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一節 没頭1

お待たせしました。第三章、開幕です。


 


 ◇


「──そっち行ったよ~」


 一瞬のミスが、命取りになるような緊張の走る空気。

 そんな空気の中で聞こえてきたのは、気の抜けるようなメアの声。

 俺たちは今、森の中で、飛行型の魔物群襲燕(ブレイブシューター)の群れに襲われていた。


「ハァッ、ハァッ……!」

「この程度で息を上げるなんて、随分とまあ体力落ちてるねー。寝起きなんだから無理しないで~、なんて声を掛けてあげるのは僕の役目じゃないからね。ほらほら、シャキッとしないと。そんな風に突っ立ったままじゃ、体に風穴が開いちゃうよ?」

「分かっ……、てるよ……っ!」


 地面には、剣を振った数と同じだけの死体が転がっている。しかし、頭上にはまだまだ魔物の姿は健在で。同胞がやられて腹を立てているのか、その小さな脳味噌を敵意でいっぱいにした小鳥共が、殺意みなぎる視線を携えて木々の上を旋回している。

 そんな小さな脳味噌でも、戦闘冒頭から変わらぬ様子で息の一つも乱れていない男と、肩で息をして攻撃を捌くので手一杯な男であれば、どちらを狙うのが賢いかを理解しているかのように、群襲燕(ブレイブシューター)の多くはその嘴の先端を俺に向けてくる。


 ……どうしてこうなったのか。


 翼を折り畳み、冠する名に相応しいかの如く動き出した魔物を目で追うも、俺は瞬時に全てを斬り落とすことは不可能だと悟る。

 お陰で無様にも逃げ回る俺は、ここに至るまでの過程を思い出していた。



 ◇



『──エルフに、会いに行こうと思います!』




 あの後、俺を連れて荷物の元に戻ったメアは、開口一番、そう言い放った。

 泣き腫らした目元を隠すように俺から目線を逸らして押し黙ったリリスに代わって俺が「なぜ?」と問うと、メアは嬉々としてこれからのプランを話した。


 メアの横道にそれまくる長ったらしい話を要約すると、曰く、カタリナが自らを『神獣』と称したことが事実であるならば、その作り手であるエルフであれば石化に関する何かしらを知っているのではないか、とのこと。早速人を頼るとは、メアにしては珍しいことで、そのことに俺が突っ込むと彼は鼻で笑い飛ばしてこう言った。


『当たり前だろう? 僕は知識や経験はあれど、専門家じゃないんだ。聞き齧っただけの付け焼刃程度の知識で未知の領域に手を出してみろ。腕の一本や二本じゃ済まない損害が出るかもしれない。それを君は、僕に、やらせるつもりかい? もう少し考えてからものを言ってくれないものかね。大体君はいっつもそうだよ。さっきの話だってね──』


 そこから延々と垂れ流される説教をぶつけられた俺は、肩身の狭い思いを味わわされつつ、いつの間にか正座させられていたのを思い出す。

 しかし、その後もメアを中心にして今後の俺たちの動向について話を進められたものの、俺もリリスもただ黙って聞いていたわけではない。

 帝国の追手や、そもそもエルフが人間と話をしてくれるかどうかさえ怪しいなどといった意見の応酬を重ねた後に、俺たちが向くべき方向の擦り合わせを終え、最終的に三人共にメアの意見に賛成したのであった。

 それから一夜、二夜と時間が過ぎ行く中で、俺たちは追手を避けるために帝国西部中央域に広がる『メトロジア大森林』を抜けて森林国家との国境を目指している最中であった。


 その道中にて、俺たちは群襲燕(ブレイブシューター)の群れと遭遇する羽目になったのだ。



 ◇



「──この森は追手の心配は要らないから安心だ、とか言ってたのはどこのどいつだよ!」

「アハハ! これが帝都からの追手なら、レオ陛下は調教師かな? そうなったら帝国は今頃、サーカス団か何かかなぁ! なんだいウェイド、君も面白いこと、言えるようになったじゃないか!」

「じゃあ、なんだ?! 野良の魔物だとでも言いたいのか? それにしては、攻撃の精度も、統率も、取れすぎだ! こいつら、俺の知っている群襲燕(ブレイブシューター)じゃないぞ!」


