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二節 傷痕2

 

 ◇



「──と、言うわけでして。私たちは町の外を彷徨っていた同胞を道すがら拾い集め、この森の奥にある捨て置かれた廃村に住み着いていたのですが、魔物の群れに襲われてしまい人手が足りなくなってしまったのです。その際に私達を率いてくれていたお医者様も貴族様も亡くなってしまったのです。もし再び魔物が襲い来るような事があれば、と途方に暮れていたところにあなた方が魔物を追い払ってくれて……!」

「ブランとウォルマン様は甚く感謝しているのです!」

「それは、それは……」


 彼らの身の上話は、直接的な関係を持つ俺にとっては罪悪感が駆られて苦しみ果てるような内容であった。明朗に語っていたはいたが、恐らく彼らのこれまで歩んできた道には思い出すのも苦しいほどの経験があるということは想像に難くない。呪い人(ネビリム)に課せられた運命というのは、帝都でさんざん見てきて思い知らされているから。


 また、共感性の薄いメアからすれば、世界中にありふれたようなほとほと聞き飽きた不幸話でしかなかったようだ。後ろから反応を見れば良く分かる。微笑んで同情の意を表しているかのような表情で彼らの話に相槌を打つメアがこっそりと小声で「……傷の舐め合いか」と呟いたのは気のせいだと思い込みたい。もしもこの世に悪魔がいるのであれば、メアこそがそれに相応しいだろう。なんて心の無い男なんだ、とその時ばかりは俺の罪悪感も忘れ去られてしまった。


「もちろん、皆様に私たちの面倒を見ろ、と面倒を押し付けるわけではありません。魔物を討伐して下さったお礼をしたいのが半分、皆様のお怪我を癒して差し上げたいと言うのが半分でございます」

「医者はいないから、自分達でってことでしょ?」

「そ、そればかりはご容赦願いたいのです……! しかし、我々の恩人にお礼の一つも返せないと言うのは、帝国人の名折れでございます。そこで、皆様のお怪我を少しでも療養できればと思い、持ち主のいなくなった道具を活用していただければな、と思った次第でございます。決して、悪意や他意はございませんので、どうか、ご容赦を……」

「あぁ、別に責めているわけではないよ。ただ、道具を好きに使っていい、ってことなら構わない。むしろ、君たちの怪我人の面倒すら見てあげてもいいよ」

「ほっ、本当ですか?! ですがそれは、皆さまのご負担になるのでは……? 大変ありがたい申し出ではございますが……」

「いいっていいって。困ったときはお互い様でしょ? それに僕たちも、何もせずに村にお世話になるわけにはいかないしね」

「おぉ……! なんと慈悲深いお言葉を……! や、やりましたな、ブラン!」

「はい! はい……ッ! やはり、お三方は神が遣わしてくれた御使い様、救世主様に違いありません! あぁ、神よ。この慈悲深き出会いに巡り合わせていただいたこと、深く感謝申し上げます!」


 困ったときはお互い様、などという共助の精神を示す文言がまさかメアの口から吐かれるとは思ってもおらず、俺は耳を疑った。

 どうやら彼らにはメアの対応は悪魔とは対を成す存在である天使のように思えたらしく、特に敬虔な信徒である女性兵士の方からは執拗なほどに祈りを捧げられていた。

 メアの言葉に救われたと思い込んで喜び合う二人には、笑みの深まったメアの横顔は明らかに悪い顔をしていることに気が付かない。かと言って俺がそれを指摘することは出来ない。俺にはただ、黙って成り行きを見届けることしか出来ないのであった。


「……何見ているんだい? ほら、さっさと行くよ。着いてきなよ」

「あ、あぁ」


 先程までの不快感を露わにするほどの機嫌の悪さはどこへやら。

 未だに何が彼の琴線に触れたのか分からないが、嬉々とした様子で先導する二人の横に並んで更なる情報を求めて村の話などを聞き出し始めるメアの背を見送って、俺はただ茫然とする他ない。

