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一節 邂逅5

 


「もー、遅いよウェイド。僕お腹空いたんだけど」

「悪いな。カタリナに合う服が見つからなくて」

「……ん」

「そう。なんでもいいけど、早く終わらせようよ。僕、研究塔の奴らにはなるべく関わりたくないんだよね」

「それなら外で待っていてもいいんだぞ」

「おっと、僕を仲間外れにするつもりかい? 仲間外れはワーグナーの奴だけでいいんだよ」


 衛生班の天幕前でメアと落ち合った頃には、西の空に日が沈んでいく間際だった。

 反対の空からは夜の帳が広がり始めており、メアと同じようにカタリナも空腹を訴えている。

 それならさっさと終わらせるべきだろうと、カタリナの手を引いて天幕の入り口をくぐった。


「バッカス、いるか?」

「おう、いるぞ! ウェイドお前、今度はまた何をやらかしたんだ? 小隊中で噂になってるぞ? 小児性愛に目覚めたとかなんとか。俺は人の性癖にとやかく言うつもりは無いが、犯罪に手を染めるのだけは──」

「事実無根、だッ!」


 天幕に入ってすぐ、バッカスは見つかった。

 処置に必要な器具に埋もれた中で、頭一つ飛び出したバッカスを見つけるのは実に容易い。それこそ、衛生班の制服を着ていなければ前線で敵を薙ぎ倒す戦士にしか見えないほどに屈強な体は研究塔の中でも珍しい。

 荷物の山をかき分けてカタリナの前までやって来ると、バッカスは膝を折って屈んでカタリナの頭に手を置く。子供のカタリナの頭なぞ片手で鷲掴みに出来る程のサイズ感に思わず苦笑が浮かぶ。


「……んぅ」

「あんまり怖がらせないでくれよ」

「冗談に決まっているだろうが。研究塔の端くれとは言え、子供を殺すほど研究材料に飢えているわけじゃねえ。探究心はアーティファクトで満たされているからなぁ」

「……アーティファクトが無ければ喜んで殺すってことだろう? なんて悪趣味な」

「お? その声はガルメアじゃないか! 相変わらず小さくて気が付かなかったぞ! 身長が伸びるアーティファクトの相談でもしに来たか? それとも、男らしくなるためのアーティファクトでも探しているのか?」

「うっざ。ただのウェイドの付き添いだし。……舐めたこと言ってると金玉潰すぞ、クソゴリラ。それと、勝手に名前で呼ばないでくれる? 僕たちの寄付でしか成り立てない毎年赤字部署の窓際人材の分際でさァ……?」


 俺とカタリナを挟んで、睨み合う二人。

 帝国貴族のメアと、研究塔所属のバッカス。二人の相性はとにかく最悪だった。

 帝国では、常によからぬ噂が蔓延している研究塔に対して、排斥すべき、や規模の縮小を求めたりと言った声が上がるほど、帝国貴族の間で不満が蔓延している。メアも研究塔の不透明性に非難を投じる一派なのだろう。

 非難されたくなければ、寄付を止められたくなければ、今すぐに成果を上げろ、というのがメアたちの言い分。

 それに対して研究塔はと言うと、それだけ帝国貴族からの反感を買っていながらも沈黙を貫いたままであった。かく言う研究塔のトップが滅多に表舞台に顔を出さないから、というのもあるが、貴族たちからせっつかれる『成果』として扱えるものが何も無い現状が何よりも問題視されていた。

 それもそのはずである。研究塔が最後に出しためぼしい成果というのが、再現ポーションの量産化についての研究である。それが今から約三十年前の出来事。

 それによって帝国人の平均寿命は五年近く伸びたという実績はあれども、それ以降何の音沙汰もない研究塔に、パトロンである帝国貴族は業を煮やしていた。

 研究塔はアーティファクトの発掘にも参加しているため、三十年もの間何もしていないわけではないが、アーティファクトの発掘は国の事業である。研究塔の成果としては扱われない。つまるところ、研究塔単独での成果は再現ポーションを最後に途切れたままなのである。