 群襲燕(ブレイブシューター)

 その名の通り群れを成す鳥型の魔物である。

 本来であれば、奴らの群れに群れとしての自覚は無く、先頭に立ったモノに追随するという習性によって群れを成しただけの微かな頭脳しか有さない雑食の魔物のはず。だがその脳足りんな魔物でも決して侮ってはならない。奴らの攻撃方法は二つあり、その両方共に脅威であることには違い無いのである。


 その一つが、今も俺とメアの両名に降り注ぐ、空からの襲撃。天高くより狙いを定め、矢が放たれるかの速度で獲物の脳髄を撃ち抜くとされる、急転直下の体を張った攻撃。その速度は城塞兵器であるバリスタにも引けを取らないと言われている。

 しかし、それでは群襲燕(ブレイブシューター)の方にもダメージが、と思われるかもしれないが、奴らはその速度で地面に激突しても尚、ピンピンとしている。魔物としての頑丈さは折り紙付きなのだ。

 その上、俺たちが遭遇した群襲燕(ブレイブシューター)は俺やメアが木の裏に身を潜めようとも的確に身を隠した場所に襲い来る。樹木を穿ち、破砕してまで俺たちを仕留めにかかるのだ。群れの攻撃性の高さはまるで、所属していた機竜小隊そのものと敵対しているかのような隙の無さであった。


「確かに、僕たちが攻撃に転じる隙を潰すように襲いに来てるし、攻撃の精度も高すぎる。なによりもこの群れの規模は普通じゃない。良く気付いたね、ウェイド」

「気付くだろ、普通!」

「いやいや、僕ってば君みたいに田舎でこいつらの相手に慣れているわけじゃないからさ。機竜に乗っていれば問答無用で蹴散らすだけだから、こんな魔物とは戦った覚えもないんだよねぇ。ほら、僕ってば、頭の悪い奴は人間も魔物も総じて嫌いだし?」

「そんなこと言われても──ッ! くそ、キリが無い! メア、どうにかしてくれ!」

「どうにかしろって言われてもさぁ……。君たちの田舎ではどうしていたのさ」


 メアの言う通り、群襲燕(ブレイブシューター)は都会から離れれば離れるほど遭遇率が上がる。それ即ち、片田舎の辺境村であるセナ村では非常に厄介な魔物であって。時期になると飛来して麦畑を荒らされたり、家畜や村人が襲われそうになったりと、毎年苦しめられていたのを思い出す。

 その時には俺が率先して駆除に当たっていたのだが、相手は魔物である。今でさえ油断して直撃でもすれば皮を食い破られ、肉を貫かれるかもしれないのだ。子供の時分にとってはかなり危険な真似だっただろう。勇気と無謀を履き違えていたのだ。そしてその度に酷いケガをしてシスターフィオナに怒られて……と昔を懐かしむのはそれまでにして、セナ村での対処法を思い出す。


 あれは確か、ハーヴリー神父が持っていた魔道具。

 神聖魔法が込められた魔法具によって、たった一撃で蹴散らしていたのを見て、俺は彼のことを尊敬してしまったのだ。……村人から頼りにされ、その期待に応えるハーヴリー神父の背を見て、俺はあのような男を「父」と思い込んでしまったのだ。


「……ハハッ、すんごい顔してるよ、ウェイド。何か、嫌なことでも思い出させたかな?」

「いや、メアは悪くない。対処法を思い出しただけだ。……神聖魔法。それが込められた魔法具を、使っていたな」

「ふぅん? それで? 今この場に、それがあるとでも?」

「いや、無い」

「だろうねぇ。なら、後は相手が逃げ帰るまで殺し尽くすしか無い、けど……」

「このままのペースなら、俺たちが力尽きる方が早い、な。……あの攻撃は、伏せた方がいいぞ、メア」


 息つく間もないと玉のような汗を張り付けながら息を切らしていると、突如として攻撃の波が止む。

 手の施しようのない状況に手のひらで眼前を覆いたくなる気持ちは分かるが、溜め息に辟易とした気分を乗せたメアに忠告する。

 直後、天高く「ケェン!」と群襲燕(ブレイブシューター)の鳴き声が轟いた。かと思いきや、急転直下の襲撃を終えて地上に降り立っていた群襲燕(ブレイブシューター)たちが次々と羽ばたいていき、上空に集う群れの中へと引き返していくではないか。


