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三節 残酷3

 


 ◇


 フルベルトを避け、突き付けられた剣先の数は三つ。


 揃って狙うは俺の首であり、脅しで無いことは剣を構えた人物たちの目を見れば分かる。


 ……本気だ。人を殺すことに何の躊躇いもない目をしている。

 俺が妙な動きを見せた瞬間、三つの剣先は一切の情け容赦無く俺の首を貫くに違いない。

 それが分かるがゆえに、俺は迷い無く一歩を踏み出した。


「……信用? したくなければしなければいい。殺したければ殺せばいい。それがお前たちの正義であるなら、今ここで、殺して見せろ。さぁ、早く」


 首に感じる熱い感覚。

 痛みだ。剣先が触れ、肌が切れたのだろう。だが、その程度で俺の罪は贖えない。


 ──殺せるものなら、殺してくれ。


 死に瀕する瞬間に生の実感を得る俺の体は、自死することができない。まるで、俺の体に呪いが刻まれているかのように、俺は自死を選択することが出来なくなっている。

 俺がどれだけ憎かろうとも、俺自身の手で俺を殺すことができない。

 強い恐怖を覚えるようになっていた。

 とんだ卑怯者だろう。

 だから俺は、心の中で幾度となく自分を殺す。

 そうすることでしか、償えないから。

 だから、命を危機に曝け出すことでしか死を感じ得ない。


 しかし、その俺の期待とは裏腹に、俺が更に一歩を踏み出そうとしたところで三人の近衛は諦めた様子で剣を引く。


「正気じゃない、な」

「だが、ハリス様の言った通りだぜ」

「チッ」


 近衛の紋章を金糸で刺繍されたぺリースを肩から垂らした男二人と、女一人。

 悪態を吐きながら後ろに下がる三人を見ながら、俺は首筋を撫でる。そこには赤い線が三本引かれたものの、たかが薄皮一枚切れただけだ。命を奪うには程遠い。


 ……この三人は俺を殺してくれなかった。

 そうやって微かな無念を携えていると、俺とフルベルトに続いて部屋に入ってきた人影に気が付く。


「手荒な真似をしてごめんなさい、ウェイド様。三人にあなたを認めさせるために、どうしても試すような真似をさせていただきました。ジルヴァ、ダンテ、リザ。これであなたたちも納得したでしょう。彼は信頼に値する、と」


 ──彼の登場によって、狭く息苦しい地下の室内が華やぐ。


 なんて錯覚を覚えてしまえる程に華やかで、それでいて圧倒的なオーラを纏う男性に、俺は見覚えがあった。


「確かに、ハリス様の言った通りでした。彼は、正常に狂っている。我々に仇なすのでなければ、私は受け入れましょう」

「ハリス様の慧眼に、平伏するばかりでさぁ。……良かったら今度、一緒にカジノ行きません?」

「狂ってることが正しいなんて……、どうかしています」


 男か女かすら分からないほどの、美貌の持ち主。

 部屋の中をぼんやりと照らすランタンの灯りよりも輝いているかのように思えるオーラを放つのは、近衛騎士で唯一、一方的ではあったが顔見知りとなった、ハリス様であった。


 俺は彼の前に跪き、遥か高みにいる人物への敬意を表する。


「……お久しぶりです、ハリス様」

「フルベルトから、色々聞かされましたか」

「何故、肩書きを偽る必要が?」

「だって、近衛部隊隊長だなんて言ったら、ウェイド様は委縮してしまうでしょう? ウェイド様のありのままの姿を見たかった、と言えば、納得していただけますか? 本当は対等に分かり合える仲が理想なのですが」

「──ハリス様。その男は狂っています。必要以上に気を許すのは危険です」

「はい、知っています。ですが……それが何か? ウェイド様は、私たちを……ひいては帝国そのものを救ってくれるかもしれない御方です。彼を試す行為は認めましたが、これ以上の失礼は私が看過いたしません。そのつもりでいるように」

「……っ。失礼、しました」


 俺との会話に挟まって来た近衛の女騎士に対して、ハリス様は笑みを消して下がらせる。低く、厳かな風格を放つ言葉に、俺に言われているわけでもないのに、息を飲んでしまう。ハリス様の告げた言葉の意味はまるで理解できないが、女騎士がハリス様の機嫌を損ねたということだけは分かる。

 ハリス様が俺を呼び寄せた理由は、未だに不明。

 だが、得体のしれない恐怖を腹の底に隠し持っているようなハリス様に対して、これだけは言っておかねばならないことが一つ。


「ハリス様。どうか俺のことは、ウェイドと、もしくは階級の名でお呼びください。ハリス様のような御方に不必要に遜られるのは、俺には分不相応です。俺など、一つの駒のように扱って然るべきかと進言いたします」

