三節 動揺3
◇
「シャーリィ・ウィ・アルルサップの、父です! どうか、娘の無事だけでも──」
ウォルマンの制止も聞かず、天秤棒すら捨て置いた男は、俺に向かって問い詰める。
決して忘れてはならない、忘れるはずがない彼女の名前を口にして。
「……な、んで」
それを耳にした俺は、先程まで高揚していたいた体の熱がまるで嘘のように引いていき、今では氷点下にも差し迫るほどに体が冷たくなっているのを自覚する。
──どうして彼がここに。
俺の頭の中はそれでいっぱいで、ただただ漏れ出る空気で無様に喘ぐ事しか出来なかった。
シャーリィの家族の話は、他でもない彼女自身から聞かされていた。
下の子らが石に変えられ、父親が呪い人として姿を眩ましてしまったと。だから、もしかしたらどこかで出会えるのかもしれないと心の隅で備えていた。嘘じゃない。本当なんだ。
それが、まさか、こんなにも早く訪れるなんて、想定していなかっただけ。
……俺は、怖れていたのだ。シャーリィの父親に会うことではなく、彼女の名を耳にすることに、酷く怯えていた。
突き付けられる現実と相対することにではなく、彼女の名が、発火剤にされることを。
「ぅ、ぁ……」
俺の性根は、なんと腐っていることか。
自分の罪を打ち明けることのできない弱さは、弱さではない。ただ、卑怯なだけだ。
分かっている。シャーリィの父親は、俺を非難しにやって来た訳ではない。だって、シャーリィが石にされたことなど、彼には知る由もないのだから。
彼はただひたすらに、帝都に残して来た娘や家族が心配だから問い掛けてきているだけだと言うのに、俺は彼に希望をもたらすような答えを持ち合わせていない。口を開けば、彼に絶望を与えることになってしまう。
だから、口を閉ざす。
……だから、黙っている?
いいや、違う。
彼女が憎悪の発端、あらゆるプロパガンダに使われることを恐れているから、なんて言うのも、所詮は言い訳に過ぎない。
偽善である。偽善に過ぎない。とんだマッチポンプだ。
そんな下らない偽善は、俺の心を守るためだけの保身という名の嘘でしかなくて。
俺はただ、俺が傷付きたくないから黙っているのだ。
そんな、最低な理由で。
「お願いします、どうか、どうか……! 知っていることだけでも……!」
俺はただ、彼の声から目を背ける。
罪を認め、前を向くことを決心したはずなのに、俺は今、あろうことか、俯いていた。向き合うべきシャーリィの父親に向かってではなく、何も無い地面に、視線の先を落としている。
この男は、どこまで卑怯な男なのだろうか。
明言化を避ければ、罪が消えるとでも思っているのだろうか。
罰が遠のくのとでも思っているのだろうか。
そんなことは有り得ないと分かっているはずなのに、俺は、俺自身の体の震えが自分の意思では止められなかった。
「……っ?!」
そんな俺を見てまさか、と思ったのか。シャーリィの父親は、頭に過ったもしもを否定すべく、さらに声を荒げていく。
「──っ、シャーリィは、第三機竜小隊整備班に勤めていた私の娘なのです! ウェイドさん! あなたのお話は娘からよく聞かされていました! 覚えておいでではありませんか?! もし帝都から来られたのであれば、娘の様子を伺いたいだけなのです! どうか、教えていただけませんか?! 家族の無事さえ分かれば、私は……」
分からないのであれば分からないと言ってくれ。
そう強く訴えるシャーリィの父親の声は切羽詰まっていて。投げかけられている俺はただ、胸が苦しくなる。彼の様子は、誰が見ても本気のものだと分かる気迫を纏っており、彼を止めていたウォルマンでさえ、様子のおかしな俺とシャーリィの父親を見比べて、制止する手を緩めてすらいた。
「──ッ!」
離れていてもシャーリィのことを想う父親の声を聞き届けた俺は……遂に、顔を上げる。
上げざるを、得なかった。
そうして、俺は。
「……………………ぅ、くっ。ほ、本当に、申し訳……、ありません……ッ!」
地面に膝をつき、額を擦り付け、大きく広げた手のひらを地面について、謝罪の言葉を吐き出すのだった。