 研究塔の彼らは貴族から問われる度に「研究段階です」と言って途中経過だけを提出し、後は研究塔にこもりっきり。

 ゆえに対立は深まるばかりだというのは、メアとバッカスを見ていれば分かる。

 貴族と研究塔の関係を表わす縮図としては、良く出来たものだろう。

 ただ、カタリナの教育に悪いからヒートアップする前に落ち着いてもらいたい。


「バッカス、先にカタリナを診てもらってもいいか? 俺たちも腹が減ってるんだ」

「お? ああ、放っておいて悪い。それじゃあ、そこの長い目で物事を推し量ることのできない脳足りんのおチビちゃんは放っておいて、お嬢ちゃんはこっちの椅子に座ろうか」

「ハァ? 長い目で見てもらいたいなら、それ相応の説明が必要でしょ? その義務を怠っておいて、よくもまあ、そんな事が言えたものだね。裏で君たちが何をしているかだって知って──むごごごむが」

「落ち着け、メア。喧嘩しに来たわけじゃないだろ」


 パンパン、と手を叩いて二人の気を逸らすと、カタリナもそれを真似て手を叩いてぺちぺちと音を立てる。

 先に身を引いたバッカスに反して、売り言葉に買い言葉といった風に前のめりになっていくメアの口を塞いで、処置の様子を見守る。


「……そうだね。ふてぶてしい研究塔の奴らを見ていると、腹に据えかねるのさ。でも、僕がここに来た理由は……」

「ん? なんだって?」

「なーんでもなーい」


 メアの声が聞き取れなくて聞き返すと、メアは答えるつもりなど毛頭ないかのようにすっかり元の調子に戻って、きゃるん、と音が鳴るような笑みを浮かべるのだった。


「はい、口開けて~」


 その程度で誤魔化せると思っているのかと詰め寄りたいところだが、これ以上の追及は意味を成さない。

 既にカタリナの方へと視線を移したメアの目には、バッカスは疎か、俺のことすら映っていないだろう。メアは都合の悪いことは一切認識しない、実に都合の良い五感の持ち主なのだ。メアは貴族だから、都合の良いことだけを吸って生きる我儘な蝶であることを許されているのである。

 こうなってしまっては俺に出来ることはない。

 押しても引いても駄目になったメアに白けた目を向けた後、肩を竦めた俺は彼から離れるようにしてカタリナの傍に腰を下ろす。


「はい、後ろ向いてー。肺の音を聞くから、息を吸ってー、吐いて―」


 バッカスは研究塔所属とは言え、衛生班に配属される程に医学の知識は豊富である。それに加えて、その巨漢がゆえに怯えられることも多々あるが、バッカスの処置の手際は見事という他なく、初めは縮こまっていたカタリナも慣れた様子でバッカスの言うことを聞いている。

 研究塔と貴族の蟠り。正直言ってしまえば、俺のような平民からすれば、どうだっていいことだ。生活がより豊かになってくれればそれで十分。だからメアに乗じてバッカスを非難することもなければ、バッカスの味方をしてメアを追い返すような真似もしない。

 ただ一つ言えることは、バッカスは俺の助けになってくれる、ということだろう。

 遊撃兵の特性上、怪我をすることの多い俺は第三機竜小隊の中でも特にバッカスの世話になっているせいか、彼に対して悪感情を抱くことはない。むしろ好感すら抱いている。


「何見てんだ。そんな面白いもんでもねえだろ」

「そうでもないぞ。お前の手際は、見ていて気持ちが良いからな」

「へへっ、そんな嬉しいこと言うなよな。照れるじゃねえか」

「……いいから早くしてくんない?」

「貴族様は短気で困るよなぁ? 少しは気持ち良く仕事させてくれねえとできるもんもできなくなるっての!」

「君も貴族だろ。それなら対価を示すことの重要性が分かって当然のはずだ」

「お生憎様。俺の家は俺が研究塔に入ってすぐに潰れちまったんで、家名なんてとっくの昔に捨ててあるんだわ」


 バッカスの問題点……というより、研究塔に属する人物全員に対して言えることだが、研究者は総じて、変人である。

 貴族として家がつぶれることを何とも思っていなかったり、家から勘当、もしくは自ら名を捨てて研究塔に入ったものがいるくらい、変人の巣窟なのだ。平民の俺から見ても変わっているとすら思えるくらい、気狂いが多い。

