔するよ~っと」
軽い挨拶とは裏腹に、メアは扉を蹴破った。
扉が開いた途端、空気の流れと共に甘ったるい匂いが駆け抜ける。俺とリリスが揃って不快感を露わにして顔を顰める横で、メアだけは面白いものを見たとでも言わんばかりに鼻で笑っているのが気になる。
そして、部屋の中に居た目的の人物は俺たちの姿を目の当たりにして酷く狼狽えた様子で後退った。
「お、お前は……! 殺したはず──いや、死んだはずなのに、どうして……!」
「うっかり口を滑らすにもほどがあるでしょ~。それに、僕が毒程度で死ぬ訳ないじゃん? 貴族舐めんな、っての」
「貴族も普通、毒を飲んだら死にますよ。メアさんと一緒にしないで下さい」
「お前たちは、一体何処から……いや、そんなことはどうだっていい! この女がどうなってもいいのか?!」
「いやあ、まさかこんなしみったれた廃村に長距離輸送転移魔方陣があるとは予想外だったよ。君が用意したのかな? それとも、この開拓村で何かがあった? 潰されたのは、用済みだったからではなく、口封じのため? フフフっ、予想外の掘り出し物に心がウキウキしちゃうね」
「そ、それ以上、近付くな!」
「もう少し粘るかと思ったけど、ここが限界かな? あっさり認めちゃうんだねぇ、君は」
部屋の中に居たのは、全裸の女性たちと、それに囲まれたデゲントール。この女性たちこそが、村から姿を消していた呪い人ということなのだろう。何から何まで、メアの想像通りだった訳だ。
しかし、そのことに感心する間もなくデゲントールが動く。彼はこれまでの柔和な態度が嘘のように声を荒げ、すかさず女性を自分の傍に引き寄せた。乱暴な手付きで、彼女の首元にナイフを突きつけたのだ。
口の中で人質を取るとは何と卑怯な、と言葉を溜め込んだものの、俺はそれを吐き出すことなく飲み込んでしまう。人質に対して、犯人に人質が有効であると知らしめることが何よりも悪手であると知っているからだ。
「人質を取るなんて、卑怯ですよ!」
「……メア」
「ウェイド。言いたいことは良く分かるけど、黙っていてね」
横目でメアと視線を交差させると、メアは呆れて肩を竦めていた。それを好機と捉えたのか、デゲントールが勢いづく。
「この女が殺されたくなければ、そこを退け!」
「退いたとして、君はこれからどうするのかな? 村に帰る場所があると思っているのかな?」
「問題無い! お前たちさえ排除出来れば、私はここで王になれる!」
「王、ねぇ……。別に僕たちにとってみれば、君が君の王国で何をしていようと勝手だから、見逃してあげるのも悪くは無いんだけどさぁ……」
「め、メアさん、本気で言ってるんですか?! この惨状を見ても、この男を放っておくと言うんですか?!」
この部屋に転がされた全裸の女性は、人質の彼女も含めて全部で六名。死に瀕しても尚、悲鳴の一つも挙げないどころか俺たちのやり取りにすら無関心の様子で虚空を見つめる状態は見るからに異常と呼ぶに相応しい。
あれほど救世主を騙った俺たちに怒り狂っていたブランという女兵士もいつからか見なくなったと思えばこんなところで慰み者にされていたとは。他の女性たちは知らないが、顔見知りの人物に危害が及んだと思うと甚く腹立たしい。血相を変えて彼女の行方を探っていたウォルマンを思うと、非常に遣る瀬無くなる。
そう言った諸々の事情を踏まえて見ても、目の前の有様は、確かにリリスの言う通り惨状と言える状況ではあった。
だがしかし、俺たちは世直しをする為に身を隠しているわけでは無い。世にはばかる悪を成敗するために帝国から追われる身となったわけでは無い。つまり、感情を抜きにして考えるのであればここでデゲントールを始末することは俺たちの目的ではないということだ。
「そりゃあそうなるかもね。何せ、僕たちにメリットが無い。彼を倒したところで、僕たちに何か恩恵があるのかい? って言うか、彼女たちが助けてって言って来た訳でもなければ、そもそも僕たちにデゲントールを裁く権利も無いのさ。ここが彼の国だって言うのなら、彼の行為は合法なんじゃないかな? 違う?」
「そ、そんな滅茶苦茶な話が……!」
