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ブランの救世主様。

性描写があります。ご注意を。

 


 ◇



 ブランは、平凡でした。

 平凡で無いのは、生まれくらいのものです。

 商家で生まれたブランは、とても裕福であったという自覚があります。隙間一つ無い雨風を凌げる堅牢な壁と天井に囲まれて、上質な服に袖を通して、空腹に悩まされることのない生活を送ってきました。

 両親から注がれる無償の愛によってすくすくと育ったブランはしかし、大輪の花を咲かせる前に、根腐れを起こしたのでした。


 ある日世界を一変させた災害を機に、宝石に体を蝕まれる呪いに掛かったから。


 ──聖神教信仰が根強い北方の地で生まれた私は、物心ついた時から、神様が傍に居てくれました。

 初めは、年端もいかない頃から両親に連れられて街一番の大聖堂に通って、礼拝の真似事をするだけでしたが、いつからか私は神様の存在を確信していました。

 それは、礼拝に赴く度にブラン達だけは別室に通されるからです。多くの信徒たちが礼拝堂で神々しい光を放つ女神ポラス様が描かれた大きなステンドグラスに向かって祈りを捧げる横で、ブラン達だけは毎回、別室に通されていました。

 ある日、それを疑問に思ってお母様に尋ねたのです。


『どうしてブランたちは、むこうでおいのりをささげないのですか?』

『このお部屋は、向こうよりもずっと神様に近い場所なのよ。だからこのお部屋で祈りを捧げられることにも感謝を忘れてはならないの』

『それなら、むこうのみんなも、いれてあげよう?』

『それは駄目なの。このお部屋は、選ばれた人しか入ってはならない聖域だから』

『ブランとおかあさまたちは、へいきなの?』

『ええそうよ。私たちは、神様に近しきことを許された限られた人なの。だからブラン。あなたは私達に、神に愛された子なのよ──』


 ブランが生まれた時、教会の鐘が鳴った。

 それは我が子が神の祝福を受けたと実感するには十分すぎる要素だったらしく、両親はブランが生まれた日から、教会へと寄進を増やしたのだそう。そしてブランもまた、お母様にそう言われ、お母様の言葉を肯定するように頷くお父様と神父様を見遣り、勘違いをした。


 ブランは、神に祝福された子なのだと。

 神に愛されているのだと。


 だけれども、それを鼻にかけて居丈高に振舞うことはしませんでした。謙虚な振る舞いにこそ、神への祈りが宿ると言われていたからです。

 そうやって日常生活でも神への祈りを欠かすことなく捧げ、週末には必ず大聖堂へと足を運ぶ。生家であるお店が繁忙期を迎え両親が忙しくて手が離せない時でも必ず、ブランは一人でも大聖堂へ赴き、選ばれた人たちしか入ることの許されていない部屋で日々の感謝の祈りを捧げ続けてきました。

 日々の生活が送れていることも、全ては聖神教が示してくれる神の教えのお陰。

 両親から注がれた莫大な愛に加え、神の教えと、ブランが神に祝福されていることがブランに自信を与えてくれたお陰で、ブランの周りは数多の友人に恵まれました。


『ブランちゃんが礼拝で行ってる部屋は、教会にお金を多く渡してるからだって、パパが言ってたよ。特別なんかじゃないんだって! 信仰をお金で買うなんて、って怒ってたもん!』


 周りに人が多くなれば必然的に、そんなことを言って来る友人もいました。

 ですが、毎週末大聖堂に通っているブランにしてみれば、そんなこと百も承知でした。六つの年を数える頃には、その事実を知らないわけにはいきませんでした。当然、知った日には悲しみに暮れたものですが、落ち込んでいたブランにお父様が掛けてくれた言葉は、今でも忘れません。


『いいかい、ブラン。確かに、あの部屋は多くの寄付金を教会に渡しているから案内される部屋だ。だけども、それは何も汚い真似をした訳じゃない。教会が定める形で、私たちはあの部屋に通してもらっているんだ。そこにどんな意味を見出そうとも勝手なんだ。だから、悪びれる必要は無い。胸を張りなさい』

