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一節 没頭5

 


 ◇



「はい、あーんして下さい」

「……一人で、食べられるんだが」

「駄目です。約束を破った罰だと思ってください。はい、あ~ん」

「……んぁ」

「どうですか? 美味しいですか? 群襲燕(ブレイブシューター)は初めて使ってみたんですけど、普通の鶏より臭みが強かったのでハーブを効かせたんですよ。分かりますか?」

「う~ん。ハーブよりも香辛料を多くして、もう少し塩味を抑えられたらいいかも。それとも、魔物の肉は全部出汁に使って、スープとかテリーヌにするのもありかな。香味野菜を使えば、問題の臭みも抑えられるだろうし」

「……それは、遠巻きに美味しくないって言いたいんですか」

「リリスちゃんも随分と卑屈になったものだねぇ。誰に似たんだか。それに、僕は出された食事にケチをつけるほど小さい器じゃないのさ。これは正当な評価だと受け取ってもらって構わないよ。その結果を、君がどう受け取ろうとも僕の知ったことでは無いけどね。変異種の解析にかかるとなると食事の手間すら煩わしくなるからさ、こうしてリリスちゃんがウェイドのついでだとしても食事を作ってくれると言うのはありがたいことなのさ。そう、感謝すらしているんだから、素直に受け取ってくれも良いんだよ」

「あのメアが感謝、ねえ……」

「僕の意図をこれっぽっちも読めなくて右往左往してただけの誰かさんは黙ってくれるかな」


 全身を包帯で巻かれ、顔色を悪くしながら満足に動くことの出来なくなった俺は、リリスに手取り足取り支えてもらいながら食事を取っていた。

 隣には、俺ほど重体とまではいかないが、同じく包帯でぐるぐる巻きにされたメアの姿。知り合ってから今までそんな重体のメアを見た事が無いから新鮮であるが、自慢の肌と髪を傷付けられた上に、期待外れの活躍を見せた俺に腹を立てているお陰で虫の居所が悪いようであった。リリスを巻き込むのは申し訳なく思うが、不機嫌極まるメアなど俺の手には余るため、とばっちりは甘んじて受けてもらおう。


 あの後、俺は間もなくして意識を失った。

 神の雫(ミューズ・ア・ムール)の反動に加え、血を流し過ぎたことによるものだと目を覚ました後でメアから診断を受けたのだが、目を覚ましてもなお続く虚脱感に労力を伴う行動、すなわり立ち上がることすらままならない状態であるため、リリスの世話にならざるを得なかった。

 世話を焼いてくれるのは助かるが、身動きの取れない状態で延々とわんわん泣かれるというのは気分の良いものでは無いが、それはリリスも同じだろう。おおかた、彼女の心中では「何回傷付けば気が済むのか」と辟易しているに違いない。


 魔物肉の下処理と調理時間を経て幾分かの時間が経過したお陰か、少し回復した体であれば食事の介助も必要無いはずである。だがリリスはそれを断固として譲ってくれずに、俺のスプーンやフォークを用意すらしてくれなかった。これも彼女の憂さ晴らしになるのであれば、と思って付き合っている。そのうち飽きるだろう。


 そんな無様な姿を晒す俺の横で、メアは不機嫌そうに俺の方を睨んで、ケッ、と吐き捨てる。先ほどからずっと恨みがましい視線を向けてくる理由は彼の言葉の通り、俺がすぐに駆け付けなかったことに対する不満が全てである。

 メアの中では、もっと的確に物事が運ぶはずで、理想の通り描かれるのであれば自分はこんな傷を負わずに済んだと言いたいのだろう。


 ……森の中で見えたあのフラッシュは変異種による最後の悪足掻きであるただの目くらましだったようで。光が明けた先で紫水晶の彫刻が現れる、などというトラウマが刺激されたのが馬鹿らしく思えてくる。それを知ってか知らずか、メアは棘のある言葉を口にしながらリリスお手製の肉団子を口に運ぶ。