「通るのさ。通ってしまうのが、国と言う権威なんだ」
「……ならばなぜ、お前たちは俺を追ってここまでやって来た?」
「ハハッ、化けの皮が剥がれているよ、神父サマ?」
デゲントールは油断なく警戒し続けている。常に笑みを湛えて細められていた目は睨みを利かせ、メアの言葉に耳を傾けていた。それが面白おかしいのか笑みを深めたメアは、意趣返しとばかりに語る。
まるで、答え合わせでもするみたいに。
「神父様の疑問に答えてあげようか。……君が国を名乗るのであれば、僕も帝国を代表して帝国らしくあろうと思っただけさ。帝国を帝国たらしめるのは、ずばりなんだと思う? はい、ウェイド」
「……アーティファクト、か?」
「うんうん、そうだね。じゃあ、リリスちゃんは?」
「それが今、必要なんですか? まぁ……強いて言うなら、技術、でしょうか」
「それもあるねぇ。神父サマは、分かるかな?」
「…………帝国を帝国たらしめるのは、そこに住まう人だ」
怪訝な眼差しでメアの問いに答えたデゲントールは、それが何だと言わんばかりに睨みを強める。女性の肌に、ナイフの刃が食い込み、血が流れる。これ以上彼を逆上させるのは褒められた手段ではない、とリリスがメアを止めようと動くが、メアはそれを軽く手で制して一歩、部屋の中へと踏み込んでいく。退廃した堕落の世界へと。
「王ではなく、人が国を作る。うんうん、良く分かっているじゃないか。それが分かっていてなぜ、君の国は弱いのかな?」
「黙れッ! お前に何が分かる……!」
「君たちの答えはどれも正解だけど、的を射ていない。真に帝国を帝国たらしめるものとは何か。それは……強さだ」
「強さ?」
「圧倒的なる強さ。蹂躙せし強さ。強靭なる強さ。破壊的なる強さ。強いからこそ、帝国は帝国として世界最大の権威と規模を誇っているんだ。なら、その国の代表として在るべき姿とは、何か?」
「強者たる姿、だろう」
「その通りだ。帝国人は帝国人らしく、強者たる姿を見せつけるべきだ。人として、そして、生物としての格の違いを教えてあげるのさ」
「……ッ」
メアの言いたいことが分かったのか、デゲントールは表情を歪めた。
それを見てメアは嬉しそうに言葉を続ける。
「そして僕らは帝国人だ。即ち、強者である。ゆえに、強者として、君の国を蹂躙しよう。君の王国を、無に帰そう。帝国らしく侵略してあげよう。──無残に、無慈悲に、無遠慮に」
メアがそう言うや否や、激しく歯噛みする音がデゲントールから聞こえる。
「俺の何が分かる、って言ったね。でも、強者たる僕たちは君を理解する必要なんて無い。君の事情なんて慮る必要もないんだよ」
「……ぐっ、ぎ!」
「再三に渡って忠告したはずだよ? 僕たちに手を出さないなら干渉はしないと。でも、先に手を出して来たのは君だ。当然、その覚悟は出来てるんだよね?」
デゲントールの目に宿るのは、複雑な感情。怒りや憎悪に染まっていない事から、今のメアの発言から彼は自分の身に理不尽が叩き付けられたのではないと理解している。理解させられてしまったのだ。
自分は、勝ち目のない戦いを挑んでしまったのだと。
かく言う俺も、実際にメアの口から聞かされるまで事の全貌を知る由も無かった。
あの時、草陰から飛び出して来てイムさんを無力化してくれたウォルマンの口から聞かされたのは、メアが生きているという話だった。
そしてそのメアから預かっていた伝言の内容だった。
『黄昏の彼方(笑)で待っている、とのことでしたが……』
『最後のやつ、必要なのか?』
『メア様が言うには、これが肝心だから、と仰っておりました』
訳の分からない伝言を聞いて向かった先は、デゲントールの小屋だった。
信者たちの制止も振り切って小屋に入ると、待っていたのはピンピンとしているメアと、またもや俺の傷だらけの体を見て泣きそうになっているリリスの二人。
メア曰く、リリスは昨夜からずっと息を潜めて隠れていたらしく、そしてデゲントールはリリスの隠匿魔法を見抜く方法を知らなかった。デゲントールの考えなど、メアには全てお見通しだったらしく、彼にいはデゲントールの使いがやって来ると分かっていて甘んじて受け止めたのだそう。