『でも、皆がズルい、って……』

『確かに、信仰心はお金をどれだけかけたかで測れるものではない。お金をかけれないからと、信仰心が無いとは言えない。けれども、かけたお金は確かに信仰心の厚さを示すものだ。ブラン、お前は神を信じているのだろう?』

『うん……、うん!』

『それさえ揺るがなければ、他人に何と言われようと、気にする必要は無い。私たちは私たちの信仰を貫くのみ。ズルいは、羨ましいだ』

『羨ましい、ですか……?』

『あぁ、みんな、ブランの信仰心の高さを、羨んでいるのさ。だから、もしまた同じことを言われたらお父様の言ったことと同じことを言ってあげなさい。それが自分の信仰だ、とね』


 いつも疲れた顔をしているお父様は、神様の話をするときだけはとても朗らかで、いつも以上に優しかったのです。


 ブランに「ズルい」と言ってきたあの子も、聖神教の信徒の子。だからお父様のアドバイスは、とても役に立ちました。なぜなら、聖神教の教えの一つに、こう書いてあるからです。


 ──何人たりとも、他人の信仰を犯してはならない。


 と。それまで、この文章は他の宗教のことを指しているのかと思っていましたが、それは違ったようです。

 聖神教は、世界最大の宗教です。ゆえに同じ聖神教でも数多の派閥に分かれているように、同じ派閥でも信仰の仕方が違ったりしていることも少なくありません。神は、私たちの諍いを好みません。ゆえに、私は奮起し、立ち向かえたのです。


『……酷いことを言って、ごめんなさい。ブランちゃんのこと、本当は羨ましかっただけなの』


 あの子も、きっと両親に言われたのかもしれません。だってブランと同じように、目元を腫らしていたから。それでも、立ち向かうのに勇気が足りなかった時のために、お父様はもう一つの言葉を送ってくれていました。


『──それに、だ。……何かあれば、救世主様が助けに来てくれる』


 救世主様。ブランの、救世主様。


 信仰心は強い。けれどもブランは、心が弱かったのです。同年代の子に言われて、言い返すことも出来なくて泣きじゃくるばかりのように、ブランの心は脆く、弱かったのです。そんなブランの心を支えてくれていたのは、聖神教。そして、神の使いと謳われる、救世主様でした。


 そんな風にブランを支えてくれた救世主様のように、ブランも誰かの心を支え、一緒に立ち向かうことのできる強さが欲しいと願い、帝国軍兵士に志願した時には、両親からは猛反対を受けました。ですが、必死の説得により、数年後には必ず家を継ぐために戻ってくる事を約束して兵学校への入学を許可してくれて、応援までしてくれたのです。

 ブランにどれだけのことが出来るかは分かりません。生得魔法だって、『物体を熱くする程度の魔法』しか与えられず、魔法士にもなれなかったのですから。


 それでも、ブランはブランの想いを信じて帝国軍兵士になることを誓ったのです。

 そして、二年間にわたる兵学校での辛い、それはもう言葉にするのも、思い出すことすらも辛かった訓練を経て遂に、正式に兵士になれたという報せを手に生家に戻る、途中でした。



 紫晶災害と呼ばれる光の束が、ブラン達を襲ったのは。



 士官学校から帰る道で目撃した途端、ブランの乗っていた馬車は転倒し、乗客たちは派手に放り出されてしまったのです。

 何かの襲撃かと、兵学校で染み付いた動きで起き上がるとそこには、驚く程に透き通った紫水晶の馬の彫刻があるではありませんか。それに目を奪われていた横で、石にされた乗客が放り出された衝撃で砕けているのが目に入り、その場にいた全員が否が応でも事態を把握させられたのです。