「は……?」
この瞬間、俺はもう二度と顔を上げられないと悟った。
何が救世主か。
何が神の使いか。
俺は、ただの大罪人だ。
日の下を歩くことさえ烏滸がましいのだと、改めて現実を突き付けられた。改めて、背負うと決めた十字架の重さを、理解したのだった。
「どういう……意味だ? 答えてくれないか。なぁ。それは、なんの謝罪だ? 娘は、シャーリィは、無事なんだよな……?」
言葉を取り繕うのも忘れて、シャーリィの父親が尋ねる。彼の感情が正しく宿っているような声の荒々しさにビクリと体を跳ねさせながら、俺は無様に事実を語ることしか許されていなかった。
「しゃ、シャーリィは、俺の、僕の、私のせいで……シャーリィは、シャーリィは…………い、石に、なって……」
「は……? 何を、言っているんだ? シャーリィは、あの子は、呪い人じゃなかったはずだ。健常者だったはずだッ!! 石になる所以など、なかったはずだ! ……あの子に、何があったんだ……?」
「お、俺が、私が、僕が……、彼女を……、石に、変えて、しまって……」
「人が、石に……変わった? 変えた? は、ハハ……何を言っているんだ、君は……。それじゃあ、まるで……」
馬鹿げているとばかりに渇いた笑いを零したシャーリィの父親は、そう言って言葉を切る。
彼は今、どんな顔をしているのだろうか。どんな思いを、表情に張り付けているのだろうか。顔を上げるだけで確認できることすら、俺には出来ない。その勇気が、足りないから。
……だが、俺が顔を上げるのに、勇気など不要だった。
「……ッ、馬鹿なことを、言わないでくれ!」
「ウェイド殿!」
ウォルマンの横を抜けて駆け寄って来たシャーリィの父親の手によって、両手で掴まれた胸倉ごと体を持ち上げられ、俺は間近で彼と目を合わさざるを得なくなる。視界一杯に広がったシャーリィの父親の顔。その表情には複雑な感情が宿されていた。
怒りや嫌悪感が彼の表情に宿るのだが、その中でも最たるものは、困惑だろう。
……果たして、俺は今、どんな顔をしているのだろうか。
どんな顔をしていたとしても、俺はこの男性に、シャーリィの父親に真実を告げなければならなかった。それが、俺の果たすべき責任だ。その後でどんな罰が待っていようとも甘んじて受けるつもりだった。
目元が少しだけシャーリィに似ている、なんて場違いにもそんなことを思いつつ、俺は俺の責任を果たすために、全てを打ち明ける。
「……俺が、シャーリィを石に……変えたんです。俺が、紫晶災害を起こしたから……。その力で、誤って、彼女を──」
「ッ!」
刹那、視界がぐわんと揺れ、俺は地面に倒れていた。口の中に鉄の味が広がったことで、ようやく自分が殴られたのだと理解することが出来た。
「暴力はいけません!」
体を起こすと、目の前では殴った状態で押し留められるシャーリィの父親の姿。ウォルマンが止めてくれようとしているものの、それでも彼は止まる気配を見せない。
「お前も今、聞いただろう?! この男は、紫晶災害を起こした、と言ったのだぞ! 私と家族を引き裂いた諸悪の根源……! お前も突如として呪い人にされ、苦しんだはずだ! 俺たちには、この男を殴る権利がある! ましてやそいつは……俺の娘を、石に変えたと言った! 冗談だとしても、言っていいことと悪いことがある! 許して、なるものかッ!」
「……ですが、彼は……ウェイド殿は、私たちを窮地から救ってくださった救世主でもあります……っ!」
「馬鹿なことを言うな! そもそもこいつが居なければ、俺たちは呪い人なんかにはならなかった! 魔物の群れに襲われることも、無かったんだ!」
「そ、それは……」
「自分で人々を石に変えておきながら、救世主だと……? 反吐が出る! 俺たちはこの男に……いいや、こいつらの仲間も怪しい! こいつらの手のひらの上で、踊らされているだけだ! 救世主だなんだと崇める必要なんて、無いんだ! そもそも、この男さえ居なければ家族と離れ離れになることもなければ、こうして、娘を失うこともなかった……! シャーリィは、娘はまだ……十五歳なんだぞ? そんな子から、未来を奪ったんだ! 許されるわけがない!」