 遭遇した際は森の影そのものが蠢いているかのような圧迫感を押し付けてきた群襲燕(ブレイブシューター)の群れであったが、息せき切るまで対峙したお陰か、今やその数を三分の一近く減らされていて、遭遇時ほどの威圧感は無い。

 だが、しかし。

 奴らは、動く。

 急転直下の襲撃行動による攻撃の他に、奴らの持ち得るもう一つの攻撃手段を取る。


 ──ケ、ケェッ!


 号令のような鳴き声が聞こえた刹那、メアの声が俺の耳に届く。


「いやぁ、これは伏せるよりも……、盾になるものを探した方が──」


 それを前にした俺とメアは、揃って息を飲む。

 空を埋め尽くした、刃が如き羽の数々を目の当たりにして。


 群襲燕(ブレイブシューター)が持つ、二つ目の攻撃手段。それは、己の羽を魔力に乗せて放つ遠距離攻撃。

 群襲燕(ブレイブシューター)の風切羽は魔力を通わすことで非常に硬く、鋭くなるため素材としても有用であるが、それを持ち得る魔物が攻撃に転用しないはずもなく。それによって飛来する羽は、人体を容易く傷付ける鋭利さを宿す。ただし、魔物の生命力の高さゆえに抜け落ちた羽の生え変わりが早いとは言え、風切羽を失った群襲燕(ブレイブシューター)はまともに飛行することも叶わなくなるため、諸刃の剣のようなものでもあった。

 それはつまり、翻せば、この攻撃で俺たちを仕留めるつもりだという覚悟の表れでもあるというわけで。


「メア! まともに受ける必要は無い! ここを凌げば──」


 その旨を伝えようとしてメアに視線を向けた俺だったが、メアの発した怒号に被せられ、俺はその続きを口にすることが出来なかった。


「──違う! 奴らの狙いは、僕たちじゃないッ! リリスちゃんたちだ! ウェイド、急げッ!」

「ッ?!」


 メアはこちらを振り返りもせずに、降り注いでくる羽だけを見つめていた。リリス達が隠れる方向を指差して怒号を聞き届けた刹那。俺は、走り出していた。


 なぜ、そんなことが分かるのか。

 なぜ、魔物の思考を読めたのか。

 なぜ、魔物がリリスたちを狙うのか。


 俺には分からない事ばかり。それに加えて、メアが向かった方が早いのではないかと考え及んだのだが、芽生えた疑問に対する答えが分かったのは唯一それに対する答えのみだった。


 俺が駆け出したと同時に、横目で確認した。メアの元には、風切羽だけではなく群襲燕(ブレイブシューター)による襲撃に見舞われている。それに引き換え、俺の元には狙いの甘い羽の攻撃のみ。

 魔物風情にそれで仕留められると思われている事実に腹が立たないわけでは無いが、他所に思考を割いている余裕もない。要するにメアは、自分では動けないから君が行けと、あの攻撃が降り注いでから着弾するまでのほんの僅かな一瞬でその思考に辿り着き、俺を動かしたのだ。

 そんなメアの普段らしからぬ鬼気迫る声を、俺が無視するはずもなく。


「……死ぬなよ」


 轟、と音を立ててメアの姿が掻き消える。

 これではまるで……メアを孤立させ、分断されているかのよう。

 かのよう、ではなく、これは魔物が策を弄しているということの証左に違いない。


 襲撃程度で息を切らしていた俺と、難なく凌ぎ切って見せたメア。どちらが自分達にとって脅威であるかを理解しているかのような行動。それに加えて、身を潜めているはずのリリスたちを何らかの手段でもって捕捉し、囮を使って仕留めると言った姑息な手段。