 その様子を見るに、俺の一大決心はどうやら無駄だったらしい。無駄に済んで良かったとも捉えられる状況に肩を落として深い溜め息を吐いて彼らから大きく距離を開けて緩やかな歩幅で歩き出す。


 体を動かす度に肉体が軋み、走る鈍痛に苛まれる体を動かして前を行く彼らの後を追って歩を進めていると、メアと入れ替わるようにして、俺の心を代弁するかのような苦笑を浮かべたリリスの顔が隣にあることに気が付いた。


「あはは……完全にメアさんのペースになっちゃいましたね。……ウェイドさん、顔色悪いですが、大丈夫ですか? 歩けますか? 肩を、貸しましょうか?」

「いや、いい。一人で歩ける」

「でも……いえ、分かりました。一緒に、行きましょう?」

「いや、俺のことはいいから──」

「一緒に、歩くだけです。同じペースで、あなたの、隣を。それも、駄目ですか……?」

「……好きにしろ」


 そう言うとリリスは、ぱあっと花咲くような笑みを見せてぴったりと隣を歩む。

 その後ろで満足げに鼻を鳴らすエースがいるのだが、俺は居心地が悪くなって少し間を空けて歩く。すると、リリスも一歩寄って来る。


「……」

「好きにしてます」


 隣に向かって抗議の目線を送るも、リリスは取った言質をかざして楽しそうに微笑むだけ。素行を止める素振りは無いらしい。


 俺には、未だにリリスの考えていることが分からない。

 あれだけのことをしておいて好かれている、だなんて思えるほど自惚れてはいない。誰がこんないつ爆発するか分からない火薬庫のような存在を好き好むだろうか。そんな存在、とんだ物好きだとからかわれるのがオチだろう。だとすれば嫌っているのかと思えば、そんな素振りは一切見せない。嫌いな存在に甘く囁いたり、微笑んだりするとは思えないからだ。


 であれば、残された可能性は一つだ。


 傷付けられた腹いせに、俺を惚れさせてからこっぴどく振る。もしくは、裏切る。これに違いない。

 帝都では、他人の恋心を弄ぶというような恋愛観が繰り広げられていたから可能性としては高いだろう。いわば、復讐と言う奴だ。貴族の私が平民如きに謗られた、なんて考えているのかもしれない。リリスはそんな古い体系にこだわるような貴族然とした女性では無かったが、最早あの頃の彼女のことさえ信用できない。

 これだけ大きく世界が変わっているのだ。俺の見知った人が変わり果てているように、彼女も考え方が変わっているに違いない。


 ……こんな考えすらも色眼鏡なのかもしれないと思うと、俺の考えもすっかり捻くれたものになってしまったものだと言わざるを得ない。


 セナ村にいた頃なんかは、相手が嫌がることさえしなければそれで良かった。ハーヴリー神父からもシスターフィオナからも、そう教わって来た。けれども、ロベリア陛下の政策か何かで一定以上の基準を獲得したばっかりに帝都に召集を受けて士官学校に入学した先で、俺は色々なことを学んだ。

 学ぶ場なのだから当然と言えば当然であり、悪意すらも無かった──否。あの頃は気が付かなかっただけの田舎とは違い、一歩踏み込めば蜘蛛の巣のように雁字搦めにされる帝都では、何も知らないままでは生活も出来なかっただろう。俺は様々なことを教えてもらった。


 帝都に来て初日に困窮している浮浪者に近寄ろうとしたのを、屋台のおっちゃんに止めてもらったことを思い出す。帝都に限らず、世界中のどこにでも人の善意に付け込もうとする輩は存在するのだと、口酸っぱく言われたことは今でも覚えている。


 だが、何処まで行っても俺は田舎者に過ぎなくて。

 結局、カタリナには弄ばれて。

 ハーヴリー神父には裏切られて。

 リリスと師匠には、見限られて。


 俺は、その教えの一つさえ守れなかった、世間知らずの田舎者でしかなったのだ。

 だけれども、こんな俺にも、矜持と呼べるものはあって。


「……好きに、すればいい」


 今の俺に矜持を誇る権利など無いと分かっていながら、最後に残ったひとかけらを捨てられずにいる。未だに逸れにしがみついているのは、それだけが唯一、俺を俺たらしめるモノだと理解しているからだ。