「私は、私……は──」
シャーリィの父親の言い分はもっともだろう。諭されたのか、ウォルマンは最後まで悩みあぐねた様子ではあったが、最終的には抑えつけていた手を離し、苦し気な表情のまま、背を向けて去って行く。俺に向かって拳を振らなかったのは、彼の持つ正義感ゆえか。
しかし、シャーリィの父親もまた、彼の正義感でここに残っている。俺と言う悪党をこらしめるため、その拳を振るうのだった。
「ぐっ……」
「どうして、シャーリィを石に変えたんだ! 娘は、ウェイドと言う男を、兄のように慕っていたというのに……!」
彼女を石に変えたくて変えたわけでは無い。
そもそも、俺の意思で誰かを石にしたことなんて、一度も無い。全て不可抗力だった──などという言い訳が通じるとは、到底思えない。
だから俺は、彼の振るう拳を受け止める。避けもせず、反撃もせず、ただ黙って一撃に込められた思いを、罵倒をその身でもって受け止め続ける。そして受け止める度に、胸の奥がひび割れていくような音が、鼓膜を内側から振動させる。
「娘を……シャーリィを返せ! アモンを、ライリーを、サヴァンを、元に戻せ!」
痛い。
地面に転がされ、起き上がる度に殴り飛ばされ、また地面に転がされる。
「俺を、みんなを、呪い人から元に戻してくれよッ! お前がどれだけ大勢の人を悲しませたか、考えたことはあるのか?! それを……救世主だなんだと呼ばれて、さぞ楽しかったことだろうなァ!」
「ぐフッ……」
痛い。痛い。
体に走る痛みには、もう慣れている。痛いのは、心だ。こんな俺にもまだ、痛む心が残っていたのかと再認識すると同時に、そんなもの無くていいとすら思えてしまう。
それでも、俺の心が傷付こうがなんだろうが、謝らなければならない。彼の気が済むまで殴られ続け、俺は謝り続けなければいけないのだ。俺に許されているのは、それだけだから。
ようやく開けた口は重く、謝罪の言葉を繰り返すことしか、出来ない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「謝ったところで、何も変わらない! だから、だから……ッ! ……っ、お前さえ居なければ、家族はずっと一緒に居られた! 呪い人なんて、生まれなかった! お前さえ居なければ誰も……ッ、不幸にならずに、済んだんだ──!」
強い感情の発露に、俺は思わず目を閉じてしまう。図星だったからだ。彼の言う通り、俺が居なければ誰も不幸にはならなかったのだ。
……シスターフィオナも、シグも、アキも。
俺に出会わなければ今も変わらずあの村で元気に笑えていたはずなんだ。シャーリィだって俺が居なければ、国仕えのアーティファクトの整備士と言う誉れを捨てずに済んだ。石にならずに済んだんだ。
呪い人の彼らも、体が石に変わることもなければ、生活を脅かされることもなかった。
彼ら彼女らは全て、俺の身勝手な行動の末に巻き込まれただけの被害者。そう、俺さえ居なければ、誰も不幸にならなかった。だから俺は──。
「……?」
そう思って目を閉じていたのだが、いつまで経っても彼の感情を乗せた拳は訪れない。不思議に思いゆっくりと瞼を開くと、そこには、
「……め、メア?」
「死んだ方がマシ、とでも思っているのかい、君は」
「は、離せッ!」
「はぁ~……。少し目を離したらこれだ。君って奴は、トラブルを起こさずにはいられないのかい?」
シャーリィの父親と俺の間に割って入るメアの背中が、見えた。今はその呆れたような溜め息が少しだけ嬉しく思えてしまう。
そんなことを思う権利などないと思い知ったのに、沸き上がる感情の大きさは制御できるものではない。
振り上げられた拳はメアの手によって止められていて、背中越しに見えるシャーリィの父親の表情は、怒りの色を更に濃く示して俺を睨みつけていた。
「……急いで、来てくれたのか?」
「僕が血も涙もない奴っていう認識を、改めてくれたかな?」