 それこそ、研究の為なら全てを捨てられるという覚悟を全員が有しているかのよう。その中でもバッカスはまだ常識人な枠組みに捉えられているのだから、秘匿の塔に一歩でも踏み入った先にどんな世界が広がっているのかなど、俺には想像もつかない。


「うーん、特に異常は無いな。最後は目だな。見えないんだったか? 一旦目隠しは外させてもらうぞ」

「あ、あぁ……」


 考え事に思考を割いていると、いつの間にか診察は終盤を迎えていた。

 見逃してもらえる、なんて楽観的なことは考えていないからこそ、声のトーンを一つ下げて返事をした。

 あの目隠しの下。カタリナの目を見て、研究塔の人間はどんな反応をするのか。

 俺は唾を飲んでその行く末を見守る。

 そうして明るみに出てくる、カタリナの紫水晶の目──


「え、なん、で……?!」



 ──では、無くて。



 目隠しを解いた先で明かりの下に出てきたのは、カタリナを異様な存在たらしめる紫水晶の目……ではなくて。

 普通の、一般的な、ごく当たり前の、つるりとした肉感のある、人間の眼球だった。

 そのことに驚くのは俺だけでなくメアも同じで、俺とメアは二人して目を見合わせる。


「何だお前ら? 二人して変な反応だな。まあいい、診ていくぞ」


 俺たちとは違ってバッカスは淡々とカタリナの目に細いライトを当てて行く。

 全てが紫水晶で出来た彼女の眼球を、彼は知らないのだから、当然と言えば当然の反応。むしろ、紫水晶で出来た眼球が瞼の下にある、などと考えている方が異端なのだから。

 だがそれは、紛れもない事実。……そのはず、だったのに。

 その事実を知っている俺とメアだけが困惑に囚われる中、俺が危ぶんでいたカタリナの目の問題は、ものの数秒で何事もなく終わりを迎えるのであった。


「視力は生まれつきのものか知らないが、今後戻ることもないだろうな。その点をどうするかはお前が決めろ。その子を生かすも殺すも、お前次第だ。……なんて言ってみたが、どうするかはもう決めてあるんだろ? 叶うなら大々的に送り出してやりたかったがな。そうだ、お前の治療もさっさと済ませてやろう。ほら、ここに腰掛けてろ──」


 診察を終えてバッカスが色々と言葉を尽くしていたようだが、俺の頭は突如として入れ替わったカタリナの眼球のことについてばかりが占めており、気が付けば俺はカタリナの手を引いて天幕を後にしていた。

 なんか、まだ仕事が残ってるからどうたらこうたら、みたいなことを彼は言っていたような気がする。いや、今はそんなことどうでもいいか。


「……お腹空いた」

「あ、あぁ……」


「──じゃ、なくてさぁ!」


 俺より先に意識を現実に引き戻したメアが、声を荒げて眼前に立ち止まる。

 メアの矛先が向いた先は、隣に並ぶ小さな紫水晶の目を持つ──持っていたはずの、盲目の少女。最早カタリナという少女にまつわる情報の全てが嘘に見えてくる感覚の中、乱暴に目隠しを剥ぎ取ったメアは、カタリナの瞼を強引に開かせ、目の中を覗き込んだ。


「んやー!」

「ジッとしてて! ……ある。本物だ。幻とか、偽物とかじゃない。触った感覚は、人の眼球で間違いない。でも、どうして? 目隠しをするその時まで、確かに宝石だったのに……」

「お、おい、メア! それくらいにしておけ! 嫌がってる、だろ……」


 メアは小さな少女の瞼を力任せに開いて、その奥に隠された眼球に触れる。

 少女であるカタリナが抵抗するも、年端もいかない少女の膂力で軍人であるメアの手を振り払えるわけもなく。メアの指先がカタリナの眼球に押し当てられ、遂にはカタリナの目から涙が零れ落ちたのをきっかけに、俺はようやくメアの制止に動く。