 しかし、不幸にもブランの生家のある街まではまだ遠く、出た街へと引き返す方が近かったのです。ですがブランは両親が心配で、夜道を歩いて帰ることを決意しました。

 前代未聞の事態です。もしかしたら明日以降、流通が止まる可能性すらありましたから。そうなれば、商家を営む生家は窮地に追いやられます。ゆえに、少しでも早く辿り着くべく、歩いて帰る決断をしたのです。幸いにも、兵学校で鍛えられた足腰は二年前のブランとは比べるべくもないくらい強靭になっていました。それに、訓練で行った夜行演習の方が苦しかった思い出がありました。


 ブランの読みが当たったのか、次の日になっても通っていくのは先を急ぐ伝令の騎馬だけで、馬車とは一度も遭遇しませんでした。


 結局、ブランが生まれ育った街に帰って来られたのは、謎の発光現象が起こってから二度目の夜を迎えた頃でした。


 街は閑散としているのに、どうしてか騒然としていて。至る所に紫水晶の彫刻が佇んでいるのが酷く不気味で、それらから逃げるみたいにして駆け足で生家に戻ったブランを待っていたのは、両親でした。


『ただいま、もどり……ま、した……』


 ただし、紫水晶の彫刻と化したお母様と、それに縋り付いて咽び泣くお父様の姿でした。


『ブラン、か……? 無事で、良かっ──……』


 優しく、穏やかな顔付きは疲弊してやつれ、涙が枯れたみたいに目の周りを黒くさせたお父様が、ブランの声に反応したから、表情に明るさが取り戻されました。


 ──それは、一瞬だけ。


『……あ、ああぁ、あぁあッ! お前、まで……! なんで、どうして! どうしてなんだ!』

『お父様……? どう、されたのですか?』

『く、来るなッ! それ以上、近寄るなッ!!』


 お父様は、二年振りに顔を合わせた娘の顔を見た途端、今まで見たことも聞いたことも無いような悲哀に満ちた表情となり、ブランのことを、拒絶したのです。

 これまで惜しみない愛情を注いでくれていた人からの拒絶に、ブランは分かりやすく動揺しました。


 あの優しかったお父様が、どうして。なんで。二年の間に何があったのか。粗相をしてしまったのか。

 あらゆる可能性が頭の中を埋め尽くしたのも束の間。リビングに置かれていた銀器に反射した自分の姿を、この瞬間、初めて見たのです。


『何、ですか……、これは……。お、お父様?!』

『来るな! 来るな、化け物!』

『キャアッ?!』


 そこに映っていたのは、頬が紫水晶と化した自分自身の姿でした。……いいえ、あの瞬間、ブランは、そこに映っていた自分の姿を、正しく認識できませんでした。丁寧に磨かれた銀器には、見慣れたいつもの自分の顔が映り込むはず。そのはずだったから。


 だから理解しようとお父様の方に足を一歩踏み出した途端、足元に飛んできたのは、灰皿でした。

 灰皿は大きな音を立てて床を転がりました。それを投げたのがお父様であると認識するのに、幾許かの時間を要し、再びお父様の方を見ると、お父様の手にはナイフが握られていました。


『お、お前は呪われているんだ。だから、だから……親として、私が、お前を終わらせてあげなければならないんだ……! だから、頼む……私に、殺されてくれないか?』

『呪い?! お父様、何を言っているんですか?!』

『頼む、抵抗はしないでくれよ……私の、私の気持ちを、考えてくれ……。私まで、石になりたくないんだよ……!』

『お父様、やめてッ──!』


 思い返せば、お父様は気が動転していたのでしょう。だけどそれは、ブランも同じで。そんな二人の間にまともな会話など生まれるはずもなく、結果としてブランは生家を飛び出して、街を歩いていました。