メアの横顔に流れる一条の汗を見て言った後で、空気の読めない発言だったと後悔する。それでも涼しい顔をして言ってのけるメアを見て、シャーリィの父親が声を荒げた。
「やはりお前もか! この大罪人を庇うということが何を意味するか、分かっているのか?!」
「あまり怒鳴り声を上げないでくれよ。鳥肌が立つ。それに、その台詞はそっくりそのまま返してあげようか。僕たちに助けられてもらっておきながら、よくもまあその言い草が出来たものだね。思慮深さが無いのを呪い人になったせい、にはしないでおくれ」
「ッ、元はと言えば、この男が紫晶災害を起こした元凶だからで……!」
「それが事実だと、どうやって証明するつもりかな? 帝国でさえも掴めていない原因を、どうやって? もしかして、彼から聞いたから、とでも言うつもりかい? 自分がどれだけ馬鹿げたことを言っているか自覚がないというのは幸せなことだね……ん? なんだい、今忙しいのだけど?」
ちゃんちゃらおかしいね、と笑い飛ばすメアの服の裾を引いて、目の前の男性がシャーリィの父親であることを告げる。するとメアは表情を強張らせた後に、深い溜め息を吐いた。
「……どこまで話したんだい?」
「全部だ。彼が知るべき情報、全てを打ち明けた」
「それは……ご丁寧にどうも」
そう言うと、メアは森の方に視線を向ける。それから間もなくして、こちらに近付いてくる足音が聞こえてきた。
「ウェイドさん!」
「ウェイド殿!」
メアに遅れてやって来た足音の正体は青褪めた顔のリリスと、去って行ったはずのウォルマンだった。リリスは俺の体に見える殴打の痕に悲鳴を上げて駆け寄ってくるも、俺の視線はウォルマンに向いていた。
「……っ」
「ウォルマンさんが知らせてくれたんです! ウェイドさんが、襲われている、って」
「ッ、ウォルマン! どうしてだ……! お前は、こちら側のはずだ! なぜ、俺たちをこんな目に逢わせた男に、助太刀などするのか! お前も、紫晶災害によって家族を、大切な人を奪われた身のはずだ! 俺の気持ちが分かるのに、どうしてッ!」
「……確かに私も、子を石にされ、私自身も呪い人となり、妻と離れざるを得ませんでした」
「俺もだ! 俺も、子を石にされ、この身を呪いに侵された……。そして、残して来た娘が、石にされたと聞かされたんだ! それも全て、この男の仕業だと! お前も聞いただろう! まともに生きてきた俺たちが、どうしてそんな仕打ちを受けなければならない?! 俺も、お前も、村の人たちもみんな、この世の理不尽さに嘆いていたじゃないか! なのに、どうして……ッ?!」
俺に向けられたものでは無いとは言え、彼の痛烈な叫びに、俺の体を支えようとしてくれているリリスを引き剥がし、自分の足で立ち上がろうとする。だが、体だけでなく精神も疲弊しきった状態では足元は覚束なくて、結局リリスの支えを借りてようやく立ち上がる。我ながら情けない姿である。
シャーリィの父親が振るう正論に対し、ウォルマンは険しい表情のまま固く拳を握って答えを口にしていく。他でもない、彼自身の答えを。
「……私は、確かに紫晶災害を恨んでいます。それは、今も変わらない事実です」
ウォルマンは、シャーリィの父親を正面に捉え、そう答えた。静かだが、確かに彼の瞳に宿った怒りの感情を目の当たりにした俺は、身を強張らせる。
俺は、彼の家族をも、奪ったのだ。そしてそれはきっと……いや、間違いなく。あの村にいた人々、全員から平和を奪ったということでもある。今更、目を背けても、知らなかったことには出来ない。向き合っていくしか、ないのだ。
ウォルマンは、俺やシャーリィの父親がアクションを起こすより先に、淡々と語り出した。
「ですが、例えウェイド殿が紫晶災害を起こした張本人だったとしても、私はウェイド殿を責めるつもりはありません」
「お前も……救ってもらったから、とでも言うつもりか?! 紫晶災害を起こせるような男だ。あの魔物の襲撃も……今のように救世主と呼ばれ目立ちたいがために仕組まれたものかもしれないだろう!」