 それでも、俺の言動には困惑が色濃く出てしまい、メアを強く指摘することは出来ていなかった。


「ウェイド、どうして邪魔をするのさ。君も見ただろ? この子が人間じゃない、って証拠をさ」

「……だとしても、やり過ぎだ。お前今、目玉を潰そうとしただろ」


 遅い。あまりにも遅い助太刀だというにもかかわらず、カタリナは怯えたように俺の足元までやってきてメアから隠れる。

 俺とメアとの間に、剣呑な雰囲気が満ちる。

 だが、メアの言い分も分からないわけではない。俺自身、今もカタリナを気味悪く思っているのは確か。だが、俺を俺たらしめる心に根を張る感情、「子供を傷付けるのは許さない」、という思いがメアとぶつかり合っている。対立がしたいというわけではないというのに。

 メアは俺の問いに、鷹揚に頷く。


「そうだよ。もしかしたら、その目玉の裏に僕たちが見たあの宝石の目があるのかもしれない。無かったのなら、その時はその時だけど」

「子供の目を潰しておいて、その程度で済むと思っているのか」

「子供? ウェイドは勘違いしてるよ。それは子供じゃない。正真正銘の……化け物だよ。ウェイドは子供に甘いからね。踏ん切りがつかないなら僕が殺してあげる」


 そう言って遂に剣まで抜いたメアに対して、俺は本格的にカタリナのことを庇う態勢に移る。それだけはさせない、とばかりに。


「……カタリナが、ただの子供じゃないことも、人間じゃないことも、分かってる」

「理解してるなら、さっさとどこ退いてよ。危険な存在かもしれないんだから、殺しておくのが一番だよ。後顧の憂いは、断っておかなきゃ。それに、殿下の命令でもあるしね。僕、これ以上命令無視はしたくないんだよ。……だからそこ、どいてくれる?」

「……っ」


 戻ってきてすぐに武装解除した俺とは違い、今に至っても腰の剣を下ろさなかったのは、カタリナを警戒していたからか、なんて冷静に考えている場合じゃない。

 本当にこいつは、誰に対しても何を考えているか悟らせない男だ。そこが却って、信頼に値するとも言えるのだが。


「普通の子供じゃない。普通の人間じゃない。これでもまだ庇うって言うなら、ウェイドの上から突き刺すだけだよ。やめてよね、僕に同僚を殺させる真似をさせるなんて」

「……確かにカタリナは普通の子供じゃない。普通の人間でもない」

「分かってるんなら、どうして頑ななのかなー?」


 苛立ちを隠さないメアに対して、俺は小さく息を吐いて、端的に答える。

 俺が、カタリナを庇う理由を。



「──カタリナが、化け物じゃないからだ」



 普通の子供でも、人間でもない。

 だが、化け物でもない。

 カタリナを庇う理由は、それだけで十分だ。

 俺の答えにメアは少しだけ呆けた姿を見せたかと思うと、落ち着きない様子で足を動かして苛立ちを露わにする。


「……分っかんないなぁ。その子のせいで、ウェイドは立場がもっと危うくなるかもしれないんだよ? それでもまだ庇うって言うの? 僕たち小隊よりも、その化け物を取るって言うんだ」

「化け物じゃない。それに、どっちを取るとかでもない。これは、どうしても俺が譲れないことなんだ。だから頼む。見逃してくれ」

「どうしても、譲れないんだ?」


 メアの問いに、頷き返す。

 もし仮にここでメアが剣を振るった場合、俺とカタリナはこの場で地面に伏すことになる。メアは俺を斬ることが出来たとしても、俺にはそれが出来ないから。

 それでも、ここで嘘がつけるほど俺は器用でもないし、自分を騙すことを許容できる訳でもなかった。

 メアが微かにでも動きを見せたのなら、カタリナを抱えて逃げよう。そう心に誓った──直後だった。

 睨み合ったまま流れたしばしの沈黙の時を経て、メアがふっと体から力を抜いたのは。


「……え?」


 その予想だにしなかった結果に、俺は驚きを隠せない。


「あはは、何その顔。ていうか、そもそも、僕がウェイドに剣で勝てたこと無いの知ってるでしょ?」

「冗談……だったのか?」

「そんなわけない。本気だったよ。本気でその子を殺そうと思ってた。……でもね、思い出してみれば殿下が命令したのは、『明日』見かけたら、でしょ? だから今日はセーフ、ってことで」