 脳味噌の小さな群襲燕(ブレイブシューター)には決して見られない行動の数々だ。

 この戦い方は、間違いなく知恵をつけた魔物だ。

 忘れもしない。食い裂き餓狼(ストーカーファング)の変異種と相見えた時を思い出す。


 ──群襲燕(ブレイブシューター)の裏には、間違いなく変異種がいる。


 メアはそれを確信したのだろう。

 どうやってとか、いつの間にとか、そんなことまでは分からないが、メアならば最低限の情報さえ出揃っていれば、その答えに辿り着いてもおかしくない。

 だから俺は、メアが指差した方向へ向かって一目散に駆けていく。

 後方から迫り来る羽の攻撃も、一人耐え忍ぶメアの心配も他所に、全速力で森の中を駆け抜ける。そうすることが、敵の狙いを阻止することができる最善の策であると信じて。


「──ハッ、メアの言った通りだ」


 羽による攻撃開始から、一拍、二拍と置いた後だろうか。一際大きな羽の塊が撃ち出され、その狙いは俺やメアではなく、後方に位置するリリス達の元へと向かっていく。

 もしも俺があの場でただやり過ごしているだけだったならば、この無数の羽の塊に気が付いたところで時すでに遅く、容赦なくリリス達は串刺しにされていたかもしれない。

 ……だからと言って、俺がその先に駆け付けて出来ることというのも、限られているが。


「ッ、ウェイドさ、ん──」

「……離れるな」


 迫り来る羽に気が付いたのだろう。景色が揺れてリリスと(エース)の姿が目に映ったものの、今更彼女らが逃げようと動いたところで、逃げ延びることなど出来やしない。

 だから俺は一縷の惑いも無くリリス達の眼前に体を割り込ませ、全力で感応魔法を発動させるべく、大きく息を吸い込んだ。


「スゥ──」


 一瞬、世界がスローに見える。

 目の前に迫るは、壁だ。

 無数の鋭く尖った羽が、俺の視界を塞ぐ。

 だが、それだけ見えれば十分である。


 感応魔法は、俺が早く動ける訳ではない。

 ただ、知覚範囲を拡大させ、己の反射神経のみで攻撃を叩き落とす。完全人力による対処法。それを実戦で使えるようになるレベルまでの訓練は、とにかくキツかった。

 何せ、手加減と言うものを知らない師匠相手だ。幾度となく気絶させられ、幾度となく血を吐いたものだ。だが、そのお陰で機竜への抜きん出た適性を手に入れられた。誰とでも互角の戦いを演じられるようになった。

 それでも、欠陥の兵士たる俺は、相手が身体強化一つされただけで、状況を引っ繰り返される。


 ……そうだ。俺は、教えてもらえば誰しもが当たり前のように使える技術である身体強化の術を使えない、欠陥兵士である。


 師匠の下では、一番最初にそれを自覚すること、その事実を自分で受け入れることが最初の訓練だった。理解していることと、受け入れることはまるで違うと、耳にタコができるくらい聞かされたそれを、俺は決して忘れたりしない。


 出来ないことは出来ない。

 だから、出来ることを精一杯やる。

 それが俺の、やるべき事だ。


 致命傷になり得る物だけを落として、後はただ、逸らす。それで、十分だ。


「──ウ、オオオオオオオオオオオォォォォォォォォっ!!」


 もしも身体強化が使えたのなら、肉体を頑強にして耐えることが出来た。

 もしも身体強化が使えたのなら、もっと速くリリス達の元に駆け付けられた。

 もしも身体強化が使えたのなら、この程度の壁、容易く壊すことが出来た。


 だがどれも、俺には出来ないことで。

 これまで、幾度となくその事実に打ちのめされてきたことだろう。

 だが、そんなこと、嘆いている暇なんてなくて。

 罪禍に晒される俺には、俺のせいで不幸にされた人のためにしか涙は流れなくて。

 俺にはもう、前に進むしか、道は残されていない。

 百や二百に及ぶ羽の塊など、その内の六から七割を叩き落せば済む話。何も全てを蹴散らす必要は無い。

 だから俺は、壁に向かって一歩を踏み出し、腰を落とし、力いっぱい踏ん張って、叫ぶ。




「グ、ぅ、ガアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッ──、らあぁッ!!」




 どんなに気合を入れて叫んだところで、俺は迫り来る羽の全てを撃ち落とすには至れない。ゆえに、取りこぼした羽のほぼ全てが俺の体を傷付ける。

 それら全てが致命傷を逃れているとは言え、肉を抉り、鮮血が散れば痛みを覚える。苦痛を味わう。


 それでも俺は止まることなく、ただひたすらに、羽を打ち落とし続けた。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!」