 熱かったんだろう。顔を真っ赤にしてハフハフしている。


「もう少し、分かりやすくだな……」

「分かりやすかっただろう?! 上空のは囮で、僕は本命を捉えに行くってはっきりと伝えたじゃないか!」

「……そんなこと、一言も言ってなかったけどな」

「はい、あーんしてください」


 口を尖らせるメアに対して、メアの言葉を思い出す。

 しかし、いくら考えてもメアの言葉にそれらしいものは見当たらない。もしかしたら俺の記憶違いか何かだっただろうか、などと考えていると、親鳥の真似事に夢中だったリリスから声が上がる。


「その……貴族の迂遠な言い回しは、分かりにくいだけですよ。メアさんってば、ウェイドさんと話すときだけはもっと砕けているのに、どうして土壇場でそんなことを? それとも、それをするだけの必要があった……ということですか?」

「どうやら、リリスちゃんの方が理解力があったみたいだよ?」


 ほら見たことか、とドヤ顔を見せつけこられても、俺に伝わっていないことには変わりないのだが。

 ……そう言いたいのを必死で堪えて肉団子を食む。ハーブと香辛料がふんだんに使われているのが分かる。帝都でもそう安くは無い値段で提供されるような代物を前に、俺は黙って咀嚼を繰り返すのだった。


「言い回しが必要だった、つまりは、変異種は人語を理解する知能に加えて、作戦の裏をかく程の知能を有していたんだ。あの段階で倒せなければ、僕たちは敗北を喫していた……そうだろう?」

「確かに、俺は限界だったけれども……」

「僕だってそうさ。君が落ちれば、あの数を前に凌ぎ切れるとは思えないからね。だからわざわざ遠回しに言って確実性を高めたのに、まさか真の敵は味方だったとは思いもしなかったよ、まったく……」

「それはそうと」

「それはそうと?! 君、僕の気持ちを推し量ってものを言ってくれるかな?!」

「結局のところ」

「結局のところ?! また無視した!」

「今回の変異種はなんだったんだ? リリスを狙ったり、俺たちの力量を比べるみたいなことまでして……。どんな能力だったんだ?」


 喰い裂き餓狼(ストーカーファング)の時のように、多少強靭になって、不可視の斬撃を飛ばす、というような単純で分かりやすい特殊能力では無かったことだけは分かる。群襲燕(ブレイブシューター)の変異種の獲得した特殊能力は、極めて複雑。それこそ、メアの貴族特有の迂遠な言い回しくらい分かりにくく、その上苦戦を強いられるものであったに違いない。

 リリスに慰められているメアに問いかけると、顔を上げてケロリとした表情を見せる。


「あれ? 変異種を切った時に見てないの?」

「無我夢中だったからな。変異種がいるということは分かっていたが、姿も消えていたし、切った後は空しか見えていなかったし」

「いやぁ、なんと言うか……。ねぇ?」


 あれだけの数の同種を操り、俺たちを苦戦させた変異種である。それはもう、さぞかし物凄い能力を有した変異種なのだろうなと思い込んで尋ねてみたところ、返って来たのは想定とは全く異なる反応であった。


「何か、あったのか?」

「まぁ、そうだね。実際に見てもらった方が早いと思うけど、生憎と今は食事中だからね。魔物の死骸を見て食欲が減衰しても困る。傷付いた毛髪と肌を癒すには、栄養を摂るのが一番だからね」

「……だからさっきから一番良い部位ばっかり食べていたんですか」

「ハハハ、目敏いねえリリスちゃん。ウェイドに食べさせてあげたかったのかい? 健気だけど、ウェイドの怪我よりも僕の肌のコンディションの方が大事なんだよ。ほら、可愛いさの減退した僕よりも、可愛さが天井を突き破るくらい可愛い僕の方が、一緒に居てテンション上がるだろう?」