 ──どうして。


 ただそれだけが頭の中をぐるぐると渦巻いていて、記憶に残るお父様の最後の姿がフラッシュバックされます。


『やめてくれ、殺さないでくれ。私はただ、お前を呪いから解放して上げたくて……』


 ナイフを取られ、慈悲を乞うお父様の姿は、ブランの記憶に残るどのお父様とも、姿が重なることはありません。

 ブランはただ、いつものお父様に「無事だったか」と笑顔で出迎えてもらいたかっただけなのに。お母様の手料理を食べながら、「頑張ったのね」と褒めてもらいたかったのに。


 ……お父様は、この頬を見て人が変わった。

 それは、呪いだと。街の中を見ても、ブランと同じような人はどこにも居ません。何故なら、ブランのような人は、街から追い出されるからです。幸いにも顔を隠すようなモノを持っていたから外を歩けるものの、ブランには帰る場所などもうありませんでした。


 それから、どれだけの時間、街中を彷徨ったでしょうか。

 ブランのような人を、世間では『呪い人(ネビリム)』と呼ぶことを知りました。それが区分としての名称ではなく、蔑称だということは、時間の経過と共に呪い人(ネビリム)の駆逐が苛烈になっていくのを見て理解しました。

 だからブランはお父様にお別れも告げられずに街の外に飛び出して、そこで、ウォルマンさん達と出会ったのです。ブランのように、家族から追放された人達。友人を、愛する人たちを失った人たちの中で、新兵とは言え、戦えるブランは重宝されました。


 彼らはとても優しかったのですが、誰もが何かを失って集まっているせいか、お父様やお母様と居るときのような、温かみは感じられません。胸にぽっかりと空いた穴は、どうやっても塞げないのです。


 そんな時でした。ブラン達を導いてくれる、先導者に出会ったのは。


 ……リーダーに出会って、森の奥まで逃げてきて、そこでブランは、救世主様に、出会って。


 でもその救世主様は、偽物で。ブラン達を、騙していて。


 それで、リーダーと話を……いえ、ブランは、救世主様と……でも、信頼するリーダーが救世主様で──


「…………きゅう、せいしゅ、さま?」

「あ? あぁ……目が覚めてきたのか」

「ここ、って……?」

「はぁ、救世主救世主うるさいなぁ……。はいはい、救世主様ですよ、っと」


 ……それから、どうなったんでしたっけ?


「……え? ぁえ? え?」


 どうして、ブランは裸なのでしょうか。

 どうして、女性たちがぐったりとしているのでしょうか。

 気分が悪くなるようなこの香りは、なんのなのでしょう。

 ここは一体、どこなのでしょうか。


 そう思って上体を起こそうとした瞬間、妖しく光る目と視線が交差し、全身を優しく愛撫されます。それは、くすぐったくて、きもちがよくて。


「ほら、何も考えなくていいんだよ。救世主が来たから、ここは今から楽園だ。さぁ、息を吐いて、ゆっくりと、瞼を閉じて、脱力していく……。私が来たから、もう安心だ」

「ぁ、ぇ、ぁ……? きゅう、せい、しゅ、さまぁ……?」


 ……そうです。ブランは、ブランだけの救世主様に、出会えて、それから、それから──ブランは、何も、考えなくて良くて……。


 救世主様の口付けは、乱暴で、苦くて、臭いけれど、ブランは、それが好きで、幸せで……。

 その時、部屋の扉が大きく開け放たれるのが見えました。


 目の前に救世主様がいるはずなのに、ブランの口は、勝手に動いていました。




「救、世主、様……?」




 強い光が差した人影は影に覆われて何も見えなくて。

 それでもブランは、救世主様が迎えに来てくれたのだと信じて、手を伸ばすのです──。








補完と言う名の、言語解説。


【ブラン】


年齢17歳。

身長158cm。体重54kg。

生得魔法【加熱】。

北方の商家の生まれ。生家の商家は教会との繋がりが強く、物心つく頃から聖神教と共にあった少女。聖典に記された『救世主』に会うのが夢の、夢見がちな少女。ゆえに同年代の子供よりも成長が遅かったこともあり、両親からの愛は並々と注がれた。そのため、自分が人に向ける愛は非常に重たいものとなっていた。信じると決めた相手には重く、裏切られた時には反動で攻撃的になる。

ちなみにバストサイズはウォルマンとほぼ同等の数値を記録している。

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