 どれだけの時間、どれだけの回数、剣を振っていたのだろうか。

 膨大な量の汗を流し、全身に無数に走った傷から血が滴る。

 それでも俺は、耐え抜いた。

 剣を杖代わりに膝をついていたとしても、俺は最後まで剣を手放さず、倒れなかった。


「ウェイドさんっ……!」


 声がして後ろを振り向くと、俺ほどではないにしろ傷を負ったリリスと目が合う。

 庇いに入ったくせに、守るべき存在に傷を付けた。俺には所詮、その程度の実力しか無かったということだ。リリスには俺を非難する権利がある。それを甘んじて受け止めようと震える膝で立ち上がる。

 目にいっぱいの涙を湛える姿を見て「守り切れなくて、すまない」と謝罪の言葉を口にすると、リリスの目から湛え切れなくなった涙が熟れた果実のように零れ落ちる。

 その事実に訳も分からずいると、遠方よりメアが声を大にして駆け寄って来た。


「おーい! 二人とも、無事かい? ……うんうん、無事ならよかった」

「メア。酷い傷だな」

「ウェイドさんの方が重症ですッ! お二人とも、無事の一言じゃ済まされません!」


 戻って来たメアもまた、俺とは引けを取らない程に全身に傷を受けていたが、出血はほとんど見受けられない。メアは確実に俺が相対した羽の数よりも数段苛烈な環境に身を置いていたはず。それなのにその程度で済んでいると言うのは、身体強化の有る無しでこんなにも変わるものかと見せつけられているかのよう。

 だが、今更俺がその事実を前にして羨むということもなく。

 むしろ、完璧主義者のメアにしては珍しく手傷を負った姿を見て驚いたくらいだった。


「ほんっと、最悪! 髪も、肌もボロボロにされたし! もちろん、ウェイドのことを慮ってあげたいのは山々なんだけど!」


 髪紐が千切れて乱れた髪。傷付けられた自慢の肌。それらに腹を立てたメアは文句を口にした後、己を宥めるために息を一つ吐いてから言い放つ。


「……リリスちゃん、例のアレ、ウェイドに渡して」

「例のアレ……でも、数に限りがあるから大事な場面でしか、ってメアさんが……」

「肝心の場面が来た、ってこと。まさか僕も早々に出番があるとは思っても無かったけどね」


 通じ合う二人に呼吸を整え終えた俺が首を傾げていると、メアは自分の髪を結び直しながら言う。


「……叶うなら逃げるべきだったけど、どうやらそうもいかないらしい。前々から思っていたけど、君ってば、変な奴らにばっかり好かれるよね」

「なんだよ、藪から棒に」

「お相手は逃がしてくれない、ってことさ。だから、ここで決着をつける」


 溜め息交じりに吐かれた言葉に、メアは決して少なくない怒りを言葉に滲ませる。呆れ半分と言うか、前々から覚悟していたかのような物言いで、ゆっくりと顔を上げる。



「──やろうか、変異種討伐」



 そう言って上げたメアの顔には、獰猛にして悪辣なまでの笑みが、張り付いていた。










補完という名の、言語解説。


【身体強化】


使い方次第で、生身の体を鎧兜を身に纏ったかのように体を頑丈にすることも、常人ならざる膂力をその身に宿すことも可能とする人体の神秘と言うべき神よりもたらされた奇跡。

身体強化の技術は、誰もが生まれながらに理解しているわけでは無い。誰かに教わらなければ出来るようにはならないものであるが、時折教わっても尚出来るようにならない者が出現する。それは数千人に一人という確率であり、神から見放された存在として「欠陥者」と蔑視される。その理由として考えられるのは、身体強化に必要な器官が欠けているとか、祖よりの血脈に異常が発したとか、未だ研究段階にあるため未確定ではあるが、身体強化が使えないという事実が引っ繰り返るような研究は研究塔でさえも行われていない、というのが欠落者が見る現実である。

また、身体強化の技術は生得魔法や身体能力と同様に、訓練によって向上することが確認されており、兵学校最初の訓練は血反吐を吐くまで走らされるというのが通例となっている。

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