「前々から思ってましたけど、メアさんって変わってますよね」

「可愛さの妄執に取り憑かれた奴なんだ。かわいい種族とでも思っていてくれ」

「その点、ウェイドは僕の可愛さを良く理解しているよね」

「──ッ?! うぇ、ウェイドさんは、あれくらい自己愛が強い方が、好みなんですか……?」

「どうしてそこで俺の好みに繋がるんだ。メアがメアらしいってだけの話だろうが。……それよりも変異種の話だ。見れば分かるって、どういうことなんだ?」

「それよりもで流すかな、普通」

「あれも偽物だった、とか言わないよな」


 思い出すのは、跳び上がった木々の上での光景。

 アレを変異種だと認識したのはメアだけじゃない、俺もだ。浮遊感に包まれる中で、俺は確かにそれを見つけて手を伸ばしたのだから。


「あれ、も? 何を心配しているのか知らないけど、君が切ったのは間違いなく変異種だよ。ただ、異なる点が一つだけ」

「何か、あったのか?」

「あったと言うか、なかったと言うか」


 言葉に詰まる様子を見せるメア。リリスも揃って顔を顰めるのだが、一体何があったと言うのか。神妙な気分になって重ねて問いかけようと前のめりになるが、俺が口を開くより先に、メアが答えを口にした。


「変異種は、確かに殺したよ。でも、その変異種は──群襲燕(ブレイブシューター)の変異種()()()()()()んだ」

「……は?」

「驚くのも無理は無いけど、僕もこの答えに辿り着いた時には密かに驚いたものだよ。舐められたもんだってね。でも、同時に納得も出来たのさ。たかが変異種になったところで、群襲燕(ブレイブシューター)如きがあんな軍隊染みた真似が出来るとは到底思えなかったからさ」

「じゃ、じゃあなんだ? 群襲燕(ブレイブシューター)は、別の魔物の変異種に命令されていたってことか?」

「いいや? 群襲燕(ブレイブシューター)の変異種はいただろう? つまり、二種類の変異種が一つの群れを形成して呪い人(ネビリム)である君を追い詰めていた訳だ。君が、空で仕留めてくれたんだろう?」

「あれは……俺が仕留めたわけじゃない。囮……いや、偽物を掴まされたんだ。メアも分かっているものだと思っていたが、違うんだな」

「にせ、もの……? 何を言っているんだい。僕は君に──」

「だから、それが偽物だった、って言ってるんだ」

「は……? は、ハハッ! そうか、そうか……この僕を、騙したというわけか。面白い、面白いなぁ、変異種って奴は……この世界は! アハ、アハハ、アハハハハ!」

「な、なんだかメアさん盛り上がっちゃってますけど、大丈夫ですか……?」

「……知らん。放っておけばすぐに元に戻るだろ」


 しかし、それにしても驚きである。

 変異種の姿が見当たらないとは言え、まさか戦っている魔物とは別の変異種が群れを操っていたとは。空中で偽物を掴まされた時でさえもまだ、メアが追っている先に群襲燕(ブレイブシューター)の変異種が居るものだとばかり思っていた。

 変異種相手に、完全に裏をかかれたわけである。敵の変異種は余程に周到かつ、それほどまでの知能を獲得していたということになる。喰い裂き餓狼(ストーカーファング)とは大違いの知能だ。


 しかし、それを今回の変異種が初めから有していたとは考えにくい。誤差と言うには余りあるほどの差だからだ。

 だとするとまさか……『変異種は成長する』とでも言うのだろうか。

 馬鹿げた疑問を思い浮かべていると、スプーン片手に悦に浸っていたメアが我に返ってくる。


「ふぅ……それで、何の話だったかな」

「……お前も、研究塔の連中とそう差が無いよな」

「聞こえてるからね?」

「悪い、失言だったな。それで、変異種は何の魔物だったんだ? 同じ鳥ってくらいしか記憶に無いんだが」

「それがね、なんとあの、マスカレードクロウ……化け烏の変異種だったんだよ」

「化け烏……って、あの?」

「ああそうさ、君が想像する、あの魔物だ」


 マスカレードクロウ。

 通称、化け烏。

 基本は同族で群れることはない、単体で行動することが多い魔物だ。その最たる特徴が、他の魔物に紛れ込むというもの。多くはクロウバット──烏羽蝙蝠という、生息域の近い魔物の巣に紛れ込んでいるだけの魔物だ。

 それがどうして群襲燕(ブレイブシューター)などという魔物を操っていたのか。


「生息域の変化も、変異種による変化……か?」

「正直そこはどうだっていいね。今回の事には関係ない。魔物学者が考えるべきところだ。今考えるべきは、変異種が持ち得た能力について、だよ。……けれども、ウェイドの話が本当だとするなら、僕の用意した仮説はひっくり返されるわけになるんだけど」