シャーリィの父親の言葉に、メアが「飛躍し過ぎでしょ」と小声で囁くが、彼の考えを否定することはできない。彼の中で俺は、家族を引き裂いた諸悪の根源にして、娘を石に変えた大悪党となっているのだから、それくらい出来て当然なのだろう。それが嘘だと分かっていても、有り得ないことだと分かっていても正常を保つためには自分の嘘さえ信じる他無いのだろう。その嘘を嘘だと認めてしまうと、最愛にして誇りだった娘が石にされたという現実を、受け入れることになるのだから。
……シャーリィの話では、彼女の父親は優しくて正義感に溢れた人だと言っていた。誇りに思っていると、喜んで口にしていた。そんな彼女自慢の父親を狂わせてしまったのも、彼女から未来を奪ったのも全て、俺のせいだ。
「二人がいがみ合う必要なんて──」
「……もう少し、様子を見てみよう」
「メア……?」
前に出ようとして制止を受けた俺を他所に、二人は更に言葉を交わしていく。
「……紫晶災害の起こった日。息子は、五歳の誕生日を目前にしていました。プレゼントも買って、戸棚の奥に隠しておりました。それを受け取った息子の喜んだ顔を、妻と二人で心待ちにしていたのを今でも思い出します。ですがあの夜。……記念すべき日を目前にして、息子は石に変えられました。私は、呪いを授かりました。あの時だけは、どうしてこんな目に逢わなければならないのか、理解できませんでした。私が呪い人になっただけで、これまで愛を育み合ってきたはずの妻から、どうして汚いものでも見るような目を向けられたのか、私には到底理解できないものでした。……私は、現実を受け入れられなかった。だから、聖神教に縋り付いたのです」
「何が、言いたいんだ……?」
「信仰は、心の支え。……その言葉通り、私は聖神教の教えに救いを見出しました。それは貴方も同じ……いえ、リーダーの下に集った者達全員、同じ考えなのでしょう。皆一様に紫晶災害の被害に見舞われ、絶望に打ちひしがれた末に、聖神教に縋った。結果、私たちは安息を得られました。それが束の間にして偽物だと、知らぬまま」
「だから、何が言いたいのかと聞いているんだ!」
「私たちの危機に現れた、救世主様の話です」
「救世主などではない!」
「──ええ、そうです。彼は救世主などではありません。救世主ではなく、彼は、ウェイド。私たちの村の危機を救い、生活を保護して下さったのは、ウェイド殿に違いないのですよ、スキウ族の御仁……イム・ウィ・アルルサップ殿」
ウォルマンの言葉に息を飲んだシャーリィの父親……イムさんは、彼の発言の意味を理解したのか言葉を失う。
「ウェイド殿は、救世主でもなんでもない。それなのに、彼らは私たちを救ってくれた。怪我や病気の面倒まで見てくれた。食事まで、与えてくれた。そして彼は……ウェイド殿は、ご自身と向き合っている。……彼のどこを見るべきかは、明らかではありませんか!」
多くの人々を不幸に貶めた罰としてどんな罵詈雑言をぶつけられたとしても、それを受け止めるのが俺の使命だと考えていた。責められることだけが待っていると思っていた。だが、ウォルマンは違った。他でもない、俺を見てくれていたのだ。それに喜ぶことは間違っていると知りながらも、俺は感涙にむせばずにはいられなかった。
だがそこで、イムさんの身に異変が起こる。
「ああぁ、ああああああっ! ッ、なら、この怒りは……この感情は、どうすればいい?! この感情の行き場を、誰が教えてくれる?!」
「……いいえ。いいえ、違います。答えは自分で見つけるものなのです! 自分で……見つけるべきものなのです!」
突如として頭を掻き毟り、地団太を踏み、血走った眼を振りかざしてウォルマンに詰め寄っていく。ウォルマンもまた、穏やかなはずの目を吊り上げて対峙するも、彼の目にはまだ理性が残っているようにも見えた。
「ふ、ふは……! そうだ、いい考えを思い付いたぞ。これを言い触らして、お前たちを村から追放しよう! リーダーなら、きっと賛成してくれるはずだ。異分子のお前達など、すぐに痛い目を見ることになるぞ、きっとそうだ……!」
「ま、待ちなさい! リーダーがあの時、なんと言ったか思い出してください! 多くの勇敢な同胞たちが倒れた中で彼は、私たちの信仰が足りないからだと言ったのですよ!」