 思わず、なんだよそれ、と悪態を吐いてしまいそうになる。

 流れる動作で剣を収めたメアを見て、ようやく俺は息を吐いて緊張していた体を解すことが出来た。


「……今夜は寝床には戻らない方がいいよ。多分、というか確実に荒らされてると思うから」

「オリバーの奴か」

「そうだろうね。だから寝床は工夫した方がいい」

「工夫って言われてもな」

「……僕もまさか、機竜に余計な荷物が積まれてるなんて、気付かないかもね」

「メア、お前……。いいのか?」

「いいって、何が? ウェイドは変なことを聞くんだから」

「……最後まで、面倒をかけるな」

「……面倒なんかじゃないよ。カタリナちゃんのことで拗れちゃったけど、君をきちんとした形で送り出してあげたいのは何も、バッカスだけじゃないんだよ。僕も、フュリーズも、ワーグナーだって同じなんだから」


 剣呑だった雰囲気から一転して、メアは恥ずかしそうに顔を逸らしながら呟く。

 相変わらず素直じゃない彼の言葉に、俺は思わず破顔してしまう。


「はっ、なんだよそれ。一人でいじけてた俺が、子供みたいじゃないか」

「子供だよ、君は。まったく、僕がいないとダメなんだから。ま、せいぜい夕飯くらいは持って行ってあげるよ。あ、でも今日くらいは自分で取りに行ってよ? 僕、この後用事があるからさ。整備のシャーリィには言ってあるから」


 至れり尽くせりのメアの対応に感動を覚える一方で、メアは面と向かって礼を言われるのが恥ずかしいのか背を向けて去って行く。


「何から何までありがとう。メア」

「……僕が命を預けられる平民なんて、君しかいないよ」


 メアは素直じゃない褒め言葉を残して、夜に溶け込むように去って行く。

 相変わらず捻くれているというか、貴族というのは素直では生きていけないのだろう。難儀な男である。貴族として生まれて無ければ、もっと自由に生きられたはずなのに。……それをメアに言うのは、侮辱が過ぎるか。

 だから俺は、黙ってメアの厚意に甘えることにするのだった。


「……あの人、嫌い」

「あいつにもあいつなりの事情があるんだよ。だから許してやれとは言わないが、分かってやってくれ。俺も、あいつのことは嫌いじゃないからな」

「……わたしと、どっち、好き?」


 面倒くさい女を代表するような質問を口にしたカタリナに、俺の頬はヒクつく。

 そんな台詞をどこで覚えてきたのかと問い詰めたくなる。


「メアのことは嫌いじゃないだけで、好きでもない。それはカタリナも一緒だ。俺は正直、お前とどう接するべきかまだ分かってない。お前を連れ帰ってきて本当に良かったのかすら、分からないんだから」

「……ウェイドの好きと、嫌い。たくさん、教えて」

「ああ、そうだな。時間はたくさんあるから、たくさん教えてやろう」


 さっきまでの痛い思いなど忘れているかのように茫洋とした眼で見上げてくるカタリナの頭を撫でてから、小さな少女の歩幅に合わせて歩き出す。

 勝利に沸く機竜小隊が飲めや歌えや、と騒ぐ特設本部から逃げ去るように、俺とカタリナは静かに語らいながら姿を消していく。

 誰の目にも止まることのない、夜の帳が支配する世界の中に──。





補完と言う名の、言語解説。


【研究塔】


アーティファクト研究の一人者ばかりが集まる組織。

研究塔の頭脳無くして帝国の繁栄は無い、とすら言われるほど帝国の根幹にかかわる組織。

しかし、研究者は総じて変人ばかり。

真面目そうに見えるバッカスも、仕事と言う一皮を剥けば自分の体を実験に使って夜な夜な好奇心の赴くままに研究に没頭する変人筆頭。歴戦戦士の如き肉体の傷は全て実験の痕。

世間に貢献するため、という名目さえ果たせれば、彼らはどんな研究も許されている──と認識しているため、研究塔では時に倫理観の外れた実験も行われることがある。当然それらは秘匿され、ひっそりと処罰を受けるのだが、それが成果を結んだ事例も少なからず存在しているため、貴族も強く出られずに睨みを利かせることで監視の目を強めて警戒するしか無いのが現状。



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