 俺とリリスは淡々と繰り広げられるメアの言葉にスープを啜りながら耳を傾ける。


「奴は、とにかく賢かった。それこそ、帝国軍にいる自称軍師の坊ちゃんたちよりも軍略と言うものに長けていた。惜しむらくは、選んだ駒が全てキングだったことだ」

「キング……一番重要な駒じゃないですか? 一番弱い駒なら、ポーンじゃないかと」

「盤上遊戯において、キングは重要なだけさ。取られたら負ける。だから強くも弱くもないんだ。けれどもその点、ポーンはアンパッサンができる。僕のポーンであるウェイドと、数だけが頼りの群襲燕(ブレイブシューター)は大違い、ってわけささ」

「これは……褒められているのか?」

「キングだけ集めても勝てませんからね」

「駒の種類はどうだっていいのさ。肝心なのは、相手はたった二通りの戦闘能力しか持ち得ない駒しか持っていなかった。限られた選択肢で戦わなければならなかったのだけれど、対戦相手である僕から言わせてもらえば、それが悪かった。もしもこれが全くの別の魔物であったのなら、僕たちはもっとギリギリの戦いを強いられていたかもしれないよ。雑魚が相手で良かったねぇ、ウェイド」


 明言を避けるかのようにメアは言う。

 恐らく褒められてはいないのだろう。この性悪男が他人を褒めるなんて、滅多に無いことだ。それこそ、今生の別れの際でしか聞けないくらいだと思っておこう。


「それで、その化け烏の特殊能力はなんだったんだよ」

「そう、問題はそこなんだよ。僕が想定していたのだと、特定の魔物を操る能力……一種の催眠術のようなものだと思っていたんだ。それを使って変異種を操れば、これだけの群れを一纏めにすることだってできるだろうから。でも、群襲燕(ブレイブシューター)の変異種はそもそも居なかった……。これが何を意味するか、分かるかい?」


 別の魔物の群れに巣食うマスカレードクロウが催眠術を手に入れる。自らの特性を良く理解した成長の仕方だろう。だが、メアの言う通り、たったそれだけの能力で俺たちを追い詰めたとは思えない。


「私には、何かがおかしい、ということしか……」

「変異種が持ち得た頭脳。知能の向上と考えるべきだが、俺が気になっているのは一つだ。その催眠術で、一体どうやってリリスの居場所を見つけ出したと言うんだ? そして、わざわざ狙ったんだ?」

「い、言われてみれば、確かにそうですね!」


 喰い裂き餓狼(ストーカーファング)との差異はこの際、有り得るかもしれない可能性として考慮するとしても、隠匿魔法で身を潜めていたリリスの居場所を見つけ出したことに関しては説明が付かない。なぜなら、リリスの隠匿魔法はかなりの高練度であるからだ。だから俺もメアも後ろを気にせずに戦えていたというのだが、奴はそれを見破った。そうとしか考えられない羽の命中精度。あれを偶然と呼ぶには、俺が言うのもなんだが、現実が見えていないと言わざるを得ない。


「うーん、それだけだと七十点だね。君が変異種を見つけられなかったことも踏まえて答えられたら百点だっただろうけど。……リリスちゃんが狙われた理由は、きっと変異種には無かっただろうね。たまたま非戦闘員を見つけたからそこに狙いを付けた、魔物にとってみれば、その程度だと思うよ。その先でリリスちゃんが死のうと、僕やウェイドが傷付こうと、どっちでも良かった。ただそれだけだと思う。その上で攻撃を仕掛けさせたというのなら、化け烏の変異種は、人間との戦闘経験もあったんだろうね」


 その上で、マスカレードクロウの変異種が生き残っていたということはつまり、奴は人間を殺している。それが呪い人(ネビリム)であったのなら、餌にされたことだろう。

 話を聞いて、もしかしたら死んでいたかもしれない、と震え上がるリリスにメアはニコニコ笑顔で問いかける。

 謎が解けていくのが楽しいのは分かるが、俺でも少しは気遣えるぞ。


「リリスちゃんは同じ隠匿魔法使いに会ったこと、ある?」

「は、はい……あります。その時は確か、学生の頃で……街中で、私にだけ人が見えている、ということがありました」

「生得魔法は、同じ効果のもの同士は打ち消し合う。不思議な性質を生かした、特殊技能の授業で習わなかったかい?」


 日常生活では有って無いようなものであるため、世間一般ではあまり知られていない生得魔法に関する知識。雑学と呼んで差が無い内容であるが、士官学校ではいの一番に教わる専門知識である。