「ふん、自分の立場を理解しているようで──」

「リザ、黙っていて下さい」

「ぅぐっ」

「ウェイド様……いえ、ウェイド君。……ふふ。いかがかな、ウェイド君? こんな感じで、いいかな?」

「……ハリス様の、お好きなように」

「それじゃあ、ウェイド君も私のことはハリス、と。そう呼んでくれていいんだよ?」

「そんな恐れ多い……。ハリス様と、そうお呼びさせていただけているだけで、ハリス様の寛大な御心が──」

「そういうの、いいから。さ、呼んで?」

「いえ、そんな訳には……」

「ほら、早く」

「う……」


 にこやかな笑みを浮かべるハリス様の圧は、有無を言わさぬ勢いで迫ってくる。

 選択肢なんてあって無いようなもので、俺は観念する他なかった。


「さあ。さあ、さあ!」

「……は、ハリス?」


 瞬間。

 目の前で弾ける火花と、金属音。


「──リザ、剣を引きなさい」

「うぅぅぅぅぅぅぅ……っ! 私だって、私だってまだハリス様を呼び捨てにさせてもらえていないのに……! どうして、どうしてこんなぽっと出の男なんかにぃぃ!」

「副隊長になっても呼び捨て出来るわけでもないのにな」

「えぇ、本当に」

「愚かな子だ」


 リザ、と呼ばれた女騎士がハリス様の背後で目尻を吊り上げてこちらを睥睨していたのは分かっていたし、感応魔法で彼女の剣も捉えていた。……だが、にこやかな笑みを向けていたハリス様が一体いつ剣を抜いたのか、一体いつ俺を庇うように俺と女騎士の間に移動したのか、俺にはまるで見えなかった。

 ハリス様に窘められた女騎士は物凄い形相で俺を睨んだ後、すごすごと下がっていく。なんだかこっちが悪いように感じられる程に迫真だったのは、気のせいだろうか。


「ええと」

「気を悪くしたら、ごめんなさい。あの子は、少しだけ変わった子なのさ。良かったら、仲良くしてあげておくれ」


 もしここでハリス様の言葉に頷こうものなら、再び剣が飛んできてもおかしくない。

 ハリス様より遅いとは言え、彼女の剣閃も、例え感知できていたとしても、その速度は一級品。正直、反応するのがやっとで受け止めることすら危うかっただろう。


「色々と知りたいこともあるだろうし、まずは私たちのことから説明しようか」

「はい。俺も、色々と知りたかったので」

「口調は……まあ、追々慣れていけばいいかな。お互いにね。フルベルト君からも聞いていると思うけど、改めて私達の置かれた立場を説明すると──」


 ハリス様の口から語られたのは、ここに来るまでの道中でフルベルトから聞かされたのとほぼ同じ内容。異なるのは視点だけ。

 ゆえに、多少の罪悪感を抉られるだけで済んだ。


「──石に変えられたロベリア陛下を運び入れた後、すぐに近衛の解体と新設が決まってね。とは言え、近衛騎士隊も紫晶災害の影響が無かったわけじゃない。副隊長格はジルヴァを除いて全員が石化。ただでさえ少なくなった近衛は引き抜かれ、残されたのは此処にいる五人だけになってしまったのさ。そんな私たちは近衛の身分と一緒に貴族位も剥奪。晴れて、国賊の仲間入りを果たした、というわけさ」

「ですが、まだ……近衛の紋章を付けている」


 視線の先に捉える、近衛の紋章。

 重力に従って垂れるぺリースは以前見た時のように風にはためかず、まるで牙を抜かれた獅子のようであった。


 ……だが、近衛騎士それぞれの面構えは違う。ハリス様も含め、近衛の誰もが爛々と目を光らせている。誰もこの世界に絶望なんかしていない目だ。むしろ希望があることを知っているかのよう。それ即ち、この穴倉に眠る獅子たちは牙を抜かれたのではなく、爪を研いでいるのだと思い知る。


「私たちは、肩書きで生きているわけじゃない。近衛という役職は、誰かに言われたから果たすものではない。これはそう……言うなれば、心だ、魂だ。近衛と言うのは所詮、対外的な称号に過ぎない。だけども私たちは帝国ではなく、ロベリア陛下たったお一人に魂を捧げた近衛騎士。ゆえに、この紋章を手放すことは絶対に無いのさ。あるとすれば、死が私たちを迎えに来たときだけ。これは私たちの──生き様なんだよ」


 肩にかかる紋章を抱いたハリス様の言葉を否定する者は、ここには居ない。

 俺にはそれが、どこか羨ましく見えて仕方なかった。


「……とは言え、私たちだけでは帝国軍の目を欺いてこの場所で君を待ち続けることは出来なかっただろうね。多くの人の支援を受けて、ようやく成り立っている、と言った感じかな。ウェイド君、君のお師匠さんもその一人なんだ」

「師匠が……! 戻って、来ているんですね!」

「あぁ。ロベリア陛下の親友でもあった彼は、とても献身的に支援してくれていた。ウェイド君がこの件を解決する鍵となる、と伝えた時にはそれはもう、誇らしげだったものさ。ただ、最近は連絡が取れなくて、心配しているのだけれども、彼の御仁であれば何も問題はないだろう」

