温もりを探して。
◇
身体に纏わり付く汗と疲労感から来る怠さを感じて、私は目を覚ます。
見慣れない部屋で起きるのは慣れたもので、程良く抜けた疲労感を解き放つかのように、うん、と伸びをする。
「……ウェイド?」
いつ眠りについたのかも朧げな記憶でも、一緒に寝た相手のことはちゃんと覚えている。
その相手の名前を呼んでみるも、部屋に彼の気配はない。シングルベッドで抱き合っていたのは覚えているのに、ベッドはもぬけの殻。彼が寝ていたであろうスペースがぽっかりと空いているのはよくあることなのに、そこはかとない寂しさを感じるのはどうしてだろう。
「……ただの客なのにね」
私から誘ったようなものなのに、彼は律儀にもわざわざお金を払うと約束してから私のことを抱いた。そんな真面目な所も可愛くて、昨日の夜はたくさんサービスしてあげた。
「遊びのはずが、いつの間にか私の方が、本気になりそう……」
昨夜のことを思い出して、恥ずかしくなって顔を覆ってしまう。
私自身、彼をリードするなんて思って挑んだけれども、娼婦としての私の成績は両手で数えられる程も無くて。
垣間見えた初心な反応からして、彼は初めてだったのだろう。けどそのくせ私の、貧相、呪い人、火傷痕という、醜いトリプルコンボであるこんな体を見ても目を背けるどころか顔を顰めることすらなく、彼は「綺麗だ」って言ってくれた。行為の最中、何度も、何度も。
空気に流されたお世辞なんかじゃない、彼の心からの賛美だと分かってしまうがゆえに、それが堪らなく嬉しくて何度も何度もせがむみたいにその言葉を求めた。その度に彼は応えてくれて、彼は私のコンプレックスを消し去るみたいに固くなった手指でその場所を撫でてくれた。それが声を失うくらい気持ち良かったのを思い出しただけで、顔を赤らめてしまう。
「また、一緒に寝れないかな……」
彼の痕跡を探すみたいに、ベッドに顔を埋める。ベッドの中で私と彼の汗が混じった濃い匂いを探し当てると、躾された犬みたいにお腹が熱くなる。
ドロドロに溶け合う、というより、一緒に居て心地が良かった。それが私の肌には何よりも合っていて、私はすっかりウェイドという男性に心惹かれていた。
休憩を挟む間には、私の夢なんかを語ったりなんかして。それを彼が穏やかな目で耳を傾けてくれていたのが嬉しくて、生娘みたいにはしゃいでしまった。
初めは帝都を出て行く最後の思い出に──なんて思っていたのが、たった一晩で私はすっかり骨抜きにされてしまった。けれどもそれは、決して悪くは無くて。
「もう一回、シたいなぁ」
ただ一つ心残りがあるとすれば、事に至る前の不意打ちを最後に、一度もキスが無かったことだけだ。
触れ合うようなキスも、ついばむようなキスも、貪るようなキスも、何一つ無かった。昨晩はそれ以上のことをしたという自覚はあるけれど、キスの無い性行為なんて、ハムの無いハムサンドのようなもの。チーズとレタスだけでは、満足度に違いがあるのは当然のことで。
「次に、会えたら……」
心惜しむように、自分の唇に触れる。
お姉さんたちのように肉厚じゃない、形が整っていることくらいしか取り柄の無い唇。そこに触れた最後の記憶である彼の唇を思い出す。
手入れのされていない、乾燥してささくれ立った唇は、彼の精神状況を表わしているかのようだった。それでも、私を抱き締める手や見つめ合った目はとても優しくて、とても綺麗だった。この人になら全てを委ねられると思えたのは、生まれて初めての経験。
だからこそ、彼の心の奥深くに、誰かがいることが見えてしまえた。私じゃない、誰かが。それが翻って、彼自身でさえも無意識にキスを避けていたのではないかという考えが過る。
……その人はきっと、彼の心の奥深くまで入り込めるくらい彼に心を割いていたのだろう。そうでもなければ、とびきり警戒心の強い彼の心に入り込めるなんて、神の御業としか言いようがないくらい難しいことだ。私が懐に入れたのは、単なる偶然。きっとここより先には行けないことも、なんとなく分かっている。分かっているけど、それが悔しくないわけではない。
そんな彼の心の中にまで入り込んだ人。それが異性か、同性か。
出来ることならそれは、女性じゃないといいな、なんて考えてしまうのは出過ぎた真似だろうか。
とは言え、彼の周りそんな人がいるというのは喜ばしいことだ。それが私ではないということは残念で仕方が無いが、初めから望みが薄いことは分かっていたはずだ。
「ウェイド……。あぁ、ウェイド、ぉ……」
彼に事情があることは分かっていた。それも、とびきり複雑な事情が。
心に深い傷を負っていることを理解して、それを慰めるために私なりのやり方を取ったのだけど、それは余りにも甘い考えだったと言わざるを得ない。
なにせ彼の心の傷というのは、私如きがなんとかできるほど浅くなどなかったから。
むしろ、彼の心が今の形を留めていることすら奇跡と思えるほどに傷は深く、継ぎ接ぎで補われた心はいつ壊れてもおかしくない。
そんな彼の一助になれればいいと思っていたけれど、一人取り残されたベッドの上を見れば、そんな考えが思い上がりだったと知る。
「んっ、くっ……、ハァッ……──」
客と寝た次の日の朝に、その人を欲して堪らないなんてことは、一度も無かった。
むしろ求められることすら億劫で、目覚める前に帰り支度を澄ませるのが基本だったのに、自分で済ませても尚、体の火照りが止まない。
彼の特別になることは諦められても、選ばれなかったという悔しさが消えるわけではない。却って、その悔しさが余計に熱を上げる材料となる。
より一層布団を強く抱いて、枕に顔を埋めてベッドの上で一人、盛り上がっていたせいか、部屋の扉が開いたことに気が付かなかった。
「……朝から何をやっているんだか」
「ッ?! うぇ、ウェイド?! どうして……!」
「どうして、って言われてもな。軽く喉が渇いたから買いに行っていただけだ」
ハッとなって手を止めると、上から見下ろすウェイドとばっちり目が合う。
虚しい行為を見られたという羞恥心より、彼が帰ってきてくれたことへの喜びの方が大きく、私は裸のまま彼に倒れ込むようにして飛びついた。
「ウェイド!」
全裸の成人女性が飛び掛かるという事案に対して、彼は半ば呆れた顔のまま立ちはだかる。受け止めてくれたわけではないため背中に手は回されないが、それでも私は自分の腕の力だけで彼の首にぶら下がった。
両手に持った木製のマグを掲げるウェイドの顔を見つめると、彼は呆れた様子で笑みを湛えるのだが、そんなフランクな表情を宿した彼を見て、私は堪らなく嬉しくなって満面の笑みを浮かべるのだった。
「お前の分もあるけど、飲むか?」
「もちろん!」
補完と言う名の、言語解説。
【娼婦】
性的サービスによって金銭を得る女性。
エリカの働いていた娼館は帝国に届け出を出して認められていた、れっきとした公娼。ゆえに値段は少々張るものの、十三区という比較的治安の良い場所に店を構え、学もあれば技術もある娼婦として人気と名高い娼館であった。
その他に路上や路地裏で客を捕まえる私娼や、貴族御用達の高級娼館など、帝都には様々な遊女が存在していた。