「ええい、手を、放せ! それの何がおかしい! 俺たちの信仰心が足りなかったから魔物に襲われた! ただそれだけのことだろう! これ以上邪魔をするなら、お前も異分子の仲間入りだと報告させてもらうぞ!」
「ま、待ちなさい! 冷静になってものを考えるべき──」
結局、二人は感情の赴くままに怒り、猛り合った後に、この場から去って行ってしまう。後半はまるで、俺たちのことなど見えていないかのように。
「……きゅ、急に人が変わってしまったかのようでしたね? なんだったのでしょうか」
「ぅ、ぐうぅ……っ!」
「ウェイドさん!」
二人が去った途端、これまでは平気だった体の痛みが思い出したかのように襲い来て、俺はその場に蹲る。けれども、頭は冷静なままで、これは骨が折れているな、なんて考えが頭を過る。流石は獣人種。小型のスキウ族とは言え、成人男性の一撃をまともに受ければ容易く骨が折れてしまう。
「……なんだ、メア。何か、言いたげだな」
なにやら考え耽るメアにそう言うと、彼はどこか拗ねたような顔で唇を尖らせていた。
「……今は、いいや。リリスちゃん、その馬鹿を背負って診療所まで運ぶよ。あの二人に釣られて呪い人達が動き出す前に、診療所を要塞化しよう」
「はい! ……って、要塞、ですか?」
「せっかくの貴重な研究サンプル触り放題の環境だ。それを僕がみすみす手放すとでも思っていたのかい? 要は、出ていけと言わせなければいいの、さっ」
「また、変なこと考えているのか……」
一転して悪辣な笑みに代わったメアの表情は、生き生きしているという表現が最も適しているだろう。
奥歯を噛み締め、脂汗を浮かべて痛みに耐える俺は、メアの背に担がれながら村への帰路についていく。
「……悪かった」
「ん~? なんのことかな?」
「黙っていろと言われたのに、全て、打ち明けてしまった」
体の火照りを冷ますために村の外に出たは良いが、まさか芯までどころか氷点下まで冷え切るとは思いもしなかった。
「本当だよ。君ってば、トラブルを起こさないと気が済まないのかい? 付き合わされる僕たちの身にもなってくれたまえよ! ねぇ、リリスちゃん」
「そんなことありません! ウェイドさん、いくらでも面倒かけてくれていいですから!」
「わーお。妄想信者は参考にならないねぇ。……そもそも、僕の計画に君が面倒事を起こした時のことを考慮していないとでも思っているのかい? どれだけ君の面倒に僕が巻き込まれて来たことか」
むしろ迷惑だと思われていることが心外だ、なんて冗談交じりで言ってのけるメアに、俺は思わず破顔する。笑った弾みで痛みが走るが、今はそれすらも心地良く思えて。ならば、言うべきは一つだろう。謝罪ではない、別の言葉を。
「……ありがとう、二人とも」
「そうそう。この後のことの方が面倒極まりないんだから。君のはまだまだ可愛いもんさ」
「その通りですよ!」
全ての責任を負うと決めて、俺は世界でたった一人だと思い込んでいた。
だけど初めから、俺は一人なんかじゃなくて。
二人の他にも、俺を見てくれる人は確かに居てくれて。
それを噛み締めるように、俺はもう一度、「ありがとう」と呟いて瞼を閉じるのであった。
補完と言う名の、言語解説。
【ウォルマン】
性別男。
年齢32歳。
身長180cm。体重92kg。
生得魔法【自己治癒】。
兵学校卒業後、帝国軍兵士として十年間、前線地域にて従軍。生得魔法によって継戦能力に特化した彼は、主に大盾歩兵として活躍。『不沈の大盾』とも呼ばれ、長い間、戦友を見送り続けてきた。
後に北方に異動となり、現在は主に魔物討伐軍として活躍。北方地域にて出会った花屋の娘に惚れられ、八つ下の娘に猛アプローチをかけられた末に結婚。今ではウォルマンの方が彼女に対してデレデレである。五年前に息子が生まれ、人生の最盛期とも呼べる瞬間に、紫晶災害が起こった。
豪快な性格に反して瞬間的判断に優れ、冷静かつ理性的な面を併せ持つ、食えない男。ブランのことは娘のように思っている。