「それで、その……。さっきから聞く、俺が必要、とか、俺が鍵となるって言うのは、どういう意味なのですか?」

「自覚無し、か。うん、予想通りだね。それを説明するためには、私の生得魔法が関わってくる。このことは……他言無用で、よろしくね?」


 鼻先に人差し指を立てて片目を瞑るハリス様のおちゃめな仕草に女騎士が妙な鳴き声を上げたのを無視して、続くハリス様の言葉に耳を傾ける。


「私の生得魔法は──、未来予知。時と場合を選ばず、私に未来を見せる魔法さ。実際に使うとなると、私には一秒後の未来しか見えない使い勝手の悪い魔法なんだ。実際に、紫晶災害のことは予知できなかった訳だしね。……その予知で、私はウェイド君が帝国を救う瞬間を見た。石になったロベリア陛下を元に戻す未来を視たんだ。それが一年後なのか、それとも五年後か、はたまた十年後かは分からないけれど、君が未来を良き方向に変えてくれるという予知を見たのさ」

「……もしかして、俺があの検問所に現れるって言うのも?」

「そう。私の魔法で見たから、フルベルトを派遣した。幸いにも、軍部や研究塔には私たちの協力者が少ないけれど、いるからね。多少強引な真似も、できるんだ」


 未来予知。

 その話を聞いて、俺は表情を苦いものにする。


 ……俺が、帝国を救う? 石になった人を、元に戻す? 

 そんな力が……、可能性があったのならば、俺は家族を元に戻している。だから、俺にそんな力は無い。あるはずが無い。ハリス様には悪いが、俺はその期待に応えられそうにない。


「……無理です。俺には、そんな力はありません。可能性も、希望も、何も無い……。そんな力があれば俺は……家族を元に戻している。戻っていないから、俺は……! ……ごめんなさい。期待には、応えられそうもありません……」


 頼りにされたことは嬉しい。だが、頼む相手が違う。

 ハリス様の予知がどれだけ正確かは知らないが、断言できる。

 その未来は決して来ない、ということを。

 彼らの期待は、無駄に終わるということを。

 諦めを口にする俺に対して、ハリス様は自らの膝を折って囁きかけてくる。


「今の時点で力が無いというだけだ。協力するから、一緒のその道を考えていこう。ウェイド君だけに、その重荷を背負わすつもりはない」

「でも、俺は……」


 俺が石になった人を救うなど、変異種の討伐以上にマッチポンプではないか。自作自演が過ぎる。そんな男が英雄の名を語ろうなど、片腹痛い。

 もしも俺が石になった当事者であれば、その英雄を殺してでも恨みを果たすべきだと理解しているからこそ、ハリス様の予知を実現させてはならないと強く思う。

 けれども同時に、家族を元に戻せるのなら、と一瞬でも過ってしまったことが情けない。


 ……俺が居るべき場所は、ここではない。

 そう思って真実を打ち明けようと口を開こうとした瞬間、ハリス様は俺の手を引いて部屋を飛び出して行く。


「付いておいで」


 薄暗い部屋を飛び出して、尚も続く暗闇の廊下。

 自分達の足音に続けて後ろからハリス様の蛮行を制止する声が掛かるも、ハリス様の足は止まることなく、俺は別の部屋へと連れ込まれる。


「ここは……?」

「私たち近衛の心臓。魂の根幹──……ロベリア陛下の、御前だよ」


 手を引かれて導かれた先の部屋で、俺は目撃する。


 ──石になった、ロベリア陛下の姿を。






補完と言う名の、言語解説。


【騎士階級】


帝国軍では佐官が最上級の階級であり、それ以上の階級はポラス教の教義に則り、騎士階級となる。

忠誠、公正、勇気、武勇、慈愛、寛容、礼節、奉仕の徳を心得として構えた者だけが辿り着ける帝国の上流階級の一つ。

品行方正にして勤倹尚武な格を備えた上で、帝国軍の中で頭一つ抜きん出た者だけが叙任される狭き門。

帝国における騎士の総数は300人にも届かない。それだけで『騎士』という称号が限られた者だけが名乗ることを許されたものであることが分かる。中には様々な事情によって騎士に叙任された者もいるが、騎士に任命される者は往々にして貴族の優秀な諸子ばかり。ただ、帝国には一人だけ、騎士伯として爵位を得た平民も存在している。

更に、その中から更に絞り込まれた騎士の中でもほんの一握りしか存在しないのが、『近衛騎士』と呼ばれる皇族の身辺を警護する騎士。彼らはアーティファクトによって戦術が変わる戦場の中を、今までと変わらず闊歩できる数少ない超人的能力を秘めた者達で、その頂点に君臨する近衛騎士長ともなると、小隊規模ですら蹴散らさられる実力を有している。

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