 もう二度と、あんな思いはしたくない。

 その一心で、諦念を込めて言葉を送る。騙されるものか、と拒絶の意を込めて。

 俺のその意思が伝わったのだろうか。横目で見たリリスは眉根を寄せて悲しんだ表情を作っていたが、俺はそれ以上の言葉を掛けるつもりは無かった。だが、彼女には言葉を続ける理由があるようで、ぼそぼそと聞き取りづらい声で語り出した。


「わ、私は……、私はずっと、あなたの隣にいます。ウェイドさんの気持ちが整うまで、ずっと待ってますから。何度だって、話しかけます。だから、いつか、ちゃんと……ウェイドさんと、前みたいに、話せるようになるまで、私……待っています。それさえ許していただければ私は、何も望んだりしません」

「……」


 震えた声音。力の込められた言葉。静かな吐息。

 そして、揺るがぬ瞳。


 彼女の声は決して大きな声では無かったものの、俺から返す言葉を奪うには十分過ぎるほどに彼女の覚悟が示されたような内容であった。

 それはまるで、リリスは本気で俺を想っているようではないか。あんなにも酷い事をした俺を、許しているかのようではないか。


 罪には罰を。罰には許しを。

 そんなうまい話がある訳が無い。俺はまだ何も償えていないと言うのに。かと言って、お前の言っていることは罰への冒涜だ、とリリスを怒鳴る訳にも行かない。そんなもの、結局は個々人によって異なる基準があるのだから。そもそも、なんだ。罰への冒涜だ、なんて。メアも言っていたが、いい加減、俺は身の程を知るべきだ。


「……っ」


 そこで、俺ははたと気づく。

 俺自身が何を望んでいるかを。


『話がしたい』


 彼女の言葉に震えた心を、俺は何が何でも封じ込めて、おくびにも出さない。

 それこそが、今の俺に必要な全てだろう。言葉にしなければ何も伝わらない。分かっているけれど、その一歩が踏み出せないのだ。話をした先で、何が待っているのか分からないから。


 ……もしもまた、信頼した誰かに裏切られたら。


 その先で待つ未来は、真っ暗闇に違いない。それが怖くて、恐ろしくて、想像しただけで戦慄に包まれる。だから俺は、彼女に期待させるような真似はしてはいけない。だから彼女も、俺を期待させるような真似はしないでほしい。……俺とリリスの道はもう、交わることがない。もし再び交わることがあったとしても、その先は崖だろうから。

 俺はもう、誰も信用できないのだから。


「二人ともぉ、何話しているのさ」

「二人きりの時間だったのに……」


 リリスに加えてエースからもジトっとした目線を浴びるメアは、それらを「ふーん」と言って受け流す。俺たちの会話の中身など、メアにとってみれば興味の無いことだったようで。

 そんなメアの顔を見ると、なぜだかホッとする。ささくれ立った胸を静かに撫で下ろすと、メアはその様子を一瞥した後に何も言わずに話を始めた。


「君たち二人じゃまともな会話が繰り広げられるとは到底思えないけどぉ? まあ、そんなことはいいんだよ、どうでも。……それじゃあ、情報を整理しようか」


 メアは言いながら、前方の二人には聞こえない声量で話し始める。


「これからの行動の指針を話すよ。分かるかい、ウェイド? 君に足りないのは、僕のように報告と連絡と相談の三つ。もう今の君は独断専行は遊撃隊の華じゃないんだよ。奇しくも三人ともに同じ第三機竜小隊所属だったけれども、僕たちはもう機竜小隊じゃないからね。これからは何事も自分一人で進めないこと。なにも僕だって君のやる事成すこと全てを否定したいわけじゃないんだよ。これだけは踏まえてくれよ。今回のことはそこまで言い含めないといけないことを怠っていた僕のミスだということにしてあげるから」