 この性質の際たる特徴は、生得魔法の練度に関わらず打ち消し合うということ。生得魔法を究めた熟練者の魔法であっても、自覚したばかりの子供の魔法で相殺される。ゆえに、敵が強大であったとしても、同じ生得魔法の持ち主を用意するだけで敵の強さを半分以下にまで削ることができるのだ。ただし、世界中の人々が持つ生得魔法は確認されているだけでも十万以上の種類が存在しているため、事実上同じ生得魔法を用意することは現実的ではないというのが最大の課題にして問題であった。双子や三つ子でさえも持ち得る生得魔法が異なるのだから、世界中で同じ生得魔法を持つ者と出会うというのは、あまり現実的ではない。その上、魔法士として研鑽を積んだ者同士であれば、一つの生得魔法から十や二十もの選択肢を持ち得るため、実質的に相殺は不可能となっていた。


 とは言え、リリスは実際に出会ったことがあるのだ。紫晶災害前は帝都の人の出入りは一日約五万人と言われていたと考えると、不可能ではないのだろうが。


「……つまり、マスカレードクロウの変異種は隠匿魔法を手に入れていた、と? だが、それはおかしいだろう。メア、お前が言ったんじゃないか。変異種は催眠術を獲得した、と。それだと、二つ能力を持っていたことになる。変異種が複数の能力を有しているのなら、俺が戦った喰い裂き餓狼(ストーカーファング)はなんだったんだ」

「いいや、ウェイド。君の言っていることは正しい。君が感じているその違和感は、正しいもので間違いないよ。……あの夜以降、変異種の目撃例は増加の一途を辿っているんだ。それこそ、帝都近郊でも目撃されるくらいにね。でも、その目撃情報から討伐情報に至るまで、それら全てに共通しているのは、特殊能力の保有と、それから、能力の発現は一つまで、ということ。まるで僕たちに課せられた生得魔法みたいに、奴ら変異種は決まって、突出した能力一つだけに目覚めたのさ」

「なら、どうして今回の変異種は……」


 いつの間にか食事をする手も止めてウキウキした様子で解説に興じるメアは、俺の質問を待っていました、とばかりに言葉を重ね、さらに深くなった笑みで力説する。


「──そう、そこなんだよ! 群襲燕(ブレイブシューター)の群れの規模と、それら全体に掛けられる程に強力な催眠術に、隠匿魔法と思しき身を隠す術。それらを含めて僕の魔法が導き出した答えは一つ……化け烏の変異種は、群襲燕(ブレイブシューター)の変異種を食ったに違いないということだ」

「変異種が、変異種を食った、だと……?」

「無くは無いだろう? 化け烏が群襲燕(ブレイブシューター)の群れに巣食い、変異種となった。そこに偶然、群襲燕(ブレイブシューター)も変異種と化した結果、謀殺が起こった。変異種は呪い人(ネビリム)を好んで食らうんだ。紫水晶を宿した、という共通点を持つ以上、変異種同士で食い合ってもおかしくない。変異種が変異種を食らうことで、元の変異種は二つ目の能力に覚醒する……。詳しくは分からないけど、有り得る話だ。今まで変異種同士が同じ縄張りに居る、と言う話も聞かないということは、近付けば殺し合いが始まるから、と見ていいのかもね」


 すなわち、メアの仮説が立証できる素材が増える、ということか。


「そうなれば呪い人(ネビリム)の再覚醒に関しても謎を解くヒントになり得る……! ハハ、アハハハ! 出立早々にまさか変異種に遭遇するなんてとんだ災難だと思ったけど、これは好機だったわけだ。神の雫(ミューズ・ア・ムール)を使っただけの甲斐があったよ!」