であるならば天罰とは、と尋ねると「新種じゃない限り免疫があるから大丈夫」などという訳の分からないことを言う始末。毒を飲まされたと聞いて驚いたのも束の間、平気ならそれでいいか、とピンピンしているメアを見てその時は流したのだが、今振り返ってみると大分おかしなことを言っているように思えてきた。
それはともかくとして、リリスの隠匿魔法が看破する術を持たない相手にとって恐ろしいほどの脅威であること再確認しつつ、長距離輸送転移魔方陣に乗った。ポータルに乗るまでに言葉に尽くせぬほどの葛藤があったのだが、俺の名誉のためにも語るわけにはいかない。
そもそも、リリスの隠匿魔法が脅威になるよう彼女には普段から姿を見せて過ごさせていたのもメアの采配である以上、全ての手柄はメアに帰結する。
盤上遊戯のように、自分が責めているかと思いきや終盤で一気にひっくり返される。剣の試合で勝てないからとメアに何度も同じ手で敗北を喫する俺からしてみれば、デゲントールが今まさに味わっている感覚を俺はよく知っている。
──理不尽な。
そう言いたいのだろうが、その言葉を零した瞬間、彼は敗北を認めなければならない。
ゆえに、ありもしない勝ち筋を探して頭が擦り切れるほどに模索するのだろう。
「──ま、でも安心してよ。僕たちが正義を振るうつもりは無いからね」
「は……?」
だがしかし。勝ち目を放棄するようなメアの言葉に、その場の誰もが耳を疑った。
メアは突如として態度を緩め、笑みを湛えている。何を考えているんだ、と三人の視線を柳に風と受け流したメアは、ナハハと呑気に笑って見せる。
「ほら、僕たちってば帝国から追われる身じゃん? それがどの面下げて帝国の権威を振りかざすんだ、って思ってね。ほら、逃がしてあげる。さっさと通りなよ」
「ま、また俺を騙すんだろう!」
「安心してよ。僕たちは手を出さないから」
「メアさん!」
「リリス、今は黙っていてくれ」
「そんな、ウェイドさんまで……っ!」
両手を掲げて武装していないことを証明して地下室唯一の出入り口である扉の前を譲る。それに倣うように俺は未だ納得しかねているリリスの腕を引いて道を開ける。隣の彼女から失望したような目線が送られてくるが、俺はそちらに視線を向けることなく、恐る恐ると言った様子で女を盾に間を通っていくデゲントールを見ていた。
彼は恐らく、既に詰んだこの状況で半ば諦めていたに違いない。仮にこの場をやり過ごしたとしても、その後が無いからだ。人質は、最後の足掻きのようなものだったのだろう。ゆえに彼は扉から外に出てもまだ、疑いの目をメアに向けていた。
「……何が、目的だ?」
「目的ぃ? 無いよ、そんなの。君がこのまま自由を謳歌しようと、復讐に燃えようとも僕らは関与しない。君が手を出して来ない限りね。あぁ、安心してよ。用が済めば僕らはいなくなる。今回はただ、釘を刺しに来てあげただけだからさ」
「……私の邪魔だけはしないでもらいたい」
「それは、君次第さ。このことも黙っていてあげる。その意味が、分かるだろう?」
「……チッ、疫病神が」
聖職者とは思えない発言に驚きを隠せないが、デゲントールが身分を偽っていることを思い出す。
吐き捨てるように盾にしていた女性をその場に投げ捨てると、彼はナイフをこちらに向けた状態のまま、見えなくなるまで背中を向けずに上へと消えて行く。
それを見送った後、俺の手を振り払ったリリスがぐったりと床に倒れる女性に向かって駆け寄っていく。
「大丈夫ですか?!」
彼女が解放する姿を、俺とメアは黙って見ている。
そんな態度にリリスが悔しげな表情を浮かべて振り返る。
「お二人とも、どうしてあんな人間を放っておくんですか?! こんな、人を人とも思わないような所業……許していいはずがありません!」
「まあ落ち着きなよ」
「ですが……!」
「それに、だ。……誰も彼を放っておくだなんて、一言も言っていないだろう?」
プレゼントを心待ちにしている子供のように無邪気で邪悪な笑みを浮かべたメアが天井を見上げてそう言う。メアの言葉にリリスが「え?」と反応したのと、ほぼ同時だった。
──や、やめろぉおおおおおおおおおおおおおおっ!