 相変わらず一言も二言も多いメア。それが今は、どこか心地好くて彼の言葉の先を促す。だが、その先に続く言葉はなんとなくだが予想がつく。

 メアが善意で行動することなど有り得ないから。困窮している呪い人(ネビリム)相手にすら、その手を緩めることは絶対に無いことも理解していた。


「行動の指針、だったな。村に行って、何をするんだ?」

「彼らを……利用しよう」


 そう言ってあくどい笑みを浮かべたメアを見て、俺は却って安心感を覚える。

 あの王族の抜け道でメアが言っていた言葉を思い出す。


 ──何をして、何をしないかを知ることだ。


 その点で言えば、俺はメアを信頼しているのだろう。メアの行動には、必ず理由が付く。それさえ踏まえていれば、メアが何をするかどうかは推し量れると言うものだ。


 その旨をメアに伝えたところで、「あ、そう。僕は君が考えていることなんてこれっぽっちも理解できないけどね」とでも返ってくるだろう。それに、俺自身がメアを信頼している、だなんて認めたくないのが本音である。あいつに相談事なんてした暁には、メンタルをべきぼこに圧し折ってくるに違いない。だからメアは信頼に値しない……というわけでは無いが、俺の中ではある意味で信じられる、といった立ち位置くらいがちょうど良いのかもしれない。


「ウェイド、話聞いてる?」

「聞いてるよ。彼らを利用するんだろ?」

「って言っても別に、ウェイドがやることなんてほとんど無いんだけどね。ウェイドはただ黙っていること。これは君の罪悪感とか関係無しに、余計なトラブルを生まないためのことなんだからしっかりしてよね」

「分かった」

「……本当に分かったの?」

「ああ、もちろんだ」

「さて、どうだか。それで、僕とリリスちゃんは──」


 笑顔で悪だくみを開始するメアに、リリスは若干引き攣りながら耳を傾けていた。

 二人の相談事を他所に、俺はエースと並んで彼らの先導する後をついて行く。


 それから、どれだけ歩いただろうか。

 前を歩く二人はメアやリリスと打ち明けた頃であり、木々の隙間から見える稜線が赤く染まり始めた頃。声が上がった。


「──もう、間もなく村に到着いたします。歓迎の用意はできておりませんが、ご了承ください」

「ですが、安心してください! 救世主様を歓迎する支度はすぐに済ませて見せますから!」


 二ッと人好きのする笑みを湛えた男性と、ドンと胸を叩いて双丘を揺らす女性の声に顔を上げると、森の中にぽっかりと空いた空間が見え、斜陽に照らされた村が目に映るのであった。







補完と言う名の、言語解説。


【救世主】


──道に迷いし子らよ。惑うなかれ。天を仰ぎ、祈りを捧げなさい。さすれば、道は切り拓かれん。

──苦難に喘ぎし子らよ。嘆くなかれ。地に下り、祈りを捧げなさい。さすれば、救済の時来たれり。

聖神教聖典、第二十一章、七項『救世主より』。八十七頁より抜粋。


性別も、背丈も、体温すらも不明。だが彼の御方が纏う外套に包まれた熱だけは覚えている。世界中の恐怖から隔絶されたかのような、我が家の如き安心感に包まれた瞬間は悦にも及ぶ快感。貧困に喘ぎ、侮蔑や嘲笑に塗れてきた人生の中で初めて感じる悦は寂れた心に火を灯し、じんわりと温まる感情を示す言葉を、私は知らない。彼の御方に関することで唯一分かっているのは、外套で外の害意から包み隠してくれる際に聞こえた「もう大丈夫」という声だけ。男性とも女性とも判別つかない声だが、肩肘張っていた体が弛緩するような心地を味わえたことを、私は生涯忘れないだろう。

聖神教聖典、第二十一章、七項『救世主より』。九十一頁より。

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