 先程までの不機嫌さはどこへやら。

 却って怖いくらいウッキウキのニッコニコで研究対象の変異種の元へと駆けていくのであった。


「……」

「……」


 残された俺とリリスは互いに無言のまま食べ進め、すっかり動くようになった手足を使って片付けに移る。


「ま、まだ動いちゃ危険です! あ、安静にしていないと……!」

「いい。平気だ。本当だ。心配しなくていい。食事を作ってくれた礼と思って受け取ってくれ。それでも気が済まないのなら、出立の準備を整えておいてくれ。派手に戦闘をした後だからな。この場所も、直に追手が来る」


 戦闘を繰り広げた場所から移りはしたものの、ここはそう離れていない場所である。どこかしらで俺たちの戦闘を目撃ないし、聞き付けた追手が来てもおかしくはない。だから場所を移ろうと言うのだが、リリスは「あ、う」と声を漏らすだけだった。


「……」


 それを放って俺は食器や鍋を担いで水辺に向かう。

 リリスは、第三者が居るときと居ないときとで俺に対する接し方が大きく変わるようになってしまった。そうしたのは俺だから彼女の態度に文句なんて無いのだが、彼女の精神衛生面を考慮すると、あまり二人きりにはならない方がいいか。そのくせ、俺に世話を焼きたがるのは以前から何も変わっておらず、むしろより小さなことでも気に駆けてくるようになってしまった。祭司憎けりゃ聖典まで憎い、と言うくらいだ。俺の一挙手一投足が気に食わないのかもしれない。


「……お前のご主人様を怒らせて、悪かったな」


 なんて思いながら腕に巻かれた包帯を外して洗い物をしていると、静かに傍に寄って来る一頭の馬。エースだ。彼はぶるる、と鼻息を吹いて顔を擦り付けると、水を飲み始めた。

 人間以上に賢い様子を見せ、これほどまでに気遣いの出来る馬は俺は生まれてこの方エース以外に見た事が無い。村の農耕馬たちは総じて年老いていたから、エースのような若々しさとは無縁だった。何せ、エースの目には明らかに知能の輝きが宿っている。すわ、変異種になったのかと体中を触診したものの、紫水晶は一欠片すら見つからなかったことから、エースはただただ賢い馬だということが分かっただけであった。

 そんなエースの耳が、不意にピンと立つ。

 遅れて、俺の聴覚も駆け寄ってくる足音が聞こえて。


「ウェイドさん! あ、あの……ひ、人が。人が、来られて、話がしたい、って……!」

「……そうか。人数は?」

「ふ、二人、ですけど……どうしましょう?」

「どうもしないさ。リリスはそのままメアを呼んできてくれ」

「わ、分かりました!」


 嵐が止んだかと思いきや、次嵐である。


 ただ、リリスの反応からして帝国の追手というわけでは──否、疑ってかかるのも俺の仕事だろう。メアではないが、信用しすぎるのは危険だと学んだばかり。自分自身さえも信用できない俺には、気を張り続けることでしか安息は訪れない。それに、警戒はするだけはタダ。得である。


 大きく息を一つ吐いて、俺は軋む体を起き上がらせる。

 お腹が重くなる程食べてはいない。食べねば生きられないとは分かっていながら、あれからすっかり食が細くなってしまったように感じられる。……食が細くなったというより、体が拒んでいるような、そんな感覚を抱いているが、誰に相談できる事でもない。


 俺はエースの長い鼻梁を優しく撫でた後、食器と鍋を抱えてリリスが来た方へと足を向けるのだった。








補完という名の、言語解説。


【マスカレードクロウ】


鳥型魔物の巣に、必ずと言っても過言ではない程に寄生をしている小型の鳥型魔物。

鳴き声や習性、素振りなど、徹底して巣穴の主に寄せることが出来るため、雛に紛れて餌を頂戴する寄生魔物。自分の卵すら相手の巣に持ち込んで生ませるなど、卑怯な習性が目立つ。しかしその特性に反して気性は荒く、気に食わないことがあると雛鳥の振りをして親鳥を威嚇することが多い。そのため、巣の中では暴君として振る舞うが、一歩外に出ると弱々しくなるため巣穴から捨てられることも多い。

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