頭上から悲鳴が轟いたのは。
「ッ?! 今のって……」
「言っただろ? 僕は手を下さない、ってね。……それじゃあ、彼女たちのことは君たち二人に任せるよ。僕は上を見てくるから」
「あ、ちょっと! メアさん! 説明を、って……。はぁ、行っちゃいましたね」
事細かな説明もせずメアが去って行くいつものことだ。呆然と立ち尽くすリリスを放って、俺は無気力に堕落した女性たちを抱き上げ、一か所にまとめていく。
いつまでも裸のままでは寒いだろうと、ベッドのシーツで彼女たち一人ひとりを包む。頻繁に汚れるからか、シーツはまだ清潔な方だったことに胸を撫で下ろした。
俺が動いていることに気が付いてようやく我に返ったリリスも手伝う中で、俺は何か知っているのかと聞かれても首を横に振るだけだ。答えられるのは、憶測で。
「あんな奴を、メアがみすみす見逃すはずが無いからな。大方、上では村の誰か……当て嵌まるのは、ウォルマンくらいか。彼が待ち構えていたんだろうな」
「ウォルマンさんが……? でも、私たちでも捕らえられたはずですよね」
「何か理由があったんだろう。俺たちではなく、ウォルマンが手を下すことに意味が。……後の疑問は、メアに直接伺ってくれ。まずは、彼女たちを安全な場所に移すぞ。こんな場所じゃ、かわいそうだ」
「そう……ですよね。それじゃあ私、この子を上に運んできます!」
彼女の足元に転がった、首元に傷のある彼女を抱き上げたリリスは階段を上っていく。リリスを見送ることも無く黙々と女性たちの身を包み、最後の一人に差し掛かったところで、彼女の目が開いた。
「きゅう、せいしゅ、さま……?」
とろん、と蕩けた目元から覗く彼女の瞳は、イムさんと同じく濁っていた。
何かを掴むように力無く伸ばされた手は、俺の服の裾を掴む。
震えていた彼女の手を、俺は、振り払えなかった。
「遅くなって、すまない……」
シスターフィオナの時と同じだ。いつも俺は、手遅れだ。
ここにいる女性たちも、傷付けられ、尊厳を奪われた後だ。
何も、俺なら全てを救えるなんて大それたことを言っているわけじゃない。
俺はただ、間に合わなかったときの絶望感をもう二度と味わいたくなんて無いだけだ。ただそれだけなのに、世界はそれすらも許してくれないらしい。
「……必ず、助けるから」
石に変えられた素肌が薄暗い部屋の中でもかすかな光を反射させる。それすらも憎く思えて、服の裾を掴んで離さない彼女の手に、俺は自分の手を重ねて小さく呟いた。
「あれ、ウェイドさん? 大丈夫ですか? やっぱり、怪我が痛むんじゃないですか……?」
「……いや、何でもない。それよりも、全員を休ませておける場所は確保できたか?」
「もちろんです!」
先程までの怒りを力に変えてテキパキと動くリリスに少しだけ元気を分けてもらって俺は再び動き出す。
心に沸いた絶望に蓋をするように介助に没頭していく。
それと向き合うには、まだ少し、早かったから──。
補完と言う名の、言語解説。
【毒耐性】
メア曰く、貴族ならば持ち得て当たり前の技能。
当然ながらメアしか持ち得ない技能であり、当たり前ではない技能。
物心ついた頃から変わり者として遠巻きにされていたメアは、歴史と名誉あるエディクレス家の醜聞を避けるために幾度となく暗殺の危機に遭遇した。その過程で一度だけ毒物を飲んでしまい、生命の危機に瀕したことがあった。その時は辛うじて傍に大量の水があったため事なきを得たのだが、その反省からか、メアは毒物を少量、体に害のないレベルで自ら摂取するようになり、現存するほぼ全ての毒に対する耐性を得るに至ったという聞くも涙、語るも涙な話があると言うが、それが事実かどうかは定かではない。
ちなみにウェイドはこの話を聞くのは四回目であるが、全て酒の席で泥酔していたため、一切覚えていない。




